第三章 反撃に向けて(4)
babironの巨大倉庫そのワンフロア。天井に床、壁に塗られた夜光塗料が、注文を待つ多種多様な商品の箱を浮かび上がらせる。大小ある箱が一つの塊を築き、それが碁盤の目状に整理されて続いている。
そこに大勢の人間が列を成して入ってくる。みな、アーマーにフルフェイスのヘルメットを被り。商品を壊さないよう、光の魔法がかけられたライフル銃エミジムと、叩いた相手を制圧するスタンロッドを装備。
侵入者に聞かれないよう無線を使い会話する。
「ここに隠れているのは間違いない。各自ヘッドライトを消し、サーモグラフィを起動。侵入者を包囲し、エミジムを一斉射撃。その後確保」
「はい《大勢》|」
指示通り起動。温度が高ければ赤、低ければ青、その中間なら黄と、感知した熱を細かく段階ごとに分けて表示。赤い頭と胸部、黄色い腕や脚で直立した人型なら、babironの警備員。青く平坦なのが床、青く盛り上がった山々は商品。
赤と黄の一群から離れた所で、うずくまる様にしている赤と黄色は侵入者だ。
足音を立てぬよう慎重にゆっくりと散開し、発見した侵入者をじりじりと包囲していく。
「ウワァッ」
真っ暗になった。
突然、サーモグラフィが何も映さなくなったのだ。視界を奪われ、警備員達がパニックに陥りそうになった時。
「ヘッドライトを付けろ」
大声で叫んだのはのリーダー。サーモグラフィと一緒に無線も使えなくなったからだ。
フロアを点々と灯す白い光。
ダンボールの中、小さくうずくまりながらロキがほくそ笑む。一度は補足されていたが、腹に抱え込んだ手作り装置を起動して攪乱した。
複数の足音が近づき、隠れたロキを横切って行く。
(俺はここだぜ~)
舌を出した後、ダンボールを被ったまま、慎重に音を立てないよう立ち上がる。
夜でも映える銀髪に赤い瞳。前を歩く二人の内、遅れて歩いている一人に狙いを定め、素早く背後に忍び寄り、相手の首に腕を回す。
多少呻き声が漏れてしまったが、瞬間的に力を入れたから、気付かれずに一人を倒した。
そして、別の場所に移動。
商品の山に隠れ、警備員三人をやり過ごす。おちょくる様に変顔しても、誰にも気づかれなかった。ロキは動き出し、その中から遅れて歩く者を一人、静かに首を絞めて倒した。
「見つかったか?」
「いいや、箱を開ける事ができたらな」
「やめとけ。マニュアルに従っとけよ」
「侵入者がただの泥棒だったら、楽なのに」
林立する商品群に囲まれ、四人の警備員が侵入者を見つけられない事を話している。
その陰に隠れ、自身の左腕を見つめるロキ。
「退屈そうですねぇ~。そろそろ、新しい能力(チカラ)をためしてみますか~」
ロキが陰から飛び出し、四人に向けて左手をかざす。
コートの袖が赤々と光り出し、そこから小さな粒子状の魔力が発生。左手の前に集約し、赤い魔法陣が浮かび上がる。
「ハロー」
魔法陣から四発の火炎弾を発射。それぞれに命中し、爆炎を上げる。
「諸君、キャンプファイヤーは楽しんでくれたかな。ハッハッハッハハッハッハッハ」
黒煙が治まる。ロキの不意打ちを受けた警備員達だったが、アーマーはほぼ無傷。
「あらら」
「撃てッ」
エミジムを構え一斉掃射。銃口から光の棘が無数にばら撒かれる。
攻撃を「いてててて」と体中に浴びながら、ロキは商品の陰へと逃げ込んだ。
激しい銃声。隠れているロキの頬や左肩、脚に光の棘が刺さる。商品は攻撃の余波で崩れるどころか動いておらず、当たればできるだろう傷や穴さえない。
「イッテェー。マジかよ」
エミジム。babironにとって大事な商品を壊さないよう、無機物をすり抜け、生物だけを攻撃する光の棘を放つ。だから、遠慮なく攻撃ができる。
反撃を諦めて逃げる事を選んだロキ。
「侵入者だ」
応援が来るよう連呼して叫び。エミジムを撃ちながら追いかけてくる。
たくさんの駆けつけて来る足音。
「カナブンみたいにブンブンしてんねぇ」
ジグザグに走っても、あちこち刺さる光の棘。ロキは痛みを堪えて左腕に集中、今度は赤ではなくて青緑色に輝き出す。
左手の先にでき上がった青緑色の魔法陣を、発動しないよう力づくで押さえ込む。まだその時ではないからだ。
薄明りでも目立つ赤いトマトのダンボール。商品の山の上で、それが口を開けている。
押さえ込んだまま、左に体の重心を傾けて、曲がり角を一気に曲がり抜ける。勢いを利用しながらUターン。追いかけてきた警備員達を迎え撃つ。
左腕を払うと同時に魔法陣が浮かび上がり、強風がダンボールを吹き飛ばす。
警備員達に降り注ぐトマト缶と、それに伴う転倒で、床を真っ赤に染める。
「防虫効果もあるとは驚きだ。後でリザにも教えてやるか」
そう言ってロキは煙幕を使用し、このフロアのどこかへと隠れた。
ロキに頼まれた魔法道具をアルベルトが作る。それが決まった直後。
「アリー。俺は魔法使いになりたい」
真顔のロキに、アルベルトは何を言ってるんだと戸惑ってしまう。
「聞こえてるよな、アリー。この俺を、神がアッと驚く、稀代のナンバーワン魔法使いにしてくれって言ってんだよ」
