4、解決、そして再会

 一人の男を呼び出した異世界探偵は、遺体のある場所にて男へとこの事件の真相を語り始めた。


「まずこの事件の犯人には真っ当な動機がない。殺されたこの男を調べたところ、貴族であることが分かりました」


「ほう。貴族と来たか」


「まああなたは知らないでしょう。この世界には政治家もいなければ警察もいない。この世界を支配しているのは貴族です。まあ表向きにはそうですがね」


「で、なぜ俺を呼ぶ必要があった?」


 男はとぼけたようにそう異世界探偵へと訊いた。それには異世界探偵も驚いたのか、笑みをこぼして語り出す。


「それはこの事件で何が起き、そしてなぜ彼が死んだかをあなたへ教えるためですよ」


「なるほど。なぜ死んだかって、斬られて死んだだけだろ」


「いや。それは本当の殺人方法を隠すためだ。その殺人方法がバレれば、自分が犯人だとすぐにバレてしまうから。だが犯人がそれに気づいたのは殺人を犯した後だった。焦った犯人は厨房に忍び込み、包丁を盗んで全身に傷を負わせた。だから被害者は全身に傷を負わされていた」


 遺体にはあらゆるところに傷が負わされており、それは悲惨な光景であった。それを不審に感じた異世界探偵は、その謎を目の前にいる男を見ながら語った。

 そこで男は確信した。自分が呼び出された理由を。


「なるほどな。犯人は誰だ?」


「それはたった一人しかいませんよ。あの時間、ゲームセンターの真横にある大浴場に入っていた人物、氷室竜次、もしくは蜂巣賀小十郎のどちらか」


「だがその二人のどちらが犯人か分かっているのだろ。そのために俺を呼んだのだから」


「ああ。この事件の犯人はお前だ。蜂巣賀小十郎」


 犯人候補その五

『蜂巣賀小十郎、男、能力:昆虫洗脳』

 異世界探偵は言った。彼が犯人であると。


「氷室の可能性もあるのではないか?」


「いいや。それはない。まず先ほど説明した身体中に負わされていた傷は、とある何かを隠すためのフェイク。お前が隠したかったのは蜂に刺された跡だろ。男は蜂に刺され、毒によって死んだ」


「確かに俺は蜂を操れる。だが蜂は飛ぶ時に音を鳴らす。それに殺された男は分身……」


 蜂巣賀はつい口走り、思わず口を塞いだ。

 異世界探偵の誘導にまんまと乗せられた蜂巣賀は、冷や汗を浮かべながら異世界探偵を睨んでいた。


「ああ。その通り。殺された男の能力は分身だ。まあ影武者として使うには良い能力だ。その力で彼は一人でエアホッケーをしていた。音がしていても気づかないだろう。だが当然小銭が必要だ。だが現場にそれはない。どうしてか分かるか?」


「さあ。知らねーな」


 これ以上ボロをこぼすまいと黙り込む蜂巣賀。だがその情報を聞き出しただけで異世界探偵は十分だったのだろう。

 彼は話を進め、今語っていることについてを話す。


「それは極めて簡単なことだ。蜂巣賀、君は死んだ男をここにとどめたかった。そのために君は窓が近くにあるここで殺したかったから男にエアホッケーをやるように仕向けたのだろう」


「例えば?」


「そうだねー。急にゲームが起動したからしばらくプレイしてくれないか、とか、あとは……逆に何かあるか?」


 質問を投げ掛けてきた異世界探偵に、蜂巣賀は頭を抱えて絞り出すようにため息を吐いた。異世界探偵はまだ何か証拠を隠し持っていると確信し諦めがついたのか、蜂巣賀は静かに語り始めた。


「はいはい。俺がやった」


「そうか。まだ凶器という立派な証拠はあったがな」


 そう言い、異世界探偵は血のついた包丁を袋の中から取り出した。それに見覚えがあるのか、蜂巣賀は目を見開いた。


「バレないように隠したと思ったんだがな」


「案外見つけやすい場所に隠したなと私は思ったよ。だって天井に包丁を隠すなんて、古典的過ぎる方法だよ。まあ恐らく虫を操って包丁を天井にガムテープで張り付けたのだろう」


