第149話 お手上げ

 微かに感じていた振動が止まってハッとなる。


 馬車が止まった?


「やだ、私ったら」


 今一瞬寝てた? こんな時に?


 内容は思い出せないけど何だか懐かしい夢を見ていた気がする。夢の中ではアリアが私を庇って……って、そんな場合じゃないよね。


 慌てて顔を上げればラーと名乗った少女と目があってドキリとした。でもその横にはちゃんとドルドさんがいてくれて、それに私はホッと息を吐いた。


「お姉ちゃん。馬車止まったね」

「そ、そうだね。ちょっと見てくるから、二人はここにいてね」


 ラーちゃんと離れられることにホッとしながら、私は御者台へと続く窓を開ける。途端、朝の新鮮な空気が肺を満たした。


「おっはー。ってな気分でもないけど。頭痛はどんな感じ?」

「大分よくなったかな。ごめんね。一晩中御者をやらしちゃって」


 あの子を警戒するあまり御者の交代について頭が回らなかった。なのに一瞬とはいえ寝ちゃうなんて凄い罪悪感。


「全然オッケー。それよりももうすぐエルフの里だよ。何かカイエルさんに聞いてたのよりちょっと遠かった感じなんだけど」

「距離的には聞いてた通りだと思うよ。多分私達が馬車での移動になれてなかったせいじゃないかな」

「確かにね。馬車って授業で殆ど使わなかったし。思ったよりも大変……あっ、シロはちゃんと仕事してくれてるからね。偉いぞ~」


 前を歩く白馬の尻尾が嬉しそうに揺れた。


「止まれ」

「わっ!? 何々……って、エルフか」


 木の上にとても綺麗な女性が立っている。美女の耳はツンと尖っており、その手には弓が握られていた。


「人間、一体何の用でここまで来た? ここから先はエルフの領地だぞ」

「えーと、私達はアリリアナ組って言って、カイエルさんに許可を頂いてやってきた感じなんですけど」

「兄さんに?」

「兄さん? ということは貴方がメローナさんな感じ? カイエルさんの妹の」

「そうだ。どちらがドロシー•ドロテアだ?」


 え? 何でここで私の名前が出てくるんだろ?


「あの、私がドロシー……ですけど」

「貴方が」


 メローナさんは木の上から重力を感じさせないヒラリとした動きで舞い降りた。そして馬車の側で地面に片膝を付く。


「里がシャドーデビルに襲われた際、助けを呼びに行った兄が無事に戻れたのは貴方のお陰だ。感謝する」

「そ、そんな。あれは私だけの力じゃありませんから」


 謙遜でもなんでもなくて、皆の力があったから倒せたのに、何か時間の経過とともにシャドーデビル討伐が私一人の手柄になってて、皆に申し訳ない。


「とにかく頭を上げてください」


 片膝をついている人を馬車の上から見下ろすのはすっごい気が引ける。私は慌てて御者台から飛び降りた。


「兄さんの言ってた通り、貴方は優しい人間のようだな」


 そう言って微笑むメローナさん。木の上から見下ろされていた時は綺麗だけどちょっと怖そうな人だなって思ったけど、全然そんなことはなさそう。


「はい。一応自己主張しておくと、ここにも優しい人間はいる感じです」

「貴方は?」

「よくぞ聞いてくれました。私こそがアリリアナ組の隊長、アリリアナよ」

「ああ。貴方がヘンテコなクラン名の発案者」

「ガーン!? へ、ヘンテコ? ド、ドロシ~、初対面のエルフが虐める感じなんですけど」

「ア、アハハ。えーと、と、とにかく私達はカイエルさんの知り合いで、それでその、里に入れて欲しいんですけど、良いですか?」


 私の質問にメローナさんはとても綺麗な微笑を見せてくれた。


「勿論だ。元々拘束するつもりだったからな」

「ありがとうござ……へ? あの、今なんて言いましたか?」

「拘束すると言った。抵抗はするなよ」

「ええっ!?」

「ちょっ、ドロシー。何か私達、囲まれてるっぽい」


 アリリアナに言われて周囲を見回す。……本当だ。木々の上に弓を構えたエルフが沢山いる。


「ど、どうして? どうしよう」

「どうするも何も、この状況で私達に出来ることは一つだけよ」


 凄い。アリリアナ、こんな状況なのに全然怯んでない。何か考えがあるのかな?


「それは?」

「それはね……お手上げよ」


 そう言って両手を上にあげるアリリアナ。


「え? えーと……アリリアナ?」

「ほら、何してるの? ドロシーも早く上げる感じで」

「う、うん」


 そんなこんなで私達は捕まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る