第四章 最後に笑うのは(3)

 長く続いている廊下。天井は華美なアーチを張り巡らせた造り。気品あふれる窓からは景色が見えず、その全てが薄暗くした照明。

 黒衣を身に纏った者が廊下を歩いていくと、大口を開けて威嚇する物々しい竜の顔が彫刻された壁の前にたどり着く。


 鋭い牙に覆われた口、その中のプレートに右手を当てる。緑色の光りが指紋と静脈を読み取っていき、二つの認証を通過。


「全てにおいて、この俺がナンバーワンだ」


 気だるさの中にある威圧感を感知し、竜の眼が青く光る。鮮血色をした髪、端正な顔立ちには野性味の中に気品あり。金色の瞳の奥も認証完了。


 竜の眼が青から黄色へと変わり、最後の認証を開始。全身にかけて念入りに見渡し、登録者が持つ自然の流れであるかを見定める。

 眼から光りを失い、壁が両開きの扉となって従順に主を迎え入れる。


 軽やかな足取りで中に入る。けたたましい警報音が鳴り出し、照明が真っ赤に染まると思ったら、すぐ鳴り止んでしまい、また元の白色光へと戻った。


 両頬に手を当て持ち上げると、べりべり音を立てながら、ずるずる皮が剥けていき、下から新たな皮膚が現れる。鼻筋はたるんで、頬や目尻は萎び、でも口元だけは不敵に笑い。枯れた鮮血色の髪、その根元から銀色の髪が出てくる。


 着ていた黒衣は皇威を放つ注文服(オーダーメイド)ではなく、黒のブルゾンにカーゴパンツだ。

 ロキが得意気な様子で笑いながら、抜け殻となったギルガメッシュの顔を踏み躙る。


「見たかナンバーワン。変装なら俺の方がナンバーワンなんだよ。ハーッハッハッハッハッハッハ」


 ヴァルハラの証拠品保管庫から魔法道具の変装マスクを盗み出して、ロキは顔を変えた。声は精巧にモノマネした。変装では突破できない生体認証はギルガメッシュの血が付いたナイフを食べた事により、ヨルムンガンドの力で体を僅かに作り変えた。


 そんな嘘の積み重ねが自然の力さえも変えて、無理やり認証システムを騙し通した。その結果エラーが生じ、一瞬だがセキュリティまで発動してしまったのだ。


「見せつけられている気分だぜ。俺を差し置いて、第二次ラグナロクでもする気かねぇ」


 babironシュメール区画支店、地下三百メートルにあるギルガメッシュの武器庫。


 そこは、壁と一体化した巨大なケースや黒い台をしたケースに、美麗なものから禍々しいものまで取り揃えた刀剣、重厚感ある騎士の甲冑から最新鋭のデザインを施した装甲。その他大小問わず、様々な形状をした魔法道具が保管されている。


 一点、一点、こだわりを持って大事に展示されているそれは、セキュリティによるロックと防御魔法によって魔力を視る事はできないが、どれも神を殺す為に意匠し造り上げられた一流以上の風格を漂わせている。


「しっかし、蛇つながりで、パイソンの一匹くらい持ち帰れないもんかねぇ」


 ギルガメッシュが使う白銀に輝く大型リボルバー拳銃。それがいくつも飾られたケースを殴り割ろうとしたが、ヒビ割れ一つ起こさず、拳から腕にかけてじーんと痺れてしまう。


「イッデぇぇ。銃より箱の方が高いんじゃねぇのか」


 ケースの中身を物欲しそうにしながら赤い絨毯を歩いていくと、大きくて立派な門が見下ろしてくる。

 門は押すだけで動いたので、おじゃましますと蹴り開けて、意気揚々と中へ。


 白い天井と壁、大理石模様の気品ある床が果てしなく広がり、真ん中には線を引くような赤い絨毯が敷かれている。

 中央部には、今までの展示ケースとは違う美術館の雰囲気にはそぐわない、赤い毒々しい液体に満たされた機械的で物々しいカプセルが六つ。


 カプセルには一本の剣が眠っている。長くて厚い刀身は圧倒的で全てを消し飛ばしそうな迫力。鍔や柄頭等の装飾は退廃的な優美さを誇っている。神器カラドボルグだ。


 絨毯を隔てて隣側、短めの柄から太い針状の刃が左右に伸びて、それを四つの刃が鷲の爪みたいに閉じている、珍妙な形状なのに華々しさがある神器。旧時代、神々からも強烈な破壊力で恐れられたヴェーダの兵器ヴァジュラだ。


 カラドボルグとヴァジュラから見てV字を逆さまに描くように、時おり凶暴な闘気を放つ剣ダーインスレイヴ、美しくも酷薄さを孕んだ刀、一番手前である左右の端には対を為す刀剣が一組ずつの順で並べられている。


