第148話 ジロー
「待ってくれ、アリアさん」
もうあんな所まで移動してる。普通に歩いているようにしか見えないのに、メチャクチャ早い。
オオルバさんの魔法店を出た俺は、すっかり遠くなったアリアさんの背中を慌てて追いかけた。
「確認しておきたいんだが、一緒に来るってことでいいのか? ……な、何だよ?」
追いついた俺にアリアさんは何故か掌を向けてくる。
「導きの葉を出して」
「へ? あ、ああ。でも王都から出るのに使えるのか?」
導きの葉は洞窟などを探索するとき、先がどのような地形になっているのかを調べる為の式神型魔法具だ。その形は制作主によって様々だが、オオルバさんが用意してくれたモノはーー
「……妖精の形か」
バックから取り出した小瓶の中には羽を生やした人型の式神が入っていた。妖精の姿を模した式神自体はそこまで珍しくないのだが……
「ただの式神だよな?」
小瓶を揺らしてみても、中で眠るようにして膝を抱えている小人はピクリとも動かない。
「レオ」
「へ? あ、ああ。ほら。でもコレどうやって出すんだ?」
俺から小瓶を受け取ったアリアさん。彼女は蓋を開けると瓶を逆さにして上下に激しく振った。
「いや、シェイカーじゃないんだから」
もう少しマシな取り出し方はないのだろうか。
俺がカクテルを作ってるかのような軽快なシェイクに呆れてると、瓶から叩き出された式神が羽を広げた。
「王都から出たいから警備が手薄なところを探して来て」
式神はアリアさんの言葉に一つ頷くとパッと姿を消す。魔物に発見されにくいよう導きの葉に隠密性を付与する製作者は割と多いが、完全に姿を消せるものは初めて見た。
「葉が戻ってくるまでの間どうする……って、だから待ってくれって」
式神を放ったアリアさんはまたも一人でさっさと行ってしまう。
「あのな、俺がいないとドロシーさんの居場所分からないだろ」
「正門をバレずに抜けるのは難しそう。西か東……物資の搬入によく使われる西門が手薄?」
「頼むから会話しようぜ」
こんな時だがちょっとだけドロシーさんの苦労が分かった気がする。天才には変わり者が多いって聞くが、アリアさんはその典型って感じだな。
仕方なく俺は白いローブの後ろを大人しく付いて行くことにした。アリアさんが肩越しに振り返る。
「いいの?」
「は? なにが?」
「第一級警戒体制の時に許可もなく王都を出たら犯罪」
「ああ、そのことなら問題ないだろ」
「?」
「だって、まだサイレン鳴ってないからな。警戒体制に入ったのを知らない市民が外に出るのは犯罪じゃなくて、事故の類だろ?」
「そう」
冗談めかして言ってみたのだが、アリアさんはニコリともしてくれなかった。
「大体そう言うアリアさんの方こそ大丈夫なのかよ」
「何が?」
「親父さんだよ。アリアさんは俺と違って立場があるんだから、こんな状況下で王都を出て行って大丈夫なのか?」
今回のアリアさんの行動、とてもじゃないが、あの親父さんが許すとは思えないんだが。
「問題ない」
迷いのない声。これだけハッキリと断言するってことは本当に許可を取ったんだろうか?
首を傾げつつも俺はアリアさんに続いて西門への近道となる裏道、その角を曲がった。するとーー
「いや、問題はありますからね」
男が一人、人気のない道を占領するかのように立っていた。
「……ジロー」
「ご当主様がお呼びです。屋敷にお戻りください」
ドロテア家の人間……だよな?
中肉中背で黒い髪と瞳。執事服を着ている以外、これと言って特徴のない容姿の男。だが魔法貴族ドロテアに仕えているなら一流の魔法使いである可能性が高かった。
「少し出かけてくる。そう伝えておいて」
「いや~、出来れば自分もそうしたいんですけど、ご当主様からは抵抗するようなら力尽くでも構わないと仰せ付かってるんですよね」
「アイツは懲りずにまたそういうことをしてるのかよ」
以前ドロシーさんを連れ戻そうと実力行使してきたアイツの姿を思い出して、つい声が低くなってしまう。
「はっはっは。そう怖い顔しないでくださいよ。分かってます? 問題行動を取ってるのはそっちなんですからね」
「うっ。それは……まぁ」
クソ、言い返せないのが悔しいぜ。しかしどうする? 俺とアリアさんならこのジローという男を倒すことは出来るだろうが、ここで暴力に訴えるのはなんか違う気がした。
……いっそのこと、アリアさんには屋敷に戻ってもらって俺一人でドロシーさんを助けに行くか?
