第三章 反撃に向けて(10)

 凛陽が戦っているだろうビルから爆発が見え、ギルガメッシュが姿を消した直後。時雨は悲観に暮れて絶望していた。


「………………私は………ノロマだった………………………………」

「時雨!!」


 肩を抱きとめていたリザが、時雨の両頬を鷲づかんでこねくり回す。打ちひしがれて、停止した思考を動かす為に。


「にゃにぅふるの」

「なにもしてないのに諦めんなよ」


 こねくり回すのをやめて、目を逸らされる前に時雨の顔を覗き込んだ。


「………………」

「お前は凛陽ちゃんを助ける為に、今までガンバってきたんだろ? それを無駄にするなよ」


 胸を詰まらせながら喝を入れる様子に、時雨はつい伏し目がちになる。


「私は……凛陽の死体を見たくないから」

「違うね」


 リザはすぐ否定した。


「いくらメモ帳で、凛陽ちゃんの事が嫌いだって書いたって。心の中では凛陽ちゃんの事が好きなんだ」


 リザが何を言ってるのか分からず、疑問が生じてしまう時雨。


「好き? 心?」


 困惑する時雨をリザが優しく抱きしめる。


「お前が失ったと思っているだけのものだ」


 力強いのに痛くない。むりやり密着しているのに鳥肌が立たない。伝わる温もりは、遥か遠くに忘却していた様な感触で、不快じゃなかった。むしろ、震えが治まって心地いい。


「本当になにもないんなら、私や凛陽ちゃんが殺されるなんて考えられないし、目の前でくたばっちまたって平気だ」


 耳元で優しく語りかけた。


「と思うけど」


 リザは言い切らなかった。言い切れなかった。


「平気じゃない。リザも凛陽も死ぬなんて、だめ」


 可能性の話しだと言うのに、また瞳から、勝手に涙が零れてしまう。


「私はこうして生きてるし、凛陽ちゃんは死なない。あの娘は強い。だから生き延びてくれるし、会う事だってできる。お姉ちゃんの時雨が信じてあげなくてどうすんだよ」


 時雨はざわめいた。自身の奥底から生じる、正体不明の現象。それが何なのか、未だ分からないままだけど。凛陽の為に、今動き出さなければならない事なら理解できる。


「そう、ね」


 懐剣を抜く決意。

 心地いい温もりをそっと離して、時雨は立ち上がる。


「凛陽を助けに行く」


 たおやかな立ち姿を前に、瞳をほんの少し潤ませてからリザも立ち上がった。


「私にも手伝わせてくれ」



 ブルマと体操着から元の制服に着替えた時雨。リザと一緒に製品試験場を出ると、四十九階にある客室でもあり監禁部屋へと戻し、逃亡しないよう見張る為の警備員二人がついて来る。

