間話 とある男子のMonolog


 こんにちは。


 僕の名前は♯♯♯♯♯♯です。


 あれ?僕の名前は♯♯♯♯♯♯です。


 ……気のせいかな。まあいいか。



 唐突だけど、僕には好きな女の子がいます。


 いや、女性と言った方が正しいかな。


 一目惚れってやつでした。まあ、何度か一目惚れをしたことのある僕だけど。


 それでも一目惚れだ、何と言っても顔が良い!スタイルも、良い!!


 相手は僕のクラスの女の子、水原笑美さん。


 高校に首席で入学した彼女は、初日からそりゃもう男子達の話題の中心だった。


 背中まで伸びた黒髪がほんとに綺麗で、触り心地なんてふわふわしていそうで、想像しただけでも気持ちが良いのがわかるってもんで。


 僕ら男子がそんな風に思っていても、触ることが出来ない中、『彼女』は僕らの心なんて見透かしたみたいにクラスで水原さんに触れて、イチャイチャしているのを見せつけて来るから、尚更その触り心地を想像してしまうってわけで。


 まあとはいえ、美少女2人がベタベタきゃっきゃとしてるのを見るのもそれはそれで、あり!


 ああ、『彼女』っていうのはいつも水原さんと一緒にいる、同じクラスの三条さんだ。


 

 彼女も彼女でとてつもなく可愛いんだけど、僕の好みとしてはやっぱり水原さんだった。


 小さい子が好きな男子たちには彼女は絶大な人気を得ているけど、僕はやっぱりある程度大きい方が好きだ。も、もちろん、身長の話だけど。



 ……。



 

 けれど僕にはちょっとだけ後悔していることがある。



 それは、いまだに水原さんと話せていないことだ。


 それもこれも、彼女を守るかの様に常にべったりとくっついて回る三条さんのせいだと思っている。思っているというか、実際そうだろあれ。


 明らかに僕たち男子のこと警戒しているし。


 だって、めちゃめちゃ目を光らせているのだ。


 入学から1週間くらいは、ある程度警戒されているのか?くらいだったのに、休み明けにはまるで猛獣の様な目線を、彼女に近付こうとする男子に浴びせるのだ。

 まるで彼女のことを物凄く心配している古い友人か何かに、守ってくれって頼まれたみたいに。まあ、そんなことないと思うけど。


 密かに三条さんはLCB(little cute beast)とか、番犬とかって呼ばれている。


  LCB呼びの奴らは「バレた時の保険だ」とかで、ひよっていると思われる風潮が出てきたので、当初はLCB派だった僕も今では番犬派だ。


 水原さんと三条さんが仲良くなり始めたのは入学してから2日目だったけど、初日はそれはもう凄かった。



 何がすごいって男どもの野次馬と、牽制合戦だ。



 目線と空気だけで、誰が先に話しかけにいくのか、抜け駆けするのか、はたまた協力体制を敷くのか、そんなありとあらゆる戦いが行われていた。


 僕はそこであっさりと負けてしまった……


 けど、負けて良かったかもしれない。水原さんは皆がいる前で男子に話しかけられてもそれはもう塩対応だからだ。

 冷ややかな目で見られるとかならご褒美だって奴も出て来るだろうけど、あそこまで明らかに『愛想笑い』ですって顔をされると、玉砕してく男子たちにも同情してしまう。




 しかし、そんな僕に天啓が舞い降りた。


 僕の唯一の取り柄と言ってもいいこの頭脳だ。


 その他大勢のただがむしゃらに水原さんに話しかけに行く脳筋どもとは出来が違う。


 三条さんがいない所を見計らって、話し掛けに行けばいいのだ。


 幸い話題を考える時間だけは嫌っていうほどあった。


 首席入学を果たした彼女のことだ、勉強の話題なら食いついて来るだろう。


 分からないところがあると言えば、水原さんも無下にはしない筈だ。


 そこから徐々に仲良くなって、いつかは一緒に勉強をする中になって、それでゆくゆくは……ぐふふ。


  

 おっといけない。


 

 そして僕は行動を開始した。


 それとなく彼女と三条さんの行動のパターンを解析してチャンスを伺うのだ。


 あ、三条さんは時折フラッと姿を消してしまうので良く分からなかった。まあ、本命は水原さんの攻略だ。


 パターン解析を始めて数日が経ち、わかったことがあった。


 それは、ここ最近水原さんが放課後に正門から帰ったふりをしてから、裏門でまた学校に入っていくという奇妙な行動をとることがあるのだ。


 つまり、放課後に学校で待ってさえいれば、彼女が1人になったタイミングで話しかけることが出来るってことだ!!


