ちょっと落ち着くヤンキー様


 その日の放課後、優がひとりが帰っていると、金髪のヤンキーがタバコ屋の前に立っていた。


 別にタバコを買っているわけではないらしい。


 何故なら、このタバコ屋、おばあちゃんが気が向いたときしか営業していないからだ。


 どうしてもというときは、激しくガラス戸を叩くと、出てきて売ってくれるらしいが。


「薫ちゃん、なにしてんの?」

と言うと、薫は、


「いや……優を待ってたんだ」

と言う。


 ああそう、ありがとう、と言って、なんとなく二人で歩き出す。


 なんでだろうな。


 見た目は明らかなヤンキー様なのに、薫ちゃんと居るときが、一番、ぼんやりとした時間が流れている気がする、と優は思っていた。


 夕空にたなびく雲を眺めていた薫が口を開いた。


「ああ、そうだ。

 お前らのおかげで今日、美味かったんだよ」


 ……なにが? と思っていると、


「お前の先生と王子が弁当箱くれたろ?


 あれであいつらが弁当作ってきて。

 三人で食べましょうって言うから、俺も一緒に食べたんだ」


 美味かった、と繰り返す薫に、


「待って。

 作ってきたの、誰?」

と問い返すと、


「だから、あいつら」

と言う。


 薫の舎弟、その1、その2のことのようだ。


「あいつらの~……


  ママ?」

と優は願いを込めて言ってみたが、


「いや、あいつら」

と言う言葉が無情にも返ってくる。


 そうなのか。

 すぐに弁当作ってきて振る舞うなんて、ヤンキーなのに、私よりマメで、料理上手なんだな……とショックを受けていると、


「いや、あいつら、嬉しかったみたいだぞ」

と薫が言ってきた。


「え?」


「あの二人に弁当箱もらって。


 先生と王子だからな。

 普段、縁ないだろ、俺らに。


 やさしくされて嬉しかったみたいだ」

と薫は言う。


 や、やさしくしていたのだろうか。


 よくわからないが、と思いながら、二人で川原沿いの道を歩く。


 昨日は先生と歩いたな、と思いながら、髪を手で押さえ、風上の方を振り返ると、


「大丈夫か?」

と薫が訊いてきた。


「え? なにが?」

と大きな薫を見上げると、


「いや……最近、お前の周り、いろいろあるからさ。

 どうかなーと思って」

と薫らしい曖昧なことを言いながら、心配してきてくれる。


「確かにいろいろあるよねー」

と優は渋い顔をする。


「まあ、なんかあったら言えよ。


 お前は俺にとって――


 その、妹みたいなもんだしな」


 ……同級生だけど。


「幼なじみだし」


 ……出会ったの、高学年になってからだけど。


「うん、ありがとう」


 でも、そんな薫ちゃんが大好きだ、と思っていた。


 男女間に友情はないと言う人も居るけど。

 薫ちゃんと居ると、確かにこれは友情だなと思う。


 先生と居るときのような緊張感も、王子と居るときのような警戒心もない。


 安らぐ時間が此処にあるから、と思った優はふと、気づく。


「でも、待って。

 こういう場合、実は、一番、信用できる身近な人間が犯人ってことが多いわよね」


 薫は、えっ? と言ったあとで、自分を見つめる優の視線に気づき、


「……お前の一番信用できる身近な人間は、舷さんだろ」

と言い出した。


 犯人になりたくないがために、『一番信用できる人間』のポジションを舷に譲り渡そうとしているようだった。


 いやいや、その人は、最初から、もっとも怪しい人なんだけど、と優は苦笑する。


 舷は昔から、一番怪しくて。

 一番信頼のおける人、だ。


「ところで、なんの犯人なんだ?」

「さあ?」


 よく考えたら、なんの事件も起きてはいない。

 ただ、怪しげな人たちが、自分の周りをうろりうろりとしているだけだ。


 いや――

 違うか、と優は思う。


 事件は起きていた。

 だが、それは、今ではなく、過去。


 小学生のある日。

 私は宇宙人に連れ去られた――。


 その日のことを思い出していたとき、優の家が見えてきた。


「じゃあ、また。

 舷さんによろしく」

と言う薫に、


「上がってかないの?」

と訊く。


「今日はいいわ。

 じゃあ、またな」

と手を振り、薫は帰って言った。


 わざわざ、心配して待っててくれたのかな。


 ありがとう、薫ちゃん、と思いながら、優は、すぐに曲がり角へと消えていくその姿を見送った。


 そこで曲がらなくてもいいのに、姿を消さないと自分がいつまでも見送っていると知っているから、薫ちゃんはいつも、あそこで曲がる――。


 少し笑って、優は玄関扉に手をかけた。

 鍵がかかっている。


 やはり、舷はまだ、帰ってはいないようだった。

 



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