49、文月蛍佳
屋上にいる文月蛍佳と音浜奏。
文月蛍佳を狙うように、一人の男がナイフを握って屋上へと続く階段をゆっくりと上がっていった。
「何をしているんですか?」
その声に肩を魚籠つかせ、男は直ぐ様ナイフを背中の後ろに隠した。
視界の先にいたのは異世界探偵であった。
「何だ?また事件について聞きに来たのか?」
「いえ、違います。あなたは恐らくこの事件の真相に気付いてしまった。だから文月蛍佳を殺そうとしている。違いますか?伊達さん」
「バレているなら仕方ないな」
男はーー伊達俊太は隠していたナイフを披露し、異世界探偵へと向ける。
だが異世界探偵は依然として平常心を保ち続けていた。
「まあ俺が殺す理由は正当防衛ってことで罪にはならないだろ」
「たとえそうだとしても、あなたは過去に大罪を犯していますよね。
「知らないな。そんなこと」
「いえいえ。全部話してくれたんですよ。榎本さんが」
そこへ丁度よく、榎本小花とかんなが現れた。
「伊達さん。私はあの日見てしまったんです。文月祷さんが死亡したあの日、あなたたちはどういうわけかどこか落ち着かない様子でした。
その日の演奏の順番は一番最初に文月さんが弾く予定で、その次に馬場さんが弾く予定でした。ですがどういうわけかあなた方三人は演奏することがなくなると知っていたかのように、何の準備もせずにステージ袖でずっと文月さんを見ていました」
「やめろ。それ以上言うな」
伊達はそう怒るように言うも、榎本は言葉を紡ぎ続けた。
「それはあなた方が文月の死ぬことを分かっていたから。つまり祷さんを殺したのは、あなた方ですよね。伊達さん」
「黙れ」
伊達はナイフを両手で握り、真っ直ぐに榎本へと駆け抜けた。だがそれを見切ったように異世界探偵は伊達の前へ立ち塞がり、勢い良くナイフを蹴り上げた。ナイフは天井に突き刺さる。
動揺する伊達は歩みを止め、それを見逃さず、異世界探偵は伊達の腕を掴んで足を一蹴り。伊達は腕を軸とし綺麗な円を描いて地へ背中をつけた。
嗚咽混じりの咳を出した伊達は意識が朦朧とする。その状態の伊達の腕をロープで縛り、身動きを封じた。
「これにて一件落着だな」
異世界探偵は伊達の手を掴んだ。
屋上の扉が開いた。
そこからは音浜奏と文月蛍佳が出てきた。
「異世界探偵、気が利くじゃないか」
「それほどでも」
異世界探偵はそう返事を返した。
文月蛍佳を見た榎本は、手に持っていた楽譜を文月へと渡した。
「これは?」
「あなたの母が、生前に書いていたものです」
題名は『傀儡のイツワール』
それは一見普通の楽譜であったが、それを見た文月は膝から崩れ落ち、そして涙を流していた。
「お母さん……。ごめん、私は……私は…………」
文月は強く楽譜を握り締めた。
その楽譜にどんなメッセージが込められていたのか、それは文月以外には理解できないことであった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
あの事件の暗号は単純なものだ。
最初のAからEはあの日演奏するはずだった者たちの順番。そして繰り返されるAからEを省いたFまでの順番は今回行われる演奏の順番。
それは殺される順番も表していた。
それらを解読し、音楽探偵は友へ罪を償う機会を与えた。それと同時、音楽探偵は一つ壁を越えた。
何度もぶつかり合い、そして今終止符は打たれた。
伊達は収容所へ送られ、文月蛍佳もそこへ送られることとなった。榎本は終わってしまった音楽祭の続きをするように、一人大勢の観客の前で十曲連続でマリンバやピアノ、ヴァイオリンなどで演奏して見せた。
多種多様な彼女の技術に、多くの人物が惹かれ、そして彼女の功績は新聞に載るほどだった。
あれから数日。
今も尚音楽探偵は探偵を続けていた。
そして今日も、謎を解くため音色を奏でる。
彼女が音楽探偵である限り。
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