 天才か僕は。少々ストーカーじみた真似をしてしまったけど、これは僕と水原さんの今後にとって必要な手順だ、致し方ない。


 

 そして今日!ついに僕は計画を実行する!


 放課後が今から待ち遠しくて仕方がないよ。




♯        ♯        ♯




 放課後を迎えた。僕は教室に残り水原さんを監視する。


 片付けを終えた水原さんは、三条さんと話ながら教室を出て行った。


 出ていくときにチラッと三条さんに見られた気がしたけど、まあいい。


 重要なのはこの後だ。


 

 よし、そろそろ移動するか。



 どこにって?決まってるじゃないか。


 裏門を観察できるポジションはもうバッチリ押さえてある。



 裏門がよく見える実験棟の2階。その端っこまで移動した僕は張り込みを始めた。まるで気分は刑事になった様だ。確かに、水原さんの可愛さは罪かもしれない。

 何上手い事言ってんだ僕は、これからの僕の行動も上手く行く気がして来た。




 待つ事8分52秒。



 キタッッッッ!!!



 完全に油断しているのか、いつもよりも何故か少し上機嫌そうな水原さんが裏門から入って来た。


 頭を隠しながら進む方を確認する。


 よし、やはり下駄箱か。


 

 僕は小走りで下駄箱へと向かった。



 部活を行なっている生徒以外、人気がまばらになった玄関前の廊下にたどり着くと、廊下の向こう側に一瞬だけ見覚えのある黒髪が見えた。


 あの艶、間違いない。水原さんだ!


 逸る心臓の音をやたらと大きく感じた僕は、水原さんが入ったと思われる教室に向かって歩き出した。


 ん?教室??


 あそこは、確か……1組か?




 くそ、ここで予想外の事態が起きるとは。



 水原さんは他のクラスとの関わりなんて持っていない筈だったのに、中良さげに話す生徒もそのほとんどがうちのクラスの女子だけだった筈だ!



 くそ!どうする、ここまで来て、今日は諦めるのか?



 いや、違うだろ!ここまで来たんだ、こんなチャンスもうないかもしれないんだ、行くしかないだろう男なら!



 僕はそう自分に気合を入れ直し、足音を立てない様に廊下を進む。



 2組の前を通り過ぎる……大丈夫だ、誰も居ない。

 

 下駄箱の前を通り過ぎる……大丈夫だ、誰も居ない。


 トイレの前を通り過ぎる……大丈夫だ、誰も居ない。


 もう一度後ろを振り返る……大丈夫だ、誰も居ない。



 1組の前についた。そっと扉の窓から中を覗いた。



 中には、水原さんが居た。




 うそ、だろ……?




 あんな顔、僕のデータには……。
















 「みーーちゃったあ」















 !!?!?!??!??



 かろうじて声は出さなかった、というか驚きすぎて出なかった!



 振り返ると、三条さんが立っていた。



 可愛らしい、けどどこか底冷えする様な顔で、立っていた。



 どうする!?逃げるか???



 三条さんが、『スマホ』を僕にむけて来た。


 絶望が体を走った。


 手招きをされて、後をついて行く。


 僕に逃げるという選択肢は残っていなかった。





 1組とは遠く離れた、廊下の向こうの3組へと入る。もちろん誰も居ない。




 顎を汗がつたう。


 

 僕は、どうなってしまうのか。


 目の前の三条さまが、にこおっと笑った。


 感覚的に理解した。


 彼女は番犬なんかじゃない。


 そんなかわいいものじゃない。




 「わたしさあー。口が軽い男の子って、きらいなんだよねー」



 「はい」



 「わかるよねー」



 「はい」



 「じゃあもう帰っていいよー」



 「はい。失礼します」



 「ああ、そうそうー」



 「……」


 

 「わたし、ねこ派なんだよね」





♯        ♯        ♯



 こんにちは。


 僕の名前は♯♯♯♯♯♯です。


 覚えなくても大丈夫。


 唐突だけど、僕には好きな女の子がいました。


 いや、女性と言った方が正しいかな。


 それは、同じクラスの水原笑美さんだ。


 長い黒髪が綺麗な人で、顔も可愛い水原さん。


 そんな彼女は男子には塩対応だ。


 けど僕は知っている。


 水原さんが、『あんな顔』もできることを知っている。


 今日も僕は彼女を見る。


 遠くから彼女を、たまに見る。


 時たま感じるの視線に怯えながら。


 僕の何度目かの一目惚れは、こうして段々終わってく。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る