間話 ゴールデンウィークその2

 ゴールデンウィーク2日目。


 ゴールデンウィークが始まったかと思えば、そのすぐ次の日には1日だけ平日がある今年の日程。

 僕ら学生の気持ちを忖度して休校にする。なんてことはもちろんあるはずも無かったので、今日は普通の登校日となっていた。


 まあとは言え、昨日学校が無かった分連日学校に通うよりは溜まっている勉強への疲れみたいなものも少ないので、比較的に楽な日であると言えた。

 それに、ゴールデンウィークの課題について疑問があったりした場合は今日のうちに担当教科の先生に聞きにいくこともできるのだ。



 学校を終えた僕は、バイト先である『プレミアムホスト』へと足を運んでいた。


 思い出すのは昨日の激務。

 駅から徒歩数分という好立地にあるにも関わらず、普段は閑古鳥が鳴いている我がバイト先ではあるが、流石に祝日ともなれば客入りも上々で、それはもう忙しかったのである。

 働き始めてから、常に店にいるお客は1、2組のみという今にして思えばぬるま湯でしか働いていなかった僕は、当然昨日の満員御礼の状態での勤務は初めてだったわけで、それはもう疲弊したのだ。


 しかし、今日の僕は違う。

 昨日の様な状態もあるという事を身を持って学んだのだから、その心構えも必然出来上がっていた。

 従業員用の入り口から入り、バイトの制服に着替える。


 さあ、どんと来い!





 店内はすっからかんであった。

 うん、まあ知っていた。

 だって駐車場もすっからかんだったのだから。


 やはりゴールデンウィークといえど、平日になるといつも通りになるのだな。なんて考えながらドリンクバーの補充を行っていると入店音が鳴った。


 ちなみに僕が来てから今日初のお客様である。

 他にお客は居なかった。ほんとに大丈夫かここの経営?



 入り口に向かう。


 「かっ……!」

 

 か?

 

 「いらっしゃいませ。何名さまでしょう……か?」


 変な間が出来てしまった。

 僕もまだまだだな……これも仕事なのだから動揺している場合ではないだろうに。


 「おーほんとに働いてるねー」


 「ッは!?……ね?だから言ったでしょう?あ、3人です」


 「なんで笑美が得意げなんだか……」


 「3名さまですね。お好きなお席へどうぞ」



 貼り付けた様な笑みを崩さない様に必死だった。


 今日初の見知ったお客様へと、水をお持ちする。



 「ご注文お決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びください。失礼します」

 

 「かっ…!」


 「おーい笑美戻ってこい」

 

 「あっ。ねえねえ月岡くんー」


 「……はい、ご注文でしょうか?」


 「かっっ!」


 「はあ……笑美、おーい。良い加減慣れなよ、何回目だここ来るの」


 「注文というかー、月岡くんはテイクアウトできるのかなー?」



 頬がひくつくのが分かった。この厄介客どもめ!



 「申し訳ありません。当店ではそう言ったメニューはございません」


 「やだなー。じょーだんだよー。ごめんねーお仕事の邪魔しちゃってー」


 「ふん、皿でも大量に割って裏で怒られて来い」



 じろりと黒磯に睨まれる。彼女に嫌われているのは知っているが、なんか中学の時より当たり強くないか?


 何故か一言も発していない(たんが絡んだ様な声は出していたが)水原のことが少し気になったが、これ以上留まっていても良いことがなさそうなのでそそくさと退散した。



 どうする、休憩室にいる宮内さん(面接に来た時にレジにいた女性の人で、大学生のお姉さん)に言って変わってもらうか?


 いや……仕事だろう。何甘えたこと言ってるんだ。


 そんなこと言ったら休憩時間でもないのに休憩室に引っ込んでいる宮内さんは何なのだという話なのだが、それはスルーした。


 人が増えて来たらヘルプに来てくれると言って僕に任せてくれたんだろう。

 だったら、頑張るしかないか。


 そう気合を入れ直し、遠くから例の3人組を見る。


 僕がバイトをする様になってから、ちょくちょく水原と黒磯はここに勉強やご飯を食べに来ていたが、まさか三条さんまで来ることになるとは。

 というか、黒磯と三条さん知り合いだったのか?結構仲良さそうだったしな。


 そんな事を思っていると、「おーい月岡くーん」とお呼びが掛かった。



 ……ベルを押せよ。



 「はい、ご注文でしょうか?」

 

 「えっとねードリンクバー3つと、レアチーズケーキでお願いしまーす」


 「これ」


 「はい、ゴールデン抹茶パフェですね」


 「それ以外に見える?指指してるよね?目が悪いのかなあ?いや、頭が悪いのかなあ?」


 ……この女、わざとやってやがる。まあ冗談だとわかるから苛つきもしないけど。


 「ち、千秋ちゃんっ。ごめんね?八色くん」


 三条さんがいるのに『八色』呼びされたことに少し驚いたが、黒磯とも一緒にいるわけだし、僕の昔の名字なんてとっくに聞かされているのだろうと勝手に納得する。


 「良いよ。黒磯とはいつもこんなだったから今更だ」


 水原の申し訳なさそうな顔に、つい普段の口調で返答してしまった。

 

 「おいおい八色ー、お客様に呼び捨てとは良い度胸だな?」


 無視した。


 「それでー笑美ちゃんの注文はー?」


 「あ、えっとー……わらび餅パフェか、ビターチョコレートケーキで迷ってるんだけど、どっちがオススメとかある?」



 ふむ……。



 「それなら、こちらの『かなり大人のビターチョコレートケーキ』の方が良いかと思います」


 「うんっ。じゃあ、それでお願いします」


 「かしこまりました」



 改めて注文を確認し終え、3人の元を離れた。


 それぞれの注文したものを運び、絡まれないうちにまた退散する。


 やることも少なく暇だったので、机を拭きながら3人の様子をちらと見る。


 女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、彼女らも例に漏れず楽しそうに談笑していた。

 水原も、変に強気な態度ではなく普通にああしていれば良いのにな。なんて、学校で話しかけてくるときの妙に強気な彼女を思い返していた。


 それぞれのデザートを食べながらメニューを見て何やら話していたと思われる3人であったが、三条さんが水原に何やら耳打ちして、彼女の顔がみるみるうちに赤くなっていった。

 黒磯は面白くなさそうな顔をしていたが。


 なんとなしにそれを眺めていると、不意にこちらを見て来た水原と目が合った。

 勢いよく目を逸らされ、続いて黒磯と三条さんににやにやとした顔で見られる。


 ……あいつら、何言ったんだ?


 結局そのあとは碌に水原と話すことはなかったが、一度だけトイレに席を立った黒磯にすれ違いざまお腹を殴られた。


 流石にお客様に暴言を吐くわけにもいかず、「何をするんだ」という意思を込めて目線で抗議すると「私の方が笑美と仲良いから!」と、中学時代水原と付き合っている時に散々言われて来た言葉を頂戴した。


 それを懐かしく思いながら「分かってるよ」と返すと、黒磯は一度だけ罰の悪そうな顔をして僕から離れて行った。


 彼女は決して悪い奴ではないのは分かっているので、僕もお腹を殴られたものの、それ以上何かを思うことは無かった。


 3人が帰る時に、水原に小さな声で「ありがとう」と言われたのだが、さて。

 

 何のことやら、だ。

 

 



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