第三章 反撃に向けて(9)

 凛陽が意識を取り戻す。


「どこだし、ここ」


 立ち上がると、会議室のようだが、辺り一面は細かく砕けた瓦礫ばかり。役員室にある隠し武器庫に、猛火を纏った凛陽がエンキドゥを押し込んだ。引き起こした大爆発によって床と天井の境を無くした。


 対峙する巨大な漆黒には、大きく十字に深く刻まれた炎の痕が。


「フゥンッッ」


 エンキドゥが全身に力を入れると、怪物的に筋肉が膨張し、凛陽の勝利の証である炎の十字傷を強引に塞いでいってしまう。


「サイテー、サイテー。アタシの苦労を返してよ」


 憤りを、ガトリング砲による斉射がかき消してくる。

 当たらないよう俊敏に動きながら接近を狙う凛陽。だが、突如現れた斬撃によって、一気に吹っ飛ばされてしまう。


 すぐ体勢を立て直すと同時に再び襲いくる斬撃。防いだ凛陽は、炎の剣と煌めく白刃による高速の剣戟を繰り広げた末、敗北。斬り伏せられてしまう。


「ぁああ、サイテー。今すぐアンタを殺したいのに」


 想定外の襲撃者に、凛陽が悔しそうに体を起こす。


「バスティナードゥ。俺を失望させんじゃねぇよ」


 肩を叩かれ、エンキドゥが深々「すまない」と頭を下げる。


「さすが、ノロマの妹。成長スピードもまるでノロい」


 悠然と凛陽を見下すのは、鮮血の髪に、皇威を放つ黒衣に身を包んだギルガメッシュだ。


「ねぇ、アンタ。お姉ちゃんにいかがわしい事とかしてないよね」

「神であるこの俺が、豚と? ハッ、あんなメス豚、同族でも手を出さねぇよ」


 挑発を超えた暴言に凛陽が立ち上がり、体中が憤怒の炎に包まれる。


「取り消せ!! お姉ちゃんは美(ヴィー)神(ナス)なの。アンタこそ赤毛の混じった黒ブタよ。このブタ」

「なぁ、ヤキトリ。ノロマと死体で再会か、なぶり殺しの醜態を晒すか、どっちか選べよ」


 ギルガメッシュに負けじと、こちらも選択肢を出す。


「アタシが勝つか、アンタが降参するかでしょ」


 言ったと同時に疾風の如く駆ける凛陽。ギルガメッシュとエンキドゥがすぐそこへと迫ってくる。


 動いただけで、凛陽の燃え立つ炎が弱まる。溜まりに溜まった疲労が、こんな強敵達との戦いに襲いかかってくる。

 それでも、間合いに入る直前、空を切り裂く。エンキドゥは残った左腕の手甲を構え、ギルガメッシュの姿は朧げだ。


 窓ガラスが割れる。そこに、爆発音が混じり込む。


 三十一階会議室、無差別に撃ち込まれるビームとミサイルの雨あられ。やたらに派手な爆炎と閃光の掃射によって戦いは中断。

 黒煙が治まり、残火があちこち。凛陽は焼け焦げた空気を吸い込み、まだ自身が無事なのを確かめる。


「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ」


 響いてくる調子に乗った笑い声。ロキだ。


「ゼッタイ感謝なんてしないんだから」


 外を見ないよう、顔を逸らす。

 オリーブ系の迷彩を施した武装ヘリコプターが、大きな機体をホバリングさせながら、中にいる者達を見下ろしてくる。


「ナンバーワンの俺を見下ろしてんじゃねぇよ。害虫」


 蔑んだ様子で、ギルガメッシュが怒りを吐き捨てる。


「あっれぇ~、ナンバーワンさん。少し見ない内に、つむじが広がってませんかぁ~。ストレスとか大丈夫ですかぁ~」

「心配には及ばねぇよ。テメェこそ、乗り物が前よりショボくなってんじゃねぇか。ナンバーワンの俺に挨拶するなら、せめて箱舟で来いよ」


 ヘリコプターに備えたスピーカーから含み笑いが。


「ドゥーカ君。相変わらず無表情だな。少しは笑いたまえよ。人生を謳歌できない奴が、どうして人間の皮を被る必要がある? babironで売りだしなよ。俺はいらねぇけどな。クハハハハハハハハ」


