第三章 反撃に向けて(8)

 七つ目のbabironの倉庫を襲撃、トールと遭遇してから二日後。シュメール区画、仇敵ギルガメッシュのお膝元、倉庫機能に重点を置いたビルを凛陽は襲撃している。


 戦場となったビルの二十階。照明の落ちた廊下は外にある建物の光が入り込み。覚醒状態で戦う凛陽の炎と、警備部隊の攻撃で明るいものだった。


「悪魔ノ翼」


 離れた場所からチクチク攻撃する敵を、真空の刃で斬る。

 それを、青く光る魔法の盾に防がれた。


 防いだのは二機のドローン。四つのプロペラに高性能カメラを搭載し、その上防御の魔法が施されている。廊下の様な狭い場所を精密な動きで飛ぶから、凛陽にとっては厄介な盾だ。


「サイテー」


 凛陽は攻撃を気にせず駆け出し、阻んでくるドローン達を抉り込むようなスライディングでくぐり抜け。即座に敵達を悪魔ノ翼と力強い炎の斬撃で倒した。


「よしっ」


 ドローン達は逃げていく。追い撃ちはせず、炎を消して一休み。敵地だが、戦いはまだまだ長い。

 天井が揺れる音。パラパラと落ちてくるホコリ。

 亀裂が走り崩れ落ちてくるコンクリート、一緒に巨大な塊も降ってくる。小さな異変を察知していた凛陽は咄嗟に避けていた。


 起きた激震。黒くて重厚な塊は一点だけ赤く光り、炎を纏った凛陽を見下ろし威圧。

 塊が飛び出す。自重を支えられる大木とも言える脚が、床を蹴ったのだ。腰でもあるのか若干の捻りから、大木並みに太い腕が打ち出される。

 簡単に壁を砕くパンチをくぐり抜けながら、凛陽は返しの刃を浴びせてやる。


「カッたぁ」


 情けない声を出して逃げた。

 狭い廊下は、大きな図体よりも小回りの利く方が有利ではある。だけど、初めて見るあの黒い巨体が、草薙剣でも歯が立たない頑丈さを誇らなければ、迷わず戦う事を選んでいた。

 逃げに徹した凛陽は手近なドアを蹴破り、オフィスの中へと駆け込んだ。


 薄暗い室内に広がる、デスクを積み上げて作った簡易バリケード。そこに隠れている警備部隊の一斉射撃。

 けたたましく撃ち出される銃弾と擲弾(てきだん)、光属性を集束した光線と、高圧縮して放出される水属性の刃。その全てを些細な攻撃と構わず凛陽は一直線。


 突っ込んでくる炎を止めようと、バリケードから勢いよく黒い砲弾が飛び出してくる。

 エンキドゥだ。

 紅蓮に燃え上がる草薙剣と、エンキドゥの手甲メガインパクターがぶつかる。

 強い力と強い力が拮抗し、お互いが吹っ飛んだ。

 片手で受け身を取って体勢を立て直す凛陽。


「エンキドゥ。アンタ、ずいぶん見なかったけど、リストラされたんじゃないの?」

「撃ち方止め」


 腕を横に広げ、部下に指示を飛ばす。

 挑発しても相変わらず無視する巨漢に、凛陽は舌打ち。すると、背後から、壊したドアどころか、出入り口そのものをブッ壊して、さっきの黒い巨体が激突してくる。

 すれすれ、横っ飛びでなんとかそれを回避。


「危なッ、アタシじゃなかったら死んでるっつーの」


 ぼやきながら悪魔ノ翼を放つ。

 エンキドゥ達を一閃する真空の刃。そこに突然、天井が崩れ落ち射線を阻んだ。

 残火となってくすぶる炎、粉々に砕けたコンクリート。立ちはだかる巨大な黒い影に赤く光る点が三つ。凛陽を二度襲撃したものと同型だ。


「ウゲェッ」


 あからさまに嫌そうな顔をする凛陽。

 エンキドゥが自身よりも大きな黒い巨体を四体も率いている。その物々しさは、攻め込んできた者を全て押し返す重厚で難攻不落な砦。攻めに転じれば、押し潰して一掃する重戦車の迫力がある。


「デカくてゴツいのが五体とか、サイテー、ムサ苦し過ぎ。てか、エンキドゥ、JK相手に何人がかりでやる気なの? アンタ、怪物の癖して恥ずかしくないの?」


 切り替えるように、凛陽は余裕な態度でかったるそうな挑発をした。


「怪物はオマエだろ。悪魔バカ」


 黒い巨体から男の声が聞こえてくる。それを皮切りに、周囲から口々に罵詈雑言が飛んでくる。

 普段なら、すぐにでも言い返しそうな凛陽だが、黙ったまま闘志を燃やす。


「黙れ!!」


 エンキドゥが吼えると、罵詈雑言で満たされた室内が一気に静まり返った。


「俺とサイクロプスの四体でサムライを倒す。他はバリケードの中で待機、指示を待て」


 黒い巨体の名はサイクロプス。神を殺す事を目的に作りだされた有人兵器。頭部から全身にかけて丸みのあるフォルムは、洗練された宇宙服の様だ。赤く光る単眼は、見る者を威圧しながら、漆黒に覆われた操縦席に敵の姿を鮮明に映し出すカメラでもある。