「皆遺体に目がいって上には目がいかないと思っていたのだがな、やはりそう簡単にはいかないものだな」


 蜂巣賀は完敗と言った具合に腰を落とした。そしてゲーム機に寄りかかり座った蜂巣賀は言った。


「さすがは探偵だな。だがこの世界には指紋を鑑定するなどという技術はないのだろう。その包丁をどう利用して俺を犯人として突き詰めようと思ったんだ?」


「知っていたのか。てっきり知らないと思っていたよ。だから賭けだった。もしこれで知っていたら、言い逃れされて捕まえられなかったからな」


「何だ。まだ逃げられたのか……」


 蜂巣賀はガッカリしたように天井を見上げた。

 異世界探偵は男の表情を見るや、視線を逸らして窓の方を見た。黒い宵闇が空を覆う中、男は一人の罪を暴いてみせた。


「蜂巣賀、既に王国兵を呼んである」


「王国兵?」


「まあ警察のようなものだ。だから王国兵が来るまで大人しくしておけよ。それと、もう二度と罪は犯すなよ」


「……異世界探偵。お前に一つ、言っておかなくてはいけないことがある」


 異世界探偵は足を止めた。それを横目にいれつつ、蜂巣賀は話す。


「俺には動機がないって言ったよな」


「ああ」


「それは少し違うかな。俺は頼まれてこの男を殺した。捕まらず逃げきれれば、俺はその女性から大金を手に入れることができた。それが俺の動機だよ」


 異世界探偵はその女性に見当がついているのか、走って階段を駆け上がった。

 残されたかんなと蜂巣賀はなぜか焦っている異世界探偵を遠目に、様々な考えを浮かべていた。


「君の師匠が行ってしまったが、大丈夫なのか?」


「私は君が逃げないかと監視していなきゃいけない。だから追おうにも追えないんだよ」


 そう呟きつつも、かんなは師匠を心配していた。

 何が異世界探偵をそれほどまでに焦らせたのか、それが気になって仕方がなかったからだ。


 異世界探偵は一人の女性客の部屋の扉を開けるも、既にそこはもぬけのから。誰もいない。

 異世界探偵は部屋を飛び出し、あらゆる可能性を考慮して娯楽施設や厨房などを見て回るも、そこに探している者はいなかった。


 残った場所はただ一つ。

 異世界探偵が階段を駆け上がって向かった先は、屋上であった。異世界探偵は屋上へ続く扉の前に立つや、呼吸を整えて扉を開けた。

 漆黒の空を背景に、一人の女性は彼を待っていたかのようにそこに立っていた。


 透き通るような白色の髪、血で染められたかのような深紅な瞳、頬には紅色で三日月が描かれ、凶器な笑みを浮かべている。白衣がよく似合い、左腕には無数の縫い跡が残されている。彼女は目下に描かれた血を連想させるような涙に触れ、口を開いた。


「久しぶりだね。霜泉真夏」


 ゆっくりとした口調、妙に背筋を震わす声音。少しばかり変わってしまった声色であったが、聞き馴染みのある声であったのは間違いなかった。


「やはり来ていたのですね。この事件を俺に依頼してきた張本人であり、そしてこの事件を仕組んだ黒幕。冬月零、いえ、違いましたね。"神崎冬花とうか"」


「いつもはと、そう呼んでくれたではないか。見事な活躍だったよ。霜泉真夏、いや、今では異世界探偵と名乗っていたか」


「神崎さん。どうしてあなたは……」


「霜泉、世界には知ってはいけないことがある。それを知ってしまったが故、私は解らなくなってしまった。だがそれでも一つしなくてはいけないことを見つけた。私はそれを成すために、一人で戦うことにした」


 神崎冬花、彼女の目は真っ直ぐに世界を見つめていた。その瞳の裏で何を思っているのか、そんなことを理解できはしないだろう。

 だがそれでも、異世界探偵は彼女にそっち側へは行ってほしくなかった。だって彼女は、彼の大切な師匠であったのだから。


「じゃあな。霜泉」


 冷たい瞳を浮かべた彼女は、突如として燃え上がった。異世界探偵は走って炎の中へと飛び込むが、その寸前で火炎は消えた。それとともに、彼女も消えた。


「師匠……」


 異世界探偵は膝をつき、宵闇に包まれた空の下で憂鬱さを滲ませていた。

 冷たい風に晒され、男は目に涙を浮かべてうずくまった。



 ーー既にそこには彼女はいない。

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