 エンキドゥは無視した。


「よぉ、凛陽。スゲぇだろ。最近の蛇は、空まで飛べるくらい進化してんだから感激だぜ。ミサイルに光魔法まで付いて。これにマッサージチェアとカラオケマシンでも付いてれば、サイコーだね。しかもこれ、オンラインで注文できんだぜ。なぁ、ギルガメッシュさん」


 聞かされた凛陽はバカらしいと呆れている。


「落とせ」


 かったるそうな命令。従ったエンキドゥは、両肩に角張った四連装式ミサイルランチャーを担ぎ、ロキの乗るヘリコプターに向けて発射。


「クソッ」


 凛陽は床を蹴って一気に後退。ミサイルを迎撃しに向かう。


「悪魔ノ翼」


 草薙剣で軌道を叩き斬る。真空の刃が弾頭に命中。発生した爆風により残りのミサイルに誘爆する中、紅く毒々しい光りが。

 目を凝らすと、刺刺した形状の矢じり。猛スピードで回転しながら凛陽へと迫る。それを引きつけるだけ、引きつけて、鋭い斬撃を繰り出す。


 炎を纏った刃が当たる刹那、矢じりはズレる様に避けていってしまう。

 舌打ち。狙いはロキが乗ってるヘリコプターだ。


「ヒエーッ。こいつは銀幕製じゃないんだぞ」


 ロキの叫び。残ったミサイルが一発、紅く毒々しい光りを放つ矢じりが飛んでくる。機体は慌てて急上昇し「イテッ」の呻き声も。先行するミサイルは誘導装置が対応しきれず、外とビルの境目に激突して爆発。


 残りの矢じりを壊すか、凛陽は躊躇する。何故なら、強敵達を相手に背は向けられないからだ。さっきと同様、命中しないと期待するしかない。

 だが、矢じりには意思でもあるのか、ビルの外へと飛び出し一気に急上昇。

 大爆発。

 燃え立つヘリの残骸が地上へと降り注ぐ。


「出オチとか、サイテー。どうせ生きてるんだから、もう一ネタやりなさいよ」


 床を蹴り、いない者に怒る凛陽。


「ヤキトリ、飛ぶって選択肢もできたぞ。もっとも、焼け爛れた羽じゃ落ちるだけで、つまんねぇコメディアンの為の後追いになるだけか。ハッハッハッハッハッハッハハッハッハッ」


 ギルガメッシュが嘲笑う。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 高笑い。下品で癇に障る声。プロペラのうるさい回転音と共に、夜空の向こう側から響いてくる。


「テメェ」


 ギルガメッシュが青筋を立てる。

 少し前の再現。武装ヘリコプターの色はオリーブ系の迷彩から、夜に溶け込んだ黒に変更。


「ふぁいや~」


 ゆるいかけ声と共に、ミサイルランチャーと光魔法の機銃による一斉射撃。会議室は砲火に包まれる。


「ハハハハハハ。最近ドローンって奴が売れて、ラジコンヘリがホコリをかぶってんだろ? だから、俺が魔法でビッグにして有効利用してやったぜ。ハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 ロキの下らない話しを、笑っちゃっている事に気づき、凛陽は少し自己嫌悪。


「凛陽、乗れよ。babironのガラスを壊したんだ。盗んだヘリで、月まで飛ぼうぜ」


 凛陽は振り返り、爆発と閃光が飛び交う混乱の中を駆け抜けて、おもいっきり夜空に飛び出す。


「バーカ、行けるわけないでしょ」


 思いのほか遠い。それでも凛陽は、ヘリコプターの脚部である車輪をどうにかつかむ。ぶら下がった衝撃により揺れる機体。それが合図となって旋回、戦場となったビルを脱出した。



 臭くて薄暗い通路の傍には、淀んだ水が流れている下水道。曲がりくねった通路をロキが鼻歌交じりに前を行く中、疲れた様子の凛陽は後ろを歩く。手製の掘削機でムリヤリ空けた横穴に入り、狭いトンネルを進んでいくと行き止まり。


