第8話 朝霧冴子2-1


 冴子と美春はバスに乗り、三上市内にある『超常現象対策局』の支部へとやって来た。


 施設の中では局員達が忙しく動き回っている。働いているのは当然大人ばかりだが、入ってきた冴子と美春の姿が目立っているわけではなかった。建物の中には時折、冴子達と同じくらいの年頃の子どももいた。


 超常現象対策局では、子どもも組織の一員として雇い入れていた。無論、ただの子どもではない。


 そもそも超常現象対策局とは、その名の通りあらゆる常識を超えた現象に対処するための組織だった。世界には一般の人々が思っているよりも、未知で不思議な現象というのが存在する。魔法使いは存在し、そんな魔法使いの住む魔法の国という異世界も実在する。超能力者、ゾンビ、幽霊、悪魔、吸血鬼、妖怪など、全てを冴子も見たことがあるわけではなかったが、実在する事は資料で知っていた。


 この世界は人々が思っているよりも混沌とし、無秩序で危険なのだ。


 そんな人知を超えた者たちを好き勝手にのさばらせておくわけにはいかなかった。そう考えた人々と国の協力によって出来たのが、超常現象対策局だった。


 超常現象対策局はその性質上、広く知られる組織ではなく、むしろ存在を隠している組織だ。局員には常に秘匿義務があり、また未知のものの相手をするため危険も多い。名誉はなく、危険ばかりがある組織に入りたがる者は少なく、対策局はいつでも人員不足だった。


 かと言って、誰でも良いから雇い入れるというわけにもいかない。常識とかけ離れた存在によって起こされる事件を捜査し、時に戦うには、それ相応の実力が必要である。それも普通の人間として身体能力が高い、という程度ではだめだった。もっと想像を超えた能力が必要なのだ。


 そのため超常現象対策局の局員には、未知の力を持つ者が多かった。局員のほとんどは普通の人間だが、捜査や戦闘を専門とする者は特別な力を持つ人がほとんどだ。そしてその数を確保するべく、積極的に子どもも雇い入れられた。国によって運営されてはいるが、ほとんど秘密組織であり、超常現象という常識の通用しない相手と戦う組織に常識は通用しない。非常識には非常識を。超常現象対策局では数多くの特別な力を持つ子どもが働いている。


 冴子と美春も非常識な力の持ち主だった。二人はサイキックという超能力を持ち、超常現象対策局の局員として働いている。


 建物に足を踏み入れるとすぐに、冴子は眼鏡と三つ編みをほどいた。長い黒髪と理知的な瞳を持つ少女へと姿を変える。学校の中でこの格好をすれば、あっという間に人気が出るだろうというほどの容姿だった。


 それをしないのは、単に冴子の気分の問題だった。学校では真面目な優等生。しかし対策局の局員として働くには真面目なだけでは通用しない。時には強引な事もするし、必要であれば戦いもする。そのことを身に沁みて理解していた冴子は、自分の中の優等生の顔と局員としての顔を使い分けるために、容姿を切り替えることにした。元から視力は悪かったが、眼鏡からコンタクトにし、学校では伊達メガネをかけるようになった。髪を結びいかにも漫画に出てくるような優等生の姿を目指した。


 二人はまず、自らの上司に当たる人物へ話を聞きに行った。中間管理職の気苦労を一身に背負ったような中年の男は、事務的に二人に任務を与えた。ファイルを渡され、詳しいことはそこに書いてあると言われ、二人はさっさと上司のデスクから離れた。市内でも超常現象は毎日山のように起こっている。二人の仕事は多くのうちの一つに過ぎない。仕事の内容は危険ではあっても、丁寧に扱われるということは少なかった。それでも、人々を危険から守ることを使命と考える冴子に不満はなかった。


 冴子と美春は自分達の机に向かった。椅子を引いて、美春が冴子の隣へやって来る。


 美春は学校からの帰り途中で買ったファストフードの袋からハンバーガーを取り出して食べ始めた。


 口の周りをケチャップまみれにする美春の食べ方に、冴子はため息を吐いて言った。


「あのですね、もう少し行儀良く食べられないんですか?」

「ふぉふへえ。ふぉっふぉへ」

「なんて言ってるのか分かりません」


 美春はオレンジジュースで食べ物を流し込むと、


「うるせえ、ほっとけって言った」

「ほっとけませんよ。友達なくしますよ、そんな食べ方してたら」


 話している今も袋の包から、キャベツがぱらぱらと溢れている。知ってはいたが、美春は食べ方が汚い。


「そんなもんいらねえよ」

「そんなことありません。きっといつかあなたも理解します。友情の大切さを。あなたは意地を張ってるだけなんです。もう少し自分の心に素直になってみませんか?」

「勝手に決めつけんな」

「いいえ、私には分かります。あなたは本当は寂しがっているんです」

「うるせえなあ。小学校のときの養護教諭みてえだ」

「同じことを言われたんですか?」

「ああ。勝手にこっちに同情して泣きだすんだ。ほんと意味がわからん」

「良い先生じゃないですか。あなたのことを心配していたんですよ」

「ほっとけよ、あたしのことなんて。関係ないだろ」

「関係なくはありません。私とあなたは同級生で、そしてパートナーです」

「仕事のな。ああもう、めんどくせえ。先に仕事の話をしようぜ」

「む、それはそうですね……」


 冴子も美春の言い分に理があることを認め、頷いた。先程渡されたファイルを開く。


「で、なんて言ってたんだ結局」

「話を聞いていなかったんですか?」

「あいつの話はごちゃごちゃ回りくどくてあくびがでる。もっと簡潔に言ってくれ」


 美春が上司の話を聞かないのはいつものことだった。むしろ先程のように退屈でも黙って待っていてくれるようになっただけでもかなりの進歩だった。冴子が美春と組むことになった半年ほど前では、痺れを切らすと上司の胸ぐらを掴みあげたこともあったくらいだ。


 散々苦労させられたので、冴子は今更怒りもしなかった。任務を与えられても、その内容を美春に改めて説明するのは自分の役目だと割り切っていた。


 報告書がまとめられたファイルに目を通していく。美春はちらりと視線をやって、そこに黒い細々とした長文が書かれているのを確認してすぐに目を逸らした。冴子が読み終わるまで、ポテトを食べながら待っていた。


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