53、この事件が解決したら話すから
百年前。
世界各地では激しい戦争が行われていた。日々失われていく命の上に立ち、人々は争いのない世界を目指して戦っていた。けれど戦いのない世界を創るためには戦いは必要不可欠であった。
矛盾の矛が盾を貫けど、矛盾の盾は矛を貫かせなかった。
矛盾を抱えている中で、人々は戦い続けていた。
絶望の中で世界を変えようと必死に戦い続けた。けれど国が一つ失くなろうと、新たに国が出来てその連鎖に終止符が討たれることはなかった。
現実は簡単には変わらない。
戦いの中で戦いを失くそうとする者たちの戦いには、とうとう終止符が討たれることがなかった。
ーーでは誰が戦いを終結させたのか。
その疑問が生まれるわけだ。
龍教会に伝わる聖典では、ヒミコが世界に癒しを与えたことにより戦争は終わった。そう誰もが思っていた。
けれどその説は間違っている。そう唱え続けた者が貧民街にはいた。
彼の説はこうだ。
世界に一人の少年が降り立った。
彼は世界に圧倒的な力を見せつけ、容赦無く世界を壊して回った。それを見れば、今まで行ってきた戦争がただのままごとだったのではと思わされるほどだ。
力により、力をねじ伏せた。
その構図は結局は覆らない。世界は力がなくては変えられない。弱者には世界を変えることはできない。
それが現実、それが世界。
当然その理は変えられない。
ヒミコなどというまやかしの存在は、理想を述べているだけの偽善者であった。もし実際に彼女がそのような手段で世界を変えていたのだとしたら、きっと争いなど起こらなかった。
争いが起こったら人々は力に頼り、他者を嫌った。その構図は変わらない。
だからこの話を最初にこの世界へ届けた者は言ったのだろう。
ーーヒミコはいない。
「この話はね、貧民街で暮らしている人の多くが知っている話。そしてその話が書かれているこの本は貧民街に住んでる多くの人が持っている物なんだ」
「そんな本を手当たり次第渡していたら、いつか龍教会のもとにも渡ってしまうんじゃないか?」
「それなら大丈夫だよ。この本を持っているのは貧民街にある真教会っていう教会に所属していないと所持できないから」
そう言ったかんなが手にしていた本の表紙にはりんごが描かれていた。
「真教会?聞いたことないな」
「そんなの当然だよ。真教会は行き場を失った貧民街の人しかしらない。未だ貧民街が滅びないのは真教会があるから。だから貧民街に暮らす人の多くが真教会に入って、誰も真教会については外部に情報を漏らさない」
「それと黒澤灰妹さんとどう関係があるんだ?」
「黒澤灰妹、彼女は真教会の教祖。私を真教会に誘ってくれたのは黒澤灰妹。この事件には昔の私の恩師が関わっている……だから今回の事件は、、、私が解決したい」
かんなは強く拳を握り、異世界探偵から目を逸らしつつ、そう言った。
躊躇いはあった。
自分にそんな力はないと分かっていた。
だけど……
「ああ。今回の事件はお前に任せた。かんな」
夏の優しさに甘えてしまう。
本当に私は、最低なんだ。
「夏、ありがとう」
私は夏へ言った。
その時に言った夏の表情は優しくて、私の言葉を真摯に受け止めてくれた。
心から嬉しかった。
「かんな、これを持っていけ」
夏が差し出していきた物を、私は優しさでほどけた小さな手のひらで掴んだ。
「これは?」
「携帯電話。もし何かあったら、これで連絡してきてくれ。これはお前の事件だけどさ、一応俺は師匠なんだし、頼ってくれても良いんだよ」
「……うん」
私は涙ぐんだ。
携帯電話は高いはずだ。普通の家庭では買うことなんてできない高級品だ。しかもまだ値札のついている新品だ。
夏はそれを受け取った。
嬉しかった、そして反面悔しかった。
本当は夏と一緒に事件を解きたかった。けれどこの事件だけは、貧民街の外部の人は関わらせることはできないから。
私はそれを受け取り、涙が見られぬようにすぐに後ろを向いた。
けれど一滴涙は溢れ、頬を伝って床に落ちた。
「かんな、いってらっしゃい」
「いってきます」
本当に私は、良い師匠に出会えた。
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