「突撃」


 横一列にエンキドゥ達が飛び出し、地響きを上げながら猛突進。

 迫り来る巨大な黒い重戦車。凛陽も負けじと燃え上がる炎を纏い、果敢に一直線。

 距離が詰まっていく。


 激突する直前で凛陽の進行方向が一気に逸れる。陣形の端を行くサイクロプスは、不意な軌道の変化に防御が間に合わない。そんな、がら空きになった胴体部分を叩き斬る。

 与えたダメージは微々たるもの。引き換えに叩き込まれたパンチは、凛陽の防御にも隙があったとは言え、胴体に大きな風穴が空きそうな威力だから、全く割に合っていない。

 現れたエンキドゥ。率いていた突撃陣形を抜け出し、放ったストレートを、もろに喰らった凛陽はブッ飛ばされてしまう。


 サイクロプスの丸く出っ張った肩、その装甲が開く。現れたのは小さな弾頭が二十発、両肩合わせて四十発。攻撃の手を休めぬよう、四体は小型ミサイルを一斉発射。

 計百六十発もの小型ミサイルが凛陽に襲いかかる。立て続けに起こる爆発は、エンキドゥやサイクロプスの格闘攻撃に比べて威力は劣るが、僅かな足止めになっている。


「ウザッ」


 迫ってくる二体のサイクロプス。次々と放つパンチのラッシュ。凛陽はかわしながら草薙剣で反撃してみるが、高熱の軌跡を描くばかりで、壊れる気配が無い。


「攻撃するだけ無駄だ。大人しくやられろ」

「潰す」


 装甲に覆われた剛腕による振り下ろし。


「こんなの、余裕だし」


 退避した凛陽はすぐにサイクロプスの腕を駆け上り、肩を踏み台にして跳躍。

 それを狙ってくる緑色の弾幕。

 発射したのは、バリケードに隠れた警備部隊ではなく、後衛に立つサイクロプス。左腕の剛腕から迫り出した孔は、両肩に備えたミサイルランチャー同様、標準装備のビーム砲だ。


 凛陽は攻撃を無視して、辺りを見回すとエンキドゥがいない。

 火炎の刃が閃く。それを回避してみせる巨漢。


「見ぃつけた」


 余裕の口ぶりと発する唸り声。石火の乱れ切りと、手甲無しの拳による連撃。どちらも攻撃をかわしながら、攻撃を叩き込み続ける一進一退の攻防。

 エンキドゥが床を殴りつける。


「どうしたの? 床なんか殴って、アタマ――でふぉ――――」


 麻痺してしゃべれなくなる凛陽。手甲メガインパクターから発する衝撃波が動きを封じた。

 怒涛の鉄拳が襲いかかる。相変わらず機関銃の如く打ち出され、一発の威力はサイクロプスを優に越え、前回戦った時よりも強く、トールとも引けを取らない。おかげで凛陽は反撃できず、意識を保つのがやっとだ。


「来い、お前達」


 殴り続けながらエンキドゥが指示を出す。手を出せなかったサイクロプス達は、従い集まってくる。


「代われ」

「待ってました」

「俺達で終わらせます」


 待ちわびていた処刑この時に歓喜の声が上がる。跳び退いたエンキドゥに代わり、四体のサイクロプスが凛陽を包囲。生身じゃとうてい触れられない炎ごと、黒鋼(くろがね)の肉体で思う存分に殴る。


「来いよ。悪魔狩りだ。ッハハ」

「ポールの分だ。受け取れ」


 ダメージが蓄積していた凛陽はされるがまま、四方八方からの攻撃を浴び続けていた。


「お前の姉ちゃん、美人だって噂なんだけど。お前を殺せば、ギルガメッシュ様から、おこぼれをちょうだいできるかもな」


 軽率な冗談が消えかけていた凛陽の闘志に再び火を点ける。


「ハァァァァァッ!!」


 灼熱の業火が凛陽を中心に旋風となって巻き起こる。


「お姉ちゃんを穢すって言うんなら殺す!! タマ潰して殺す!!」


 強烈な熱波と、全てを引き裂かんとする悪鬼の迫力に、サイクロプス達は思わず後退。その隙を突いて、凛陽が垂直跳びで包囲を飛び出した。

 狙い澄ますように、エンキドゥの体当たりが命中。大きく吹き飛ばされた凛陽は床に叩きつけられてしまう。追い撃ちに、浮いたままの体勢で、両肩に装備したロケットランチャーを発射。


