第6話 柊アリサ4-2

「あの、それでですが」


 マリアが言う。


「怪盗のこと、探偵さんは何か知りませんか?」

「ごめんなさい……」


 アリサは首を横に振る。何しろ怪盗などという者の実在を知ったのもつい先程なのだ。知っていることなどあるはずもない。


「そうですか……」


 マリアはわずかに落胆の表情を見せた。怪盗の情報を持っていないとなれば、彼女にとってアリサは用済みの存在だろう。だが、このままみすみすマリアという不思議な女の子を手放す気はなかった。


「ねえ、マリア」


 机に手をつき、前のめりに話しかける。


「は、はい」

「良かったら、協力させてもらえないかしら。怪盗ミラージュを捕まえるのを」

「え!」


 マリアは驚きの声を上げた。


「ど、どうしてですか」

「私は探偵だから。探偵にとって、怪盗を捕まえるのは仕事というより、使命みたいなものなのよ」

「は、はあ。そうなんですか……?」


 マリアは納得いっていない様子ながらも頷く。


「そう。それにね、探偵は人探しとかは得意なのよ。私が協力すれば、きっと怪盗もすぐに見つかるわ」

「で、ですけど……。危ないですよ? 相手は泥棒……犯罪者です。どんな危険があるのか……」

「確かにそうね。でもそれは、あなた一人の場合も同じでしょう。むしろ二人のほうが危険を乗り越えられる確率も上がるんじゃないかしら」

「わたしは、いいんです。これが仕事なんですから。危険な目に会うのは承知の上ですし、それにわたしには魔法があります。大抵のことは何とかなります」

「私だって、怪盗を捕まえるのは仕事……いえ使命なの。それに私もそこそこ強いわよ。昨日不良をとっちめたのは、あなただって見ていたでしょ」

「う、うーん、そうですけど……」


 マリアはまだ迷っている。アリサはすかさず畳み掛けた。


「それに、あなたは怪盗探しうまくいってるの? 昨日だって、頓珍漢なことをしていたじゃない。賭けても良いけど、昨日は私が駆けつけなかったら襲われてたわよ、あなた」

「だ、大丈夫ですよ。あんな人たち、いざとなれば魔法でどうとでもできました」

「そうだとしても、意味なく危険に巻き込まれているのは事実じゃない。マリア、あなたそういえば、お財布を落としたとも言っていたわね。それで、今までどうやって暮らしていたの?」

「そ、それはその……。公園とかで……」


 モニョモニョと俯きながらマリアは答えた。


「ご飯は? さっきの朝食も昨夜の夕飯も、ずいぶん美味しそうに食べてたじゃない」


 ちらりと、今朝片付けたゴミ袋の方を見る。サンドイッチやらお菓子やら、マリアは昨日も今朝もよく食べた。恐らく、しばらくまともな食事をしていなかったのだろう。


「言っておくけど、私に協力させてくれないなら、あなたはここを出て行かなくちゃいけないのよ。住む場所や食事はどうするの? お金、ないんでしょう?」

「ううう……」


 マリアは追い詰められていた。俯いて、拳を震わせている。そんな彼女に、アリサは優しく言った。


「ねえマリア、こう言ってはなんだけど、あなたには常識というのが欠けているように見えるわ。あなたは確か、魔法の国という所から来たのよね。そことこっちの世界では、色々な事が異なっていると思う。それを一から覚えている時間は、今のあなたにはないでしょう。あなたは、怪盗を捕まえないといけないのだから。けれど、これ以上一人で怪盗を追うのは無理だとも思うわ。お金もない。住む場所も食べる物もない。頼れる人はいなくて、たった一人で怪盗を追う孤独……。それに周りは優しい人ばかりとは限らない。昨日みたいに不良に襲われることだってあるかもしれない。いいえ、きっとまたあるわ。あなたが今のようにこっちの常識を欠いた行動をしていれば、また不要なトラブルを引き起こす。そんな事で、本当に怪盗を捕まえられると思う? 今のあなたに必要なのは、協力者よ。あなたの事情を理解して、あなたを手助けしてくれる人。幸い私には、それができる。私は怪盗を捕まえたいと思ってる。つまり、あなたと一緒に行動して危険な目に遭うことを了承してるってこと。どんな怪我をしたとしても、私は気にしないわ。たとえ、もっとひどい事になっても、あなたを恨むのは筋違いだと分かってる。私は探偵として、私個人の事情から、怪盗を捕まえたいと願っているの。つまり、利害の一致ってやつよ。あなただけが、私を利用するんじゃない。私もあなたも、相手を利用するの。それは対等な関係よ。恨みっこなし。それだけじゃなく、私はあなたに他にも様々な物を提供できる。例えば住む場所。この事務所なら、好きに使ってもらって構わない。ソファもシャワールームもあるし、寝泊まりする分には困らないと思うわ。ねえ、どう? 私と協力すれば、あなたは、味方と拠点が同時に手に入るの。良いこと尽くめでしょう?」


 畳み掛ける言葉に、マリアは顔を上げた。困ったように眉を下げながらも、その目はもう答えを決めているように見える。それでもマリアは心底不思議そうに尋ねた。


「あの、あなたは、どうしてそこまで怪盗を捕まえたいんですか?」

「それは、言ってるでしょう。私が探偵だからよ」

「それが、よく分からないんですけど……」

「あのね、探偵って言うのは、怪盗を捕まえるものなの。まあ別に、怪盗でなくても良いんだけど、とにかく怪盗なんてのを捕まえられたら、それは探偵として大きなステップアップなのよ。私はね、探偵だけど、まだ見習いで、探偵としてもっともっと大きく、すごい、つまりはビッグな存在になりたいと願っているのね。だから、探偵として成長するために、あなたが怪盗を捕まえるのに協力したいと、そう思ってるわけなのよ。分かった?」

「は、はい……。なるほど……」


 マリアはこくこく頷きながらも、何か変なものを見る目でアリサを見ていた。だがとにかく、彼女もこれで理解してくれただろう。こちらと協力することの価値を。


「ねえ、それじゃあ契約成立ってことで良い? 私も怪盗探しに協力するわ」

「はい……。こ、こちらこそよろしくお願いします」


 恐る恐ると言った様子で、マリアは手を差し出した。その手を取り、握手を交わす。


「ああそうだ、私のことはアリサで良いわよ。たぶん同じくらいの年でしょ」

「わ、分かりました。あ、アリサ……さん」

「……うん。まあ、それでも良いけど」


 手を離し、ソファに座り直した。珈琲を飲む。とても熱い。全身の血が煮えたぎっていくようだった。きっとすごいことが始まる。これが自分の探偵としての、大きな一歩になるだろう。そんな予感がした。


 こうして、アリサは魔法使いの女の子と一緒に、怪盗探しに挑む事になったのだった。



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