第9話 朝霧冴子2-2
やがて資料を読み終えた冴子は美春の頭でも理解できるよう簡潔さを心掛けながら話しだした。
「今回の任務は、先日壊滅した秘密結社の残党の確保です」
「秘密結社?」
「はい。市内で活動していたアニマと名乗る組織です。構成員は皆、錬金術師であり、非合法、非人道的な研究を重ねていた危険な集団です。調査の結果、先日まとめて逮捕するにいたりました」
「そういえば、そんな話もあったな……」
冴子は頷く。大掛かりな仕事で、二人は関わることはなかったが、それでも話くらいは時折耳にはしていた。
「で、残党っていうのは? なんで逃したんだ?」
「正確には、市内で活動していたアニマの構成員は全て逮捕、あるいは抵抗し死亡したそうです。逃したのは人間ではない者たちです。錬金術師達の作ったゴーレムと呼ばれるものです」
「なんだそれ」
美春のポテトを摘む手が止まった。目を細め、少しだけ体を前に乗り出す。
「古代では、土で作られた人形のことを指すそうです。作り上げた術者の命令通りに動き、知能は低いですが、人間よりも遥かに優れた戦闘力を有します」
「ふうん、ゲームとかで見たことある奴か」
冴子はゲームをやらないが、弟が遊んでいるのを見かけたことがあり、美春が何を想像しているのか理解できた。そのため首を横に振って、
「現代のゴーレムは昔のような無骨なものではないそうです。もちろんそういうものを造ることも可能なそうですが、今回彼ら……アニマの錬金術師達が作ったゴーレムは二体ともかなり精巧な見た目をしているようです。遠目からではほとんど人間と変わらないほどだとか。報告では、二人とも少女、私達と同じ程度の年齢の容姿をしています」
「へえ」
美春は先程と打って変わって真面目に聞いていた。興味のあるなしが分かりやすい。冴子はため息を吐きたいのをぐっと堪える。美春とパートナーを組むようになってすでに半年近くが経とうとしている。美春の扱い方は少しずつだが分かってきたつもりだ。
美春は不真面目で、興味のないことには一切手を出そうとしない。それでも美春が超常現象対策局で働いているのは、彼女にとってここが、戦える場所だからだ。
対策局に来る前、美春はまさしく不良であり、あちこちで喧嘩をしていた。中学生の女の子ではあるが、美春には戦いのセンスがあり、なおかつ普通の人間にはない力があった。それを用いて美春は好き勝手に暴れていたのだ。
超常現象対策局は、無差別に未知の力を扱うものを許さない。美春は捕まり、危うく投獄されるところだった。しかし優秀な人間はいくらでも欲しい対策局は、美春を使うことにした。罪を帳消しにする代わりに、対策局のメンバーとして働くこと。逆らうなら問答無用で逮捕すると。
だからと言って、気に入らないことしかさせられないのなら、おとなしく従う美春ではなかった。美春が対策局の提案を受け入れたのは、美春にとってもメリットがあったからだ。
美春は戦うことが好きだ。肉に飢えた獣のような目をいつもしている。殴り、殴られ、命を奪い合う。そういう生活を望んでいる。
だから美春にとって事件を追う目的というのは、事件を追うことで敵と戦えることなのだ。冴子には本当の意味では理解できない価値観だが、美春がそういう人間であることはこの半年間で身に沁みて分かってきた。
だから、美春を食いつかせるのに必要な餌もよく理解していた。
「少女の姿をしていると言っても、ゴーレムはゴーレムです。その戦闘力は、人間の非ではありません。少なくとも私では相手にならないでしょう。確保するには、高い戦闘力を持つ人が必要です。どうです、興味が出てきましたか?」
「……ああ。そりゃあ良い」
美春は笑みを浮かべてポテトをまとめて放り込んだ。飲み込む頃には、すっかり上機嫌になっている。
冴子はファイルを見下ろし考えた。美春は危なっかしいが、頼りになる相手だ。戦いになれば、サイキックの力として戦闘向きではない自分よりも遥かに強い。しかしゴーレムというのがどれほどの実力を持っているのかは分からない。油断はできないだろう。
なぜ冴子と美春の二人だけにゴーレムを捕らえる任務が言い渡されたのか。それは、二体のゴーレムは危険ではあるが、大した重要性はないと判断されたからだろう。ゴーレムを指揮する人が今はいない以上、あの二体のはぐれゴーレムとは言ってしまえば野犬、いや危険性で言えば人里に降りてきた熊のようなものだ。対処しなければならない危険な存在であるのは間違いないが、そこには複雑な企みや悪意はない。この世界では常にもっと陰湿で恐ろしい超常現象が日々起こり続けている。
冴子はページを捲りながら、報告書に記された二体のゴーレムについて思いを馳せた。報告書の中には、粗いが、二体のゴーレムを写した写真もあった。その二体は確かに人とよく似ていた。だが、ゴーレムというのはどんなに人に近い姿を持っていたとしても、人間のような性格や意思というものはない。代わりに製作者の命令を実行するという目的だけがあるそうだ。単なる機械のようなものだ。しかし、今やアニマは壊滅した。二体のゴーレムに指示を与えた錬金術師達はもういない。指揮する者達のいなくなった世界でなお、いなくなった主人の命令を守り続けてゴーレム達は彷徨っているのだろうか。もしそうなら、それは彼らが機械のような、意思も性格も持たない存在であったとしても、哀れに感じた。
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