狂喜の殺人者
51、満月には程遠い
吸血鬼はある場所へ歩みを進めていた。
それは貴族しか入ることの許されていない聖域、いわば限られた者のみ入れる神聖な場所ーー王宮。そこを汚した者は容赦なく淘汰される。
「マギサ」
彼女は貴族を統括するほどの器であり、貴族の中で最高位に位置する存在。
「誰かと思えば君じゃないか。
「マギサ、順調か?」
「そう思うか?あの会議を見れば分かるだろ。
マギサは淡々とため息を吐いた。
「血吸、お前は一人で何をしているんだ?」
「さあね。私はこれまで通り美食家をしていりだけだよ」
「勘違いの可能性が高いから無視しても良いんだが、闇に手を染めてはいないよな」
マギサは真剣な眼差しを血吸へと送る。
血吸は表情を崩さずいつものように嘲笑するような薄ら笑いを保ちつつ、言葉を返す。
「私がそんなことをするように見えるか?」
「なら良いのだがな。というか血吸、なぜ帰ってきた?こんな場所に何の用だ?」
マギサは何かを感じ取っているようだった。
血吸が何をしようとしているのか、確実ではない。それでも大体は理解できる。
「血吸。ここに来たということは、
「あれって?」
「とぼけるのも良いが、もし
マギサは腰に提げていた剣に手を当てる。
「安心してくれ。そんなつもりはないよ」
吸血鬼はその一言をきっかけに足を動かした。
彼が進む方向にはマギサが懸念している
遠ざかる吸血鬼の背中を見つめ、マギサはため息を吐くように寂しさを交わらせた吐息を漏らす。
「嘘を吐くのが下手になったな。血吸」
マギサには分かっていた。
だから彼女は、自らの手で彼を止める。
深夜零時。
吸血鬼は動き出す。
そこは王宮の地下深くに存在している薄暗く怪しい雰囲気を漂わせている小部屋。そこには棚が壁に貼り付けられており、棚に並んでいたのは全てを飲み込んでしまいそうな黒い液体の入った小瓶。
「これが噂の……」
それを見るに吸血鬼は胸の奥底から込み上げてくる緊張に鳥肌を立たせた。
「私の血が反応してしまうな。この香りは」
吸血鬼は興奮気味になりつつも、小瓶を一つ手に取ると、そのまま小部屋から立ち去っていく。
体を覆うようにしていたマントを広げると、それは羽の形と変化し、吸血鬼の背中で動いた。
見上げれば螺旋状に続く長い長い石畳の階段。だがしかし、それを使わずとも吸血鬼は容易に地下から上がることができた。
まるで鳥が飛ぶ時のように背中に生えた羽を羽ばたかせ、吸血鬼は階段を上らずに飛んだ。宙へ舞う吸血鬼はそのまま天井に意図的に空けられた綺麗な円形の穴から出ようとするも、そこには一人の女性が立っていた。
「血吸、待っていたよ」
マギサはそこから飛び降りると、吸血鬼の肩に剣を突き刺し、そのまま地下深くまで落下した。
吸血鬼を下に落下したマギサは無事に無傷であったが、肩に剣を刺された挙げ句、高いところから落下した衝撃で血を吐いた。
「血吸、やはりお前が吸血鬼だったのか。貴族であるお前が、なぜこんなことを」
「マギサ、残念ながら、これじゃ私を捕らえるには不十分だ」
肩に刺さった剣は地面に深く刺さって抜くことが困難な状況。
それでいても尚、吸血鬼はそこから逃げ出せる術を持っていた。
「マギサ、私は吸血鬼。血の支配者さ」
突如、吸血鬼は全身血と化して周囲に飛び散った。だがしかし、その血はマギサの背後に吸い寄せられるようにして宙を泳いだ。
マギサは振り返った。するとそこには、無傷の姿の吸血鬼が人の姿をして立っていた。
「マギサ。さよなら」
吸血鬼はどこか寂しそうにしているマギサの顔を見てそう言った。
吸血鬼は羽を広げ、空の彼方へと消えていった。
「血吸、お前は……」
マギサは剣を鞘に納めた。
そしてしばらく天井に空いた穴越しに見える月を見ていた。
「満月には程遠いな」
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