第7話 朝霧冴子1

【朝霧冴子】


 朝霧あさぎり冴子さえこがどんな人間かと聞かれれば、多くの人は似たりよったりな答えをするだろう。真面目、公正、誠実、勤勉、生真面目、クソ真面目、頭でっかち、堅物……などなど。


 事実、冴子は真面目な人間だった。遅刻欠席はなく、成績優秀であり、小学校から中学三年生までの現在、毎年必ず学級委員長を努めてきたほどの優等生だ。


 そんな彼女の容姿も、古風な委員長スタイルであり、後ろで結んだ三つ編みと赤いフレームの眼鏡をかけている。髪を染めたことなど一度もなく、化粧っ気もない。それでも、目つきのキツイ印象はあるが、眼鏡を外しヘアスタイルを変えれば、かなりの美人になるのではないかと思わせるほどには、顔は整っていた。


 真面目すぎるところのある冴子の性格は、人によっては疎ましく思われることもある。しかし、冴子の通う学校は比較的おとなしい生徒が多かった。また、中学三年生ともなると、少しずつだが受験を意識し始める生徒も多く、真面目で勉強のできる冴子は、「堅物、口うるさい人」という印象から「頼りがいのある人」へと変わっていた。


 帰りのホームルームが終わり、ぱらぱらと教室の中から生徒達がはけていく。冴子は自分の席で、帰りの支度をしていた。予習復習をかかさない冴子の鞄はいつも教科書でいっぱいになっている。教室を出ていく生徒が時折冴子に挨拶をし、それに冴子も答える。


 支度を終えて立ち上がった時、廊下の方が騒がしいことに気がついた。


「ねえ、あれって……」


 教室にいたクラスメイトが、廊下の一点を盗み見ながら、ひそひそと話をしていた。視線に釣られて、冴子も廊下の方を見た。


 そこには、一人の女子生徒がいた。


 褐色の肌に白髪の少女だ。ワイシャツはだらしなく第二ボタンまで開き、ゆるくリボンを巻いている。スカートは一発で校則違反間違いないとわかるほど短く、銀色のチェーンがぶら下がっていた。見た目からして、真面目な生徒ではない。


 彼女の名前は円城えんじょう美春みはる。実際、彼女はこの学校では珍しい、不良生徒という奴だった。出席率は低く、授業態度も悪い。成績も良くなく、言動は荒っぽく好戦的だった。真面目な生徒の多い学校だったから、彼女は目立ち、恐れられ、敬遠されていた。


 美春は唇を引き結び、つまらなそうな顔で壁に背中を預けていた。廊下は混雑しているが、美春の周辺だけは数メートルの空白がある。誰もが彼女を避けて歩いている。


 冴子はため息を吐いた。真面目で正義感が強く、なおかつ行動力のある冴子は昔からいじめや無視と言った行為が嫌いだった。学校内でそういった行為を発見すると、積極的に介入し解決しようと試みてきた。上手くいったこともあるが、上手くいかなかったこともある。冴子は自分の正義感に基づいた行動を後悔したことはなかったが、自分のそのような行為が人から疎まれる理由にもなっていることは理解していた。


 そういう冴子にとって、同じ学年の生徒である美春が、周りから避けられているという状況は受け入れられるものではなかった。しかしこの場合、周りの生徒を責めるわけにもいかない。誰かを虐げることを目的として、周りが一人を無視しているというような状況とは異なっているからだ。問題は周りよりも、自らを恐れさせ、避けさせようとする当人の方にある。


 冴子は、美春は根からの不良というよりも、意図的にそのように振る舞っているのだと考えていた。人と関わることの不安や恐れから、逆に周りに不安を与えることで人を遠ざけようとしている。もしそうなら美春は改心する余地がある。そして彼女の心を開かせることは自分の仕事であると冴子は信じていた。


 もちろんそれには時間がかかる。それが分かっているから、特に焦るようなこともなかったが、とにかくいつか必ず美春の心を開かせてみせると冴子は決めていた。


 しかし今日はそういう話をする時ではない。美春がわざわざ廊下にいるのは、冴子を待っているからだ。今日二人には、やらなければならない仕事があった。


 冴子は教室を出て、美春のもとまで行く。美春は特に話しかけてくることもなく、軽く目を合わせると、冴子の後を追って歩き出した。


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