6、シェフの気まぐれ

 突如殺人現場に現れた謎の男ーー鉄道探偵。

 男は駅員と秘書をかき分けて進むや、死んだ貴族の遺体を穴が空くほどに凝視した。

 遺体は心臓に包丁が突き刺されているだけ、他に特には見られない。


「第一発見者はあなた方でありますか?」


「はい……」


 どうやら二人は初めて殺人現場に遭遇したのだろうか、膝を崩して震えていた。


「あなた方は少し離れていてください。それに野次馬も集まり始めましたし、推理に集中したいのであります」


 鉄道探偵は男の遺体を隅々まで観察するも、これと言って変な部分は見つからなかった。

 深く考え込み、鉄道探偵は考えが尽きた。彼一人では未解決なままだ。


(さすがに難しいか。この事件には誰かしら犯人がいるのだろうが、見つけることは困難でありますね。さてと、こういう時はヒントでも見ましょうか)


 鉄道探偵は肩に乗せていた列車のおもちゃを手に取ると、事件現場の床にそっと置いた。


「自動操作モード=オン」


 そう呟くと、列車のおもちゃは線路のない道をゆっくりと走り始めた。誰かが触れているわけではない。列車は自ら動いているだけであった。


 列車が動いている間にも、鉄道探偵は状況を整理する。

 貴族の男が殺されたのはいつか。席をたったのは十五分前、その十分後に秘書と駅員がトイレへと向かった。つまりその十分間の間に殺人が行われた。


 必死に思考を巡らせていると、壁や天井を走る列車のおもちゃの動きは止まる。それを確認し、鉄道探偵は列車を手に取る。

 一体その行動に何の意味があるのか、それはこれから分かること。

 鉄道探偵は列車を手に取り、現場から去って壁に列車を当て走らせながら歩いていた。


(犯人は一人か、それとも二人か。動機がありそうなのは秘書かシェフの二人のみであります。そういえばあの貴族は何度もこの列車で見かけたな。なら十分に殺人方法を考えていてもおかしくはないでありますね。それにあの二人が手を組むことだって……)


 鉄道探偵は考えに行き詰まり、足を止めた。

 彼の記憶上、事件が起きたであろう時刻、シェフはトイレとは反対側へと行き、秘書は椅子に座って資料の整理をしていた。つまり二人に犯行は難しいということになる。

 そこで彼はある考えが思い付いた。


(第三の容疑者……)


 だが確証はない。とはいえ、最近では貴族殺しがよく起きているのも事実。第三者の介入もあり得なくはない。


(もし最近世界を騒がしている七つの大罪を冠する者の仕業だとしたら……俺には到底無理な話であります)


 鉄道探偵は列車内を歩きつつ、自ずと足はシェフが向かった場所へと向かっていた。あの時シェフが向かった場所はワイン庫。だがその場所はトイレからはかなり離れている。


(さてと、どうするでありますか)


 ワインを眺めていると、シェフが一つのワインを大事そうに抱えつつワイン庫の奥へと入ってきていた。奥にいた鉄道探偵は平然を装いつつ、口を開く。


「なあシェフさん。先ほど起きた事件を知っているでありますか」


「ええ。お客様が大騒ぎしていましたよ。それはそれは、こちらにとっては迷惑な事件ですよ」


「気のせいかもしれないが、嬉しそうに見えるであるぞ」


 少し間を空けると、シェフの男はにやりと笑みをこぼす。


「バレてしまいましたか」


「まあ喜ぶのは無理もない。死んだのが自分の自慢のワインを馬鹿にした男なんだ。俺だったら嬉しくてたまらないであるな」


 鉄道探偵はまるで悪役のような台詞を吐き、シェフの男へと視線を移す。


「で、殺したのはお前か?」


「やはり疑われていましたか。では一つ教えておきましょう。私はずっとここにいました。つまりは、犯行は可能ではない」


「では最後に訊いておく。お前の能力は何だ?」


「秘密です」

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