 一見壁だが、押し退けただけで、めくり上がる幕。


「たっだいまぁ~」


 幕の向こう側は薄明るい電球が照らしてくる。古びた本棚に囲まれ、雑然と魔法道具で散らかる研究室。ロキと凛陽は帰ってきたのだ。


「ぁ゛あ~疲れた。アリー聞いてよ。一昨日はヴァルハラのトールと戦わされたじゃん。今日はエンキドゥにギルガメッシュだったんだから、倒せなかったしサイテーよ。サイテー」


 凛陽はベッドに一直線、飛び込んでパイプを軋ませた。


「アリー。お前のヘリコプター大成功だったぞ。みんな、オモチャをモノホンだと引っかかったんだからなぁ。ハハハハハハ」


 話しに、相槌一つも打ってくれない。

 作業台に向かったアルベルトは狂気にとり憑かれた様子で、口早に呪詛めいた言葉を呟きながら紙に魔力を注ぎ込み魔法陣を描いている。


「作業台に愛の言葉なんか囁いちゃって、お楽しみ中かよ。そろそろ、結婚五秒前かな」


 いつもなら作業台の上に座るロキが、座らずに傍で眺める。

 力無いため息と共に、うな垂れるアルベルトは意識を失わないよう天板を叩く。


「今のが、壁ドンって奴か」

「…………した……」


 聞こえないと、ロキは耳に手を当てる。


「……完成したんです。マクスウェルの悪魔が」

「マジで!!」


 ロキが飛び出しそうな勢いで驚く。


「苦節XX年。努力が実ったな。ぇえ、オイ。とうとうマクスウェルの悪魔が完成したのか」


 ロキがはしゃいだ様子でアルベルトの肩をバンバン叩いた。


「いえ、あくまで手応えですよ」


 まんざらでもない様子で照れる。

 笑いながら、幕を一瞥するロキ。


「よし、遊ぶぞぉ」


 突然、作業台が真っ二つに壊れ、積み重なった資料や道具が床に散らばる。アルベルトの傍ではしゃいでいた筈のロキはいない。

 今、目の前に立っているのは、赤髪に皇威を放つ黒衣、禍々しい金色の瞳を持ち、与える事も奪う事もできる存在。


「あ、ああっ、あ、どうして?」

「ギルガメッシュさ~ん。来るなら、来るって言って下さいよ~。言ってくれれば、イチゴにソーダ、アマルガムをごちそうできんのに」


 距離を取ってジョークを飛ばすロキ。紅い魔法陣が描かれた白い紙をヒラヒラさせる。


「ギルガメッシュュュュゥゥゥゥゥッ!!」


 ありったけの炎を纏い、牙を剥く凛陽。疲れ切った体に鞭を打ち、草薙剣を放つ。だが、一直線の攻撃は奇襲にならず、ギルガメッシュに上から首根っこをつかまれてしまう。

 瞬間、凛陽の姿が跡形も無く消えてしまう。今度は、戦慄して逃げられないアルベルトの頭に手が。同様に一瞬でどこかへといなくなってしまった。


「爆撃機にダイキリなら飲んでやるが、最後に飲むのは悪魔だ。カルーアじゃねぇ」


 造作も無い様子のギルガメッシュを注意しつつ、ロキは尻のポケットに折りたたんだ紙を突っ込む。


「笛も吹いてねぇのに、どこへ連れてったんだよ。一生ガキでいられる世界か?」


 ギルガメッシュの姿が消える。

 圧倒的な速さで襲いかかる斬撃。笑いながらロキはギリギリでかわし、仕込んでいた赤い塗料のスプレーを顔面に噴射。

 有機溶剤の刺激にギルガメッシュは呻き、まともに身動きが取れない。そんな隙だらけの時間を更に伸ばそうと、耳元に近づき。


「アッ!!」


