あの担任、クビになってもいいのか


 優の許を出た伊吹は振り返り、まだ玄関前に立っている彼女を見た。


 さっき、

「……あのときから、私はひとりになって。

 舷おじさんが私を育ててくれることになりました」


 そう言ったあと、俯いた優は無意識のうちにか、強く手を握ってきて、思わず、どきりとしてしまった。


 少し歩いて、まだ振り返る。


 優はまだ自分を見送ってくれているようだったが、濃くなった夕暮れの光の中、優のシルエットしか見えなかった。


 それでも、伊吹はさっきまで自分のかたわらにあった彼女の笑顔を思い出し、呟いた。


「……綺麗になったな、優」


 まあ、昔から可愛かったが――。


  


 鍵を開けて、玄関に入り、二階の自分の部屋に行こうとした優はぎくりとする。


 二階の物置にしている部屋の戸が開いており、窓から舷が下の道を見下ろしていたからだ。


「お、おじさん、居たの?」

とちょっと動揺しながら、訊いてしまう。


 すると、舷はまだ下を見たまま、口を開いた。


「あの担任はクビになってもいいのか。

 不純異性交遊だろうが」


「え、手をつないだだけ……


 いや、その。

 遅くなったから、送ってもらっただけなんだけど」


 手をつないでいたところまで、舷が見ていたかはわからないのに、うっかりそう言ってしまって、慌てて言いかえたが、遅かった。


 舷は、ふーん、という顔でこちらを見ている。


 優は、慌ててごまかすように舷に言った。


「でも、おじさん。

 一度も学校来たことないのに、よくあの人が担任だってわかったね?」


 すると、腕を組み、ガラス窓に背を預けた舷が言ってくる。


「お前のことなら、なんでも知ってるさ、優。


 ……なんでもな」


 ハンターのような目でにんまり笑う舷は、見ようによっては、その筋の人より恐ろしい。


 ひーっ、と思いながら、優は、

「じゃっ、晩ご飯、急いで作るねーっ」

と早口に言い、部屋を出ようとしたが、


「いや、いい」

と舷に止められる。


「今日はなにか食べに行こう」


 まだ入り口に立ったままの優の側を通りながら、舷が、ぼそりと言うのが聞こえてきた。


「優に初めて彼氏が出来た祝いにな……」


 ち、違いますよっ。


 違いますよ、おじさんっ!

と優は慌てて振り向いたが、そのときにはもう舷の姿はなく、階段を下りて行く足音だけが聞こえていた。






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