第四章 最後に笑うのは(4)
製品試験場は不快な死に満ちていた。ギルガメッシュが呼び出した部下達のほとんどは、覚醒した凛陽が斬り裂き焼き払い、無機質な灰色の床を血と煤に染め死屍累々。
助けに来たにも関わらず、時雨は自身の身を守るだけで精一杯。立ち向かおうにも足が竦んでしまい、硬い装甲に包まれたサイクロプスからは逃げるだけ。凛陽の不意を突くギルガメッシュの援護も注意できず。
結局できた事と言えば、こちらに襲いかかる武装した人間を納刀したままの天叢雲剣で撃退できた程度。
今は、身の毛のよだつ光景に息を詰まらせながら、凛陽にギルガメッシュとの戦いを任せてしまっていた。
凛陽が正面から斬り込みに向かう。それを阻むように、ギルガメッシュがサイクロプスよりも巨大な立方体を出す。
面から血管が浮き立ち、無数の大きな眼が現れる。おどろおどろしさに「きんもっ」と言う凛陽に狙いを定めて破壊光線を撃っていく。
「ヴィーラバドラの眼」
天叢雲剣から聞いた事を時雨が呟いた。破壊光線を放つ眼の持ち主はヴェーダの神シヴァが垂れ流す強い破壊衝動、その残滓から生まれた怪物ヴィーラバドラ。倒しても生き続ける眼を筐体に詰め込み、機械と魔法で制御し、兵器として利用している。
「悪魔ノ尻尾」
跳んだ凛陽が、箱の上部を切りつけ着地。突き立てた草薙剣で切断しながら疾走。流し込んだ灼熱の炎と聞くに堪えない悲鳴が噴き上がる。
踏み切り仇敵の首へ。草薙剣を真一文字に払う凛陽。斬り裂く寸前、ギルガメッシュには届かず、反撃の蹴りを貰ってしまう。
凛陽は壊れた筐体を突き抜け、遠くへ吹き飛ばされた。
「ぁあーっ、もう。全然ダメ」
癇癪を起こす凛陽をギルガメッシュが鼻で笑う。
「ヴァルハラだ。全員大人しくしろ」
厳然とした声が、製品試験場の出入り口から聞こえてくる。
「トール」
太陽に槍と剣を重ねた紋章の警察手帳を示しながら入って来たのは、黒髪に眼鏡、白いスーツに身を包んだトールだ。
眼鏡越しから伝わってくる鋭い眼光と細見とは思えぬ力強い威圧感を、いち早く察知した時雨は身を縮めてしまっていた。
「オイオイ、とんだゲストだな」
白いコートを着たロキがいつでも銃を抜けるよう身構える。
「オイ、ヴァルハラが何しに来た?」
招かれざる客を前に、ギルガメッシュが露骨に嫌そうにする。
「酷いな。一面血の海だ。私は匿名の通報を受けて、ここまで来たに過ぎない」
トールは時雨やロキに一瞥をくれながら堂々と横切って行き、睨みつける凛陽の前で立ち止まる。
「匿名、か」
皮肉るギルガメッシュだが、トールはそれを無視。
「真吹……凛陽だな」
「そうだけど、アタシの名前、気安く呼ばないでくれる」
凛陽が斜に構える。
「オーガのランギのアジト襲撃、babiron関連施設の襲撃における殺人及び障害。その容疑者として貴様を拘束する。当然、この惨状についても証言してもらう」
トールの威圧的な言葉に凛陽が不満を爆発させ、纏う炎も強まる。
「ハァッ!! 悪いけど、コッチは取り込み中なの。空気読んでくれる?」
燃え盛る炎にトールが飛び込む。反射的に凛陽が草薙剣を振るうと、鳩尾にずっしりと重いミョルニルの一撃を押し込まれた。
「凛陽」
落雷の衝撃が轟いた。仕組まれたとも言っていい暴力を前に、時雨は小さな悲鳴を上げてしまう。
「公務執行妨害の現行犯で貴様を逮捕する」
頭から沈みかけた凛陽をトールが脇で抱える様にして、両腕を使い首を物凄い力で絞め上げながら電流を流し込む。