 爆発。唸り声を上げて飛び出す凛陽。怒ってはいるが、姉と引き離された時から、絶えず燃え続けていて、これでも冷静。立ち向かわずに距離を取りながら悪魔ノ翼で牽制。草薙剣の一太刀で傷つかない装甲に、飛ぶ斬撃は微風も同然、起こった炎もすぐに消えてしまう。


「脅かしやがって、効かないな」


 サイクロプスが降り立った足下はヒビ割れを起こしている。上からトン単位を誇る黒鋼の塊が四体も乗っかり、爆発物を惜しみなく使い派手に暴れた。建物内部には防御の魔法が施されているが、応接室よりも強度は低い。


 飛んでくる攻撃をやり過ごしながら、凛陽はそれを見逃さなかった。

 エンキドゥが肉薄し攻撃をしかけてくる。反撃したい衝動を我慢し、凛陽は攻撃の回避に徹して巨漢を通り抜けた。

 そして、サイクロプス達がいる方へと急ぐ。


「聞いた通りの脳筋だな。バカ女」


 見下すと同時に鉄拳を振り下ろす。見切った凛陽は後退し、拳を踏み台にして跳び上がる。

 回転しながら、サイクロプスが空けた大穴を越え、一階上の天井スレスレまで高く飛んだ。


「正に、バカと煙はなんとかだな」


 余裕の笑い声を上げる、サイクロプス達。


「退避だ。今すぐサムライから離れろ」


 エンキドゥの警告。


 凛陽は「ハァァァァァァァァァァァァァァアアッ」と雄叫びを上げながら、逃げ遅れたサイクロプスに回転を加えた渾身のかかと落としを炸裂させる。


 頭部の装甲がヒビ割れし、赤く光る単眼が歪む。黒い巨体の脚はひしゃげ、衝撃に耐えかねた床が一気に崩落する。

 凛陽は落ちるサイクロプスを逃がさない。ヒビ割れした頭部に草薙剣を突き刺す。


「悪魔ノ槍!!」


 サイクロプスの黒い巨体、その内側が地獄の業火に包み込まれる。操縦者にとっての巨大な棺桶になってしまった。

 崩落した穴から飛び出す凛陽。そこを三方向に別れた、エンキドゥとサイクロプス二体の待ち伏せ。両肩に担いだミサイルランチャー計十六発と、肩に備えた小型ミサイル計八十発が撃ち込まれる。