 ロキは息を呑んでいた。かつて世界の運命をも揺さぶり、神をも殺さんとする力。それが六つも。


「雷霆、グングニル、デュランダル、エクスカリバー、クラウ・ソラスがあったら、ショックで死んでたね」


 苦し紛れにも聞こえる軽口を叩いた。


「しかし、独占禁止法違反だな。警察機構ヴァルハラの代理として、俺が責任を持って遊んでやるか」


 ロキが足取りを軽くしてカプセルへと向かう。その背後を巨大な影が見下ろし、足音も無く迫る。気付かず鼻歌まじりに歩いているところを剛腕による不意打ちが叩き込まれる。


 物々しいカプセルにおもいっきりロキの体が激突。どこもビクともせず、ぶつかった方が痛い。


「っテェ、ナンバーワンのオモチャを壊したら、お前が弁償するんだからな」


 ロキを襲撃したのは、筋肉でスーツをぱつぱつに膨らまし、サングラスをかけたエンキドゥだ。


 間髪入れずに巨体が向かってくる。カーゴパンツのポケットから拳銃を取り出し、発砲。ぶ厚く丈夫な肉体が次々飛んでくる銃弾を弾いていく。

 巨大な手が軟弱なロキの肉体をつかみ上げて、今度は遠くにある壁へと放り投げた。


 エンキドゥが巨体を活かした肩からの突進。全体重をかけてロキを押し潰す。

 ロキの着ているブルゾンから煙幕が噴き出し、エンキドゥの視界を遮る。


「グワァッ」


 煙をかき消し、壁に激震が起こる。背後を取ったロキをエンキドゥが捕まえて、また叩きつけたのだ。

 手甲を装備した拳による重厚で怒涛の乱打。


「背後とられて、煙もダメ。お前、山なんじゃねぇの」


 殴られながら冗談を言うロキ。内臓は七回、顔は十回潰れ。腕や肩は十八回、肋骨や胸骨は三十回骨折した。ちなみに指は粉砕したまま。

 攻撃を止める。ロキの姿がない。殴る事に気を取られて、注意が疎かになってしまった。


「それ、山火事だ」


 エンキドゥの正面に火炎弾が当たる。ロキが魔法陣を展開したまま連射してくる。銃弾に毛が生えた程度の攻撃と、無視して突進。


 炎の弾幕を抜けて剛腕から鉄拳を放つ。それを土でできた盾が身代わり。脆く崩れたところから、距離を取ったロキが小型のグレネードランチャーを向けて擲弾を発射。


 爆発は火炎弾よりも威力が高いだけ。情けない悲鳴を上げて逃げるロキを追いついたエンキドゥが殴り、神器の入ったカプセルの方にブッ飛ばした。


「アタタタ、なんか喋れよ。俺、お前苦手なんだよね~。上司の方がまだカラミ易いぜ」


 ロキがカプセルの傍に立ち、笑いながら手招きして挑発。

 エンキドゥが跳び出す。ただ侵入者を排除する為、ロキを殴る。


 黄色の魔法陣から土の壁が現れ、また攻撃を防いだ。

 砕け散る硬い土に紛れて、陰に隠れたロキが鋭い跳ね起き蹴りを巨体の腹にかます。


 蹴りを捕まえ、唸り声と共にロキを振り回し、カプセルへと叩きつけた。構わずエンキドゥは鉄拳を猛打する。


 神器の保管は最重要、厳重に厳重を重ねた造りだ。メガインパクターを装着した鉄拳をいくら叩き込んでも、中を満たす、神器を消耗劣化から保護する赤い液を揺らすだけ。


 手甲が壊れようが、神が二度と再生できなくなるまで、完全に死ぬまで殴り続ける。耳障りな雑音を叩き潰そうとした瞬間。


 頭部が首から陥没しかねない程の一撃。巨石で殴られた。大抵の攻撃を弾く頑丈なエンキドゥを以ってしても言わしめる。


 全てを叩き潰すぞ。

 底知れぬ力から漏れ出た、そんな気迫が広大な空間を揺さぶってきた。


「透ちゃん」


 嬉しそうなロキの声。殴り続けるエンキドゥを止めたのは、正義を体現した真っ白いコートにスーツを身に纏い、短い柄の鎚ミョルニルを携えたトールだ。


 眼鏡越しからでもはっきり伝わる憤り。一歩踏み込んだまま微動だにしない様は、嵐の前の静けさを体現している。


「ヴァルハラ本部に、捜査官から不当な暴力を受けたと訴えてもいいか」


 攻撃された事に抗議しつつも、エンキドゥは唸り声を上げず、平静を装って言った。

 トールも落ち着き払って反論する。


「私は警察として暴行を止めただけだ」

「いいえ。管理権を行使して不法侵入者を捕まえたまでの事」


「君の行動は一方的な暴力に見受けられる。過剰防衛だ」

「捜査官。この不法侵入者は規則(マニュアル)通りでは対処できない相手だと、理解してもらいたい」


「プフ、ハッハッハッハ。似合わねぇ。お前ら筋肉で解決しろよ。そっちの方が早いぜ」


 笑いを堪えきれずロキが噴き出してしまう。両者力を振るわず、淡泊なやりとりをしている事が滑稽に映ったのだ。


「babiron執行役員ギルガメッシュの秘書、エンキドゥ。地下室が武器庫と化しているぞ。どう言う事なのか説明できるか?」

「あれはギルガメッシュの私物。連盟の神に人間の法律を適用させるつもりか?」


 詰問がちなトールに、エンキドゥはあくまで態度を崩さない。


「もう一つ尋ねたい。君の後ろにある物についてだ」

「捜査官、なにか問題でも?」


 トールは嘆息する事で、白々しいエンキドゥに怒りを発さないよう努める。


「私は全ての神器、その所有者を頭に叩き込んでいるつもりだ。神器は存在するだけで治安を乱す。見たところ、ヴェーダの大量破壊兵器ヴァジュラ、極大射程を誇るカラドボルグ、狂気の剣ダーインスレイヴ。どれも旧神々の時代にあった神器を修復したものだな」


「マジかよ!! 透ちゃん武器ペディアだったのかよ」


オーバーリアクションするロキ。その大声だけが、だだっ広い空間に虚しく響く。


「神々の盟約では、旧神々の時代に創られた神器、新たに創り出した神器、神器クラスに相当する魔法道具を保有する場合は、必ず裁判所に届け出をしなければならない。知っているな」


「しっりましぇ~ん」


 口を大きく広げて、全力でふざけてみるが、ロキは完全に場違いだ。


「ここには盟約に抵触するものなんて無い」

「神器と疑わしき道具を裁判所に提出、そこで鑑定してもらうだけだ」


 張り詰めに張り詰め、殺意に淀んで重苦しくなる空気。武力と武力が衝突する直前の脆い交渉。火薬庫に火が点くまで間もない。


「令状無しでは協力できません。御引き取りを」

「ならば、過剰防衛による暴行罪で貴様を逮捕する。盟約に怪物(モンスター)は含まれてないからな」


 トールが執行者として冷然に言い放つ。


 爆発的な衝撃音が鳴り響く。

 エンキドゥの鉄拳をトールが片手で軽々と受け止めている。大きな背を向けていた巨体が雷鳴に迫る速さで距離を詰め、不意打ちを仕掛けたのだ。


「ヴァルハラに辞表を出したも同じ」

「暴行罪、公務執行妨害の罪により、貴様を逮捕する」


 剛腕と細腕その力が拮抗する。


「後悔するぞ捜査官」

「見下げるな」


 電光を発す。トールが鉄拳を引っ張り、一気にエンキドゥの体勢を崩し、添えるように足を引っかけ床へと倒す。巨体はいち早く受け身を取りながら、つかまれてない手を軸に強引な蹴りを顔面に放つ。


 跳び退いて眼鏡の位置を直すトール。


「おおっとぉっ、透ちゃん。眼鏡を壊されるのが、そんなにイヤかぁ」


 カプセルの上に腰かけ、ロキが見物を決め込む。

 エンキドゥがどこからともなく、ガトリング砲を取り出し斉射。トールはその身に電光を一切纏わず、真正面から歩いていく。


「これは酷い。弾丸がマシュマロだ。透ちゃんを殺せる魔弾は存在するのか?」


 素で弾丸を弾く頑丈さで威迫しつつ、迫っていくトール。砲身の先端に達し、雷鳴の機敏さで強面にミョルニルを叩き込む。読んでいたエンキドゥは、機敏な体捌きによりかわし、がら空きになった懐に鉄拳を潜り込ませる。


