俺のことが気にならないと言い張るのなら――
舷が去ったあと、伊吹は立ち上がり、優の側まで来た。
伊吹に上から見下ろされ、じりじりと逃げ出しそうになる優に、伊吹は言う。
「さあ。
どういう了見なのか教えてもらおうか」
いや……どういう了見って……と苦笑いしたまま、優が固まっていると、
「俺と高見は、お前に弁当を作ってこい、と言ったはずだよな」
と何故か、伊吹は高見の気持ちも代弁して怒り始める。
「なのに、何故、お前は、俺たちに、おっさんの手作り弁当を食べさせようとする」
「い、いや、どうせ食べるなら、美味しい方がいいかなーと思いまして」
と言いながら、じりじりと後ずさると、伊吹が一歩前へ出た。
身長差があるので、一歩が大きい。
さっきよりも近くに伊吹の顔があった。
思わず、視線をそらすと眉をひそめた伊吹が言い出す。
「お前が作らないのも問題だが、高見とそろいの弁当なのも問題だ。
そんなもの、女生徒どもに気づかれたら、どんな噂話になると思うっ!?
奴ら、この間、俺と
『恋人同士ですか?』
って訊いてきたんだぞっ」
何故だっ!?
と伊吹は本気で叫び出す。
「あー、そういうの好きですからねー、女子……」
特にそういう美しい組み合わせだと、と多少チャラいが綺麗な顔をしている倫理の城崎先生を思い出す。
王子と先生だと、もっと狂喜しそうだな、その筋の人たちが……。
「だいたい、お前、なんで父親代わりの人間に弁当を作らせるっ。
普通、父親に内緒で、早朝、こっそり作るものなんじゃないのか、好きな相手への弁当ってっ!」
「……あのー、誰が好きな相手なんですか?」
「俺だろう」
と伊吹は言い切る。
貴方のその自信は、一体、何処から来るのですか……?
と思う優を見下ろし、言ってきた。
「俺のことが気にならないと言い張るのなら、ちゃんと俺の目を見て、そう言え!
そんなちょっと俺が近づいたくらいで、赤くなって、視線をそらす奴が俺を意識してないとかないからなっ」
と言いながら、伊吹は軽く腰を屈め、顔を近づけてた。
やっ、やってみて、確かめないでください~っ。
そう心の中で叫びながら、優はガードするように伊吹と自分の顔の間に両手を入れ、視線をそらす。
「あっ、貴方みたいな顔で近づかれたら、誰だって動揺しますよっ」
と顔を背けたまま叫ぶと、伊吹は、
「だったら――」
と強気な口調でなにか言いかけたが、突然、やめた。
「まあ、いい」
と言う。
なにがまあいいんだ? と思っていると、
「とりあえず、俺に自分で弁当作ってこい。
ああ、作りすぎたら、高見の弁当箱にも入れてやってもいいぞ」
と伊吹は言ってきた。
……微妙にやさしいな、と思う優を、伊吹は冷たい目線で見下ろし、言ってくる。
「ほんとーにお前が作ったかどうか。
舷さんに確認するからな」
いつの間に、結託してるんですか……と思いながらも、ようやく解放され、優は、よろりと教室を出た。
何故か、女生徒たちが、それぞれの部のユニフォームを着て立っている。
やばっ、聞かれたかっ? と思ったが、そうではなかった。
「ちょっとっ、優っ。
さっきの渋いイケメン!
あんたのおじさんだって、ほんと?」
「あ、ああ……舷おじさん」
と言い終わらないうちに、
やだーっ。
ほんとにーっ?
と女子たちは叫び出す。
「ねえっ、今度おうち、遊びに行っていいっ?」
と隣のクラスのあまりよく知らない女子まで言ってくる。
いや……来てもいいけど。
おじさん、人が来る気配を察すると、ハヤテのように居なくなっちゃうんだけど、と思いながらも、とりあえず、女子に囲まれて怖いので頷いた。
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