間話 4月25日(B面)


 「店長、お先に失礼します」


 「はいはいお疲れ様。また宜しくね」


 僕がバイトとして働いているファミリーレストランであるところの『プレミアムホスト。』店長の小千谷おじやさんに挨拶をして店を出る。


 時刻は22時になったばかりであった。


 スマホを見ると、水月からのメッセージが1件。水原からのメッセージが1件。


 ……そういえば、バイト前に来ていた水原のメッセージは返事できてなかったな。


 先に水月の方から開き要件に対しての返事と、これから帰る旨を送る。


 次に水原のメッセージを開く。



《そろそろバイト終わったかな?お疲れさま》



 ……君は僕の彼女かよ。


 いやそもそも世間一般の彼氏彼女というものが、こうしてバイトの終わる時間帯に合わせてやり取りをしているか。なんて僕には知る由もないのだけれど。


 《終わったよ》


 あまりに短い自分の返信に、それを水原に送ってしまってから改めて気付いたものの、どうにもメッセージは得意ではないのだ。

 なら何が得意なんだと問われると、答えに窮してしまうのだが。


 そんなことを考えながら、ホームに辿り着き電車に乗り込む。


 途中、スマホが震えたのがわかったが、それなりに車内も混んでいたので取り出す事はしなかった。



 最寄りの駅に到着し、改札を抜ける。


 人の多さにやられたのか、もしくはただの水分不足かわからないけれど、少しだけ立ちくらみにも似た症状を感じて駅の側の自動販売機でホットレモンを買う。

 それを飲み、ホッと一息ついているとまたスマホが震えた。


 そういえばさっきも何か来てたな、なんて程よい甘さと酸っぱさを口内に感じながら取り出す。

 予想していた画面では無かった事に正直驚いたが、少しだけ迷った後、タップした。



 「……はい。月岡です」


 『……!そう名乗られた直後に、八色くんって言い辛いんですけどっ』


 「安心してくれ、わざとだ」


 『もう。……えっと、その、電話大丈夫だった?』


 「大丈夫だよ。だから出てるんじゃないか」


 『大丈夫だよ。だけでいいのよそこは。……ふふっ」


 「……それで?何か用?」


 『……べつに、たまたまよ。ちょっと気が向いたから、掛けてみたの!悪い?』


 「悪いなんて言ってないだろ……僕は理由を聞いただけだ」


 『あっそ。……でも、なんかあなた声疲れてそうだし、今日は切るね』


 「まあ、バイト終わりだしな。……良いのか?」


 『うん、良いの。じゃあお疲れ様。……またね』



 耳からスマホを離す。


 

 「……はあ」


 僕は、画面に表示されている番号を一度だけタップしてから、腰をあげた。


 勝手に長電話になると思って、つい腰掛けてしまっていたのだ。


 

 『……はい』


 「君な、勝手に切るなよ」


 『え、だって……疲れてるって言ったし』


 「バイト終わりに疲れてないって言ったらそれこそ水原は変に気を使うだろ。それにまだ始めて一月も経ってないんだ。気疲れみたいなのもあるさ」


 『う、それは……そうだけ、ど。えと、それで掛け直してくれたの?』



 自分の頬が少しだけ緩むのを自覚して家までの道をゆっくりと歩く。


 なんで掛け直したかなんて、僕にもわからなかった。



 「さあ。でも、一応僕には用があったから」


 『用?なになに?』


 「まあ、用って程でもないんだけど、その、謝っておいた方が良いのかと思ったんだ。」


 『……ん?謝る?私何かされたっけ?』


 「……メッセージ。バイト始まる直前に見たから、返せなかったんだよ」


 『え?うん。……それで?』


 「は?いや、それだけ……なんだが」


 『……っふ。ふふっ……』



 押し殺した様な笑い声が漏れ聞こえてくる。



 「……切るぞ」


 『あーごめん!待って待ってっ……っふふ……っくふっ』


 「おい……。僕そんなにおかしい事言ったか?」


 『ううん、何にもっ。あーおかしっ!ありがとね。八色くん』


 おかしいって言ってるじゃないか。


 「はあ、まあ水原が気にしてないようで何よりだよ」


 『……ねえ。メッセージ、無理に返さなくても大丈夫だからね』


 「ああ。今も昔も、無理に返したことは無かったよ」


 『え?昔って……』


 「なあ水原」


 『うぇっ?あ、はい。なん、でしょう?』



 視線を空に移す。今日は星が良く見える。



 「君、電話の方が話しやすいな」


 『はあ!?何それどういう意味?』


 「そのままの意味だよ。学校で話しかけてくる時の、あの変に強気な口調はなんなんだろうって思ってね」


 『べ、別に良いでしょっ!それに今もたいして変わってないし』


 「僕はまた変なキャラ付けをしたもんだなと思ってさ。他の人と話すときもああなのか?」


 『そんな事ない!っあ、いや、なくも……ない、かなあ?どうだろー?』


 「自分の事なのにわからないのか……」



 言ってから気付く。


 自分のことがわからないのは、僕も一緒か。 



 『八色くんこそ変な話し方してるじゃない。変に気取っちゃってさ。女子からちょっとちやほやされてるからって、調子にのってるんじゃない?』



 ちやほや……心当たりは一つも無い。



 「全く身に覚えがないけど。それにどちらかと言えば、ちやほやされてるのは水原じゃないか?」


 『……ふう〜ん。私がちやほやされてるのが気になるんだ?』


 「……それを否定しない辺り、君の努力の賜物なんだろうな。とは思ったよ」


 『嫌な褒め方ね。ほんっと、素直じゃないんだから』


 「話したいと思った癖にそれと真逆のことを言ってしまう人にだけは言われたくないけどね」

 

 『う……そ、それを持ち出すのは反則でしょうっ!?』


 「そうだな。……これは言い過ぎた。悪い」


 『え、何……?どうしたの?八色くん変なものでも食べた?』


 「これからは絶対謝らないとたった今誓ったよ」


 『あー待って!ごめんなさいっ。素直に謝ってくるから調子がおかしくなっただけなのっ』



 怒ったり慌てたりする電話相手に、笑みが溢れた。


 だから何故か、彼女にこれを教えてあげたくなったのだ。



 「なあ水原。今日は星が良く見えるんだ」


 『っ……うん。そうみたいね。……えへへ』


 「付き合って貰って悪かったな。おかげで退屈しないで家まで帰れたよ」


 『あー、うん。わかった。えっと……』


 「……話し方。べつに僕は嫌いじゃないよ。それじゃあ」



 さっきのお返しに、返事を待たずに切った。


 通話をしていて、開けていなかったメッセージを開く。


 電車に乗っている時に来ていたものだ。



 

 《今日は星が凄く綺麗に見えるから、帰り道に見てみたら?》




 家に帰った僕は、水月に遅いと怒られるのだった。










 

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