それが一番誰も困らない選択のような気がした。悩んでると葉が戻ってきてアリアさんに耳打ちする。
「ん? 妖精? いや、式神か。アリア様のものですか?」
妖精の形をした式神はアリアさんの周囲を何度か泳ぐように飛びまわると、ついて来いとばかりに手招きした。
「王都を出れる方法を見つけたみたい」
式神の後を追うアリアさんの前にジローが立ち塞がる。
「いや、だから王都を出ないでくださいって話なんですよ」
「ダメ。退いて」
「え~? 困ったな。ご当主様の命令でなければ聞くんですけど」
ジロー……さんは困った様子で頭を掻くが、引くつもりはないようだ。二人の間に不穏な空気が立ち込め始めた。
「待ってくれアリアさん。あの親父さんの言う通りにするのは癪だが、アリアさんは王都に残った方がいい。ドロシーさんは俺に任せてくれ」
アリアさんがいた方が心強いが、ここで騒ぎを起こして王都から出られなくなる方がまずい。それにどんな危険が待ち受けているかも分からない所にドロシーさんの妹を連れて行くのは、今更ながらに気が引けた。
「レオ君、多少ヤンチャではあるが、君は話せば分かる男だと思っていたよ」
「俺のことを知ってるのか?」
「もちろんだとも。ご当主様がずいぶんと気にかけていたからね」
「それは……そうか」
全然嬉しくない情報だ。当たり前だが、以前ドロシーさんを助けに屋敷に殴り込んだことを根に持たれてるみたいだ。
「さぁ、アリア様、レオ君もこう言ってますよ。早く帰りましょう」
「……分かった」
「えっ? 本当に?」
素直に頷いたことが意外だったのか、ジローさんが驚いた顔をする。いや、正直俺も意外だったけど。もっとごねるかと思った。
「移動するのに物入りな状況があるかも知れない。ジロー、レオにお金を渡して」
「それで戻ってもらえるならお安い御用ですよ。ただ手持ちが少なくて。悪いね。これくらいしかないんだ」
「い、いや、そんなことしてもらわなくても大丈夫ですよ」
王都を出るだけなのだからお金を貰っても使い道がない。というか、少ないと言いつつ、ジローさんの財布から出てきたお金は個人が持つには結構な額だった。
「いいから。いいから。これでアリア様に大人しく戻ってもらえるなら安いものだよ」
ニッコリと笑うジローさん。その時俺は見た。ジローさんの背後で金属バットを天高く振り上げる女の姿を。
「お、おい!?」
「ん? なんだ……」
ガツン!
「いっ!?」
「おまっ、嘘だろ?」
俺は慌てて白目を向いたジローさんが変な倒れ方をしないように体を支えた。
「あのな、いくら魔法使いだからってそんなことしたら死ぬかもしれないだ……ろ? あれ? これは……」
傷がない? その代わり変な魔力がジローさんにこびりついていた。
「ぐっすりバット君(改)。打撃力を睡眠の魔法へと変換する魔法具」
バットの効果を説明するアリアさんは何処となく得意げだ。しかしあんな魔法具まで持ってるなんて、流石は魔法貴族ドロテアだな。
「……それでジローさんはどうするんだ? こんな所に放置はできないぞ」
アリアさんは通りの向こうにある宿屋を指さした。
「なるほど」
しかしもっと穏便な方法があるだろうに。
俺は溜息をつくと、意識のないジローさんを抱えた。使用人の手から零れた金貨が抗議するかのように音を立てた。
それにアリアさんはーー
「宿代はそれ使って」
そう言って、金属バットをローブの中に仕舞うのだった。
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