間話 ゴールデンウィークその1

 

 高校に入学してから初めて迎えるゴールデンウィーク。その初日。


 普段よりも1時間くらい遅く起きた私は、すぐに枕元にあるスマホを手にとった。


 高校に入り、中学時代よりもメッセージのやり取りを行う人が増えた私の朝の日課。


 何件か入っているそれらの差出人の名前を順繰りに見て、一人の名前で目を止める。



 《特に決めてないけど、午後はバイトまで図書館で課題をやる予定。》



 あまりに簡潔な文章。私、もっと他にも質問していたと思うけど??


 決めてないけど、とか言ってしっかり決めているじゃない。


 ……でもまあ、返事が来るのは、やっぱり嬉しい。



 朝食を済ませ一休みした私は、出かける準備に取り掛かる。


 いつもより少しだけ、早めに準備に取り掛かった。






 昼食を終えて駅に向かっていると、前から部活終わりと思われる中学生のカップルが歩いてくる。


 「絶対あの子翔太のストーカーだよ!ちょっと可愛いからってほいほい付いていったら許さないからね!」


 「わーかってるって。どんだけ心配性なんだよ」



 すれ違いざまに聞こえてきた会話にくすりとする。


 楽しそうだなあ。ほんとに彼が好きなんだろうなあ。


 関係ないのに、あのカップルのことを少し応援してしまった私は、彼らの会話から少しだけ昔のことを思い出す。




 『わ、私っ。……八色くんのストーカーかもしれない……』


 『え?どうしたのいきなり?』


 『だ、だって気持ち悪くない?休みの日、何してるのかな、とか。どこ行くの?とかいちいち聞かれるの、嫌じゃない……?』


 『うーん、そういうの考えたことないかな。まあでも、水原の思うストーカーがそれ位なら、別に君がストーカーでも良いやって思うけど……』




 ……あの頃の私はストーカーの定義すらわかってなかったのね。


 それはストーカーではなくてただの独占欲よ……。


 わざわざ変なカミングアウトする必要なかったと思うけどなあ。


 

 なんて、中学時代の無知な私の一幕を思い返していると、目当ての場所まで着いていた。





 図書館へと入った私は、空いている席を探す為に館内を歩き回った。


 やっと席を見つけて腰を下ろす。


 

 私が座ったことに気付いたのか前に座っている人が、ついっと視線を向けてきた。


 それには構わずに鞄から課題を出す。



 「なんで、君がここにいるんだ?」


 「空いてる席がなかったんだもん、しょうがないでしょう?」


 じとりとした目で見られる。


 「……何よ」


 「別に。君がどこにいようが僕にあれこれ言う理由は無かったなと思って」


 ちょっと拗ねた様な口調に笑みがこぼれる。


 「そうね。ところで、課題はどう?」


 「まだ初日だぞ?大して進んでいないよ」


 「ふ〜ん。そうなんだ。まあ……それもそっか」


 そこまで話して、咳払いが聞こえた。


 少しだけ視線を合わせた後、黙って私も課題に取り組む。


 ……あなただって話してたんだから、そんなに睨む必要ないじゃない。




 時計を確認すると、1時間と少し進んでいた。


 視線を上げる。変わらずに課題に取り組んでいる様だ。


 相変わらず長い睫毛に少しだけ見惚れてしまう。


 「……ねえ、ここ、わかる?」


 「……ん?ああ、ここなら……って、君仮にも学年首席だろう。わからないわけないじゃないか」


 「そ、それはえっと……八色くんがわかるか、試しただけ……と言うか……」


 「はぁ……さっきと言ってることが真逆だけど」


 ……ぐぅ、痛いところを突かれた。


 不意に質問したら、昔みたいに教えてくれるかなって、思ったんだけどな……。


 ちょっとだけ落ち込んでいると、彼がサラサラと私の課題の横にペンを走らせた。


 「あ、ありがとう……」


 また一瞬だけ、ついっと私に視線を向けて、彼は課題に戻っていく。



 「……ストーカー、ね」



 館内に流れるBGMが途切れたタイミング。ほんの囁く様な声が耳に届いた。



 驚いて顔を上げると、彼は口元に手をやりながら課題に目を落としていた。




 ……ふ〜〜ん。ふう〜〜〜んっ!




 課題はそんなに進まなかった。



 まあけど、悪くない一日だったかな。





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