2、推理
目の前に転がる死体。それは偽物ではない。紛れもない本物であった。漂う血の臭いはやけに男の思考を回転させ、視界をさまたげていた。
男は固まり、その死体を静観していた。かんなは男のもとへと歩み寄り、固まる男の袖を叩いた。
「夏。私たちは何のためにここに来たの?」
「そ、そうだったな。事件を解決するぞ。かんな」
男は探偵帽を取り出すや、それを被って虫眼鏡を取り出した。浴衣を脱げばスーツ姿が露となった。
男は死体を眺める五名の男女へと話しかけた。
「皆さん、今日彼が死ぬまでのアリバイを私に話してはいただけませんか?」
礼儀正しくそう訊くが、最もがたいの良い男は嘲笑しながら歩み寄った。
「おいおい。なぜただの宿泊客である君に話さなくてはいけないんだ?探偵でもあるまいし」
「手順が間違えていたようだな。私は異世界探偵、文字通りの探偵さ」
「探偵……!?」
がたいの良い男は疑っているのか、異世界探偵と名乗った男を鋭い目付きで睨んだ。だが異世界探偵は怯むことなく無表情という何でもない表情を浮かべていた。
「私は探偵です。事件の謎解明にご協力願えますか?」
礼儀正しく異世界探偵は頭を下げた。目撃者たちは顔を見合わせ、「分かりました」そう返事を返してアリバイを話し始めた。
だがこのアリバイ確認はこの中に犯人がいると踏んでいるからこそ行っていることだ。
犯人候補その一
『氷室竜次、男、能力:氷での創造』
犯人候補その二
『辻村霧太刀、男、能力:暗視』
犯人候補その三
『冬月零、女、能力:火炎』
犯人候補その四
『戸賀伊万里、女、能力:変身』
犯人候補その五
『蜂巣賀小十郎、男、能力:昆虫洗脳』
犯行時刻は二十一時から二十二時まで。
二十一時より前は従業員がゲームセンターを巡回していたため、そこで犯行が行われたということはないだろう。そして遺体が発見されたのが二十二時。
つまりは、その間のアリバイのある者が犯人である可能性が高い……わけだったが、どういうわけか全員その時間は皆アリバイが成立していた。
「夏。今回の事件は相当難しいのか?」
死体を眺める異世界探偵へ、かんなは心配そうに話しかけた。異世界探偵は事件の詳細について考えつつも、かんなの質問に答える。
「いや、今回の事件は少し変わっているんだ」
「変わってる?」
「ああ。まずどうして被害者はこんなにも傷を負わされたのか?そこが最も重要になってくる。そして凶器だ。刃物で何度も斬りつけたのなら、血が衣服についていてもおかしくない。だが誰一人として血痕は体に付着していない。まあ、コートなどを着てこのホテルから走って十分のところにある滝に捨てれば簡単な話だが……」
「じゃあ犯人は蜂巣賀さんじゃない?虫を操って殺させたとか。そしたら自分が手を出す必要はないしね」
「虫が刃物を持てるか?それに持てたとしても斬りつけることはできない」
「確かにそうだね……」
「なあかんな。お前の能力で死亡推定時刻を正確に割り出してくれ」
「うん、まずはそうだね」
かんなの能力は見た死体がいつ死亡したかを見ることができる。死亡解剖のできないこの世界においては相当便利な能力だ。
かんなは死亡した時刻を知り、異世界探偵へと告げた。
「死んだのは二十一時十分」
「その時間、氷室と蜂巣賀は大浴場、冬月と戸賀は旅館内の店で食事をしていた。ただ一人アリバイがないのは、その時刻、自室で刀の手入れをしていたと言っていた辻村のみ」
「犯人は確定だね。凶器も持っているし」
「……ああ」
異世界探偵は何かが引っ掛かっていた。
何か重要なことを見落としているような、そんなモヤモヤした感覚に襲われている。
異世界探偵は立ち上がり、大広間でくつろいでいた五人の容疑者の持ち物検査を開始する。
「これで何かを見つけなければ……」
だが事件に関係のありそうなものは何もなかった。
唯一気になったものと言えば、よく多くの商品の中に入っている『食べられませんの小包』であった。なぜかそれが単品で蜂巣賀のバッグには入れられていた。
「犯人は辻村……それで良いのだろうか?」
異世界探偵は『食べられませんの小包』を思い浮かべつつ、夜空を見上げて悩んでいた。
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