 廊下を歩き、エレベーターに乗る。

 無言に包まれた狭い空間。四十五階に差し掛かり、もうすぐ四十九階だ。


「ねぇ、お兄さん」


 吐息のかかった艶やかな声で、二十代半ばの若い警備員にすり寄ったリザ。


「なん、だよ」


 アーマー越しでも悪い気がしない感触。警戒しながらも若い警備員の視線は、開いたワイシャツから見える、紅い光りを放つクロスのネックレスと、リザの豊満な胸元に。


「オイ、変な気は起こすな」

「ヒッ」


 時雨は怯えてしゃがみ込んでしまう。四十代くらいのベテラン警備員がリザに銃口を向けたからだ。

 憐れんだ様子でリザはベテラン警備員に微笑みかける。


「ごめんなさい。ちょっと話を聞いて欲しいだけなんです。後、あの娘が怯えてるから、物騒なのを下げてくれると助かるんだけど」


 希望は聞き入れられず銃口はそのまま。


「ギルガメッシュ様じゃなくて、俺達人間なんかに用なんてあんのかよ」


 上目遣いでリザは、か弱く語りかける。


「ご存知かもしれないけど、私達はそのギルガメッシュ様に監禁されて、奴隷同然の扱いを受けてるんだ」

「へ~。取り引きしてそうなったって聞いたけどな」

「私は使用人のつもりだったんだけど。正直、ここでは口にもしたくない事ばかりさせられるんでね。もう疲れちゃったんだ」


 笑うが、苦しみを隠しきれず、痛々しくなってしまう。


「…………辛い……」


 時雨はしゃがみ込んだまま震えて怯えているのに。月光に照らされた薄幸な姿は可憐としか言いようがない。

 エレベーターは目的の四十九階に到着。銃口が下がっていた事に気づき、ベテラン警備員は構え直す。

 時雨とリザ、その後ろに警備員二人がついて廊下を歩いていく。


「けど、これは自業自得なんだ。特にお前の妹は、俺達の仲間を数え切れないほど焼き殺したんだからな」


 辛辣な言葉に時雨は肩を落とす。


「……………ギルガメッシュと……その部下達が……私の家族を…………殺したのが始まり……………生きのこるために…………………ごめんなさい…………」


 切ない謝罪をして、より消えゆきそうな後姿に。ベテラン警備員が若い警備員を睨んだ。


「この娘は不安なんだ。なんたって、今夜ギルガメッシュに、たった一人の妹が殺されるかもしれないんだからね」


 庇うようにリザが話していると、カードキーを備えた玄関に着いた。それをベテラン警備員が開錠する。


「ねぇ、ギルガメッシュもエンキドゥも帰ってこないんだ。ちょっとくらい、私達の話しを聞いたって、バチは当たらないと思うんだ」


 さり気なく、リザはカードキーを使用したグローブに触れる。


「俺達は妹の仇になるんだぜ。そんな奴と一緒にいて楽しいのか?」


 若い警備員がはやす調子で言ってくる。これは、ほんのやりとり。リザはしおらしく、でも悲愴を出しすぎないよう微笑みは絶やさぬまま。


「そうかもね。でも、生きる為に仕方なくやっている。本当は人なんて殺したくない、そんなイイ人だと見込んで、頼んでいるつもりなんだけどね」

「俺、超善人だしな。お話し聞いてもいいぜ」

「戻るぞ。今は任務中だ」


 ニヤける若い警備員は釣れたも同然だが、ベテランの方は自制心が強く、後一押し必要だ。


「……お願い、私とお話しするのも…………嫌かもしれないけど……聞いてくれるだけでも嬉しい」


 おずおずと警備員二人に頼んだ時雨。淡雪よりも儚い佇まいには守ってあげたくなる愛らしさがある。


「分かった。アイツがバカな事をしないか、見ないとな」


 二人の警備員に物騒な魔法道具のライフルを玄関で置いてもらい、リザと時雨はリビングへと案内する。


「おっ、広いね~。なんだ、パーティにはピッタリだ」


 はしゃいだ様子の声に居心地が悪くなる時雨。それを見たベテラン警備員は静かにしろと若い警備員を小突く。


「せっかくお茶を飲んで、くつろぐんだし。その堅苦しいアーマーも脱いだら?」


 艶っぽくリザが促してリビングを出て行く。案の定、よからぬ期待でワクワクしている若い方から脱ぎ出し、少し遅れてベテランの方も装備を外し終えた。


「どうぞ、座ってください」


 立ったまま、待っていた時雨に勧められて、二人は歩き出す。

まず見ることは無いであろう、二十人掛けのソファに少し戸惑っている。警戒心は薄く、下心は濃い。同情は油断を誘い、父性からは自制が崩れつつある。


 天叢雲剣を出す。

 自分の意志で戦ったのは、怪物の姿をしたエンキドゥから凛陽を助け出そうと、アサルトライフルを撃った時以来だ。


 胸の鼓動が速くなる中、凛陽が殺される事とこれからする事を天秤にかけたら冷静に傾く。殺気を極力出さぬよう柄と鞘を握り、一気に振りかぶって若い方の後頭部を殴る。

 硬いものと硬いものがぶつかる音。時雨からベテランの警備員は距離を取って、予備の拳銃を向ける。


「らぁッ」


 横からリザによる全力のタックルが入りベテランをソファへと押し倒す。不意打ちの不意打ちで拳銃を吹っ飛ばしたが、向こうは押さえ付けられまいと背中や後頭部を殴り、腹を蹴ってくる。


