19、移動する部屋

 異世界探偵はとある人物を誰もいない会議室へと呼び出し、その人物の前に立って話を始めた。


「なぜ私を呼ぶ必要があったのですか?まだ聞きたい話でもあるのでしょうか?」


「いえ。聞きたかった話はあなたと二時頃ともに過ごしていた方から聞きました。その時間、あなたは電話がかかってきたため席を立った」


「私が携帯電話などという高級品を持っていると?」


 その人物はしらばっくれた。

 だが異世界探偵は既に調査済みであったその問いに静かに答えた。


「あなたのような階級の高い社員には会社から携帯電話が渡されるそうじゃないですか。だというのに持っていない方がおかしいでしょう」


「ああ。すまない。ただかまをかけただけだよ」


「まあ良いでしょう。今どれほど知らないふりをして偽ろうと、あなたの罪を私は完全に把握しています。どうやって遠く離れた佐渡光太さんを殺害したか、ということについてですよ」


 異世界探偵が放つ自信に満ち溢れた眼差しに、その人物の心は大きく揺さぶられていた。

 さらに逆撫でするかのように、異世界探偵はこの事件についてを語り始める。


「まずあなたはアリバイを作るため、他の社員五名ほどと会議をしていました。当然、それならアリバイ作りには最適なシチュエーションです」


「ああ。アリバイがある私には佐渡光太を殺せない」


「そうですか。ですが犯行が行われたと思われる午後二時、あなたは会議室を飛び出して電話をしていたそうではありませんか?」


「まさかとは思いますが、それが証拠だと?」


「ええ。はっきり言って、あなたの隙はそこしかありませんでした」


「だったら残念、私の能力をどう使おうと、ここから一キロ離れたビルへ短時間で移動するのは不可能だ。電話をしていたのはおよそ十分、その時間で佐渡光太を殺せるのなら、どうやったか説明してくれ」


 これ以上自分を追い詰めることができない。そうその人物は悟った。

 急に自信を取り戻しつつあった彼の様を見て、はっきりと確信した。犯人はこの人物で間違いないと。

 だからこそ、異世界探偵は隠していた刃を颯爽と抜いた。


「そうですか、では説明しましょう。残念ですが、こちらは調査に何時間もかけているんだ。そう簡単に手詰まりになるはずがないだろ」


 異世界探偵は再度笑みを浮かべた。

 それは獲物を狩る獅子の目。


「では犯行がどう行われたか、説明しましょう。会議が始まったのは正午、そして犯行が起きたのは午後二時、そして佐渡光太が向こうの会社へ訪れたのは正午。本来、佐渡光太は午後三時から取引が始まるようでしたが、時間を間違えて三時間早く来たそうです」


「佐渡はそういうとこがありますから」


「いえ。聞いて回った社員の多くが、佐渡光太は時間に厳しいとおっしゃっていました。そんな彼が三時間も早く来て時間を無駄にするでしょうか?」


 入念な下調べに、その人物の顔から笑みは完全に消えた。


「つまり何者かが佐渡光太に時間を早く伝えていた。その者が犯人でしょう」


「…………」


 余計なことを言わないようにしているのか、唐突にその人物の口は閉じた。

 手には尋常ではないほどの汗が握られ、呼吸は荒くなっている。


「ではなぜ時間を早く伝えたのか、それは極めて簡単なことです。午後三時よりも前に犯行を行いたかったから。なぜなら取引が始まってしまうから。だがしかし、あなたはずっと会議をしており、それを社員は目撃しています。当然あなたに犯行は不可能です」


「ならーー」


「ーーですが、能力を使えば別です」


「さっきも言ったが、俺の能力には負の条件がある。半径百メートル以内にしか転移できず、さらには十分の休息が必要。だから千メートル離れたビルに移動するなんてできるはずがーー」


