47、大馬鹿野郎
話を聞き終えた異世界探偵は、走って音楽探偵のもとへと向かった。
「何だ?そんなに息をきらして。私に告白でもしに来たか?」
「違うよ。事件の解決具合がどれくらいか聞きに来たんだよ」
「そんなことで走るという気力を使うのか。体力馬鹿なのか君は?もし事件が解けたら犯人と交戦になるかもしれないんだぞ。その時に備えて戦える準備をしておかないとな。何事も準備が大切だからな」
そう言った音楽探偵。
異世界探偵は考えた上でその発言に言葉を返した。
「今回の事件で犯人と交戦になると思うんですか?」
「何を聞く?そんなの分からないから準備をするんだろ」
「……そうですよね」
音楽探偵は首を傾げ、異世界探偵の不審な行動に目を凝らしていた。
「で、謎は順調に解けていますか?」
「ああ。この楽譜の謎については解けては来ている」
「犯人は分かりましたか?」
「それは……まだだ」
一瞬言葉に詰まったのを異世界探偵は聞き逃さなかった。
「ところで君の弟子はどこへ行ったんだ?」
「さあ。トイレにでも行っているんじゃないですか」
「デリカシーがないな。そんなんじゃモテないぞ」
「モテなくて結構ですよ」
「皮肉だな。私は今までモテていたから親友と揉める程にまで発展したんだぞ」
「文月さんですか?」
「聞いていたのか」
音楽探偵はため息をこぼすようにそう言った。
しばらく上を向き、異世界探偵の顔色を伺っていた。
「どこまで知っているんだ?」
「さあ、推理してみます?」
「やめとく」
音楽探偵は楽譜を眺め、独り言のように呟き始めた。
「私はな、昔から友達が少ない方でな、それでいてよく喧嘩をしている悪ガキだったんだ。そんな時は父がピアノで演奏を聞かせてくれたんだがな、全くと言って良い程に心に響かなかったんだ。だがそんな時、私の心に響いた出来事があったんだ」
そう言い、音楽探偵は、音浜奏は自分の胸に手を当てた。そして懐かしい思い出に浸るように嬉しそうに異世界探偵へ言った。
「友達ができた。どちらかといえば彼女は親友だったのかもしれないな」
音浜奏は笑みをこぼしながらそれからについて話し始めた。
「親友ができた、と言っても毎日喧嘩してばっかだったよ。それでもなぜかあいつは私の側に居続けて、それでいて私を嫌いになったことなんて一度もないって目を見て言ってきてさ……。最初は嘘だろって思った。
ーーけど、違った。
私は見事に裏切られた。あいつはその言葉を証明するように、今でも私のことを支え続けてくれる。私を好きでいてくれている。だからあいつは親友なんだ。私のたった一人の、大大大大大大好きな大親友」
音浜奏は全てを言いきったようにスッキリとした顔で異世界探偵を見ていた。
「覚悟はできたんですか?」
「やっぱり、まだ怖いかな」
「では肩を貸しましょうか」
「そうしたいところだが、その親友が道を踏み間違えてしまったのなら、私は殴ってでも言わないといけないことがある。だから一人で十分だよ」
音浜奏は歩き出した。
その道を、不安定でも今にも壊れそうでも、真っ直ぐに伸びているその道を。
「奏さん、あの場所で待っていると言っていましたよ」
「異世界探偵、ありがとな」
背中越しでそう言った音浜奏は、まだ恐怖を感じてはいた。
それでも前に進んだ。
その道が彼女の歩む道だから。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
知っている。
あいつの母親は音楽祭の日に亡くなった。
その日亡くなった彼女の名は、
最初から分かっていたはずだ。私がこの事件に遭遇しなければ、きっと親友とこんな形で再会することなどなかったはずだ。
だけど現実はそう上手くはいかないものだ。
いつだって苦渋の選択肢を与えられて、どちらを選んでも待っているのはか細い糸を辿るような苦しい道ばかり。たとえその道を進みきったとしても、まだその先には道は残っていて、そこでも更に苦渋の選択が強いられる。
ーー何て災厄な人生だ。
それでも受け入れなくてはいけない。
もう二度と選択を間違えないように、もう二度と後悔はしないように、そんなことは無理だから。
だからこれから私は間違えるし、後悔をする。
だけど仕方がない。それが現実なんだから。
それでも私は心に一つ決めたことがある。
私はあいつに言わなくてはいけない。
本当に短くて簡素な言葉で、使い古された言葉だけど、私はその言葉を一度もあいつに伝えたことはなかったんだ。
だから言わないといけない。
だから向き合わないといけない。
これから私が行く場所がどこであれ、私は言ってやるんだ。
ーーあの大馬鹿野郎に。
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