 鼓膜を突き破る叫び。直後、ロキの鼓膜も破れて「グワァァァァァッ」と悲鳴。その上、反撃の蹴りを貰ってしまいブッ飛ばされてしまう。

 叩きつけられた衝撃で雑然と置かれた魔法道具が散らばる。


「オイオイ、また俺だけ仲間ハズレかよ。てっきり、お前ん家にご招待かと、靴をピッカピカにしてたって言うのによぉ」

「テメェは出禁だ」


 言い返すと速攻。ギルガメッシュが床ごと剣で切り裂く。

 やられまいと、ロキは転がってやり過ごし。腕を振るって放つ一閃は、脚を畳んで身を小さくすれば当たらない。そのまま、見下ろしてくる奴に向かって跳ね起き蹴り。


 先読みしたスピアがロキの心臓を串刺し。追い打ちにギルガメッシュは、得物を持ち上げ、かち割る勢いで後ろに投げつけた。

 更に深くスピアを捻じ込む。刺さった箇所から、強烈な真っ白い力が天井まで噴出。長い柄に赤い呪文が浮かび上がると、ヒビ割れを起こして砕け散り、破片がロキの体内へと侵入していく。


「ぅハァァァァァァァァァァァァッ」


 スピア一本分に相当する破片が全身に広がり、内側を切り裂いていく。そんな激痛にロキは悶絶した。

 迫ってくるギルガメッシュを見上げて、口を開く。


「石とか、カンベンしてくれよ。トイレの時、大変なんだぞ」


 無視。


「そうかい」


 つまらなさそうに言うと、ロキを中心に煙が立ち研究室全体が一気に白んだ。直後、煙幕をかき消す荒々しい旋風。ギルガメッシュの後ろ回し蹴りだ。


 腹部に直撃。ロキの体は紙くず同然にブッ飛び、本来の出入り口である重苦しいセキュリティドアへと激突。だが、受け止めきれなかったのか、あっさりと突き破れてしまい、自由を奪われたまま廊下へ。


 出入りを察知したのか、照明が点灯。そこは、廊下と呼ぶには広く、最奥部に何があるのか窺い知れず、気が遠くなりそうな程に長い。

 吹っ飛ばされたままのロキ。体勢を立て直そうと腕を伸ばし、手がタイルの床に触れた瞬間。


「うそ~ん」


 気付いた時には、もう遅い。床から湧き出す赤い魔力。前にも視た事がある、まだアルベルトの研究室が高層階にあった頃だ。魔法による罠が発動。

 噴火にも似た爆発がロキを直撃。


 尻餅を付いたまま辺りを見回すと、床のあちこちから様々な属性の魔力が噴き出している。

 研究室から出てくるギルガメッシュ。皇威を放つと共に蔑んだ。


「ギルガメッシュ様」


 鮮やかに土下座をしてみせるロキ。


「なんのつもりだ?」


 頭を床に擦り付けそうに無い奴が、頭を床に擦り付けている。本来なら、その無様な姿を笑うところだが、ギルガメッシュは警戒する。

 ロキが頭を下げたまま口を開く。


「お願いがあります。マクスウェルの悪魔を渡す代わりに、俺をbabironで雇ってください」


 意外な言葉に、ギルガメッシュは「あ」と口をあんぐり開けてしまう。


「テメェ、散々企業テロを仕掛けといて、今さら雇ってくださいなんて、虫が良すぎるとは思わねぇか」


「ギルガメッシュ様の仰る通りでございます。ですが、お、ッゴホン、自分で言うのもおこがましいですが、完璧な作戦のつもりで戦いを挑みました。ですが、戦いにおいて貴方様は本当にナンバーワン、作戦なぞ意味を為さず。私はこの瞬間、貴方様ならオーディンやゼウス、エンリルをも超える存在だと、確信したのでございます」