 炎で自身を強化して爆発から身を守る。床に降り立ち、サイクロプスの一体を倒そうと駆ける。

 割り込んで襲いかかってくるエンキドゥ。


「ワンパターンなんだよ。ゴリラ」


 凛陽は炎を消し、悪魔ノ尻尾で迎え撃つ。と見せかけて、火焔を纏った回し蹴りで巨漢をバリケードの方へとブッ飛ばした。


「ハァァッ」


 高熱を放つ太刀筋。それを防ぐ黒鋼の両椀。


「ハハハハハハ、神をも殺す兵器なら、悪魔の攻撃なんてヘッチャラだ」

「へぇー」


 凛陽が含み笑いを浮かべ、纏った炎を消す。


「悪魔ノ尻尾!!」


 灼熱の薙ぎ払いが黒鋼の両椀をもぎ取る。


「ハ?」


 何が起きたのか分からないサイクロプスに、踏み込んでからの悪魔ノ尻尾。顔面にヒビを入れたら突き刺す悪魔ノ槍を放ち、断末魔と共に火だるまに変えた。


「よくも」


 サイクロプスの一体が殴りかかる。炎を消した凛陽は懐に潜り込んで巨体を股抜け。支える脚を悪魔ノ尻尾でぶっ壊す。

 仰向けに倒れて動けなくなった巨体。切っ先を向けて悪魔ノ槍を構えると、緑色の光線を撃ち込まれてしまう。

 サイクロプスが太い左腕を凛陽に向けながら走ってくる。

 光線を紙一重で避け。


「悪魔ノ翼」


 真空の刃が左腕を吹っ飛ばし肩口を燃やす。凛陽は装甲ではなく、その隙間、構造上どうしても、脆くなってしまう関節部分を狙い、悪魔ノ翼を放ったのだ。

 片腕になったサイクロプスが向かってくる。凛陽は跳び上がり、残った右腕、その肩口を切断。片足の接合部分を悪魔ノ槍で貫き、巨体を転ばせた。


「はぁ」


 ため息と共に纏う火が消える。


「死ね」


 銃声。凛陽の体を凶弾が貫く。

 仰向けに倒れたサイクロプス。顔面であり搭乗部から出て来た、エンキドゥの部下が引き金を引いていた。それを悪魔ノ翼が切り裂き、焼き払う。


「バッカじゃないの。大人しくしとけばいいのに」


 後味悪そうにしながら、カラフルな包装のバー菓子を取り出す。

 その隙を突かれて、凛陽はエンキドゥに横っ面を殴られ、吹っ飛ばされてしまう。


「撃て」


 指示と同時に、なりをひそめた警備部隊が攻撃を再開。すぐ態勢を立て直した凛陽は炎を纏いながら、その身で受けつつ、辺りに目を配る。


「どこどこどこ」


 あちこちに飛ぶ激しい攻撃。バー菓子なんて簡単に消し飛んでしまうだろう。敵味方構わず飛んでくる射撃に混じってエンキドゥが迫ってくる。

 また殴り飛ばされた。

 倒れまいと踏ん張る凛陽。エンキドゥを気にしつつ再び周囲を見渡す。

 擲弾が地面に着弾し、床に落ちたバー菓子が爆風で宙を舞う。


「あっ」


 小さく叫ぶ。


 エンキドゥの鉄拳が、何十、何百も飛んでくる。サイクロプスとの戦いに思いのほか力を使ってしまい、避けるのがやっとだ。

 まだ無事なバー菓子に向かおうとしたが拳に阻まれてしまう。


「チッ」


 忌々しげに後退しつつ、隠すように何かを握り。

 更に飛び退く。

 唸り声を上げて迫ってくるエンキドゥ。機敏に動く奴の足下に、凛陽はボール大の球体を投げつける。

 発光。


「グゥッ」


 エンキドゥは閃光弾だと読んで目をつぶっていた。すぐ反撃するつもりだったが身動きできない。すると、緑色にネバネバした液状の物が全身に纏わり付いていた。力づくで拘束を解こうと暴れても、ネバネバは絡み付いて伸縮するばかりで、捕らえたものを離そうとしない。


「あ゛ー、メイジ五級の癖に生意気。トールにも使っておけば良かったし」


 呟きながら凛陽はバー菓子を拾いに急ぐ。


 エンキドゥに使用したのは、アルベルト手作りの魔法道具スライムボールだ。ギルガメッシュ率いるギャングのアジトを襲撃する際、ロキとアルベルトから道具を色々持たされていた。


 飛んでくる攻撃を駆け抜けながら颯爽とバー菓子を拾う。

 その包装を破く。

 袋から、色とりどりの果実を白妙の様な色味で練り固めたバー菓子が出てくる。殺伐とした臭いに勝るとろけそうな香り。かじりつくと、深みのある甘酸っぱさが口の中に広がる。

 力が湧き出し一気に炎上。今にも飛び出しそうなくらい体が軽い。


 凛陽が食べたバー菓子は、厳選したシリアルとダグダが作った特性の果物に、生命を活性化するヴェーダのお神酒ソーマを八パーセント混ぜて、彼が持つ大釜で調理してできたシリアルバー。ロキがbabironの倉庫を襲撃した際に盗み出したものだ。


 これならエンキドゥと思う存分に戦える。辺りを探してみると、動かなくなったサイクロプスに、コソコソ隠れて攻撃する警備部隊しか見当たらず。隠れるのに不向きな、存在感溢れる巨漢の影も形も無い。


「あ゛ーーのデカブツーーーーッ!! アタシと戦いなさいよ。見つけたら絶対、フルボッコにしてやるんだから」


 怒りを噴出させる凛陽。そこに光線が飛んできて頬を掠める。


「邪魔ッ」


 指揮官がいないのに警備部隊は攻撃をし続けてくる。攻撃自体は大したことないが、凛陽は悪魔ノ翼でその全てをぶった斬り一掃した。



 上がっては警備部隊を倒し、上がっては警備部隊を倒し、その繰り返しを続け、凛陽は三十二階にたどり着いた。そして、役員室のプレートが付いたドアを蹴破り、ギルガメッシュの武器庫を探していた。


