第75話 テント
森に入って一時間くらいで水場を発見。皆で話し合った結果、テントは水場から少しだけ離れた、比較的開けた場所に張ることにした。
「ふっふっふ。見て見てドロシーさん、今日の為に購入したとっておきの岩型偽装テント」
「おい。今置くからちょっと待てよ」
レオ君が背負ってるリュックからアリリアナさんがテントを引っ張り出した。
「魔力を送り込めば……よし、膨らんだ。どう? どっから見ても岩じゃない?」
「本当だ。質感も完璧だし、凄く頑丈そう」
魔物が生息する地域で気をつけることは山のようにあるけど、その中でも睡眠中の安全をいかに確保するかはとても重要な問題。このテントなら安心して寝られそう。
「勿論結界魔法具も買っておいたから……あっ、この指輪がテントへの入城キーね。一応予備が一つあるけど、無くさないように気をつけてね」
受け取った指輪をつけてから目の前の岩のようなテントに触れてみると、岩の表面が布切れのようにペラリと捲れた。
「わぁ、外から見えるよりも広いね」
「三人で寝るには十分な感じでしょ」
「うん……うん?」
あっ、そうか。当たり前だけどレオ君と同じ空間で寝起きするんだ。……どうしよう。それってちょっとーー
「男の俺がいたら気が休まらないだろう。寝袋だけ貸してくれたら俺は外で寝るぞ」
「ダ、ダメだよそんなの」
危険指定地ではどんなに高価な魔法具で防御を固めても絶対に安心とはいかないのに、レオ君一人をテントの外でなんて寝かせられない。
「ちびっ子が何遠慮してんのよ。まぁ? 私やドロシーさんみたいな美女が二人もいたら意識するなって方が難しい感じなのかもしれないけどさ」
「そ、そんなんじゃねーし」
「ならちゃんとテントの中で寝るように。……さて、私は今から結界魔法具の設置をするから、二人は警鐘石を撒いてきてくれない?」
生物が発する魔力に反応して、索敵版を光らせて近づいてきた生物を教えてくれる警鐘石。テント型魔法具や結界魔法具に比べたら面倒臭がって使わない人もいるって話だけど、これを撒いておくかどうかで危険指定地での死亡率がかなり変わるって本に書いてあった。
「分かった。荷物はここに置いとくぞ」
「すぐ戻ってくるけど、その間一人で出歩いちゃ駄目だからね」
「りょ~かい。二人も気をつけてね~」
レオ君と一緒にテントを出る。外から見るとテントは本当にただの岩みたい。
「これ、高かったんじゃないかな」
ローブにもお金使ったって言ってたけど大丈夫なのかな? アリリアナさんは要らないって言ってたけど、皆で使うものだし、後でもう一度私もお金を出すよって提案してみよう。
「アイツ昔から欲しいのものがあると後先考えずに購入するからな」
「……アリリアナさんのこと詳しいんだね」
「詳しいって言うか、子供の頃からの付き合いだからな」
「幼馴染みなんだっけ。センカさんとも」
十年近く一緒にいたら仲良くなって当然だよね。……十年か。十年後、私達はどうなってるんだろう。冒険者としてベテランになってるのかな? それとも冒険者を辞めて普通のお店で働いてるのかな。どちらもあり得そうだけど、その時も皆と仲良いままだといいな。
「ドロシーさんにはいないのか? 子供の頃から付き合いのある相手」
「私は……勉強ばかりだったから。だからレオ君がちょっと羨ましいかも」
勉強と魔法の訓練ばかりしてきたから、人付き合いなんて最小限で身内以外の人間関係なんてないも同じだった。その身内との人間関係にしても決して良好とは言えなかったし。
……アリア、今どうしてるのかな?
家にいるときはアリアのことを考えるだけで憂鬱だったのに、家を出て皆と遊んだり、こうして冒険したりしていると、あの息苦しかった屋敷に懐かしさのようなものさえ覚えるから不思議。まだ家を出て一年と経っていないのに、もう何十年と昔の出来事のように感じちゃってる。
ふと隣を見ると、レオ君が何か言いたげに私を見てた。
「どうしたの?」
「これからは俺が……俺が、その……」
「俺が?」
「あ、いや、お、俺達がいるんだから別に羨ましがる必要なんてないだろ? って言いたかったんだよ、うん。姉貴もドロシーさんと友達になれたって言って喜んでたし、アリリアナやセンカも、それにその、勿論俺もな」
「レオ君……ふふ」
「な、なんだよ?」
「ううん。なんでもないの。ただちょっと嬉しくて。ありがとね」
「お、おう。ってか早く終わらせようぜ」
「そうだね」
レオ君と今こんな風に話せてるのもリトルデビルとの戦闘の時、アリアが助けてくれたおかげなんだよね。ずるずる引き伸ばしてきたけど、街に戻ったらちゃんとアリアにお礼を言いにいこう。
「よし。警鐘石を撒き終えたな」
「うん。これで今晩は大丈夫そうだね」
「ああ。……でもこうして見ると警鐘石と普通の石って見分けがつかないな。アリリアナが磁力石持ってきてなかったら回収は無理だな」
「大丈夫でしょ。アリリアナさん、しっかりしてるし」
「ドロシーさんはアイツの適当ぶりを知らないからそんなこと言えるんだよ」
そうかな? 確かにちょっと気まぐれなところはあるけれど、自分のやりたい事に真っ直ぐなアリリアナさんは凄い人だと思う。……私もあんな風になれたらなぁ。
「あれ? テントは……」
「レオ君、あの岩だと思うよ」
「おおっ!? やばい。一瞬まじで分からなかった」
「ふふ。偽装型のテントだとよくあることみたいだから気をつけないとだね。ただいまアリリアナさん、継承石撒いてきた……よ?」
「なっ!?」
「ありゃ」
テントの中のアリリアナさんはタオルで体を拭いてる最中で、体を拭いている以上タオルが触れているのは当然素肌なわけであって、つまり、その……ス、スッポンポンだ。アリリアナさんが生まれたままの姿を晒しちゃってる。
「レ、レオ君は見ちゃ駄目」
「お、おう」
「アハハ。見られちゃったか。まぁいいや。二人もどう? 気持ちいいよ」
「いいから。まずは服を着て!」
やっぱりアリリアナさんみたいになるのは私には難しいかもしれない。裸を見られてもまるで動じない友人を前に、私は強くそう思った。
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