52、病ンデレラ

 吸血鬼が王宮から黒色の液体の入った小瓶を盗んでから数日、既にその事件は夕木社によって新聞記事となって世界へ駆け巡っていた。

 今日発行された新聞の一面を飾ったのは『吸血鬼、王宮から国宝を略奪!?』などという題名の記事。

 その記事には吸血鬼が王宮に侵入し、厳重に保管されていたあるものを盗んだということが書かれていた。だがそのことについては唯一の関係者であるマギサは情報を一切漏らしてはいなかった。


「どこでこの情報が……。夕木社、やっぱあそこは何か隠しているな」


 マギサは疑念が少しずつ確信へと変わっていっていた。


 その頃家でくつろいでいる異世界探偵は、その新聞に載っているもう一つの記事に注目していた。


『恐怖の処刑人、ンデレラ』

 病ンデレラ。彼女は最近になって姿を現し始めた罪人。だがその凶暴さ故、既に彼女には"淫慾いんよく"の名が与えられた。


「淫慾ね。また怖い罪人が出てきちゃったわけか」


「夏、依頼人が来たよ」


「依頼人か。通してくれ」


 かんなは依頼人をリビングまで案内した。その時既に異世界探偵はソファーに座っていた。

 依頼人は異世界探偵へ一礼し、


「私はかなどめ律花りつかと申します。病ンデレラ、について話があります」


「病ンデレラ……ですか」


 異世界探偵は唖然とし、一瞬固まった。


「分かりました。ではそちらのソファーに腰かけてゆっくりと話を聞かせてください」


 京はソファーに腰かけると、重たい口を開き、ゆっくりと話し始めた。


「私には仲の良い友達がいるんですけど、病ンデレラが現れてから失踪してしまい、もかしたら病ンデレラに殺されたかもしれないんだ。だから調査を依頼したいのです」


 異世界探偵は腕を組み、考える。


「確かにこの件に関わるのはかなり危険なことは分かっています。ですので依頼料は奮発します」


「病ンデレラか……。分かりました。まずは行方不明になった彼女について教えていただけますか?」


「行方不明になった彼女の名前は黒澤灰妹。灰妹には夫と息子と娘が一人ずついました。彼女は家族と一緒に毎日楽しそうに暮らしていました。ですがそんな彼女はある日、消息を断ちました。確かその日の翌日くらいに、ある事件が新聞には記載されていました」


「結婚した遺体、という題名の記事ですか」


 異世界探偵は身震いを起こしそうになりながらもそう言った。


「え、ええ。そうです。確かその事件にはそんな題名がつけられていたと思います」


「その事件の犯行の手口と似たような事件がこれまで幾つも起きている。そしてそれらの事件の首謀者には罪の名を冠するとともにある名前が与えられた。"淫慾"病ンデレラ」


「だから、もしかしたら灰妹は病ンデレラに捕まったのではないかと思ったのです」


「なるほど」


 だが引っ掛かる点は幾つもあった。

 まず病ンデレラの正体を見た者はいない。それは目撃者ならば誰であろうと容赦なく殺害するから。つまり生きている可能性は低い。そしてこれまで殺されているのは主に男性、そしてなぜか男にだけ結婚式で着るような服を着させられていた。その横には女性の人形が置かれている。

 そのことから、病ンデレラは女性であり、尚且つ結婚に飢えている者の可能性が高いと判断された。

 その行動から、"淫慾"などという名をつけられたのだろう。


 異世界探偵は病ンデレラが初めて新聞に載った時の記事を思い出していた。

 最初は病ンデレラ、などという名は記されてはいなかった。だがしかし、その事件の不気味さ故、その日出た新聞の中でも一際目立っていた。


『結婚した遺体』

 夫とその子供の二人は毒を盛られ、死んでいた。

 外傷は一つもなく、そして尚且つ夫は結婚式で着るような服を身に纏う。その横には人形が置かれていた。だがその家族と暮らしていた妻の行方は不明。



「そういえば病ンデレラはこれまで一度も外傷を負わせたことがない。そのことから察するに、病ンデレラは何かしらの能力者である可能性が高い、ですね」


「そういえば灰妹は自分の体から毒を分泌する能力を持っていたと思います」


「なるほど……」


 京は申し訳なさそうに立ち上がり、異世界探偵へ言った。


「すいません。今日はこれから用事があったので、また改めて伺わせてもらっても宜しいでしょうか?」


「はい。明後日までには手掛かりを見つけられればと思うので、明後日以降にまたお越しください」


「分かりました。失礼します」


 京は仕事に追われているのか、走って事務所を去っていった。


「ねえ夏。灰妹って人なんだけどさ……」


「行方不明の黒澤灰妹さんのことか。何か気になっていることでもあるのか?」


「ただの記憶違いかもしれないけどさ、彼女は昔お世話になったことがある気がするんだよ。私の記憶が間違いなければ」


 かんなはそう語り、ある本を手に持って話し始めた。


「多分夏にはこれから言うのが初めてだと思う。私が育った場所は貧民街。そしてそこではこんな話が伝わっている。百年前に世界に降り立った少年、アダムの物語」

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