 エンキドゥの横っ面をミョルニルが張り、巨体ごとブッ飛ばす。トールが相手よりも先んじて攻撃の軌道を修正したのだ。


「あいこでしょを制したのは透ちゃん。グーでグーに勝った感想は?」


 やかましいロキではなく、仕掛けてくるエンキドゥにミョルニルを放つ。稲妻の素早さを誇るにも関わらず、初撃を横切り、戻りの二撃目を身軽にかわし、トールへと迫ってくる。


 電撃を波状に拡散させて確実に当てる。エンキドゥの巨体は何事も無く突き進み、床を殴りつけて衝撃波を引き起こす。

 予期せぬ気持ち悪さで身動きの取れないトールに、怒涛の鉄拳が押し寄せる。


「透ちゃん。来てくれて大助かりなんだけど、お前さん、頼んだ仕事はちゃんとやったんだろうな?」


 攻撃を正面から浴び続けながらもトールは呻き声を上げず、直立不動で堰き止めていた。


「マクスウェル夫妻はこちらで保護した」

「やればできるじゃねーか」


 殴ってくる剛腕をトールが払いながら掴み、強面の顎を掌底で打ちのめし、巨体を床に叩きつける。抵抗できぬよう、掴んだ剛腕を捻り上げて押さえ付け、電流を流し込む。


「エンキドゥ、貴様に聞きたい事は山ほどある。神器の不正所持、武器の違法販売、ヴァルハラへの癒着、未成年者に対する長時間労働、監禁」


 サングラスの口元が苦痛で歪む。倒れた巨体から手榴弾がぼたぼた溢れ出す。つかまれてない手にはスイッチ式の手榴弾が。


 トールは咄嗟に電流を流すのを止めて、エンキドゥを引っ張ろうとする。手に持った手榴弾は引っ張った拍子に離せばいい。だが、腕を捻っているにも関わらず、床にへばり付こうとする向こうの執念の方が強く、自爆に巻き込まれてしまった。


「こりゃ、レフリー要らずでいいな。ッハハハハハハハハハハハハハハ、今度やってみるか」


 ロキが爆発の様子を指さし笑う。

 それをトールが睨む。真っ白いコートにスーツは、あちこち黒く焦げてしまっている。


 自爆したエンキドゥ。スーツはスーツと呼べない有り様に、壊れてしまったサングラスからは静かな闘志の瞳に激情を滾(たぎ)らせつつある。


「ヴァルハラの雷神に、出し惜しみはできないか」


 苦々しく言った直後。辺りを震わす獰猛な唸り声を上げる。全身の筋肉と言う筋肉に青筋が浮き立ち、急激に力が膨れ上がって臨界点へと達する。


「ンンッッ!!」


 纏っていた人間の部分を自ら破裂させた。


 更に一回りも二回りも大きくなった巨体。スーツの代わりに鬱蒼とした黒い体毛。真っ青に変貌した顔面には真っ赤な鼻梁が。角みたいに尖った耳。大きく裂けた口から剥き出しの牙。怪物エンキドゥが正体を現す。


 そびえ立つ怪物が消えた。

 壁に叩きつけられたトール。強烈すぎる衝撃に受け身を取る暇も無かった。


 エンキドゥが規格外に発達した脚に、ブーツ型の鎧ディープグラビートを装備。瞬時に力を溜め込んで解放。そこから放つ飛び膝蹴りが堅牢な腹部を粉砕したのだ。


「よぉエンキドゥ。XLサイズの服なんかより、オーガのランギをぶら下げた野獣の方がお似合いだぜ」

「オーガのランギだとッ」


 瞬雷の速さでエンキドゥの懐に雷光を纏ったトールが。間髪入れずにミョルニルで殴る。そこから反撃されないよう、速さと力を発揮した疾風迅雷の打撃を畳みかけていく。


「さぁ、始まりました。透ちゃんによるフルボッコタイム。警察機構ヴァルハラで溜まった鬱憤を今ここで晴らしていく。入った、入った、また入った。怪物エンキドゥがボロ雑巾になるのが先か、はたまた、透ちゃんがスッキリするのが先か。さぁ、どっちだ?」


 ロキは機関銃みたいに実況しながら、トールを真似てカプセルを殴る蹴る、火炎弾を撃つ。ただし力は遠く及ばず、中を満たす液さえ揺らす事はなかった。


「貴様の身の為だ。これ以上痛めつけられたくなければ投降しろ」


 唸り声と共にエンキドゥが、殴りかかるミョルニルごと、力づくでトールを握り潰すように抱え上げ、床へと投げつける。


「痛めつけられたのは透ちゃん」


 怪物がトールを離さないまま、今度は床で頭をかち割り、すぐ持ち上げて腰を強打。電流を流し込まれている事を物ともせずに、壊れるまで機械的に痛めつけていく。


「ハハハハハハハハハ。いいぞ、もっとやっちまえ。マッチョの上には、もっとマッチョがいるんだと、高慢ちきな我が友に教えてやってくれ。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 もう何度目かも分からない頭への叩きつけ。電流が流れなくなったトールは寝かされた。動く事のできない身体の上をエンキドゥが過大な体重で歩き。鉄槌でも下すように雷神の頭を踏み潰す。


 巨躯を一気に旋回させ、念入りに躙って粉砕した。


「うはぁ、流石の俺でもしないわぁ~」


 処刑の様子にロキが引いてみせる。


 エンキドゥがロケットランチャーを取り出し、再生しているトールの身体を撃つ。自身も巻き込む派手な爆発後、新たな装填済みを取り出し、すぐ発射。


 それが計三回。使用済みを消したところに、火炎弾が飛んできて肩に当たる。


「もうやめて、透ちゃんのライフはゼロよ」


 ロキが走りながら赤い魔法陣を展開させて、火炎弾を連発して撃ち込んでいく。せいぜいエンキドゥの気を引く程度でしかない。


「と言うわけで選手交代。ロキのスゥパァーキィック」


 顔面目がけて飛んでくる。エンキドゥが何事も無くロキの脚をつかみ、壁へと放り投げた。


「グスン。俺だけ、扱いがヒドい気がする」


 壁にぶつかったロキが拗ねていると、首を失ったトールの身体から電流が走る。


 唸りが轟くと共に目を眩ます光。落ちるのではなく猛々しく昇り、遥か高い天井に達する極雷の柱。

 光を振り払い、そこから現れたのは、雷電を纏う筋骨隆々の大きな体。逆立つ髪は金色に輝き、逞しい戦士の相貌。抑えこむのをやめて力を解放したトールの姿だ。


「エンキドゥ!! 俺がこの姿になった以上、全力で来い。一瞬でも気を抜いてみろ。死ぬのは貴様だ」


 苛烈な稲光を思わす怒声。退避していたエンキドゥは、雷神の真なる姿を前にして、大きな手が震えてしまう。


「オィィィッ。巨大化すんなら、出し惜しみせず、もっと早めにしておけよ。そしたら、お前に負けフラグが立って、後は俺が大活躍するってシナリオだったんだぜ。それを――――」