「クソ、離れろ」

「コイツ、痛っ」


 予想はしていた。だからと言って平気なわけではなく不快、暴力に耐えるリザの姿に臆してしまう。だけど、止まっていたらもっと不快で酷い事に。


 呼吸が乱れる。整え直す暇は、あまり無い。構え直して、急ぐ。

 怒りの形相を見下ろし、鞘つきのまま天叢雲剣を振り上げ、先端の鐺(こじり)で額を突く。

 強烈な一撃に、口をポカンと開けて気絶した。


「……ごめんなさい」


 頭を下げる時雨。


「ぁあ~イテテ。私もちゃんと、トレーニングしとけば良かったなぁ」


 あちこち殴られた痛みをおしてリザは立ち上がる。


「大丈夫か、時雨」

「ごめんなさい…………リザ」


 戦いによる着衣の乱れに、寒々しく震えながら時雨は頭を下げる。


「私が速く動ければ、痛い目に遭わなかった」


 リザが深刻そうな肩を叩く。


「へーきへーき。こんなの、エンキドゥに比べれば大した事ないよ」


 時雨の表情は晴れなかったが、落ち込んでいる暇も無い。倒した二人の服や装備を奪って警備員に変装。背中まで伸びた金糸の髪はリザにまとめてもらった。

 そして、エレベーターに乗って一階へ直行、通用口を目指す。途中、他の警備員と顔を合わせたが、特に気に留められる事もなく、あっさりとビルから抜け出る。



 オフィス街にある小さな公園。そこは、凛陽が戦っているビルへの最短ルートだ。窮地に駆けつけようと急ぐ中、時雨は違和感を覚える。

 遥か遠くの空に、星よりも輝く光が時雨には視える。

 荒々しく燃え盛る力。凛陽だ。


「凛陽」

「マジで!! 凛陽ちゃん無事なのか」


 時雨は頷いた。


「良かった。これで一安心だな」


 時雨とリザは警備員の装備を捨て元通りの格好に。

 凛陽が飛んでいった方へ向かおうとしたら、一緒に歩いている筈のリザの気配が遠い。


「リザ」

「待った。こっから先は別行動だ」


 制する様に伸ばした手。リザはその場から一歩も動いてなかった。

 意味が分からず、時雨は不思議そうに首を傾げてしまう。


「どうして?」

「凛陽ちゃんは逃げる事ができたんだ。ギルガメッシュが戻って来るかもしれない。私が時間を稼いでおくから時雨は追いかけるんだよ」

「だめ」


 すぐに時雨は否定した。


「小細工を労しても、ギルガメッシュが私の姿を確認しようとする可能性の方が高い。いない事が判明すれば、ごまかしたリザは殺されてしまう」


 筋道立てた様な話し方に苛立つリザ。


「殺される? そんなこと言っても、今までなんとかなったんだ。大丈夫さ」


 斜に構えた余裕な態度を見て、恐くなったのか時雨の息が早くなる。


「何か隠してる。行きたくない理由がある」


 鋭い指摘を笑えず、舌打ち。


「正直この先、人間の私は足手まといだ。だから、時間を稼いで、皆が助けてくれるのを信じて待ってるよ」


 笑ってみせるリザ。時雨にはそれが不快だった。誰かが笑う時、どうして表情が変化しているのか、その意味を理解し難かった。だが、今見ている笑顔には死が付きまとっている。