 平伏し、讃辞を並べる様子に、ギルガメッシュは悪い気がしない。


「いいだろう。テメェの事だ、平(ヒラ)で満足するタマじゃねぇだろ。どんなポストが欲しい?」

「ありがとうございます」


 歪んだ口を閉じ、見上げるロキ。


「私を貴方の秘書にしてください。仕事を覚える速さには自信があります。お客様への接客応対、情報収集能力、ヨゴレ仕事には自信があります」


 申し上げるロキに、ギルガメッシュの反応はいまいちだ。


「ダメだ」


 提案をはねられたロキは「ヒィィ」と恐れおののき、土下座したまま脚を動かして、ゆっくり後退。距離を取る。


「秘書なら間に合ってる。それよりテメェ、魔法が好きなんだろ。だったら、ウチの魔法道具製造――――」


「ハぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」


 ロキのショッキングな叫び。歩み寄ろうと、ギルガメッシュが前進した時だ。罠を踏んでいるにも関わらず、足下から湧き上がる青い魔力に変化無し。水魔法の餌食にならない。

 セコい悪だくみを理解し、ギルガメッシュが鼻で笑う。


「俺が作らせた仕掛けだぞ。俺を攻撃してどうする?」

「マジかよ、マジかよ、マジかよ。打つ手なしじゃんかよ~」


 困り果ててどうすればいいか分からず、慌てふためくロキ。そこに、離れた所にいるギルガメッシュが一足飛びで迫ってきて、剣による突きを放ってくる。

「マジかよー」

 態勢を立て直せないまま背中で床を擦っていると、ロキの銀髪が毒々しい緑の魔力に触れてしまう。天井から魔力と同様の毒々しい滴が垂れ、頬を伝い白煙を上げていった。水と闇の魔法を組み合わせた強酸によって皮膚が溶けてしまったのだ。

 それが雨となって降り注いでくる。


「イッデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデ」


 不死による再生能力を持ってしても、強酸の雨の方が上回り、体を喰らっていく。大砲に似た銃声と同時に白い閃光がロキを抉る。ギルガメッシュがマグナム拳銃を発砲したからだ。


「グァーーーッ」

「物足りないと思ってな。俺からの差し入れだ。感謝しろ」


 二発目の弾丸。ロキは内蔵をジュワジュワ溶かす痛みを我慢し、溶けてベトベトになっても動く体に鞭打ち、どうにか飛び起きて回避。

 強酸の雨を脱すと床に三発目が命中していた。僅かでも逃げ遅れていたら、再生しきれていない脆い足が吹っ飛んでいるところだった。


「じゃあな。内定は辞退するぜ」


 半分焼け爛れたままの顔でギルガメッシュに笑いかけてから、出口を目指して走るロキ。


「ハナから、合格なんかしてねーよ」


 先回りしたギルガメッシュ。払い上げる斬撃で押し返す。

 今度は茶色の魔力が湧き出す床に。トラック大の岩が真上に現れ、ロキを押し潰した。

 爆発四散する岩。あまりの重さでへばったロキに追い討ちの蹴飛ばしが入る。サッカーボールよろしく、よく飛んだ。床にぶつかり転がったが、魔法の罠には引っかからなかった。


「ぐへぇー。アイツ、フットボール派だったのかよ」


 何も起こらなかったから辺りを見渡す。長大な廊下そのあちこちには、いまだ魔力が溢れ出したまま、罠がある証。だが、ロキがいる場所には、その一切が無い。


(ナンバーワンの奴、どこにパスしてんだ。テキトーかよ。自然の流れをちゃ~んと視てたら、こんなハズレマスには飛ばさねぇぜ。ありゃ、神特有の見慣れてて視る気ゼロのクチだな)


 勝機を確信し笑っていると、ギルガメッシュの一閃。ロキは黄色い魔力に触れ強烈な電流を浴びてしまう。


「効くぅぅッ。エナジードリンクいらずだぜ」

「代金はマクスウェルの悪魔だ」


 迫ってきたギルガメッシュの一斬をロキはスレスレで回避。別の剣と瞬時に入れ替えて繰り出す縦斬りも、ヒラりと身を逸らしてやり過ごす。


「そう言えば、ギルガメッシュさ~ん。ストーカーなんて、ナンバーワンらしくない、卑劣な振る舞いじゃないんですかぁ~?」


 ロキはしゃべりながら、四方八方から襲いくる縦横無尽の鮮やかな剣戟をかわしていく。


「害虫駆除に卑劣も何もあんのかよ」

「俺達の華麗な逃避行を、最初からつけてたのかい?」


「吊るしたヤキトリがヘリに乗り込むところ。ウチの優秀なパイロットを抱えて飛び降りるところ。商品がスクラップになるところ。三流の逃げ方を、この目で見させてもらったぞ」