 落雷がロキの足下に落ち、ブーイングを止める。


「外野は黙れ!!」

「サーセン」


 ロキが頭を下げて謝った。


「いくぞ」


 ミョルニルを力任せに投げる。直線はもちろん、技巧を凝らした動きをする鎚を、エンキドゥは機敏に紙一重でかわしていく。


 トールが唸りながら立派な腕を横に払う。中空から電撃の雨が、エンキドゥと自身の周囲に降り注ぐ。怪物は冷静に読み、大きな体を掠らせない。今度は何度も腕を振り下ろして、矢の様に狙いを定めて撃ち込んでみるが、的に翻弄されてしまう。


 かわした直後を狙いにミョルニルが入るも、エンキドゥの頑丈な体に受け流されてしまい、動きを止められない。トールが大きな拳を突き出すと、雷の壁が発生し行く手を阻む。


 雷電を纏った体が大口径のライフル弾を弾いた。エンキドゥが走りながら対戦車ライフルを撃ってきたからだ。


 まどろっこしい撃ち合いはやめ、甘んじて二発目の弾丸を受けながら、ミョルニルを戻す。トールが接近戦に持ち込んでエンキドゥに殴りかかる。


 消えた。背後から手甲を付けて殴ってくる事まで察知。腕をおもいっきり背後に振り、裏拳で迎え撃つ。

 拳と拳がぶつかり。そこから、ミョルニルと鉄拳による激しい打撃の応酬。

電撃が荒ぶ中に混じる獰猛な唸り声。堅牢を極め、破壊力に満ちた両者の果てしない削り合い。


 先んじようと、エンキドゥが頭突きを喰らわせれば、怯まずにトールがボディブロー。電影冴える飛び回し蹴りと、黒い旋風と化した足払いが交差し。足下の怪物を叩き潰すミョルニルと、乱雲を突き破る蹴り上げが激突。

 両者の力と速さ、技量は共に互角と言える。戦いは長引き熾烈を極めていく。


「ハハハハハハハハッ、ハッハッハッハッハッハッハ、コイツは傑作だ。B級映画よりも笑える。オイ、誰か、カメラを回してくれ。babironで売れば大儲けだぞ。『大怪獣決戦、トールVSエンキドゥ』てなぁ。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 カプセルに座り、大笑いしていたロキ。見るのに飽きてしまったのか、降りて物見ゆさんに殺し合いの場へ。


「いかんねぇ、キャラメル味のポップコーンも無けりゃ、しゅわしゅわコーラもねぇ。観客が立っちまう。そろそろ、シーンにケレン味を足さねえとなぁ」


 ロキがグレネードランチャーの狙いを定めて発射。炸裂する榴弾がトールとエンキドゥの戦いに水を差す。

 両者、息を揃えて睨みつけ。ロキに向けて電撃を放ち、マシンガンを撃った。


「カット、カット、カット、お前ら黙ってばっかで盛り上がりに欠けんだよ。きょうび、アクションスターより台詞が少ないって、ヤラレ役だぞ。ヤラレやくぅぅぅぅぅぅ」


 邪魔者を追い払った。その隙にエンキドゥが距離を取り、腕を力強く振り下ろす。真空の刃が発生し、トールの皮膚を切った。普段から隠している鋭利で長い爪が空を切ったのだ。


 次々飛んでくる斬撃。不意を突き、気を引く事はできても、威力は対戦車ライフルと同等。飛ぶ斬撃を浴びながら一気に距離を詰める。


 急雷の如くトールが背後に回った。行動を読んでいたエンキドゥが手甲をはめた両の拳で床を殴りつけた。


「おっ、ランギの方が賢いぞ」


 メガインパクターの振動をもろに浴びてトールは動けない。動き出すギリギリまで、力を溜め込んだブーツを解き放ち。エンキドゥが全速力で全体重を乗せた突進をぶちかます。


 ヴァジュラを収めた最奥部のカプセルにトールが激突。大爆発を起こした。


「ドーーーンッ。ハハハハハハハハハハハハハ、最初に脱落(リタイ)者(ア)したのは透ちゃんか」


 端にあるカプセルの陰に隠れ、ロキが大笑いしながら起爆スイッチを弄んでいると、上から覗きこんでくる威圧感に気づく。


「ロキィッ」


 激昂したトール。雷電迸る巨体はほぼ無傷。その後ろに更なる巨大な影が。


「とっ、透ちゃん。後ろ、うしろ」


 震えながら後ろを指し、ロキが屈んでいる。


「嘘をつくな」


 トールが逞しい立派な腕を伸ばし、無理矢理ロキを掴むと、剣や鈍器を振り回すように背後を取ったエンキドゥをぶん殴った。


「イテェェェェッ、俺がわるかった。ノっ、火薬が余ってェーたから、遊んダダダダけだろ。グフォォォ」


 痛みに悲鳴を上げるロキで薙ぎ払い、振り下ろし、突く。動じずに殴ってくるエンキドゥからの盾にした後、ジャイアントスイングで撃退する。


「いつから、俺が透ちゃんの、しょうりのつるぎになったんだよぉ」


 全身ズタボロになったロキをブン回したまま、トールが中央に敷いた絨毯の方へと動いていく。


「黙れナマクラ」


 旋回する頭上から怪物の巨体が迫ってくる。気付いたロキの顔が青ざめる。


「透ちゃん。うえうえうえうえ」

「うるさい」


 トールに力いっぱいブン投げられたロキは、カプセルを越え、最奥部の壁まで吹っ飛んだ。


 直後エンキドゥの急降下踏み付け。天井から狙い澄ましていたミョルニルが、鮮烈な光を纏い巨大な稲妻となって襲いかかる。


 怪物の頭部は陥没し、膨大な電流が巨体を傷めつけていく。エンキドゥが鬼気迫る唸り声を上げながら、果てしない苦痛の中で、ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりとだが、腕を動かし、容赦なく攻撃を続けるミョルニルを掴んだ。


「愚か者め。ますます電流を浴びるか」


 トールの許へ戻ろうともがくミョルニル。それよりも、エンキドゥが発揮する怪力の方が遥かに上回り、一度握った柄を、指で縫い付けるようにして離さず。陥没した頭部をもう片方の手で引っ張り上げていく余裕さえある。