 内装はほどほどの広さに、リザがいた場所の様な豪奢さはほとんど無く、質素そのもの。最低限の物しか置かれてない。

 デスクの引き出しを引っ張り出し、床や壁を叩いていたが、武器庫は見つからなかった。

 凛陽は戦いが無いから、髪を茶色のポニーテールに戻し、制服姿になっていた。


「ショッボ。隠し金庫一つ見つかんないなんて、時間のムダだったのかなぁ」


 つまんなそうに歩き出す。


 背にした壁。そこから突き破る様に伸びてくる剛腕。

 不意打ちに凛陽は間に合わず、壁を粉砕した激痛が背中を襲う。

 これはほんの序の口。咽喉を物凄い力で圧し潰され、むりやり絞首台に引き上げようとしてくる。

 払いのけようとしても、どんどん締まっていくばかりで、黒い大木とも言える腕はビクともしない。

 薄暗い部屋よりも濃いサングラスに、ガッシリして山と見間違える肩幅。


「ラン………ギ…………ィッ……」


 やっと出た呻き声。


「俺はエンキドゥだ」


 殺すまで絞め続ける巨漢。凛陽は必死に奴の鉄板みたいな脇腹に肘鉄をかます。


「…………」


 神でなければ、ものの一瞬で息絶えている裸締め。神だから、凛陽は最期を迎えるまで肘鉄をし続ける。


「無駄だ。サムライ」


 その言葉で凛陽は草薙剣を出して、エンキドゥの足首に、どうにか刺す。


「グッ」


 思わぬ一撃だったのか、呻き声を上げた。空気が、潰れていた気道に流れ込む。芯から熱が噴き出す。茶色かった髪が紅い火に染まる。

 凛陽は改めて、巨漢の脇腹に爆発的な肘鉄をブチかます。


「グゥゥッッ」


 撃沈した呻き声、緩くなった拘束。脱しようと、鋭い蹴りを後ろに放ち、その反動で距離を取った。


「ぁぁッ、マジサイテー。アンタ、デッカイ癖に、存在感無いとかズルすぎない」


 覚醒状態。ちょこんと角を二本生やした、白い小悪魔姿の凛陽が悪態をつく。


「サムライ。ここで始末する」


 角刈りにサングラス、規格外の体躯で、今にも着破りそうなスーツ姿のエンキドゥ。その逞しい腕には、鈍く銀色に光る手甲メガインパクターを。丸太よりも太い脚には、金属的な紫に光り刺々しい竜の鱗の質感をした、ブーツ型の鎧ディープグラビートを装備。今までよりも本気度は上がっている。


「そんな姿じゃなくて、怪物の姿で戦いなさいよ。アンタと言い、ギルガメッシュと言い、どいつもこいつも、アタシをバカにしやがって」


 筋肉の塊であるエンキドゥの体躯が、中腰に。

 ミシッと床が鳴る。

 姿を見失うと同時に、凛陽に過大な重量が衝突。

 壁に叩きつけられた。すぐに巨体が突進してくる。痛みを押して、すれ違うように草薙剣で斬る。


「ハァァッ」


 すかさず、燃え盛る刃を振り下ろす。それを手甲が受け止める。主導権を取りたい凛陽は剣に力を入れる。だが、エンキドゥは床を踏みしめた。

 鍔迫り合いで押してくる力を、ディープグラビートの推進力に変えて、巨体が強引に押しのける。受け止め切れなくなった凛陽は跳ね飛ばされてしまう。


 無様に宙を舞う凛陽。エンキドゥが砲弾の如く迫ってきて、華奢な体を床へと弾き飛ばす。

 壁を激しく揺らす音、天井を打ち鳴らす衝撃。立ち上がれない凛陽に巨漢がのしかかろうと迫る。


「悪魔ノ翼」


 床を転がる様にして、真空の刃を放つ。巨漢を真っ二つに焼こうとする炎、凛陽は押し潰されると言う最悪な事態をなんとか脱した。

 構え直し、火を点け直す凛陽。


「ねぇアンタ。お姉ちゃんが近くのビルにいるってマジ?」


 壊れたサングラス。殺人機械とも言える無表情が標的を捕捉する。


「どこにいても二度と会う事は無い」

「絶対ブッ殺す」


 ぶつかり合う。牽制に悪魔ノ翼、それを剛腕が防御。足りなければ、もう一発。押し切ろうと巨漢が突き進む。

 火炎で視界を奪い凛陽が死角に潜り込み。


「悪魔ノ尻尾!!」


 鎧とも言える筋肉に灼熱の刃が抉り込み、噴火する勢いで斬り上げた。

 火傷じゃすまない一斬に、ごつい口元が笑う。

 カンで逃げると、紅い髪に旋風が吹きつけてくる。それを皮切りに鉄拳の猛打が襲う。凛陽が勝とうと目にもとまらぬ斬撃で応じる。


「アンタ、ギルガメッシュの右腕なんでしょ? あのクソヤロー、お姉ちゃんにいかがわしい事してないよね? ねぇ」


 火炎を、斬撃を顧みず、エンキドゥの巨体が迫ってくる。

 草薙剣が筋肉の壁に喰い込む。正に、肉を切らせて骨を断つ。


「ッハぁ…………」


 凛陽の全身に襲いかかる極大な重さ、戦車を超えた軍艦級の衝突。その前では、断末魔を上げる暇さえなかった。規格外な腰と脚を前面に突き上げ、それを強化するディープグラビートを用いて放ったエンキドゥの膝蹴り。


 容赦ない前蹴りが動けない凛陽を壁へとぶつけた。すぐさま巨体が走り出し、弱っている獲物を今度は天井へと放り投げた。

 ぶつかり、落ちていく凛陽。その上にはエンキドゥが、重々しい巨体を一回転させた蹴りを振り下ろす。

 床へと打ち付けられた凛陽。追い討ちに規格外の体重がのしかかり潰した。


「………………なに、ムキに………………なってんの…………アンタ、薔薇かなんかなの?」


 全身を粉砕され、血反吐やら、薄汚い体液をまき散らしても、凛陽の髪は火そのもの。こうしてへらず口も叩ける。


「お姉ちゃんに嫉妬してんでしょ? ギルガメッシュ様が、相手してくれないから、寂しいんでしょ。ッハハハハ。まぁ、アンタ達は、このアタシが、なにがなんでも絶対ブッ殺すけど」