 瞬息の首狩りを、ロキは笑いながら上体を逸らしてやり過ごす。


「へぇ~。じゃあ、わざわざ下水道まで、ご足労頂いたってわけか。光栄だねぇ」

「勝手に思ってろ。ただテメェは俺に殺される。それだけだ」


 踏み込んで放つギルガメッシュの逆袈裟を、ロキが「ハハッ」とバク転で切り抜け距離を取る。

 素早く迫り来る薙ぎ払い。ロキはよく床を踏みこんで跳躍。体を横に倒し、捻りを加えて回転、宙を舞う。

 床から湧き出す魔力を一つ二つ飛び越え、何も無いところに片手で着地。コマみたいな躍動をした後、ロキは立ち上がり、再生した白い歯を見せる。


「俺の命(タマ)じゃ、クリーニング代にもならないんですかい」


 中指を突き立て、クイクイ動かし。かかって来い。

 眉がピクリと動いた瞬間ギルガメッシュが姿を消す。


 ロキは急いで五歩後退。もう間合いに漆黒が入ってくる。抜き放たれた腕には、まだ剣が無い。更に一歩後退、床を踏み切り距離を離す。

 銀髪が舞う。


「ンンッ?」


 足下から火炎が噴き出し、困惑するギルガメッシュは紅蓮地獄の責め苦を味わった。


「おのれッ」


 はやし立てる様に手を叩く音。


「へいへ~い。鬼さん、こちら、手の鳴る方へ」


 殴りたくなる笑みで挑発するロキ。ギルガメッシュは殺意を剥き出しにして一足飛びで向かう。

 捕まるまいと、ロキは手足を大きく振って「ヒ~~~ッ」と全力疾走。背後から怒涛の速さで鬼が迫って来る。

 減速するロキ。足下には焦げ茶色の魔力が噴き出している。刈り取ろうとする刹那を前転でくぐり抜けた。

 今度は足下から、細かい石つぶての間欠泉がギルガメッシュを襲う。


「グオオッ」


 アクロバティックに動き回るロキ。ギルガメッシュは竜巻に吹き飛ばされ、降り注ぐ光線に撃ち抜かれ、ピンク色の毒ガスに咳きこんだ。

 さっきから、攻撃したら攻撃した分だけの反射がロキに降りかかってこない。


「う~ん。体はすこぶる快調だ。おかげで体が軽い軽い」


 研究室の廊下は、アルベルトの脱走防止と外部からの侵入者を撃退する為に、空間規模で魔法の罠を生成する仕組みだ。ただし、ギルガメッシュにエンキドゥ、権限を与えられたセキュリティカードを持つ者なら、何事も無かったかのように素通りできる。


 それはロキが、魔力が噴き出す床を踏んで、罠が発動するまでの僅かなタイムラグを利用して、ギルガメッシュをハメているからだ。逃げる直前に彼と対峙して、剣戟をひたすら避け続けていたのは、その間に出入り口までのルートを計算していたのだ。


「ヒャッホー。俺、ここでなら最強じゃね? 無敵じゃね? ハハハハハハハハハハハハハ」


 罠を踏むと、ロキとギルガメッシュにイナゴが大群となって襲いかかる。例え属性を見極められても、どんな魔法かまでは分からない。


「ナイルの敵をbabironに放つんじゃねぇ」


 払おうと、ギルガメッシュは剣を雑に振るう。


「誰だよ。ラッパなんか吹いたのは」


 狙い通りに行かず、ロキもイナゴに噛みつかれてしまう。


「テメェだ。ボケ」


 大群を薙ぎ払う斬撃をしゃがんだ直後、跳ねる様なドロップキックをかました。ロキの腹部にじんわりとした痛みが襲いかかる。だけど、その反動で距離を離すことに成功。

 倒れたギルガメッシュに向かって、残ったイナゴが殺到。恰好の餌食となる。


「俺より、お前さんの方がイイ肉みたいだな。ハーッハッハッハッハハッハッハッハハッハ」


 あまりにも無様だからおかしくて、高笑いしたままロキは逃げる。だが、すぐに転んでしまう。

 抱腹絶倒で、バランスを崩して転んだわけでは無い。水でできた太い縄に足を絡め取られてしまったのだ。


「この俺が逃がすと思うか? 害虫」


 ギルガメッシュの皇威ある漆黒を中心に、汚らしいイナゴの黒が広がる。その手には、先端が四つ又に別れた杖ウォーターフーパーが。ただし、水の縄は四本ではなく、一本に収束している。


