第150話 郷土料理

「本当に申し訳ない」


 金色の、男性にしては長い髪がハラリと肩から垂れる。


「あっ、いえ、全然気にしてませんから。だから頭を上げてください。それよりもどうして私達の中に魔物がいるって気付けたんですか?」


 私の質問にカイエルさんは頭を上げると、手振りでソファに座るよう勧めてきた。


 太い木の枝で編まれた椅子は見掛けに反してふかふかだ。


「実はニ日程前、里にラミアが現れてね」

「ラミア!? 特Aの? どうしてそんな存在が?」


 危険指定特A。これに指定された魔物は例外なく年齢による成長補正が大きく、百を超えたものになると純粋な力だけで小国に匹敵すると言われている。数の暴力を無効化する性質さえ把握すれば倒すことが出来る危険指定Sの魔物よりも、むしろ単純な強さを誇る特Aの方が危険だと認識してる冒険者も多い。


「最近の魔物事件多発化に触発されたのか、理由は分からない。私達はとにかく全力で迎え撃ち、これを撃退した」


 ラミアに勝っちゃうなんて流石はエルフだ。かつて魔族と人類が敵対していた時代、人類の守護者と謳われただけのことはある。


「ただその際に困ったことになってね」

「困ったこと……ですか?」

「ああ。重症を負った奴は我々の隙をついて里の子供に擬態をした」


 私の脳裏にラーちゃんの姿が浮かんだ。


「奴の擬態は恐ろしいほどに精巧で我らの如何なる魔法を持ってしても見抜くことができずにいる」

「エルフの魔法でもですか? あの、ラミアが化けたのは里の子供なんですよね? それならどんなに姿を似せても話せば分かるんじゃないですか?」


 ドッペル族ならまだしもラミアが魔法で化けてるだけなら子供のご両親が気付きそうなものだけど。


「奴は子供に化ける際、子供に深い眠りの魔法を掛けている。これは時間経過とともに解ける代わりに無理に解除しようとすると対象の命に関わる厄介なものだ」

「そんな魔法をかけると言うことはラミアも?」

「ああ。奴の場合は自分からだろうが、今里にはまったく同じ容姿の子供が二人いる状態だ。そのどちらも深い眠りについている」


 成程。ドッペル族でもないラミアがエルフの魔法を誤魔化せているのも睡眠という限定された状態だからなんだ。


「でもラミアはどうしてそんな手段を。幾ら重症を負っていたからって時間が経てば起きるんだから意味がないような……」


 むしろ子供に化けずに逃げた方がチャンスがあったんじゃないかな。それとも何かの作戦? 考えられることは……


「もしかして……仲間が?」


 自分一人なら詰んだ状態でも仲間がいるのなら話は変わる。助けが来るまで耐えれば良いだけなんだから。


「我々もその可能性を危惧している。だから襲撃に備えて警戒を強めていたのだ」

「そういうことだったんですね」


 初めから魔物が来ることを警戒したからこそ、私達の中に魔物が潜んでいることに気づけたんだ。


 それにしてもラミアだなんて……ラミア……何だろ? その名前を聞いているとーー


 ズキリ。


「うっ!?」

「どうかしたのかね?」

「い、いえ。それよりも皆とはいつ会えますか?」


 拘束された私達はエルフの馬車にそれぞれ乗せられたので、あれ以降アリリアナ達とは会えていない。


「念の為、君と同じように魔法によるいくつかの検査を受けてもらっている。終わり次第合流出来るので大広間で待っているといい」

「大広間……ですか?」


 名前からして広い部屋ってことだよね。五人ばかしを集めるには大袈裟な気がするんだけど。


「君達のリーダーが言ってたが朝食がまだなのだろう? こちらから招いての無礼。君も要望があれば何でも言ってくれ。出来る限り叶えよう」

「あの、私達ギルドの依頼を受けてまして。それで……」

「花畑への許可は出してあるので好きな物を持っていくと良い。ああ。ただ中には危険な種類もあるのでどれを取ったかは後で教えてくれるかな? 恩人を犯罪者にするわけにはいかないからね」