「魔法が使えたら、足手まといじゃない?」

「魔法は関係無いだろ!!」


 無神経に大事なところを踏みこんでいく時雨に、我慢できず怒りをぶちまけるリザ。


「…………アルベルトに会いたくない……から?」


 豹変して怒る姿を前に、時雨は臆しながらも疑問を投げかけた。


「そうだよ!! 私はアルに会いたくない。合せる顔が無いんだよ!!」


 苛烈な激昂。居直ったリザ。


「合わせる顔ならある」

「ハぁッ、アンタ、こういう時にすっとぼけたこと言いやがって、わざとだろ。絶対わざとだろ」

「ごめんなさい」


 頭を下げて謝る様子にリザはますます苛立ってしまう。時雨が悪意を持って冗談を言う娘では無い事を知っているから、よけい腹が立ってくる。


「お前、ほっんっとっ、めんどくせぇな。私がお前の面倒を見たのは罪滅ぼしなんだよ」


 リザは暴言を吐いて突き放した。


「行けよ。凛陽ちゃんに会ってやれよ」


 おもいっきり腕を振ってみせる。動こうとしないから。

 拒絶の意思を目の当たりにして、俯き気味になってしまう時雨。だけど、引き下がろうとはしない。


「……罪滅ぼしでもいい。だけど、リザは足手まといじゃない。ギルガメッシュと交渉できたのも、ロキと凛陽、アルベルトが動けたのも、私がここまで来れたのも、全部リザのおかげ」


 警備員二人を倒した時よりも胸が苦しい。今の状況も不快だけど、このまま行かせれば、もっと不快な事になってしまうだろう。だから、言葉を出し続ける事ができた。

 リザが重々しく、大きなため息をこぼす。


「ああ、お前一人じゃ、本当に何もできなかっただろうな。週に一回どころか、毎日の様に吐いて、胃が蜂の巣だ」

「リザの言うとおり、もしいなかったら、私は殺されるのを待つだけだった。ありがとう」


 嫌味を臆面もなく感謝で返す時雨に、リザの頬が少し赤くなってしまう。


「でも、お前は強くなったよ。最初に会った時よりも。いや……実際………強かったんだし」


 凄まじいうねりとも言える、リザの様子が、じょじょに凪いでいく。


「正直、お前の事は最初、めんどくせぇ、頭のネジが一本取れた奴だと思っていたよ」


 黙ったまま、ただ聴く時雨。


「それなのに、私が教えた事をすぐに吸収して追い抜くし。今じゃ、私にできない事を平気でやってのけちまう」


 口にするだけで、悔しくて、辛くて、リザは苦しくなっていく。


「料理の腕前はリザの方が上。私は追いつくのがやっとで、追い抜いた覚えなんてない」

「お前はいいよな。別にプロを目指してるわけじゃないし。でも、簡単に肩を並べられた、私の立場は? 私こそノロマなのかよ!!」


 地雷を踏み抜かれ、リザの怒りが一気に跳ね上がった。


「いや、いい。それは、私が悪いんだ。でも、気付いちゃいないだろうけど、時雨が先に進めば進むほど………………………………………………………………」


 今度は燃え尽きたように静まり返った。


「私は一人、取り残された気がするんだ」


 泣きじゃくらないよう、声を締めつけて出す悲痛な叫び。

 時雨は息を呑んでしまった。


「一歩も前に進めてない私が、アルにどんな顔して会えばいい? 大事な魔法を取り上げようとした私は、どうすれば許されるんだ。もう私がいなくたっていいんじゃないのか? そんな風に思ってしまうんだ」


 痛々しいリザの姿。物理的な攻撃により誰かが傷ついていく様なら、時雨は散々見させられてきた。だけど、空気の振動である音、人間が備える伝達手段。言葉。それによって傷つくと言う概念は、あの日を境に、理解に乏しくなってしまった。