 ギルガメッシュが杖を振り回す。水の縄に束縛されたロキは壁や天井、床に激突。研究室の方まで吹っ飛ばされてしまう。


「サイコロを振った覚えはないぜ」


 遥か彼方の出入り口。ふりだしに戻されたロキは、とりあえず、おどけてみせる。


「どのみち、テメェはツミだ」


 そう言うと、ギルガメッシュを中心に左右両側から、廊下を塞いでしまう程巨大な金属製の立方体が現れる。


 金属製の巨大な箱に触れると、回路模様が浮かび光が走っていく。起動すると、箱の面には生々しい血管が浮き立ち、おどろおどろしい大きな目が無数に開眼。その全てがロキを凝視。


「イヤん、ロキちゃん照れちゃう」


 可愛げたっぷりに恥らってみると、無数の目から一斉に破壊光線を発射。咄嗟に舞踏の様な身のこなしで切り抜けた。

 鉄を叩き潰した銃声。ロキの腕が抉れる。


「ナンバーワンの俺を忘れちゃいねぇよな」


 何十、何百も放たれる光線を、機敏でアクロバティックな動きで回避していくも、発動してない魔法の罠が動きに制限をかけてきて、先読みされる事も。隙を突くギルガメッシュの銃撃がロキの体を何度も削いだ。


 ロキは逆戻りして、研究室にある下水道への抜け道も考えたが、当然、光線と強烈な銃撃がそれを許さない。


「なぁなぁ、そこのアルゴスは、いつも何リットルくらい目薬つかってんだよ?」

「テメェが死んだら使ってやるさ」

「ドライアイまで待つとしますか」


 とは言ったものの、ロキに待つ気は無い。待つ事はつまらないし、バテて虫ケラ同然に殺されてしまう。そんな集中砲火の中で、踏むのを避けていた罠に活路を見出す。罠の中には研究室から、結果的に遠ざかる効果もある筈だと。


