間話 4月23日(B面)
4月22日
放課後、電車に揺られ最寄りの駅へと向かっていた私は、ついさっき届いた千秋ちゃんからのメッセージを読み返していた。
《明日は4月23日だね。調べてみたら?》
《わかった!ありがとう、千秋ちゃん》
簡潔に返して、言われた通り23日について検索した。
……ほーう。ほうほう。ふむう。
私がこうやって疑いもせず調べているのも、理由があるのだ。
千秋ちゃんのことを全面的に信用しているから、というのも勿論理由の一つではあるのだけど、違うのだ。
千秋ちゃんは小柄で女の子らしい容姿ではあるのだけど、少々言葉遣いであったり性格が大雑把というか、さっぱりしている子なのだけど、そんな彼女の趣味の一つが『今日はなんの日かを調べる』というものだった。
それを私は知っていたので、千秋ちゃんが私にああやって教えてくれるということは私にとって何か良いことがあるに違いないのだ。(多分)
そして調べた結果、やはり私にとって良いことであるのがわかった。
持つべきものは優しい友である。ありがとう千秋ちゃん。
駅につき、改札を抜ける。
探したい本があったので書店に寄った私は、買い物を終えて家路についた。
大丈夫、作戦は練った。
決行するのみである。
※
4月23日
放課後、いつものように校門から出て裏門を経由して戻って来た私は、第一の目的地である1組の教室前へとやって来ていた。
作戦は完璧な筈。
ここでしくじると巻き返しが困難になる。
ぐっと気合を入れて、教室の扉を開いた。
まずはいつも通り声を掛ける。
「こんにちは。遅くなっちゃってごめんね」
「いや、まだ出る時間じゃないから大丈夫だよ」
優しい。八色くんはつっけんどんな物言いをしたりする時もあるけど、こっちが素直に話せば応じるように素直に返してくれるのだ。
……本人には言わないけど。
「っそ、なら良かった。宿題やってたの?」
「ああ、まあもうほとんど終わってるんだけどさ、一応ね」
……え?早くない?何その澄まし顔!悪くな良い!
「早いわね。今日でた宿題じゃないの?」
「昼休みに時間が余るからね。今日はバイトもあったし」
「ま、まあ早く終わるに越した事ないものね」
「そういう事。じゃあ水原、これ。お願いされてたやつ」
来た、まずは上々よ。あとは冷静にこっちから『本を渡す』だけ。
冷静に、冷静に……。
「あ、ありがと……えへへ」
無理だった。
「じゃあ水原。僕はバイトに行くから」
その言葉で彼からの貰い物(貸されただけ)というパワーワードから復帰する。
「あ、待って八色くん。これ」
……よし、渡せる。大丈夫。
「え?なに?」
予め考えておいた言い訳を述べる。早口になっていないか気をつけながら。
「えっと、ほら!私だけ借りるのもなんかねって思って。……だからこれ、はい」
そういって本を手渡す。
八色くんは受け取った本を一度だけまじまじと見つめてから、鞄にしまった。
「わざわざ悪いな。じゃあ行ってくる」
「あ、うん。バイト頑張ってね」
小さく手を振って教室を出る彼を見送る。
よしっ!
やり遂げた!成功しました私っ。無事に第一関門クリアです!というかもうこれで終了してもいいかもしれない。
あー……ドキドキしたっ。
本を貸して貰う代わりに本を渡す。
完璧な作戦だった。本来の目的は私が『八色くんに本を送ること』だけだ。
別に借りなくても良かったのだけど、いきなり私から本を送られたら彼はきっと警戒するから。だからこんな作戦にしたのだ。
あとは本を貸してもらったと思っている彼に「それもういらないからあげる」と、一言伝えれば良いだけ。
でも、そうじゃなくても本の貸し借りって、なんか良いかも……。
……あ、行ってらっしゃいって言えば良かったな。
※
私は第2関門をクリアするために彼のバイト先である『プレミアムホスト』の入り口へとやって来ていた。
ちなみに第2関門で終了である。
しかし、つい入るのを躊躇ってしまう。
このファミレスは駅から徒歩数分という好立地なのに、何故かいつもお客さんが全然いないので私としてもとても来やすくて落ち着くのだけど、問題はそこではない。
彼のバイトの制服姿が目に毒なのだ。
勿論、害になる方の意味ではなく、もう片方の意味でだけど。
端的に言えばドストライクなのだ。つい「かっこいい」と口から飛び出してしまいそうになるのだ。
良く一緒に来る千秋ちゃんには毎回呆れられてしまうのだけど、私だって困っている。勝手に出て来てしまいそうになるものは仕方ないと思うの。生理現象みたいなものでしょ?