「あっ、それなら大丈夫です。私は魔力種取扱いの資格を全種持ってますから」

「ほう。それは凄いな。魔法薬剤師を目指しているわけではないのだろう?」

「ア、アハハ。勉強が趣味なので」 


 元々はアリアに対抗して沢山取った資格だけど、冒険者として活動する際、思った以上に役に立つ場面が多くてちょっと嬉しい。


「どうやら余計な心配だったようだね。それでは広間に案内しよう」


 カイエルさんに続いて移動する。木造建築はエルフが考案したものだけあって、今私たちがいる建物はメルルさんのお屋敷によく似ていた。自然との調和を目指したエルフの作り方を和式と呼ぶんだけど、庭園なんか独特な作りでついつい目移りしちゃう。


「あっ。ようやくきた。先に頂いちゃってるからね」


 畳が敷き詰めらた大きな部屋。そこにある料理がこれでもかと並べられたテーブルの前でアリリアナが手を振ってきた。


「それでは私はこれで、仲間も直ぐに来るのでゆっくりすると良い」

「はい。ありがとうございます」


 カイエルさんの背中を見送ってからアリリアナの所へ行く。


「すごい量だね」

「だよね~。エルフの郷土料理が食べたいって言ったらこの量が出てきて、密かに焦ってる感じです」

「……え~と。それ無理に全部食べる必要はないからね? エルフは普段食事を取る機会が少ない変わりに、何かの機会で溜め込んだ食料を使って料理を大量に作るの。それで残った物に保存魔法を掛けて数ヶ月、あるいは年単位で少しづつ消費していくんだよ」


 って、以前読んだ本に書いてあった。


「うっそ? 私の胃袋の真価が問われてる感じじゃないの?」

「どちらかと言えば知識が問われてる感じだったかも」

「マジか~。……まっ、美味しいからなんでも良いけどね。ほら、ドロシーも一緒に食べよ」

「うん」


 アリリアナの隣に座る。エルフの郷土料理を謳うお店は珍しくないけど、本物のエルフが作った料理を食べるのは初めてだ。


 やだ、こんな状況なのに、ちょっとワクワクしちゃう。


「あら、良い匂いですわね」

「ほう。エルフの郷土料理ですか」


 イリーナさんとロロルドさんも大広間にやってきた。


「ほら、二人とも座った座った。とっても美味しい感じだから」

「それは楽しみですわね」

「仕事中でなければ一杯飲みたいところですな」

「確かに~」

「アリリアナは最近ちょっとお酒飲み過ぎじゃないかな?」

「疲れた時に飲む一杯がメチャクチャ美味くて。ドロシーには分かんない感じ?」

「うーん。どうだろ。徹夜明けに飲むポーションの美味しさなら分かるかも」

「いや、お酒より体に悪い感じじゃん。それ」

「アリリアナ殿、私には分かりますぞ。疲れた体に染み渡るお酒の味が。まさに大人の味ですな」

「あら、ワインは心身に余裕のある時少量楽しむモノですわよ」

「この間限界まで飲んでゲーゲー吐いてた人が何か言ってる感じなんだけど」

「シー。聞こえちゃうよ」

「そこの二人、何か言いたいことでもありますの?」

「「いえ、何も」」

「ハッハッハ。まぁまぁ良いではありませんかお嬢様。食事は楽しくとるものですぞ」

「別に怒ってはいませんわ。……あら、美味しい」

「え? どれが?」

「これですわ」

「どれどれ。……わっ、本当だ。ってか見掛けとのギャップが凄い感じなんだけど。ほら、ドロシーも食べてみてよ」 

「うん」


 私は何かを包んでいる緑色の葉へと箸を伸ばす。初めて食べるエルフの料理はとっても美味しかった。

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