「俺のミョルニルを奪った……だと」


 トールは愕然とした。全身に過大な電流を浴びながら、強引に抵抗するミョルニルを従わせた怪物エンキドゥを。そして、強烈極まりない鎚の一撃を顔面に浴びせられてしまう。


 すかさず殴り返すが、遅れをとってしまい、また一発。今度は腹部だ。取り返そうと待ち構えて、投げようともしたが、相手に後頭部を殴られてしまう始末。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、しっかりしろ。ヴァルハラ最強に()を付けるぞ。怪物なんて指先一つでどうにかしろよ。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 最奥部の壁にある楽譜台にも似た制御ターミナル。その傍からロキが戦いを見物している。カプセルを物理的に壊せないから、神器を取り出してやろうと散々タッチパネルをいじってみたが、結局パスワードが分からず、もうお手上げ。


「ところで透ちゃん。パソコンの方は詳しい?」


 エンキドゥは電流を浴びながら目にも留まらぬ速さで翻弄する様に動き回り、従わせたミョルニルでトールを攻撃していく。


「透ちゃん。エンキドゥにパスワード聞いてくんない。そしたら、神器でズバーッと助けてやるよ」

「答えるわけないだろ。貴様、ハッキングには長けてるんだろ」


 ペースを取られ、痛めつけられてばかりのトールだが、ロキがあまりにも突飛な事を言うから放置できず、つい答えてしまった。


「ムリ。俺、ヴァルハラの壁とか壊してないもん。だいたい、どいつもこいつも筋肉ばかり鍛えて、内臓とかは案外脆いもんよ。あっ、そうだ、お前のミョルニル、持ち主よりも頭いいじゃん。アイツならハッキングできそうだけど、取り戻したら貸してくんない?」

「うるさい!!」


 長ったらしい無駄話に苛立ちを露わにした瞬間、トールの顎をミョルニルがアッパー。打ちのめされている間に、エンキドゥの巨体はどこかへと消える。


 トールが辺りを見回していると、背後に電撃を浴びせている音。

 振り返ると襲いかかるエンキドゥ、その更に裏から、ロキが延髄蹴りを浴びせる。


「一億だ。ヴァルハラにツケとけ」

「調子に乗るな」


 トールが大きな手刀を繰り出しミョルニルを取り返した。すると、ロケット弾を突き付けられ、避ける間も無くゼロ距離で大爆発。


「ウワァああああああ」


 ロキの情けない悲鳴。爆炎から、紫に輝く竜の鱗でできた巨大な鉄槌、いやエンキドゥの膝蹴りがトールに襲いかかる。

 待ち構えていたトール。取り戻したミョルニルを叩き込むと同時に自身の強靭な膝も突き上げ、エンキドゥの攻撃を挟み潰す。


 膨大な電流を流し込むも、血の混じった青い怪物の相貌には殺意がますます滾るばかり。神とは違い再生しない筈なのに、屈強過ぎる巨体は今も反撃の機会を窺っている。


 トールも負けじと雷鳴を唸らせながら、膝と鎚で相手の膝を挟んだ不安定な体勢のまま、自身に匹敵する重量を持ち上げていく。


「ゆけッ」


 離したミョルニルがエンキドゥの懐に激突。巨体を力強く宙へと持ち上げ、疾風を巻き起こしながら強烈な稲妻を浴びせる。

 怪物を逃がさぬまま、だだっ広い空間を縦横無尽に飛び回っていく。

 トールが真ん中に敷いてある赤い絨毯の上に立つ。ミョルニルが時間を稼いでいる間に、力を溜め込もうと気合いを入れる。


「ハァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ」


 筋骨隆々の肉体その奥底から膨大な電力を引き出す。纏う雷電の密度は加速度的に高まり、逞しさにも磨きがかかる。力は充実し、辺りを一片の曇りも無い程の眩しすぎる閃雷が包み込んだ。

 主の全力に呼応するミョルニル。エンキドゥに突撃する勢いが更に激化し、烈風を纏った雷(いか)鎚(づち)に。トールが待つ赤い絨毯の方へと全速力で向かう。


「行くぞォ」


 空間は真っ白く染まり、猛き憤怒が鳴り響く。再び極雷の柱が立つ。

 トールが溜め込んだ電撃を解放するのと同時に逞しい立派な腕を振りかぶって、エンキドゥの後ろ首を殴り付けるラリアットをぶちかましたのだ。

 倒した直後、襲いかかる疲労。トールは膝に手を置き、中腰になった。


「スリィー、トゥー、ワン、ハイ、カンカンカンカン」


 ハイテンションな声と共に、爆発で吹っ飛んだロキがトールの腕を高々と持ち上げる。


「ウィィナァーッ。激戦を制したのは透ちゃん」


 ロキが気安くトールの体をあちこち叩く。


「やったな。やっぱり勝利の秘訣はドーピングか。それとも、神だからか。まぁ、ぶっちゃけ、三体一だからな。勝って当然だ。ッハハハハハハハハハハハ、ッハハハハハハハハハハハハ」


 笑っているロキが吹っ飛んだ。筋骨隆々の逞しい肉体がぶつかってきたからだ。


「ッてぇー。なんだよ、俺は透ちゃんにとっての二匹目のウサギか、アーン」


 頭を擦り、ロキが自分をブッ飛ばしたトールを見る。そして、信じられない光景を笑う。仰向けになって倒れた筈のエンキドゥが倒した相手を一方的に殴り付けているからだ。

 真っ黒だった筈の怪物には頭から背中、腕から肩、足首から腰にかけて、真っ青な剛毛が荒々しい一筋の線を描いている。


「なんだよ。そんなかくし芸、聞いてねぇぞ。俺『やったな』って言っただけなのに。天地神明に誓って『やったか』なんて言ってねぇのに。やっぱり、勝負でそれ系の言葉はタブーみたいだな」


 稲妻が旋風となって轟きエンキドゥが跳び退いた。


「ごめ~ん透ちゃん。俺がフラグ立てちまったみたいだ。許せ。ハッハッハッハッハ」


 雷電を身に纏い、体勢を立て直したトール。爪によって飛ばしてくる斬撃を迅雷の速さでかわしながらエンキドゥの後ろへと回り込む。

 真っ赤な相貌の怪物による反撃。殴りかかる腕を掴み投げようと、トールが手を伸ばす。


 投げ技を得意とするトールが背中を床に叩きつけられた。殴りかかる腕はフェイント、投げようとする腕をエンキドゥが逆に掴んで、体勢を落としながら、捻ると同時に床へ押した。

