第2話 柊アリサ1-2
やって来た路地に入り込む。途中、素早くキャリーバックを回収した。黒猫は、良い子に待っていた。これから走るので酔わせてしまうかもしれないが、我慢してもらうしかない。
「ま、待ちやがれ!」
不良達の声がする。無視して、キャリーバックを抱えながら走った。
路地を出口へ向けて走る。繁華街に出てしまえば、向こうも追ってはこれないだろう。しかし、こちらは大荷物を二つ抱えていたため動きが鈍い。特に、後ろの女の子が困りものだった。未だに状況が理解できていないのか、走りが遅いのだ。手を強く引かないと動いてくれない。
「あ、あの!」
走りながら、女の子が叫んだ。
「なによ!」
負けじと叫び返す。
「あの人たち、悪い人だったんですか?」
「そうよ。不良よ不良」
「そ、それじゃあわたし、助けてもらったんですか?」
「そうよ! 感謝しなさいよね」
「あ、ありがとうございます!」
「そんなの後よ! とにかく走って!」
「に、逃げなきゃだめなんですか?」
「当たり前でしょ。何言ってんのあなたは」
「そ、そうか。そうですよね。あの、だったら……」
女の子が急に足を止める。アリサは手を掴んだままだったから、急ブレーキをかけたみたいに体を引っ張られて、立ち止まった。
「な、なにしてんのよ。早く逃げるのよ」
不良たちの姿はもう近くに見えていた。
「あ、いえ。逃げるんだったら、こっちの方が早いと思って……」
「え?」
女の子は、ずっと手にしていた竹箒に跨ると、自分の背中の方を指した。まるで、自転車の二人乗りを提案するように。
「あの、後ろ乗ってください」
「は……?」
「あ、ほら! 早く!」
走ってくる不良を見て、女の子は焦った声を上げた。アリサは戸惑う。何を言ってるんだこの女は。しかし、言い争っている時間はなかった。
「ほ、ほら!」
女の子がまた叫ぶ。
常識的に考えて、逃げるなら走って逃げなければならない。ここは女の子の手を掴んで、無理やり走らせるべきだろう。
しかし、不良は間近に迫っていて、アリサも少し焦っていた。それに女の子の雰囲気は嘘や冗談を言っている様子でもなかった。だからアリサは思わず女の子に言われるがまま、つい、箒の後ろに跨った。
「しっかり掴まっていてくださいね」
言われた通り、片手で彼女のお腹を抱きしめた。キャリーバックがあるから、不安定な姿勢にならざるを得ない。全身をくっつけるようにして女の子の背中に抱きついた。揺れる髪の毛から、花のような甘い香りがする。
「行きます!」
不良たちの手が、すぐ背中まで迫っていた。その無骨な指がアリサの髪の毛を捉える、その寸前。
──ふわりと、アリサの体が浮かび上がった。
いや、浮かんだのは箒だった。箒と、そしてその上にいた女の子、アリサ、猫が夜空の中へと飛び込んでいく。
驚きのあまり、声も出ない。不良達も、唖然とした顔で宙へと消えていくアリサ達を見上げていた。
箒は軽々と空を舞い、そのまま優雅に夜空を飛んだ。当然、不良達は追いかけることができない。
足下に、電気のついた町の景色が見えた。はじめて見る箒の上からの夜景は、信じられないほど綺麗だった。
箒に跨っているだけという、あまりにもバランスの悪い状態のはずなのに、不思議と不安は感じなかった。まったく落ちるという気がしない。地面の上にでも立っているような安定感がある。僅かな風は感じるが、寒いという気もしない。
それでも、心理的な問題から、アリサは黒猫の入ったキャリーバックと女の子の背中を強く抱きしめていた。
ゆらゆらと夜空の中を飛びながら、アリサは目の前の彼女に問いかけた。
「ねえ……あなた、何者なの」
「わたしですか? わたし、マリアと言います。魔法使いです」
マリアと名乗ったその女の子は、なんでもないことのように答えた。そしてアリサを振り返り尋ね返してくる。
「あの、あなたは?」
「私は……」
ドキドキと心臓が高鳴っている。箒で空を飛ぶなんて体験をしたのは生まれて初めてだ。予想さえしていなかった。
しかし、探偵たるものいつまでも慌てているだけでは情けなかった。驚きはしたが、それは顔に出さないよう気をつける。帽子を被り直し、一呼吸入れると、アリサはできるだけ堂々と名乗った。
「私は柊アリサ。探偵よ。と言っても、まだ見習いだけどね」
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