何故、私だけ補導しようとするんですか……
「通報しろ、このゲーム会社」
クレーンゲームの製造元を見ながら、伊吹は言い出した。
……取れないからだ、ひとつも。
なんだかわからないが、いつの間にか、伊吹が率先して、ゲームをやっている。
「先生」
と優は伊吹の後ろから呼びかけた。
「なんだ」
「……自分はゲームしていいんですか」
「勤務時間外だ」
動かしているアームから目を離さずに伊吹は言ってくる。
じゃあ、補導もしないでくださいよ……。
伊吹は何度も目視で確認し、細かく場所を移動させているのだが、結局、失敗する。
「アームが弱いんじゃないのか?
こいつは、一種の詐欺だろう」
とついには、アームに難癖つけ始めた。
「いやあ、さっきから、王子が何個か取ってますからね~」
っていうか、何故、みな、そのランチボックスに執着する……と優は思っていた。
伊吹もまた、あの可愛らしい保温ランチボックスを取ろうとしているのだ。
薫が、
「センセー、横からも見た方がいいよ。
前から見るのとまた感じが違うから」
と見兼ねて教えると、おお、そうか、と言い、伊吹はすぐに言われた通り、横から位置を確認していた。
「本当だなっ。
微妙に感じが違うっ。
見所あるな、ヤンキー!」
と薫の肩を叩いていた。
先生、その人の名前は、真柴薫です。
薫ちゃん、本気でグレちゃいますよ、と思ったが、薫はただ、苦笑いしているだけだった。
どうやら、伊吹より、薫の方が遥かに大人のようだ。
ところで、他校の生徒とはいえ、もっとも補導した方がいい人はこの人なんですが、と薫を見ながら思った優は、
「……あのー、先生。
なんで、私は補導して、薫ちゃんたちは補導しないんですか?」
と訊いてみた。
だが、伊吹は、まだアームの位置を調節しながら、
「別に補導しなくていいだろ。
こいつら悪いことしてないし」
と言う。
悪いこと――
してなくはないような、と完全に着崩していて、何処のだかわからない制服になっているうえに、髪の色まで違う薫たちを見た。
「あのー、薫ちゃんとか、金髪なんですけどー」
と言って、薫に、
「なんで、集中的に俺を売るわけ……?」
と言われてしまったが。
いやいや、たまたま目立つ感じにそこに居るからだ。
伊吹はアームを見たまま、言ってくる。
「見た目だけで、不良と決めつけてはいかん。
ハーフかもしれないじゃないか。」
いや……薫ちゃん、明らかな日本人顔ですよね。
「ともかく、下校途中にゲーセンに寄るな」
と言われ、
「みんなも帰宅途中ですよ」
と言ってみた。
「いったん、帰って、制服のまま、出て来たのかもしれないじゃないか」
……じゃあ、私もそうなんじゃないですかね?
と思いながら、こちらを振り返りもしないその背を見ていると、伊吹は、
「ともかく、女子は駄目だ。
特にお前のような可愛い女は。
誰にナンパされるかわからないじゃないか。
連れ去られるかもしれないし」
と本気で言ってくる。
連れ去られるって……タコとかにですかね? と思いながら、結局、一緒にアームの動きを眺めていると、
「高見」
と振り返らないまま、伊吹は、高見に呼びかけていた。
「さっきから、お前の方の舎弟がずっと外で待ってるぞ」
「……舎弟じゃないですよ」
そう笑わずに高見は言っていた。
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