 空気投げ。足や腰を使わず、最小限の動作だけで相手を投げ倒す伝説的な技。それを、自身よりも大きく、打撃ばかりを多用する相手から喰らったのだ。


「爪は出てんのに、能あるねぇー」


 ロキが拍手しながら、はやし立てる。


「ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ」


 雄叫びを上げながら、エンキドゥが重量感溢れるトールの体を持ち上げ、勝利を誇示する様に掲げる。


「ハイ、チーズ」


 親指と人差し指を組み合わせたカメラで、記憶の中に記念撮影。滅多に撮れない光景を実機に残せない事をロキは悔やんだ。

 天上からトールを奈落へと叩きつけながら、規格外に発達した腿を振り上げ背骨をへし折る膝蹴りを喰らわせる。


「ぁハァッ」


 激痛に苦しんでトールは起き上がれない。その脇腹をエンキドゥが蹴飛ばし壁までブッ飛ばした。

 エンキドゥの背中が銃弾の連射を弾く。ロキがサブマシンガンを撃ってきたからだ。


「ロープ、ロープ、ロープ」


 背中越しに一瞥してくるだけ。ムカついたロキが、もう片方の手に持ったグレネードランチャーの引き金も引いて集中砲火を浴びせる。


「んもぉ、失礼しちゃうわねぇ」


 大きな的が逃げた。オカマ口調でロキが飛び出し、急いで追いかける。

 左手を後ろに向けて緑色の風の魔法陣を起動。周囲の空気を吸い込んでいく。


「レディのゴー」


 踏み切りと同時に魔法陣から突風が発生し、ロキの飛距離が一気に向上。ミョルニルを奪われたトールを助けた時も、この風魔法を使用して奇襲した。


「看板注意だぜ」


 勢いある飛び蹴りがエンキドゥの背中に命中。硬すぎて蹴ったロキの方が痛かったが、動きは止めた。そこから、ありったけのパンチを打ち込んでいく。


「お前の背中カッテェなぁ。誰がマッサージするんだよ。これじゃ、お前の笑いのツボも、死亡スイッチも押せねぇや」

「雷神の捜査協力者にでもなったか」


 ロキが「ハァっ」と挑発的な返事をする。


「こんなオモシロイ祭り、おどらにゃ損だぜ。そんなに妬いてんだったら教えてやるけど、出店の怖い兄(アン)ちゃんよりも、取り締まる公僕(ワンちゃん)の方が、俺にはチョロイってだけの話しさ~」


 殴っているロキの側面に圧が迫ってくる。堪えかねたエンキドゥが巨体を機敏に旋回させながら剛腕を振るい、裏拳を繰り出したからだ。回避するには間に合わず、防御しても、貧弱な体では一瞬で遠くへブッ飛ばされてしまう。

 裏拳が止まる。電撃を放つミョルニルがエンキドゥの頭に激突し、間一髪で助かった。


「ロキ、俺を出し抜けると思うなよ」


 不機嫌そうに稲光を起こしながら、戻したミョルニルを構え、トールが堂々と立つ。


「ヒェーーーッ、荒ぶる神だ。逃ッげろーーーーーっ」


 いちもくさんにロキが戦場から距離を取る。

 邪魔者がいなくなると、いつの間にかエンキドゥが棍棒を携えていた。その形状は野球のバットに似て無駄がなく、長さは大太刀に匹敵し、凝縮した自然の力強さを発している。


「雷神、俺はお前に捕まるつもりはない。神殺しを実践するだけだ」


 真っ赤な血に染まった様な怪物の相貌には、自信ではなく覚悟を宿し。所々伸びて、青く輝いてすらいる体毛は、生命力を燃やし目の前の敵を討つ決戦の装いとも言える。


「つまり、今の貴様こそが全力と言う訳か」


 トールとエンキドゥの姿が一緒に消える。

 真正面からの打ち合い。ぶつかり合う衝撃。電撃を帯びたミョルニルが木でできた棍棒を粉砕する事はできず、逆もまた然り。


 響きあう凶暴な唸り声。一撃でも多く相手に攻撃を叩き込もうと死角のせめぎ合い。長柄を活かした棍棒の薙ぎ払い、振り下ろしは、当たる瞬間を紙一重で避けられ。ミョルニルの射程の短さを補った、迅雷の切り返しと稲妻の速攻は、届かず、通じず。


「ヘイ、ドゥーカ。その棒切れ、オーク材だから、オーガのランギって名乗ってたんじゃねぇよな? ハハッ」


 両者が緊迫する攻防をくり広げている中、ロキが茶化しながら見物する。

 エンキドゥがトールの眼前で棍棒を突き立て、床に激震を起こす。


「ウップ、工事するなら、工事中って言えよ。ぁああキモチワルイ」


 離れた所にいるロキが吐き気を催している。間近で浴びたトールは耐えきれず、筋骨隆々な体をふらつかせている。そこに、振りかぶったエンキドゥの強烈な一打が。

 潰れた顔面が再生する。背後から瞬息の一打が迫ってくる。回避が間に合わないから、雷と肉体に力を込めて持ち堪えた。


 エンキドゥの俊敏と怪力を活かした怒涛の一撃離脱戦法が襲いかかる。

 トールは棍棒を数え切れないほど叩き込まれた。付かず離れず、隙を窺う相手に接近戦を諦め、自身を中心に広大な雷撃を放ち円形の防御圏を作る。

 激しい雷を春雨みたいに浴びながら、エンキドゥは更に加速。トールの周囲を駆け回り攪乱していく。


「そこだ」


 怪物の神を殺す気迫が重くなっていく。棍棒の射程に入るギリギリまで引き付け、トールが踏み込むように力いっぱいの下手投げで、相棒に迎撃を委ねる。

 雷撃を纏い、光速に迫る勢いで放物線を描くミョルニル。

 エンキドゥは見切った。棍棒を凄まじい速さで薙ぎ払い、トールの頭部にミョルニルを打ち返した。


「ホーーーーームランッ!!」


 ロキが腕を上げて歓声を上げる中、トールの顔面にもう一打浴びせようと、棍棒を振るエンキドゥ。

 打ち返した時と同様の凄まじい速さ。それが、トールの眼前で止まってしまう。エンキドゥの棍棒は幾重にも束ねたワイヤーが絡み付き、あらぬ方向に引っ張られているのだ。


「アウト。ホームベースを踏んでないぜ。エンキドゥ」


 ワイヤーを投げたのはロキ。本来なら力負けしてギャグみたいに吹っ飛ぶところ。スライムボールを一踏み。引っ張りやすい体勢で床と体をネバネバに貼り付けて。後は全力で怪物の打撃を止めた。