「ーーできますよ。まあそれには十分な金と時間が必要だったでしょうが。さて、ここからがこの事件のトリックです」


 異世界探偵は窓の外を眺めつつ、目の前にいる人物へと語り始める。


「あなたの能力は瞬間移動、ですが、当然負の条件がある。ですが逆に、あなたはそれを利用した」


「この二つの条件をどう利用しろと?」


「いえいえ。私が言っているのは三つ目の条件についてです」


 その人物は明らかな動揺を見せた。それを見た異世界探偵は確信した。


「三つ目の条件、そんなのただの憶測だろ」


「ええ。あくまでもただの憶測です。ですがその憶測を立証することができる実験は可能ですよ」


「実験?」


「はい。ではこれから私の背後へ瞬間移動してみてください」


「分かったよ」


 その人物は異世界探偵の背後へと瞬間移動した。


「これでいいのか?」


「おかげで証拠が見つかりました」


 そう言うと、どういうわけか異世界探偵はしゃがみこんでその人物の足元を見た。足元にはコインが落ちており、それを拾ってその人物へと言った。


「これが、どういうことか分かりますか?」


「まさか……」


「ええ。あなたが瞬間移動する直前、あなたの体に触れない程度にコインを飛ばしました。そしたら仰天、コインは瞬間移動したあなたの足元へあるんです。おかしなことですよね。瞬間移動したのはあなたのはずなのに、どういうわけかコインまでもが瞬間移動をしている」


 異世界探偵の策略にはまったその人物は、コインを見て固まった。


「ちなみになんですが、ここがあなたが使っていた会議室、そしてこの階と同じ高さにあり、尚且つ同じ内装の部屋は事件が起きたビルからこの会社の間にはいくつもありました」


 逃れられない、そう悟ったその人物は、異世界探偵は全てを理解しているのだと理解した。


「あなたは瞬間移動する際、会議室程度なら丸ごと移動させられる。まあ範囲は自分で決められるのでしょう。つまりあなたは会議室ごと隣のビルの借りていた部屋へ転移させた。ならばアリバイは作れるし、ビルまで転移すれば佐渡光太を殺害できる。そうですよね、"山形瞬"さん」


「……ああ、確かに俺は瞬間移動の能力を使う際、第三の負の条件が存在する。それを使って上手くできたと思ったんだけどな……。だがなぜ気づいた?」


「最初にあなたが私へ瞬間移動を見せてくれた際、かんなが探していた何かが移動していた。そこでもしかしたら、と思って手当たり次第にビルを見て回りました。そしたら見事的中、貸しきり状態の部屋が幾つかありました。そこで考えたんです。もし十分ごとにビルを移動したのなら、まだ隠している第三の条件があるのではないかと」


「そういうことか。そんなことで第三の条件を考察するなんてな」


 山形は驚いていた。それとともに悔しさも滲ませていた。いや、悔しさというよりかは後悔に近い感情を抱えていた。


「もうすぐ王国兵があなたを収容所まで連行します。それまで大人しくしていられますか?」


「ああ。逃げたところで罪は消えない。だから償えるだけ償ってくるよ」


 異世界探偵は疑問に思っていた。

 どうして彼のような者が、犯罪なんかをしようとしていたのか。


「なあ、そんなにも佐渡光太という男は憎かったのか?」


「はい。確かにあの男は憎かったです。ですが犯罪を決意したのはとある作家の本を読んでからです」


「とある作家の?」


「確かあの本の著者は……"無名作家"」


 聞き間違えた、そう感じた異世界探偵は、食い気味で聞き返した。だが何度訊いても彼の口からは無名作家という者の名前が呼ばれるばかり。

 聞き間違いではない、確実に無名作家と、そう呼んでいた。


「本当は俺には力がなかったんです。ですがあの本を読んだ後、なぜか瞬間移動という力を手にしていました。それと同時でしょうか、殺意的衝動が抑えきれなくなっていたんです。気づけば、こんな計画を立てていました」


 無名作家、彼女の名を聞き、異世界探偵は動揺していた。

 そこへ、王国兵が山形を連行するために入ってきた。


「連絡があったのですが、犯人と思われる人物は誰でしょうか?」


 そこへ王国兵が現れ、山形は彼らによって収容所へと連れていかれた。

 王国兵と入れ違いに、かんなは部屋へ入ってきた。


「これで一段落だね」


「かんな、まだ事件は終わっていない」


「え?でも犯人の山形さんは王国兵の方に連れていかれたでしょ」


「ああ。だが肝心な人物を捕まえられていない。この事件の裏で糸を引いていた人物、無名作家、彼女を捕まえない限り、負の連鎖は止まらない」


 電話が鳴った。

 それは異世界探偵の腰に入れられていたポケットからだ。


「もしもし、やっと解決したんだね。異世界探偵」


「何の用だ。無名作家」


 電話の相手は無名作家。

 彼女へ異世界探偵は激情しつつも受け答えをしていた。


「この事件はあくまでも序章。本番はこれからだよ。異世界探偵君」


 電話は切れた。

 その後すぐに部屋を飛び出した異世界探偵、ちょうど彼の前には、コタローが息を切らして現れた。


「異世界探偵さん、すぐに来てください。事件が起きます」

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