若女王の年末記録

影迷彩

──

 ──2099年、一世紀経つまであと一年という時間も、今夜零時に終わりを告げる。

 初代女王陛下の日記には、このときの日々が朝の嘆きから始まった──


 「一世紀経つまでに、あとこれだけの書類を片付けなきゃいけないの!?」


 若く可憐な少女は、絢爛とまではいかないまでも、埃一つなく綺麗に整えられた書斎で嘆いていた。


 「女王陛下、それはこの書斎を掃除する時間に手間取られたからです」


 机に座り頭を抱える若女王の傍らで、壮年の側近が痛烈に答えた。


 「答えは聞いていません!! そのことなんて、私にはしっかり分かるんですから!!」


 「しっかりなれば、今日一日でこの書類全てに目を通していただくこともお分かりですね」


 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁおん!!」


 犬の遠吠えのように高く泣き叫び、彼女は山のように積み重なった書類から一枚を取り出した。


 戦乱で植民地となったこの土地が、国として自治権を得て5年、他国と隣り合える力を得るまで様々な苦難を乗り越えてきた。

 若女王は、それらの苦難を乗り越える為にあらゆる手を尽くした。10年前に両親を亡くしたあと、ただ一人生き残った上流階層の彼女は女王となってこの地を統治した。そして隣国から伸びる悪しき手を払いのけ、この居場所を国と呼べるまでに成長させたのだった。


 「そうだよねぇ、この書類の山も、その苦難あってこそなんだよねぇ」


 彼女は机の脇に平積みになったファイルの山に目を通した。

 その山は若女王が既に目を通した書類群。彼女が目を通すべき書類は両手で抱き抱えられてるもの一枚だけであった。


 「さてと、これを見てチェックしたら、これからの催しに行かないと……カジャ、荷仕度よ」


 「かしこまりました、女王陛下」


 カジャという名の側近は、恭しく頭を下げた。




 「5年なんてあっという間ねぇ」


 カジャが運転するトラックの助手席で、若女王は砂煙舞うこの国の景色を頬杖ついて眺めていた。


 「えぇ、激動でしたね」


 「ねぇカジャ、これって運が良かっただけかしら?」


 若女王の顔がカジャに向けられる。


 「たまたま今年が運良かっただけで、来年は」


 「運もありますが、それを呼び寄せるまでに、この国を取りまとめたのは女王陛下の手腕でございます」


 カジャは運転してる為に若女王へ顔を向けられない。顔の表情も動かない。

 だがその言葉は、カジャがこれまでの軌跡を見続けてきた証に、若女王へ信頼と尊敬の念が込められていた。


 「あ、ありがとう、カジャ……あ、ここですね」


 トラックが停まり、若女王はワンピースのスカートのを手であげて車内から降りた。カジャも素早く車のキーを外して若女王の側につく。


 「あ、お姉ちゃんだ!」


 「お姉ちゃんだ!!」


 「あらあら女王陛下、今日もご苦労様だねぇ」


 若女王の元へ国民が集っていく。国民の若女王を見る目は崇拝もあるが、どちらかといえば近所の姉や娘のような距離感であった。

 カジャはふぅっと息をついた。国といえどまだまだ小さい。国民一人一人が近所付き合いのある隣人なのだ。

 そして隣人一人一人に愛されているのが若女王。もちろん良いことなのだが、もう少し威厳があればいいのではないかとカジャは思っていた。


 「カジャ、カジャ!! 今日の仕事は、催し準備のチェックと、スピーチだけだよね」


 「えぇ女王陛下、宮殿内に溜まった未確認書類はもうありませんよ」


 「じゃあじゃあ、私のスピーチ終わったら、見張り台の近くで待ってもらえる?」


 「え、えぇ、かしこまりました」


 困惑ぎみに了承をしたカジャにはにかんだ笑顔を浮かべ、若女王は国民に手を引っ張られ催しの準備へと向かった。


 「いやはや、私の仕事はそれだけではないですのに……」


 カジャは辺りを警戒した。弱小王国、いつ若女王が狙われるか分からないからだ。

 運転中も道を見ていただけでない、周囲を見渡し、建物の窓や屋上まで確認してここまで来たのだ。

 カジャ本来の役目、若女王の用心棒として依頼された傭兵の役目は、今年で最後である。


 「あと数時間、務めさせていただきますよ」


 怪しい気配は数人、それらを捕捉し、年末最後の任務としてカジャは粛清にかかる。


 ──見張り台には既に若女王がぷんぷんと怒りながら待っていた。


 「遅い!!」


 若女王にカジャは叱られた。約束の時間ギリギリになって、カジャはボロボロになって帰ってきた。


 「ていうか、何があったの!?」


 「少しばかり、はしゃぎすぎる輩を静めにかかっただけです」


 服をはたいてカジャは答える。身体は無傷だ。


 「年末になってまでも服を汚さない!! 父上や母上からそう言われなかったの!?」


 「えぇ、任務のうちではありませんので」


 「もぉぉぉぉぉ!! あ、そろそろ花火よ」


 若女王は見張り台の梯子に足をかけた。


 「国民の元へは向かわれないのですか?」


 「もみくちゃにされて疲れました! それに、ここから国民の楽しむ姿を眺める方が、私はいいな」


 見張り台の頂上に二人は登り上がった。

 若女王の肩にカジャは自分の上着を羽織らせた。


 「風をひきますよ、女王陛下」


 「くしゃみが出たら、それはどこかの国がこの祭りの話をしている証拠よ」


 若女王は得意気に言い放ちながら、カジャの胴体に倒れ込んだ。


 「お疲れ様です、女王陛下」


 「へへへ、もっと言って!」


 「一言で十分でございます」


 若女王は頬を膨らませ、だがすぐに笑って空を見上げた。


 「フィナーレよカジャ……今までお疲れ様、私のたった一人の用心棒さん」


 夜空に花火が上がりキラキラと咲いていった。大砲を利用し、花火が上空で次々と咲いていく。

 ここに他国と衝突するほどの武器はない。武力でなく交渉や貿易で持ってこの国は復活した。大砲で打ち上げるこの花火は、武力との決別と平和の祈りを込めて打ち上げるものであった。

 次々と打ち上げられ、空を埋め尽くすほど広がった色とりどりの花火を見上げ、カジャは疲れを抜くようにホッとため息をついた。


 「この国に充分な兵力あれば、私が唯一の側近にならなくていいですのに」


 「自衛のための軍備は整わせるわ。来年も気を抜かない。だけど今だけは……この平和がずっと続きますようにって願いながら楽しまないと」


 若女王の顔は、カジャの顎を見上げていた。


 「だから、このあともよろしくね、カジャ」


 「契約更新、いいんですか?」


 「当たり前よ、唯一無二の、私の用心棒は貴方一人しか務まらないわ」


 こうして二人は見張り台で国最初の年始を迎え、催しの後片付けになるまで二人で花火を眺めていた。


 ──この国の平和があと百年以上も続きますように。初代女王陛下は、その一言でこの思い出に幕を下ろした──


 

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