「いっくぞぉ~」


 ワクワクした調子で緑の魔力が噴き出す床を踏んだ。


「グワアァァァァッ」


 疾風の刃がロキの全身を切り刻み、破壊光線が焼き払っていく。

次は黄土色の魔力。巨大な岩でできた拳におもいっきり殴り飛ばされると、廊下の壁に叩きつけられた。


「惜しい」


 ジロリと瞳が動き、追い討ちにロキの半身を焼き払い、マグナムが脇腹を貫いた。


「ったく、サニーサイドアップが食べたくなったじゃねぇか」


 次の攻撃が来る前に、痛みをおしてロキが動き出す。

 容赦なく襲いかかる光線。真ん中の方にある赤い魔力の罠を目指すから、視線が増えて攻撃の厚みが増す中、飄々と駆け抜けていく。


「今度、リザに焼いてもらおう。俺じゃスクランブルエッグに、なっちまう、からな!!」


 勢いよく跳躍し、罠を踏んだ。

 大爆発。


「やれやれ、つくづく面倒な奴だ。ナンバーワンの俺に死体さらいなんて、下賤なマネまでさせやがって」


 嫌気がさした様子で、ギルガメッシュが葉巻に火をつける。


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ」


 罠を起爆剤にして上昇、使い捨て手袋に仕込んだ炎の魔法を推進力に、立ち塞がる者の頭上を飛び越え。目の詰まった箱と箱の間の狭路を、悠々と抜けていくロキ。


「なぁ、お前さんは、サニーサイドアップかターンオーバー、どっち派だ? ハハハハハハ」


 ギルガメッシュからだいぶ遠ざかり、長かった廊下の出入り口が見えてくると、魔法の勢いが衰え下降。

 後は罠に注意して走るだけ。

 先行を凌駕する一閃が襲う。


 はね退けられたロキ。床には、発動していた罠による棘が散乱。出入り口の方には、かったるそうにギルガメッシュが立ちはだかる。


「テメェは雄鶏が鳴く前に絞めてやるよ」


 明滅と同時の両断。間一髪、ロキは体を逸らして切り抜け。疾風を起こす横薙ぎは側転でやり過ごし、間合いを離していった。


 振り返ったギルガメッシュがマグナム拳銃を次々発砲。

 正確に狙ってくる白い閃光を纏った超速の弾丸。ロキが踊る様な身のこなしで、その場をやり過ごしていく。


 発砲後、意匠の凝った銃身がスナック菓子みたいに脆く崩れる。それを見てギルガメッシュが舌打ち。


「なんだぁ、babironって欠陥品でも扱ってんのか?」


 銃が消え、ギルガメッシュの姿も消える。


 一足飛びからの斬りつけ。手応えを感じたギルガメッシュが、もう一斬浴びせようとしたら。やられた筈のロキが朧げになる。引きつけるには恐ろしい速さを、引きつけるだけ引きつけて跳び退いたのだ。


 ロキの左手から青い魔法陣が浮かび大水を噴射。ギルガメッシュはものともせずに、かぶりながら突進。

 首元を狙う返しの刃に一足早くロキは動いていた。濡れてないのに冷える体をおして手首を捕まえた。


「テメェッ」

「ぐぬぬぬぅぅ」


 力強くつかめばつかむ程、つかんでいないロキの手首が締めつけられる様に痛い。ギルガメッシュも状況を脱しようと、反撃に腕を振るう。

 ロキが苦し紛れよりも先んじて、つかんだ手首にスタンガンを押し付け、自身もろとも高圧電流の餌食に。


 霜が舞い、出てくる両者の息は白く、撒いた水も凍り付いていく。

 逃げるだけで、肉体の再生を数え切れないほど繰り返し、そろそろ限界に近いロキが笑みを浮かべた。


「この、ゴキブリが!!」


 ギルガメッシュの下段回し蹴り。


「クゥッ」


 呻き声を上げたのは、蹴った方。腿には深々とナイフが突き刺さっている。


「ハハハハハハ」


 乾いた笑い。手首はつかんだまま離さず。強烈極まりない衝撃に加え、腿に襲いかかる鈍痛をロキが図太く耐えた。


「俺は透ちゃんの電流をシャワーみたいに浴びてるし。そんじょそこらの痛みにゃ、慣れているんだよねぇ」


 劣勢である事は変わらないのに、大胆不敵で狂気に満ちたしたり顔。


「テメェ」


 堪らず殴りかかると、ロキが手首を離して跳び退いた。


「クソ、が、なに、をした」


 身動きが取れず、しゃべりにくそうなギルガメッシュ。全身には緑色のネバネバが絡み付いている。退避する瞬間、ロキが魔法道具スライムボールを投げつけたのだ。

 浴びせた水とネバネバがギルガメッシュの体温を奪い、どんどん氷結していく。身動きの取れないギルガメッシュが、噛み殺してやらんばかりの凄みで、ロキを憎々しく睨みつける。


「ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? 一人雪祭りをしてるって。今、どんな気持ち?」


 ロキがハシャいだ様子で、凍り付いた頭をコンコンと叩いてから、腿に刺さったナイフを抜いた。

 真っ赤な血が噴き出した瞬間、青白く冷たい魔力が傷口に入り込んでいき、ギルガメッシュを氷漬けにする。


「べーッくしョイ。いくら霜育ちの俺でも寒すぎだぜ。クソ熱い凛陽が恋しくなっちまう」


 それを後にしたのは、体中が凍てつき、あちこち白くなったロキ。罠が発動する瞬間をなんとか逃れたが、間一髪のところだった。

 エレベーターで一階に向かった後。ギルガメッシュが勝利すると油断しきった警備員の隙を突き、社用車を盗んでシュメール区画を目指す。

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