第74話 到着

 途中何度かの休憩を挟んだけど、王都を出てからそろそろ五時間。距離的にそろそろ……あっ、遠くにうっすらと見えてきたあの森。多分あの森が目的地である危険指定地C3だ。長距離をこんなに走るのは久しぶりで少し前から息が苦しくなってきてたから、目的地が見えてホッとしちゃう。


『バイタリティアップ』を使用しているのに息が切れ始めるのは魔法の力だけで肉体を動かすのに無理が生じ始めている証拠。五時間ちょっと(それも途中休憩あり)走っただけで息が切れるなんて……。最近ちょっと魔法の鍛錬怠けすぎてたかも。


 先頭を走るアリリアナさんが森に入る少し手前の見晴らしの良い場所で足を止めた。


「ハァハァ……よ、よし。到着。皆ちゃんとついて……ハァハァ……き、きたわね。ほ、褒めて……ハァハァ……つかわす」

「お前が一番バテてるじゃねーか」


 呆れたような顔を浮かべるレオ君だけど、それでも地面にへたりこむアリリアナさんの為にタオルを手渡してあげる。


「サ、サンキュ~」

「水も飲むか?」

「飲む~」


 レオ君は背負っていた荷物を地面に置くと、そこから水筒を取り出した。


「飲みすぎるなよ。水系の魔法は得意じゃないんだ」

「あっ、飲水くらいなら私が出せるよ」

「ハァハァ……さ、流石はドロシーさん。それじゃあ遠慮なく」


 アリリアナさんの喉が盛大に音を立てた。


「おい、ドロシーさんの魔力だって無限じゃないんだぞ」

「私は大丈夫だよ。水筒一杯分くらいなら全然たいしたことないし」

「本当に?」

「うん。本当だよ」

「そうか。……でもやっぱあれだよな。水系の魔法が使えるのってこういう時に便利だよな」

「レオ君だって出来るでしょ?」


 確かに属性の得て不得手は人によって違うけど、レオ君くらい魔力が高ければ威力のあるなしは置いておくとして、基本の魔法は全部使えてもおかしくない。


「昔から水系の魔法は大の苦手で、コップ一杯分で魔力がすっからかんになるくらい効率が悪いんだ」

「そ、そうなんだ」


 人体は水分でできていると言っても過言ではないから、水系の魔法が苦手な人は治癒魔法が不得手な場合が多いというデーターがあるんだけど……多分レオ君も知ってるだろうし、今話すことじゃないよね。


「ぷはぁ~! ……あ~、生き返った。ここ最近旅館の仕事ばっかりでちょっと怠けすぎてたかも。てかレオ君いつの間にそんなタフガイな感じになったわけ?」

「いつの間にって言うか、子供の頃とは違って当然だろ。つーか、この中でバテてるのはアリリアナだけだし、俺じゃなくてアリリアナの体力と魔力運用に問題があるんじゃないのか?」

「わ~ん。ドロシーさん、ちびっ子が虐めるよ~」


 わっ!? アリリアナさんが抱きついてきた? こんな時は……えっと、あ、頭を撫でてみよう。

 

「わ、私もアリリアナさんの言う通りレオ君が凄いと思うよ。一番重い荷物持ってる上にそんな重そうな剣まで担いでいるのに」

「まぁ荷物は確かに俺が一番重いだろうが、ドロシーさんだって全然疲れてないじゃないか」

「え? それは……う、うん。学校を卒業しても適度な運動は欠かさなかったから」


 ……張らなくても良い見栄張っちゃった。でも年下のレオ君が平気そうなのにアリリアナさんに続いて私まで疲れてるとはちょっと言いにくいし。


「やっぱドロシーさんは凄いな。俺ももっと頑張らないと」


 ううっ。レオ君の目を真っ直ぐ見られないよ。帰ったらちゃんと運動しよう。


「それでアリリアナ、お前はいつまでドロシーさんにくっついてるんだよ」

「もうちょっと。ドロシーさんって何かいい匂いして落ち着く感じなんだよね」

「ええっ!?」


 に、匂いって……。だ、大丈夫だよね? 良い匂いって言ってくれてるし、出掛ける前に虫除けも兼ねた消臭ジェルを体に塗っておいたし……あれ? なのに良い匂い? あっ、そうか。ロープとかにも消臭ジェルをつけないと匂いは完全に消せないんだ。


「馬鹿なこと言ってないで早く移動しようぜ。暗くなる前にテントを張る場所を決めないと夜を越すのが面倒になる」

「そだね。残念だけどドロシーさんの匂いはまた今度堪能することにしようかな」


 ……匂い消し、欠かさず持ち歩くことにしよう。


「今から森に入る感じだけど、今日は採取はせずに拠点作りを優先するってことでオッケー?」

「うん」

「ああ」


 何となく少しだけ離れた場所でこちらを見ている試験官さんに視線を向けるけど、アマギさんは特に何も言わなかった。


「ここからは魔物との遭遇を意識してフォーメーションチェンジよ。先頭はレオ君、ドロシーさんは真ん中。んでもって私は最後尾な感じね」

「「了解」」

「それじゃあ出発!」


 そうして私達は同じ危険地でもFやDと違って、一般の人が護衛なしに入ることは決してない森の中へと足を踏み入れた。

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