 だけど、今のリザは、ギルガメッシュになぶり殺しに遭った凛陽に似ている。無傷なのに全身は切断され、内蔵がグチャグチャに抉り出された。最もの相違点は、自身が発する言葉で自傷している事だろうか。


「そう言う訳だ。こっからは、時雨一人で行ってくれ」


 遠くなる背中。


 胸がしめつけられてくる。吐き気も込み上げてくる。このままリザを行かせてはいけない。これと似た状況なら前にもあった。マクスウェル家を張り込みしていた時、現れたギルガメッシュを襲撃した凛陽だ。あの時も、今も、どうすればいいか分からず、行動しあぐねる。


 息苦しくなる中、胸の奥からざわめきが生じる。


「リザを止めたい」


 小さな声で、自身の内側にたずねた。


 もうすぐ、リザが公園を出ようとする。

 背中に突然、大きくて優しい温もり。甘く懐かしい香りが包み込んで離そうとしない。


「……なに………すん、だよ」


 行ってしまうリザの背中を、一気に距離を詰めた時雨がぎゅっと抱きしめている。振りほどこうにも、人間と神の力比べは勝負にならず、逃げる事はできない。


「こうすれば落ち着いたから、リザにも試した」


 強かった力を、優しく、優しく。でも離さない。

 恥ずかしげもなく耳元で言う時雨に、リザは体が火照ってくる。


「バカ…………」


 そう言って、この温もりに体を預けた。


「リザは私に、なにもしてないのに諦めんなよ。って言った」


 返ってきた言葉が突き刺さり、耳が真っ赤。


「だから、アルベルトに会ってから不快かどうかを決めて」


 いかにも時雨らしい落ち着いた語りかけに、頑なだったリザは気が晴れたのか「フフッ」と笑いがこみ上げてきてしまう。


「ハハハハハハハ。そうだよな、会ってないのに、そんなんじゃダメだよな」


 小さく頷く時雨。


「ごめんな。わがまま言って困らせて」


 肩越しに謝るリザ。思い詰めた様子はどこ吹く風、いつもの余裕を取り戻している。


「もう過ぎた事。それよりも、ラガシュ区画へ行くのが最優先」

「ハイハイ」


 公園を出た時雨とリザ。凛陽が飛んでいっただろう方角は、アルベルトがマクスウェルの悪魔を研究しているラガシュ区画。


 夜もいっそう更けてしまい、月が傾き、灯りが減っていく。公共交通機関等を利用したかったが、業務は終了しているし、利用できたとしてもお金が無い。車でもかかる道のりを二人は歩くしかなかった。


 歩き慣れてないリザは息が上がり、踏み出すだけでせいいっぱいになってくる。


「……はぁ」

「リザ、大丈夫?」


 前を行くから、時雨が気にかける。


「だいじょうぶ。いやぁ、ジムでもうちょっと動いときゃよかったな」


 リザは軽く手を振り、大丈夫。

 夜には目立つbabironの黄色い車が止まり、ヘッドライトが二人を照らす。察知した時雨は、振り向き様に天叢雲剣を腰だめ、臨戦態勢。

 窓が下がる。


「おやぁ、こんな時間に歩いていると、狼に喰われるって、おとおちゃんから習わなかったのかなぁ~」


 ふざけた調子の話し声。出てくる銀色の髪。赤い瞳が妖しく、こちらを見つめてくる。


「ロキ」


 呼ぶと、笑みが浮かんだ。


「俺をご存知とはうれしいねぇ。いくせいそうの時を越えて、世界中のあちこちを笑わせてきたこの俺が、なんの因果か、今ではbabironの下っ端ドライバー。それでも自由と引き換えに手に入れた、この車(オンボロ)。とりあえず、立ち話もなんだし、乗ってく?」