「四番、ピッチャー、トール」


 天井を轟かす激しい雷電。逞しい腕を最高点にまで振り上げたトールが落雷の如く勢いで、真なる雷鎚と化したミョルニルを棍棒を持ったエンキドゥの右腕に叩き込んだ。

 青い線の入った黒い剛腕が綿菓子みたいに千切れて宙を舞い、塊となって床に転がった。


「さすが透ちゃん。ギルガメッシュの右腕をオシャカにするなんてサイコーだ」


 エンキドゥの大きな切断面からは血が一滴も流れず、千切れた血管や砕けた骨が見当たらない。

 黒だ。空虚では無い。深く深く、詰まりに詰まった、密度のある黒だ。

 右腕は前日の凛陽との戦いで、斬撃を直に受け止めた事で負傷していた。トールとの激戦によって更に進行。強烈な一撃の前に、とうとう耐え切れなくなった。


「…………投降しろ。片腕で俺に勝てるわけが無い」


 トールは冷然を装って言った。再生しない傷口から目を逸らしながら。

 黒山の大きな巨体を揺らし、エンキドゥが強烈な頭突きをかます。

 グラつくトールを尻目に、落ちた右腕を拾い上げ、真っ黒い切断面にピタリとくっ付ける。


「ンンンゥッ」


 エンキドゥが唸ると、右肩から右腕にかけて筋肉が盛り上がっていき、切断した部位も何事も無く膨れ上がり、接着した。


「なっ」

「神殺しの再開だ」


 消えてすぐエンキドゥが死角に回り込んで棍棒を振るう。攻撃が届く寸前、驚いていたトールは我に返り、前進してやり過ごす。


「愚か者め」


 自分自身にも相手にも憤りを覚えた呟き。

 得物を持ってない方から迫ってくるエンキドゥの突き。トールは体を逸らしてやり過ごし、反撃のミョルニルを放とうとする。

 また消えた。トールの側面から打ち込みが襲いかかってくる。反応して、雷撃を起こしながら潜り込もうとすると、エンキドゥに裏を取られ、棍棒が後頭部を強打。


「ハハハハ」


 そこに、ロキが乱入。憎たらしい笑みを浮かべながら、ミョルニルを持つ手を蹴り付けた。


「貴様ッ」


 隙を活かしたエンキドゥが力強く殴り飛ばしてくる。

 トールの逞しい体が吹っ飛ぶ。二度の不意打ちを受けたせいでミョルニルを手から離してしまった。

 即体勢を立て直し相手の追撃に構える。


「ミョルニル」

「ヌーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」


 全身をプルプル震わせ顔を真っ赤にしながら、ミョルニルを持ち上げようとするロキ。圧倒的に力が足りてないのか、鎚は床から僅かに浮いた程度だ。


「アバババババババババババババババババババババ。ちょっ、ちょっ、ほりこみちゅーーっ」


 備わった防衛機能によりミョルニルが電撃を放つ。だが、ロキは一切離そうとはしない。

 待った無しのエンキドゥの薙ぎ払い。トールは後退しながら、不可解な行動に怒りを露わにする。


「ロキ、なんのつもりだ」

「ウォー、ウォー、イェイ、イェー。フギャァッ、フラララララララ、ヒーヒーヒー」


 ミョルニルが高速回転しながら飛ぶ。メチャクチャに回るそれから振り落とされまいと、電撃にも負けず、奇声を上げながら柄にしがみ付くロキ。

 稲光が吹き荒ぶ烈風となって、戦場へと割り込む。


「ふざけているのか。貴様」


 エンキドゥは退避する中、暴風をものともしないトールの跳躍、ミョルニルを取り戻そうと手を伸ばす。だが、回転の勢いは強すぎるのか止まらない。


「ヒィャァッホウ」


 回転の勢いを利用し、体をスイングさせた様なロキの蹴りが、トールの頭部を強打。


「透ちゃ~ん、ミョルニルが、ヘタレはだいっ嫌いって、あいそ尽きたとさ。そう言う訳だから、二人で世界(ワー)一周(ルド)旅行(ツアー)としゃれこむぜ~。土産を楽しみにしとけ、ッハハハハハハハ」


 蹴った弾みもあってか、ミョルニルとロキは一気に上昇。トールの制御を離れたように、あさっての方向へ飛んで行ってしまった。


 ミョルニルに気を取られているトールをエンキドゥが棍棒で叩きのめす。

 追撃の二打目が襲いかかる。トールは逞しい肉体で床に転がり、余計な一撃をもらわずに済んだ。すぐ体勢を立て直し距離を取った。


 トールが瞼を閉じ、息を吸い込み、自ら纏っていた雷電を消す。迷いを断ち切るように肩の力を抜く。

 背後と見せかけて、正面からの打ちこみ。トールが無駄の無い動きでかわし、すれ違いざまにエンキドゥの側面に裏拳を放つ。

 思わぬ反撃だったのか、怪物が動きを止めてしまう。


「貴様が命を賭して戦う理由は何だ?」

「お前が戦う理由は何だ?」


 質問で返すと同時にエンキドゥは背後から打撃。死角から迫ってくる棍棒を、トールはしゃがんで回避しながら足を引っかけて巨体の体勢を崩す。


「俺の正義を成し遂げる為だ!!」


 激しい稲妻と一緒に雷吼とも言える叫び。

 正面からの一撃目を後退し、二撃目は潜り込んで、エンキドゥの鳩尾を殴る。


「貴様こそ答えろ」


 強烈な一撃だったが、攻撃は受け流され、逃げられた。


「俺も正義を実行する為だ」


 勢いよく投げてくる棍棒の奇襲。真上から雷の如く落ちてくるそれを、見ずにつかみ取ったトール。


「盟約を破ってでもか」

「あんなものは建前だ」


 棍棒を叩き込もうとすると、攻撃の軌道を読んだエンキドゥのタックルが炸裂。トールは吹っ飛ばされてしまう。


「秩序を乱す。愚か者が!!」


 怒気に満ちた雷電を纏うトールに、ミサイルが四発飛んでくる。


「捜査官にとっては俺が悪。俺にとっては捜査官が悪。それ以上でもそれ以下でも無い」


 電撃が波となってミサイルを撃墜していく。その隙に回り込まれてしまうトール。瞬時に繰り出した回し蹴りと棍棒が激突した。


「まともな証言をしろ。犯罪者」


 怪物が残像を残す程の俊敏性を発揮し、一体、二体、三体と増え、同時に攻撃。


「自分で捜査しろ捜査官」


 周囲に雷撃を起こし、かき消すも、残ったのは棍棒のみ。トールの背中が鋭い爪に引き裂かれる。


「ならば、ギルガメッシュから聞き込むまで」


 規格外の体重全てを乗せたエンキドゥのドロップキック。タックルよりも強く、正面からでも防御し切れないそれを、トールはもろに背中で喰らってしまった。


「ハハハハハハハハハハハ、散々肉体言語で話しといて、これじゃあ、タバコふかして、ベッドでしゃべってるみたいだな。ええ、オイ。ハッハッハッハッハッ。ブエェー、気持ち悪ィ」


