間話 雨の隠し事


 もうすぐ深夜になろうかという自室にて、私は窓の外を眺めていた。


 月が綺麗だとか、星がよく見えるだとか、そんな事は全くなくて。


 空には分厚い雲が被さっていた。風もあまり無く、それらが動く速度は遅々としている。


 手に持ったスマホの画面を見る。


 よし、これならイケる。


 私は小さくガッツポーズをして、カーテンレールに掛けたモノを一度見つめてから眠りについた。






 放課後、人気の少なくなった下駄箱にて、私はぼうっと外を眺めていた。


 学校の廊下から運動部が筋力トレーニングに励んでいる声が聞こえてくる。


 日中は着ていなかったパーカーをブレザーの内側に着込み、フードを被る。


 そうして私の横を通り過ぎていく人たちを伏し目がちに視界の端で捉えては、視線を外す。


 何度目かわからないその行為を繰り返して、目当ての人物が来たのがわかった。



 鬱陶しそうに外を一瞥して、手に持ったソレを開いたと同時、近寄って裾を引いた。



 「……え、何?誰ですか?」


 くっふっふ、この男、私がわからないらしい。


 フードで顔を隠した効果は上々の様だった。


 けど、気付いてくれない事にちょっとムカつく。


 私がにやっと口角を上げるのを見たのか、その男は「っふ」と鼻で笑ったかと思えばくすくすと笑い始めた。


 「なんて、言うと思ったか?それはなんの遊びだ?探偵ごっこなんて歳じゃないだろ」


 「……ふん」


 気付いてるなら、最初から言いなさいよ……。


 さっきよりも深く頭を下げて、表情を隠した。今はあまり見られたくないのだ。生徒も多いし……。


 「えーと、傘忘れたのか?」


 「……。」


 「いや、なんか言わないとわからないぞ……」


 後ろの方から、これから帰宅すると思われる生徒たちの声が近付いて来ていた。


 彼もそれに気が付いたのだろう、「行くよ」と一声掛けて裾を握ったままの私を体で引っ張って歩き出した。


 フードを被っているとはいえ、誰にバレてしまうかわからないなんて考えてくれたんだろうな。

 

 相変わらず私は顔を上げることは出来なかった。





 まだ夕暮れには早い時間。普段は一人で帰る事が多い道を彼と歩く。


 それは昔よりもずっと近い距離で。


 雨が降ってくれていて良かった。なんて、心臓の音が彼に聞こえない様にしてくれている空模様に二つの感謝をした。


 駅までの道はあっという間で、会話なんて本当に大した内容も無くて。


 でも普段よりも、もっと彼に近付けたから私はそれで良かった。


 彼はこのままバイトに行くらしく、「傘貸そうか?」って最後まで粘ってくれたけど、無理やり断ってホームへの道に進む。


 途中振り返ったら、まだ私を心配そうに見てくれていて、ちょっとだけ申し訳なくなった。

 「ごめんね」の意味も込めて、小さく手を振る。


 遠慮気味に振り返してくれた彼の姿をしっかり見てから、踵を返しホームに急いだ。不思議と足は軽かった。



 電車に乗っている間も、まだ心臓がドキドキしていてちょっと苦しいくらいだったけど、それがなんだか心地良くて。

 席はたくさん空いていたのに、雨を眺めていたくて座らなかった。


 駅に着き、改札を抜ける。



 まだ雨は降ったままだ。



 今度はもっとフードが大きいパーカーを用意しよう。うん、そう決めた。



 鞄を一度だけ開け閉めして、私は家路に着いた。





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