 ぶつけたのか、車体があちこちへこんでいた。


「一流とは言わず、せめて三流のドライバーにして欲しいんだけど、ぜいたくは言えないか」


 不安を口にしながら、リザが時雨の隣に座ると、やはり的中。車はアクセル全開、急発進して真夜中の街を走っていく。


 深夜のコンビニに駐車したbabironの社用車。ロキ、時雨とリザは、買ってきた食事を車内でとりながら、情報交換をして状況を把握した。


「凛陽とアルベルトは飛ばされた。ロキがギルガメッシュを凍らせて、社用車を盗んでラガシュ区画からシュメール区画まで来た」


 時雨はメモ帳に要点を書きこんだ。


「なんで、凍らせたのにブッ壊さなかったんだ? そうすりゃ、ケリが着くのに」


 リザの不満そうな態度を見て、冷たくツマラナサそうに肩をすくめるロキ。


「んもぉ~素人はこれだから。壊したところで、ま~た復活。第二ラウンドときたもんだ。こちとら疲れてヘっトヘト。俺が逃げてなかったら、お前さん達は会いたい奴と地獄で再会してるぜ。きっと」


 車内の中央にあるスピーカーからノイズが鳴りだす。


「あ? ご機嫌なミュージックも、飛行機のエンジン音も聞こえてこない癖に、怪電波でも拾ったか?」

「オーディオでもなけりゃ、ラジオでもねぇよ。バカが」


 同じく中央。何も表示しなかった液晶から話している音量が表示される。ダルさが漂う威圧的な声。ギルガメッシュだ。

 聞いただけで、本能的に時雨はすくんでしまう。


「おやおやナンバーワンさん。長風呂でもしてたのかな?」

「雑務をこなしてたんだよ」


 マイクが起動しているのか何もしてないのに会話ができる。

 不服を訴える女の子。金属と金属が擦れ合う音。時おり男の子の呻き声。そのどれもが小さく聞こえてくる。


「凛陽」

「アル」


 久しぶりに聞いた声は窮地に陥っている。そう察したからこそ、二人は反応せずにはいられなかった。


「やはりいたか。手間が省けてちょうどいい」


 なにかが起動する音。


「ぁアアッ」

「ウワァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ」


 電流が流し込まれて、耐える凛陽と悲鳴を上げるアルベルト。


「クソッ」


 リザは怒って助手席を殴り、時雨は辛そうに頭を抱え込んでいた。


「ハッハッハッハッハッ。今の状況を理解したようだな」

「ああ、近くに透ちゃんでもいんのかな」


 軽口を叩き、ロキがすっとぼける。


「ノロマ、光栄に思え。この俺が、直々に決闘を申し込んでやる。明日の二十時に製品試験場に来い」

「ヒュ~ッ。なんだ、デートか、デート。夜景にディナーに、お楽しみか。オイ」


 ロキが口笛を吹いてはやし立てた。


「来なかったら、ヤキトリにマクスウェル家を処分した上で、徹底的にテメェ等を探し出して皆殺しだ」


 ギルガメッシュのいっそう強い語気に、体を小さくしながら怯えてしまう時雨。


「リザ、テメェも来い」


 背中をさすり、気にかけていたところを、呼ばれたから、ついスピーカーを見てしまう。


「来なかったら、両親、アルベルトの順に処分してやる。遅刻すんなよ」


 リザは歯痒そうにする。


「勝負の決着は、どちらかが完全に死ぬまでだ。ノロマが死んだらヤキトリも殺す。シンプルで良いと思わないか」


 勝つ前提の傲慢に満ちた声。時雨は耳を塞ごうとしたが、塞げずにいた。

忘れられているので、空気にならぬようロキが主張。


「なんだよ。俺には招待状を出してくれないのかよ。ケチだねぇ~」

「害虫、安心しろ。今回だけは、特別にテメェも招待してやる。しかも、マクスウェルの悪魔を持って来て、マナーがよかったら、今までの事は清算してやろう」


 指折り計算してみる。


「出血大サービスだねぇ。もし、タダ観したら、どうなんだい?」

「命でまけてやるよ」

「俺がブッチしたら?」

「優秀な部下とヴァルハラが追い詰めるまでだ。さぞかし、肩身が狭いだろうな」


 見下したきざな笑い。対抗してロキも笑う。


「ハハハハ。時雨よりも、この俺と決闘した方がいいんじゃないか? なんたって、俺がお前をアイスキャンディにしたんだぜ?」

「ハハッ。下水道在住、セコイだけで逃げ回るだけの、取るに足らない害虫が、この俺に決闘?