 高速で乱回転しながら天井を飛び回るミョルニルに、ロキがしがみ付いたまま吐しゃ物をまき散らす。

 見上げているトールの顎をエンキドゥが蹴り上げる。宙に浮き上がった筋骨隆々の大きな肉体、棍棒がそれを虫みたいに叩き潰した。


 倒れて動けないトール。

 無様な姿を怪物が見下ろす。

 神を殺す為、振り上げた棍棒。漲らせた全身の力を最大限発揮しようと集中。

 一台の処刑器具と化し、頭を粉砕する。


「アイム・ホ~~~ム」


 ロキのはしゃいだ声。ミョルニルが流星の勢いでエンキドゥの後頭部に激突。トールの処刑を取り止めさせた。

 見上げるトール。


「遅いぞ」


 トールはロキの行動や言動が、全て支離滅裂と言うわけでは無い事を知っている。ミョルニルで飛んでいった際に言った事を翻訳。今までの行動から振り返り、奇襲する可能性を見出していた。


「透ちゃん、再会した時の技だ」


 急雷の速さでトールが立ち上がり。規格外に太い左腕を電光石火の早業で抱え込み、肩を上に引きながら、自由を奪い苦痛を与えて拘束。当然、膨大な量の電流も流し込んでいる。


「筋肉だけじゃなくて、記憶力もあって良かったよ」


 巻き込まれたくないロキは、ちゃっかり逃げていた。

 トールの逞しい背中をエンキドゥが棍棒で必死に殴り付ける。咄嗟だったのが災いして、アームロックする腕を間違えてしまったのだ。


「ぉお~、背中が痒くたって、あんなのはカンベンだぜ」


 ロキがトールの後ろで緑色の魔法陣を展開。

 魔法陣に空気がうねり集まっていく。

 力が満ちていくと輝きが増し、エメラルドみたいに美しくなる。


嵐ノ超大剣~西欧添えストームクレイモア


 不敵な笑みと一緒に魔法陣を起動。

 棍棒を振り上げたエンキドゥの右腕を高密度に圧縮した巨大な風の刃が切断した。


「アキレス腱は切ったぞ。やっちまえ」


 電力と力を更に振り絞り、トールがエンキドゥの左肩を締め上げる。振り解こうとする怪物にふくろはぎやスネを蹴られるが、痛烈な棍棒の一撃に比べれば、まだ耐えられる。


「大人しく投降しろ。貴様に勝ち目は無いぞ」


 トールの威圧する怒声と恨めしさを剥き出しにした唸り声。

 怪物の股下から、ゴロゴロと球体が床に落ちてくる。黒や緑の山盛りになったそれは、手榴弾だ。


 拘束しようと電流を流し続けるトール。やがて、強烈な放電が起こり、手榴弾の山に飛び引火。大爆発を起こした。

 爆炎から飛び出したのはエンキドゥ。転がった右腕に向かって一直線。すぐ切断面と接着した。


「貴様ァァッッ」


 トールが往生際の悪さに憤慨する。


「お前を殺してやる」


 エンキドゥが雄叫びを上げる。

 両者、同時に消える。


 目にも留まらぬ速さで距離を詰め。

 巨体と巨体が床を踏み込み。


 強靭な腰を捻り、逞しい腕と剛腕を引き絞り。

 殴ってやろうと、力を込めた拳を顔面に放つ。


 トールの精悍な顔が潰れ。

 エンキドゥの真っ赤な顔がひしゃげる。


 両者の巨体が、あまりの衝撃に耐え切れず、崩れ落ちる塔の様にゆっくりと倒れる。


 勝負を嘲る歪んだ笑み。

 決闘の一部始終を見ていたロキが、持っていたリモコンを押した。


 怪物の右腕が粉々に消し飛ぶ。屈強過ぎる肉体が空気を詰め込んだ膨張を見せると、すぐ限界に達し、胴体を中心に十字を描くように爆散した。


 切断した直後、ロキが両者の眼を盗み、吹っ飛んだ右腕にプラスチック爆弾を詰め込んでいた。トールの拘束を脱したエンキドゥは、まんまと右腕を取り戻しに行き、異物が詰め込まれているかも確認せずに接着。後はスイッチ一つで思いのまま起爆できる。


 ただし、内側からの爆発が致命傷になったのは、ひとえに凛陽が放った悪魔ノ十字翼デヴィルスウィング・クロスと悪魔ノ槍あってこそ。あの時は接着して元通りになったが、怪物に十字の深手を負わせていた。


 床には、タール状の真っ黒な跡がベッタリ残り。細かい粘土質の破片が、あちこちに散らばっている。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。タフな奴だったが、満足してイったか。アッハッハッハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


「…………何故だ………………………………………………………………………」


 腹を抱えてロキがうるさく笑う中、トールは逮捕する筈の相手が突然爆発した事がショックで呆然としていた。

 ロキが満足そうに笑いながら、沈んだ様子のトールに近づき、逞しい肩をバンバン叩く。


「どうした? 久しぶりの共同作業。けっこうイイ線いったんじゃねェの。ハハハハハハ」

「貴様、何故殺した!!」


 トールは激昂した。命をオモチャとしか見ないロキの幼稚さを。


「オイオイ、あのまま大怪獣決戦を続けてたら、透ちゃんが死んでいたかもしれないんだぜ。俺はトモダチとして、か弱い存在を代表して、ちょ~っと知恵を使ったまでよ」


 ロキが自身の頭を指さし、クルクル回してみせた。

 何も言い返さず、悔しそうに眉を寄せ、握り締めた大きな拳には血が滲んだ。


「なんだよ、つれねぇなぁ。昔はバンバン巨人や怪物、人間をぶっ殺していた癖に、今さら不殺だなんて。慣れないデスクワークで頭がイカレちまったか? 透ちゃん」


 楽しそうににしゃべりながら、神器が収まったカプセルの前に立つロキ。


「なぁ、透ちゃん。疲れたところで悪いと思っているが、お前のバカ力で、あの怪物よりも硬いカプセルを壊しちゃくれないか?」


 調子に乗っているロキを、ミョルニルを携えたトールが見下ろす。


「おっ、さすが、透ちゃん。コイツのパスワードはチンプンカンプンだし。持つべきものはC4よりも、昔からの友人だねぇ。ハハハハハハハハ」


 逞しい肉体が電光を発し、その身に猛き雷電を纏う。


「電気もバッチリだ。これなら、ビルをケーキみたいにブスリと貫きそうだ」


 握ったミョルニルを天高く掲げ、雷鳴を轟かす。


「ささっ、透先生。ドドド、ドーーーンッッと、いっちゃってくだせぇ」


 言われた通りトールは落雷を放つ勢いでミョルニルを。

 ドドド、ドーーーンッッと、ロキの頭に叩き込む。

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