 血塗れ、汚れた白から不純物が抜ける。再生していく凛陽の肉体。エンキドゥが倒れたそれを乱暴に掴むと、仰向けにして一気に天高くまで掲げる。

 凛陽を奈落へと叩きつけるように。背骨ごと燃え上がる闘志をへし折る膝蹴りを執行。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ」


 再び襲いかかる極大な重さ。致命的な激痛で、身じろぎ一つできない。

エンキドゥが凛陽を蹴飛ばす。自身のデスクごとブッ飛ばし、窓際まで追いやった。


「お前如きの低俗な価値観で、ギルガメッシュを貶めるな」


 いつも以上に重みのある言葉。


「ハッ、意味分かんない。アンタも他の奴ら同様、金で雇われてんでしょ。あんなレディの扱い方も知らない、原始サディストのどこに、リスペクト要素があんの?」


 軽口を破裂音が処した。凛陽の身体が徹甲弾に抉り取られる。


「お前がギルガメッシュを理解する必要は無い」


 撃った。子供一人分に相当する長柄の対戦車ライフルを、エンキドゥが片腕で携え、もう一方の腕でボルトを操作して排莢、次弾装填。


「…………アンタにも……理解できてないんじゃない」


 破裂音。肺に穴が開いてしまうけど、すぐに塞がっていく。


「多すぎる神を殺し、時代を変える男だ」

「プっ、ハハッハハハハハハハハハハハハハハハ。マジ。アンタ、マジで言ってんの? アハハハハハハハハハハ。超ウケるんですけど、ッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 うるさい凛陽の額を徹甲弾が吹っ飛ばし、脳みそをぶちまける。次は心臓を潰し、腕と腿にも大穴を空けていく。


「笑うなら笑え、サムライ。お前達との戦い、天叢雲剣は、今後の礎にさせてもらう」


 対戦車ライフルを消してエンキドゥが歩き出す。

 役員室の窓際。巨漢の足なら凛陽が倒れている場所なんて、あっと言う間だ。


 忌々しげな、低い唸り声。

 神の力を持つ少女は戦いに戦い続け、消耗している筈。それを殺す為にエンキドゥが繰り出した攻撃。その全てが一撃必殺級の攻撃だったと言える。なのに、少女の体は戦う為の姿を取り戻し、近づき難い熱気を放つ。

 鉄拳を握り締める。


「…………ねぇ…………アンタはなんの為に戦ってんの?」


 静かに闘志燃え立つ戦士の瞳が、執行人を止める。

 黙さず口を開いた。


「……俺の友達の夢を叶える為だ。人間が今以上に、生きている価値を実感できる世界」


 エンキドゥの巨体を真空の刃が斬り裂き、炎上した。

 神々が支配する今の時代に、不満なら大いにある。時代を変えると言う大義名分のつもりだろうが、身勝手な都合には変わりない。


「バッカみたい。そんな、イミフな事の為に、アタシ達は犠牲になったって言うの!!」


 憤怒と共に烈火を纏い、復讐者として顕現する凛陽。


「神器を渡さなかった。今の時代を受け入れた」


 鉄拳が襲いかかる。凛陽はかいくぐりながら、横へと動く。


「アンタ達の押し付けなんてゲロ以下。クソ喰らえ!!」


 刹那。巨漢の体が斬れ再び炎上する。

 戸惑う僅かな隙を突いて凛陽が背後に回り込んだ。そこに、薙ぎ払ってくる裏拳が。予想していたのか身軽に跳躍。頭上を舞い、草薙剣が空を切る。


 逞しい肩が斬れ飛び散る火の粉。

 凛陽はエンキドゥの正面に降り立ち紅蓮の一太刀を浴びせる。だが、近距離で放った悪魔ノ翼の命中で欲ばり過ぎた。その代償に、巨木を振り上げたとも言える蹴りをまともに貰ってしまう。


 まだまだと凛陽が距離を詰めていく。それを、殺気に満ちた中段蹴りが阻み、素早く膝を曲げて、再び放つ顔面を狙った蹴りが牽制。


「デカブツの癖にィ」


 草薙剣で空を突き上げ、エンキドゥの肩を燃やす。巨体の態勢を崩し、凛陽が一気呵成の勢いで迫る。

 唸り声、力任せにメガインパクターで床を叩いて衝撃波を起こし、凛陽を止める。エンキドゥは、ブーツ型の鎧ディープグラビートに溜め込んだ力を解放、瞬時に飛び出し。強烈な膝蹴りで相手を壁に。