今日はフォローしてくれる千秋ちゃんも居ないし、気をつけるぞ!と意識を高めていざ入店。
来客を告げる音が鳴り、八色くんが歩いてくるのが目に入った。
「かっ……」
……かっこいいっ!ふあああぁぁ……。
「いらっしゃいませ、1名様でよろしかったでしょうか?」
いらっしゃいました!うわあっうわあ!
……って、違う!
「……あ、うん。じゃなくて、はい。1人、です」
気を取り直した私は、壁際のボックス席に移動した。
いつも通りお客さんがいなかったので、4人掛けの席をありがたく使わせてもらいます。
……にしても、いきなり言いそうになっちゃった。今度こそ気をつけないと。
「お冷やでございます。ご注文お決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びください」
「かっ……」
カッコいいよおおお!ベル押したら八色くんが来てくれるとか何!?お金取られるの?うわあーーーどうしようっ払います!
……だから違う!!
「あ、ありがとう。その……」
言うのよ。チャンスよ私。「かっこいいね」ってサラッと言って意識させるんだ。
「はい?」
「う、ううん!決まったら呼ぶねっ」
無理だった。
「……ごゆっくりどうぞ」
彼が去っていくのを見届けて、机に突っ伏した。
……どこまでぽんこつなの私。
ちょっと怪しまれた気がするし、変な奴だって思われてしまうかもしれない。
「……はぁ」
まあいいや、気を取り直して目的を果たそう。
事前にネットで調べてはいたものの、この店舗にも同じメニューがあるか、改めて確認する。よし、あった。
目当てのメニューがあることを確認した私はベルを押した。
もうさっきの様な失態は犯さない!
「お待たせ致しました。ご注文はお決まりでしょうか?」
「……ゎぁ」
……八色くんでお願いします。なんちゃって、えへへっ。
本当に言ったらなんて返してくれるんだろう?
いつか言ってみたいなあ。
八色くんはいくらで買えるんですか?いや、なんか絶対聞いちゃダメな気がする。
「……水原?」
名前を呼ばれてハッとした。
……え?あれ?私今どうしてたんだっけ!?
「あっ!はい、えっと、注文、だよね?」
そうだ、ベルを押してたんだ!
「はい、承ります」
良し、言うぞっ。
「……えっと、ドリンクバーと、このローズクランベリーパフェでお願いします」
……言えた。普通になんの問題もなくこなせたよ千秋ちゃん。
注文の確認を終えて去っていく八色くんの後ろ姿をじっくり眺めてから、鞄を開いた。
彼が今日貸してくれた本(ハムレット)を読もう。
昔一度だけ読んだことがあったけど、内容もうろ覚えだったし、何かしていないと彼のことばかり目で追ってしまいそうで不安だったのだ。
そうしてしばらく読書をしていると、彼がすぐ側までやって来ていた。
「お待たせいたしました。ローズクランベリーパフェでございます」
「わ……美味しそう!えへへ……ありがとう。八色くん」
「いいえ、ゆっくりしていって」
……目標達成。無事に彼から(根本的にはお店からだけど無視)バラの贈物
(金銭は私持ちだけど無視)を渡された私は、その感謝を伝えた。
色々こじつけた気がするけど、でもいいのだ。
大事なのは想像力なの。八色くんが私に『薔薇にゆかりのある物を送ってくれた』という事実が残っていればそれでいい。今はそれで満足できる。
我ながら気持ちが悪いと思うのだけど、それでも嬉しく思ってしまうのだから仕方がない。
食べ物だし、形には残らないからまだ……ね。
デザートを堪能した私は、家に帰ってお母さんに手伝ってもらいながらパエリアを作った。
彼が今日が何の日か知っていないと踏んだからこそ、今日の私の企みは上手く行ったのだけど、でも少しは気付いて欲しいと願う私もいた。
だから彼にちょっとだけでもヒントをあげようと思って、昨日わざわざパエリアの話なんかしたのだ。
まあヒントにしては規模が大きすぎるというか、わかっても国名だけというか。
まあそれでもヒントを出したのは私だし、作らないわけにはいかなかったから作りました。後悔はほんのちょっとしてる。パエリア火の加減が難しい……。
1番美味しそうに見える角度で写真を撮り、彼に送った。
《美味しく出来た!本もバラのデザートもありがとう!いい23日になったよ。》
わざわざ薔薇と23日を強調してみたりして、ちょっとドキドキする。
そこでふと思った。
……八色くんにあげた本、どんな内容なんだろう?
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