18、罪悪感

「よー、無名作家」


「おやおや。気づいていたのか」


「ああ。おかげで真実に少しずつ近づけているさ。この世界が隠していること、お前がしようとしていること、そして今回お前が起きると言ったこの事件の犯人が」


「そうか」


 電話の向こう側にいる無名作家は、不敵にも笑ってみせた。


「なあ異世界探偵、これから起こることは君が予想できないことばかりさ。世界は七つの大罪、その名を冠する者によって恐怖の淵に立たされる。その光景を、君はどう拝むんだい?」


「笑わせるな。俺がいるのに、そんなことさせるかよ」


 異世界探偵、彼の口調は強く、そして無名作家へと言い放つ。


「これから起こることなど容易に解決してやるさ。どれほどの巨悪が世界を襲おうとも、俺は誰一人失わず解決してやる」


「探偵とは常に負けているんだよ。常に誰かが死ななくては、誰かを失わなくては動けない。だというのに、君に何ができる?君のようなやからに、世界をどうこうする力など持っているわけないだろ」


 しばらく異世界探偵は電話を持ったまま固まった。


 何もできない。常に負けている。

 ーー確かにそうだった。

 探偵とは常に負けている。負けた後、せめてもの償いで悪を裁くだけの存在だ。時に事件は未解決のまま終わり、何もできない時もある。そんな時は喪失感が自らを襲う。

 それでも依頼が来る限り、探偵は探偵でいなければいけない。


 だから異世界探偵は言った。


「なら後悔しろ。俺の推理が絶対に、お前の罪を防いでやると。お前に罪の味を与えないと。そうだ、俺は強欲だから、だから全部救ってみせる。絶対にだ。絶対に」


 彼は余韻に浸っていた。

 自分が吐き出した言葉、それは軽々しく言えるものではなかった。だって絶対になんてこの世界にはないんだから。それを一番理解しているのは彼自身であるから。


 無名作家はしばらく沈黙を貫いていた。いや、考えていた。

 もしかしたら、もしかしたら、と。


「そうか。なら楽しみにしているよ、異世界探偵。また会えるその日を」


 電話は切れた。

 興奮していたのか、異世界探偵は息を荒げていた。

 壁に背をつけ、しばらく上を向き呼吸を整える。



 ーー夏、ごめんね。



 異世界探偵の脳裏にはとある記憶が思い出されていた。

 その記憶に、彼は苛立ちを覚えていた。

 過去の記憶ほど執念深いものはない。なぜなら過去は変えられないから。だからその過去に向き合えない限り、いつまでもその過去は足を引っ張る。


「謝るなよ。悪いのは俺だろ」


 壁に背をつけたまま、息を吐くようにして少しずつ腰を下ろしていく。座り込んだ彼は、深いため息を吐いて頭を抱えた。


「ああ……ああ…………」


 抹茶でも食べているかのような苦味を味わい、異世界探偵は憂鬱に浸っていた。

 彼の心とは裏腹に、空は晴天が覆っていた。


「さあてと、事件解決しに行きますか」


 愛想笑いを浮かべ、異世界探偵は立ち上がった。

 そして向かった先は、かんなが向かったであろう第四空閑工業の隣にあるビル、そこへ異世界探偵も向かった。


 それから一時間ほどかけ、異世界探偵はかんなとともに第三空閑工業と事件の起きたビルの境にあるビルを全て調べ終わった。

 そして最後、異世界探偵はとある人物とある時間ともに過ごしていたであろう者たちへ話を訊いた。そして確信した。


「なるほど。やはり犯人は彼で間違いない」

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