「そんなもん、ぜっんぜん効かないんだから」


 襲ってくる鉄拳の猛打。炎を纏わず、ギリギリで避け、灼熱の斬撃を返していく凛陽。防御に回さなかった力を全て攻撃に注いだ捨て身の戦法。


 パンチを一歩退いて回避、すぐに潜り込んで大火を纏った悪魔ノ尻尾を放つ。

 逞しいエンキドゥの右腕が防御し、激しい炎に包まれる。草薙剣を直に受け止めた手甲メガインパクターは、両断する勢いに耐えきれず、硬い装甲に亀裂が走り壊れた。


「このまま、アンタの右腕をブッた斬ってやる」


 業火を放つ草薙剣が厚い皮を両断していく。だが、装甲よりも硬い筋肉に阻まれてしまう。


「ガァアアアッ」


 咆哮。エンキドゥが床を踏みしめる様に蹴ると、ブーツ型の鎧に溜め込んでいた力を推進力にし、斬り込んでいる凛陽を瞬く間に壁の方まで叩きつける。


 間髪入れずに鉄拳と拳による怒涛の乱打。

 打ちのめされ、炎が消えてしまった凛陽。


 エンキドゥによる喉輪締めで呼吸も満足にできないまま、天井へと放り投げられ、巨大な黒い旋風となった飛びまわし蹴りを喰らってしまう。


 壁ではなく、頑丈すぎる窓へと衝突。

 辛うじて意識を保っている。火は出せない、草薙剣は握ったまま。

 エンキドゥがトドメを刺しに迫ってくる。


 残された力を意識に集中する。ここで完全に意識を失えば、即ち死。

 巨漢の一歩が床を鳴らす。その衝撃がはっきりと伝わってくる。

 雲間から月光が現れ、凛陽を照らしだす。


 姉時雨に会いたい。その一心で頼りたくないロキに頼り、裏切ったアルベルトを許し、向かってくる者を大勢焼き払い、トールの電撃を耐え、ここまで戦い続けた。だが、ギルガメッシュの右腕エンキドゥに、今撲殺されようとしている。


 姉時雨を守りたい。それには、ギルガメッシュを絶対殺さなければならない。その為にも、神ではない怪物エンキドゥくらい、余裕で倒せなくては。自身を蘇らせる為に、大事なものを失った姉時雨を助け出す事など到底できない。


 近づいてくる強面。これから獲物を仕留めようと言うのに、息一つ乱さないで興奮しない様子は、ただ粛々と処刑を執行する殺人機械。


(お姉ちゃん)


 顔面を潰そうと放つ鉄拳。動こうとした凛陽はよろめく事で、直撃を免れる。だが、もう一方の手で肩を掴まれ、ぐいっと引き寄せられてしまう。


 首を絞めようとする。体が自由になった、その僅かな隙を利用して一気に発火。

 虚を突いた凛陽。天井を見上げるようにしてから、エンキドゥの顔面に執念の頭突きをブチかます。


 巨漢が不意打ちに呻いた。渾身の膝蹴りを腹に放ち意趣返し。草薙剣の柄で、もう一度顔面を引っ叩き。

 反撃される前に奴の股間を蹴り上げる。


「グゥゥッ」


 痛みに身悶えながら、距離を取ろうとエンキドゥが後退していく。


「逃げんな、デカブツ!!」


 絶好の勝利の機会。凛陽は草薙剣で直に斬るよりも早く、自身に出せる最速の太刀筋で空を十字に切り裂く。


悪魔ノ十字翼デヴィルスウィング・クロス


 エンキドゥの強靭な体が十字に斬り裂ける。できた傷口から炎が溢れ出し、内側まで焼き払っていく。


「悪魔ノ槍!!」


 突撃する凛陽。燃え盛る十字の中心、そこを押し広げんと灼熱に包まれた草薙剣を抉り込ませる。

 自身の肉体から業火が噴き出してもなお、剛胆にもエンキドゥは刃を引き抜こうとする。


「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 この勝機をものにしようと凛陽は押す。

 山を押すみたいに巨体はビクともしない。


「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 姉時雨を助けたい、その一心でありったけの力を出して猛火を纏い。草薙剣を突き刺そうと押し込む。

 エンキドゥが僅かに持ち上がる。

 猛火の槍となった凛陽は、神の僕である怪物を完全に仕留めようと突き進む。


 向かう先は散々叩きつけられた壁では無い。エンキドゥが現れた壁、その向こう側にある隠されたものごと、全て焼き尽くしに。


 壊れた壁を焼き払い、暗く狭い通路を炉に変えて、火葬まで後少し。

 おびただしい数の武器が詰め込まれた棺桶に、エンキドゥと全力の猛火をブチ込んだ。


 煌々とした真っ白い光り。

 大爆発。



 着る事を強制させられたブルマ姿の時雨。両膝に手を当て、息を切らしている。

 babironの製品試験場。ギルガメッシュの存在に慣れ、戦えるようになる為の特訓をしていた。


 確かに、存在には慣れてきた。姿を見ても、動機や息が詰まる事は無くなったし、食堂の隅でリザの陰に隠れる必要も無くなった。だが、着させられている服を着ない、天叢雲剣を向けられないし、罵る事もできない。


