愛は何処にあるのですか……?


「そうそう。

 お前は俺と結婚してくれなきゃ困るんだ。


 だから、日曜は出かけよう」


 そう伊吹に言われた優は、


 弁当美味かったとか、ちょっと照れたように言われて、ときめいて損した、

と思っていた。


 まあ、そうだよな。


 先生みたいな大人が私と結婚したいとか、陰謀や策略もなしには言わないか。


 そこで伊吹に、

「どうした。

 渋い顔をして」

と問われ、とりつくろう言葉も思い浮かばなかったので、うっかり、そのまま言ってしまう。


「いいえ。

 先生みたいな大人の方が私と結婚したいとか。


 陰謀や策略なしにはないだろうな、と納得していたところです」


 すると、伊吹はこれから授業のある教室の戸に手をかけながら言ってきた。


「陰謀も策略もあるかもしれないが。

 愛もあるかもしれんだろ」


 こちらを見もせずに、言うだけ言って、そのまま中に入っていってしまう。


 ……愛?


 何処に……?


 と閉まってしまった教室の戸を見ながら、優は、しばらくその場に突っ立っていた。


「こらっ、瀬ノ宮っ。

 そこ、よそのクラスだろっ」

と通りかかった別の教師に怒られるまで。

 




 放課後――。


 ランチボックスを回収しなければ、と思いながら、優は校舎の中をウロウロしていた。


 あれ? 王子、居ないなあ、と思いながら、外に出ると、校舎と木々の間に高見がしゃがんでいた。


 そこに行き、自分も身を屈める。


「なに見てるんですか? 王子。

 草葉の陰から」


 高見は、わっ、と声を上げかけ、抑えたあとで、

「待て。

 それだと俺、死んでるだろうが」

と言ってきた。


「此処を歩いていたら、女子が俺の噂を始めたので出て行けなくなったんだ」


 なるほど。

 木々の前の道で、女子テニス部の人たちが立ち止まって話している。


「話してる途中に出ていったら、なんか悪い気がして」

と言う高見に、


「意外と人がいいですね、王子」

と優は笑う。


「意外とってなんだ……」

と高見が渋い顔をしたとき、


「瀬ノ宮さん……」

という単語が聞こえてきた。


 なんだか、自分も出て行けなくなり、優は高見と二人、そこで膝を抱えた。


「なにあれ、瀬ノ宮さんって、ほんとに王子の親戚なの?

 どういう親戚?」


 どうやら、昼間の話をしているらしい。


「全然似てなくない?」


「そういえば、王子と京橋先生も親戚らしいですよ」

と誰か女生徒が言った。


 ああ、そっちはわかる、とみんな頷いているようだった。


 そうかなあ?

 似てなくなもないけど、キャラが違い過ぎるせいか。


 あんまりピンと来ないんだけど、と思ったそのとき、


「ねえ、王子、瀬ノ宮さんに気がない?」

とさっきの先輩らしき人物が突っ込んで訊き出した。


 ところで、ひとつ、気になることがあるんだが……。


 さっきから王子の話ばかりで、何故、先生の名前は出てこない。

 お弁当渡したのは、どっちもなのに。


 やはり、大人な先生が私なんぞを相手にするとは誰も思わないからだろうか。


 うーむ。

 微妙に不愉快ナリ……と優が思ったところで、

 

「大丈夫ですよ、有沢先輩。

 瀬ノ宮さんって、見た目は綺麗だけど、すごい変人なんです」

とさっきの女生徒が言い出した。


 高見が横で吹き出しかける。

 あっ、こらっ、と優は高見を睨んだ。


 自分が隠れたくせに、音を立てるなっと思いながら。


 今、見つかったら、相当ヤバイ感じだ。

 明らかに盗み聞きだし。


 誰も王子は責めないだろうが、私は責められるに違いない……と思い、優は固まっていた。


「王子、転入生だから、見た目だけで決めたんですよ。

 すぐに瀬ノ宮さんの本性に気づいて、離れますよ」


「そうお?」


「ちょっと変わってるんですよ、瀬ノ宮さん。

 そういえば、子どもの頃、宇宙人に連れ去られたとか言ってたし。


 えーと。

 キャタピラがどうとか」


 キャトルミューティレーションだよ。


 っていうか、それは家畜がさらわれる奴、と思っていると、

「またお前、家畜と間違われてるぞ」

と高見にも言われた。


 っていうか、またってなんだ? と思ったところで、有沢先輩とやらが、


「そう。

 じゃあ、少し様子を見ましょうか」

と言い、さっきの女生徒が、


「そうですよ、ほっとく方がいいですよ」

と言ってくれていた。


 木々の隙間から、そうっと覗いてみる。


 有沢たちにそう言ってくれているのは、確か、隣りのクラスの……えーと。


 誰だっけな?


 目を細めて、去っていく彼女らを見ている優の側で、

「……行ったな」

と王子が言ってくる。


「変わってると言ってはいたけど、とりなしてくれているようでもありましたね。


 ありがとう。

 名前も知らない隣りの人」

ともう消えてしまった彼女に祈りを捧げていると、


「……なにげにお前が一番失礼だよな」

と横で高見が呟いていた。








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