ジョークのつもりか? この俺の方が、まだ面白い事が言えるぞ。ッハッハッハッハッ――」


 ロキが液晶を殴り、笑い声が途切れる。装置の奥にまで拳が達しているから完全に壊れてしまい、もう二度と通話はできなくなった。

 引っこ抜いた腕は、割れた液晶や部品で血に塗れている。目の当たりにしたリザは、驚きのあまり声が出ず。時雨もすっかり戦慄してしまい、息苦しくしている。


「チャンネルを変えるより、耳を塞ぐよりも。こうやって壊した方が、ツマンネェ話を聞かずに済むってもんだ。ハハハハ」


 そう言って、ロキが笑いかけるが、リザと時雨は引いたままだ。


「それじゃあ、俺の面白いトークをラジオにして、ドライブとしゃれこもうじゃねぇか」


 車がコンビニを出て、また真夜中の街を走る。ロキが交通法規と言う概念を知らず、これからの作戦を語りながら運転する。

 危険極まりない運転に、時雨はメモをとりづらそうにして、リザはジョークばかりが耳について、概要が半分くらいしか頭に入ってこない。

 猛スピードで走る車は、大きくふらつかせて対向車線へ飛び出し、すぐ本来走るべく車線に戻る。

 ロキが上機嫌の中、リザがミラー越しに尋ねる。


「なぁ、この作戦。お前を信用してもいいんだよな?」

「どうした。俺は絶賛約束を果たしている最中なんだけどな」


 堂々と意見を言うリザが不安なのか俯き気味に。


「ああ、そうだな。今も、アルを助けてくれようとしてんもんな。けど、アンタはしょせん神(たにん)だ。ギルガメッシュやヴァルハラから隠れるのは、朝飯前だろうし。私らが死んでも痛くもかゆくもない筈だ」


 疑念に、ロキがため息をこぼす。


「そうそう、二手に分かれて、お前らをギルガメッシュに売って、俺はbabironのポストに座るってか」


 自分で言って「ブフッ」派手に噴き出してしまう。


「ない、ない。こんな楽しそうなパーティーの為に、クラッカーを百万発も用意して、二千のかくし芸まで身に付けたんだぜ。ムダにできるかよ」


「何もしなかったら、お前ら死んじゃうもん。バッドエンド確定のゲームなんて、クソゲーだぜ。中古屋も買ってくれやしない。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


「後、俺はカミサマだぜ。そんじょそこらの、ガメツイ神様と一緒にしちゃいけねぇ。人間のお願いをコミットするってもんよ」


「それに、せっかくできた友達だ。俺が運転するハイソなスポーツカーで、ショッピングにBBQ。コロシアムに参加するのも悪くねぇなぁ。最終(ハルマ)戦争(ゲドン)が来るその日まで、仲良くしようぜぇ~。ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ」


 止まる事の無いロキの話しに、リザはウンザリするしかなかった。


「……もおいいよ。どのみち、アンタに頼るしかないからね」


 長い話しを、俯いたまま聞いていた時雨。


「私は…………ロキを信じてる……………………」


 落とした視線の先にはメモ帳が。開かれたページには書き殴った痕。


『不快な存在』にバッテン。


『血に穢れた怪物』は黒く塗り潰し。


『他人』を『妹』に書き換え。


 そして。

『凛陽に会いたい』と大きく書いた。

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