凛陽に襲いかかる二重の苦痛。見ているだけしかできない時雨は、内側から侵食される様な不快感に襲われ、吐き気で息が詰まってしまう。
「ふッ、ざッけ、んな」
不屈の凛陽は怒りと共に炎を強めながら跳び上がり、トールの首を自身の腕で抱え込み、空いた脇腹を拳で打つ。
「ハァァァアアアッッ」
トールが雄叫びを上げながら、灼熱をものともせず、力任せに凛陽の体を持ち上げる。
「ッハッハッハ、無様だな。ヤキトリ」
逆さまに持ち上がった凛陽をギルガメッシュが笑う。トールが太ももと一緒にスカートを押さえているが、後ろは例外だ。
「セクハラで訴えてやる。死ねエロ犬」
ますます強力になる電流。その上、辱めにまで遭わされ、怒りを露わにする凛陽。
「苦情は後で受け付ける。大人しくしろ」
迸る雷光が塔を駆け昇り、天から激烈な稲妻となりて降り注ぐ。崩れ落ちる様にして凛陽の頭を粉砕。
そのまま動けない首を絞めて電流を流し込んだ。
「ザコ相手に御苦労な事だ」
一仕事終え、立ち上がったトールに、ギルガメッシュが慇懃に手を叩いてみせる。
「ギルガメッシュ、彼女達を安全な場所に運んだ後。この惨状についてもそうだが、色々と尋ねたい事がある。二、三、私の質問に答えてもらってもいいか?」
かったるそうに吐き出す息。
「ああ、構わねぇぜ。捜査への協力なら、惜しみなくするつもりだ」
介入してきた警察によって、話しが事務的に進められようとしている。
呆気ない。不死鳥みたいに立ち上がってきた凛陽からは火の粉一つ舞わず、殺意に燃えていた戦意さえ微塵も感じられない。
時雨は理解していた。警察機構ヴァルハラのトールが凛陽を倒したのは、あくまで逮捕が目的であり完全に殺していない事を。
だが、重なってしまう。時雨の内側にある、あの不快な光景と。
天叢雲剣を手に入れる為だけに家に押し入り、己の我欲を満たそうと家族を殺したギルガメッシュに、凛陽は無謀にも立ち向かい呆気なく殺されてしまう。あの時も時雨は、その惨劇を見ているだけしかできなかった。
時雨の内側から不快を超える量の、正体不明のおぞましいものが溢れ出し、全身を駆け巡っていく。
それは判断を誤らせ、死に導いていく。否定したいものが思考を切り裂き、作り変えようとしてくる。本来なら不快な筈なのに、それに身を委ねる必要性すら覚えてしまう。
威厳ある年老いた声、天叢雲剣が内側から語りかけてくる。
『神を殺せ。お前の大事なものを守りたくば、今こそ我が力を行使するのだ』
結論は既に出ていた。警察機構ヴァルハラが犯罪を揉み消す。見返りにギルガメッシュは資金や物資を提供する癒着の関係だ。
時雨と凛陽を記録から抹消したのは、区役所やヴァルハラの各分局へおびき寄せ拘束。神器と身柄をギルガメッシュに引き渡すつもりなのが窺える。
当然、マクスウェル姉弟の身柄を合法的に拘束できたし、部下のギャングが証拠不十分ですぐ釈放される。
このまま成り行きに任せてしまえば、ギルガメッシュの思う壺になるのは目に見えている。取り返しがつかなくなってしまう。もう甘えは許されない。
芍薬を思わす綺麗な所作で立ち上がり、腰に差した天叢雲剣を解き放とうとする。それだけで、全身を駆け巡っている力が更に昂ぶってくる。
ざわめきが時雨の心臓を強く押し上げ、どうしても残ってしまう臆病を叱咤した。
『凛陽を助けて』
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