「終わったか」


 冷然とした声と気配に鳥肌が立つ。それでも、なんとか見上げる。

ギルガメッシュが時雨を踏み付けるように見下ろしていた。


「朗報だ。ヤキトリが、この俺の目の届くところで、騒いでやがる」


 凛陽。理解するのに時間を要した。


「来いよ、ノロマ。テメェの妹の死体が、また見れるぞ」


 その言葉に背筋が凍りつきそう。

 促すギルガメッシュは壁の様に大きな窓の方へと歩いていった。時雨はついていく事に躊躇したが、胸の奥から訴えかけるざわめきに従い、後をついて行く。

 解析室と同様、入り組んだ回路模様の床を歩いていると、遠目で見ていたリザが異変に気づき、時雨の方へ駆け寄る。


「どうしたんだ?」

「…………凛陽が近くにいるみたい」

「マジか。あの娘、無茶しかしないからな」


 窓から見渡せるビル群。その中で一番手前側のビルは真っ暗なのに、時おり花火が上がったように明るくなる。


「ギルガメッシュ。せっかくかき集めた大事な武器が壊されようとしてんのに、ずいぶん余裕じゃないか」


 余裕な佇まいで、戦場となったビルを眺めている。その様子をリザは挑発した。


「バスティナードゥがヤキトリを始末する」

「そう上手くいくかな。アンタの右腕は、そのヤキトリに負けたんだ」


 呆れる様に薄く笑う。


「あんなのスパーリングだ。五十パーセントも力を出せば、ヤキトリなんざ捻り潰せる」

「ハッ、ずいぶん信頼してんだな。でも、凛陽ちゃんが暴れて、お前の大事なコレクションを万が一でもブッ壊したら、右腕の意味が無いんじゃないか?」


 一笑に付す。


「ヤキトリのする事はムダだ。あそこにあんのは有象無象。俺の神器なら、このビルの地下三百メートルにある頑丈な金庫の中だ」


 距離を取って、心細そうに戦場を見ている時雨。初めて聞く重要な情報を記録しようと、メモ帳を探してみるが、今手元には無い。

 窓にギルガメッシュが映り込み、うろたえている様子を嘲笑う。


「ノロマ。俺の金庫に興味があるなら、特別に教えてやるが。テメェ如きじゃ、五重のセキュリティは突破できねぇし。オルハリコンと一流の防御魔法も壊せねぇ。神器なら、殺す時にいくらでも見せてやる。だから、安心しろ」


 時雨は恐る恐る質問を投げかける。


「ご、ご、五重のセキュリティって、何?」

「ナンバーワンの俺自身が鍵なんだよ。俺を殺したら手に入るぜ」


 できないだろうと悪辣な笑みを見せてやる。

 戦場となったビル。その上部にある窓の一つが紅蓮に染まる。すぐ残り火みたいに薄暗くなると思ったら、今度は眩しい閃光が起こる。

 爆発だ。派手な爆発音は無く、窓枠に収まる爆壕だけが映る。

 舌打ち。


「できねぇ部下の尻拭いをすんのも、ナンバーワンの仕事か」


 呟いた直後、突然跡形も無くギルガメッシュの姿が消え去ってしまう。


「ギルガメッシュ。消えた? ッチ」


 リザは拳を強く握っていた。

 青ざめたままの時雨。知っているからこそ恐怖する。


 リザを救出しに行った日。ロキが足止めしている筈のギルガメッシュが、出入り口も通らずに降って湧いた様に現れた。圧倒的戦力差を前に、アルベルトが炎の壁で逃げる時間を稼いでいた時、壊さず越えた痕跡も無く、突然現れ連れさらってみせた。


 逃げようとした時雨自身も、強引に抱き寄せられたと思ったら、応接室とは違うどこか別の場所に飛ばされた様な、空気が変わった感覚を覚えた後、意識を失ってしまった。目覚めたら四十九階にあるベッドの上だった。


 何も無い所から様々な物を取り出し、タブレットで注文したものが、あっと言う間に厨房に現れる仕組み。これはギルガメッシュの能力をよりどころにしている。それを応用して、自分自身を凛陽が戦っているビルへと飛ばした。


 時雨は背筋の凍る怖気に襲われ、全身から力が抜け、両膝を突いてしまう。


「り…………よ………………」

「時雨」


 リザは駆け寄り、崩れてしまいそうな肩を抱きとめる。


「大丈夫か、オイ。しっかりしろ」


 大きい声なのに遠くなる。時雨は意識が遠のいてしまう。

 凛陽が殺される。ギルガメッシュによってもたらされる苦痛に満ちた死が見えてしまう。

 胸が締めつけるように苦しい。久しぶりに、喉までこみ上げてくる吐き気。

 虚ろになる目。


「………ァぅ………………私は………ノロマだった………………………………」


 打ちひしがれて、零れだす涙。

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