必要以上な動きでアピールしまくってくるロキ。いつも通りと言えば、いつも通りだが、無茶な話だとアルベルトからため息が。
「無理です。魔法は人間のものです。神であるロキさんにはできませんよ」
はっきりと否定した。
「おもんなッ」
マズイものを食べて吐き出したくなるくらい、苦々しい顔をするロキ。
「お前、そんな当たり前の事を、当たり前のように言ってんじゃねぇーよぉー。魔法使いだろ魔法使い。常識なんてムシしてナンボでしょうよ。それを無理だななんて、ぁぁツマンネ―」
ツマンなさに激しく嫌悪したダメ出し。三文芝居的な喜劇さは相変わらずだが、平凡に屈してしまったのかと言う哀愁を漂わせている。
「しょうがないんですよ。例えば、お知り合いだと言う、ヴァルハラの雷神トール。彼は雷そのものと言っていいでしょう。そのものだから、雷を自由自在に扱えるんです。だから、水や土等の違う属性は操れません。この事はロキさんが一番ご存知の筈です」
アルベルトは正当性があるから食い下がってしまう。
「フーン」
何かが高速で横切りそうな返事。
「だったら、俺のあり余るパッワァーを、アリーの魔法で魔力に換金すりゃいいんだよ。そいつを利用して、メモった魔法をジャンジャン発動させてみ。きっと楽しいぞ~」
腕を交差して作るバツの字が交換を示す。
それを見たアルベルトは、目からウロコ。パーッと表情が明るくなる。
「スゴイ!! 確かに。僕たち魔法使いは、神から溢れ出る自然の力を使っているわけだし、それを別の属性にだって変えられる。なら、ロキさんの力を条件に、その力を変換できる魔法を作れば、できるかもしれません」
ロキは魔法ができると言う期待でワクワクした様子だ。
「よ~し、これで俺も晴れて世界一の魔法使いとしてデビューできるわけだ。悪ぃなアリー、一歩どころか百歩先も行っちまってよぉ。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
アルベルトは聞き流しながら髪をかいた後、慎重そうに口を挟む。
「ちょっと待って下さい。あくまでロキさんの力を、様々な属性に変えられる様にするだけであって。ロキさんが神のままである以上、魔法使いのように自然を操る事はできません」
しまったと、ロキは顔色を真っ青にしてガッカリ。体中を震わせながら狼狽える。
「べ、べつに、魔法なんて使えなくても、お前より俺強いし。た、ただ、あの光る、魔法陣とか出せたらカッコイイじゃん。と、と、とっ、とにかくお前は作りゃいいんだよ」
強がる様子に、アルベルトは笑いをこらえきれない。
「わ、わかりました」
あんまり笑いすぎると、後が怖いので切り替える。
「それで、何に魔法をかけますか?」
「それなら、ピッタリなモンがある」
そう言ってロキが作業台の上に置いたのは、使い捨て手袋。ご家庭から工場まで幅広く使われている、腕まで丈のある透明な物だ。
「ぇええエエエッ。これを魔法道具にするんですか?」
アルベルトの驚愕と悲鳴が部屋中に響く。直後「ウッサイ」と、シャワーを浴びている凛陽から怒鳴られる。
「ハハハハハハハハ。怒られちまったな」
「怒られちまったな、じゃないですよ~。なんで、使い捨て手袋なんですか? 指輪や腕輪、ネックレスの方が材質的にも丈夫ですし、やる方としてはイメージしやすいんですけど」
弱気だが、言う事は言うアルベルト。ただし、相手が妥協してくれるとは限らない。
「なんだよ。神器なら納得か~。てっきり透明人間の腕かと思ったんだが。ケッ、給料三か月分はたいたって壊れるんだ。スキルを極めりゃ一生モンの財産になるぜ」
「そりゃ、壊れますけど。こんな手袋のどこがいいんですか?」
「おいおい、透明ってところを忘れんな。それに、魔法をケツから出せってか」
そう言ってロキは、使い捨て手袋を左手にだけ装着。カッコをつけてみせる。透明とは謳っているが、本当に透明と言う訳ではないから、そこだけ白っぽく浮いてしまう。
妙なこだわりに、アルベルトはついていけない。
「僕としては面積が多い分、まだパンツの方がやりやすいんですけどね」
おもむろにロキがベルトを緩め、社会の窓を全開にしようとする。
「ちょ、ちょっと、そのパンツじゃ――――」
アルベルトは作業台に身を乗り出して止めに入ろうとする。だが、慌てているのと身体能力の低さから、バランスを崩してしまい床にダイブ。
見上げたら、堂々と局部を隠さず、仁王立ちするロキ。
「パンツなら、それ使え。俺が風邪引く前に完成させようじゃないか。ッハッハッハッハッ」
「遠慮します」
見たくないから、床に目を逸らして言った。
「そうだな。それがいい。もし、失敗しちまったら、服を買う服がねぇときたもんだ」
こうしてアルベルトは、透明な使い捨て手袋で、ロキが持つ力を別の属性に変換して、具象魔法が発動している様に振る舞わせる。ややこしい起動型魔法を作る事になった。
作業台で、使い捨て手袋をしたロキに、アルベルトが魔力を込めて魔法陣を刻んでいく。
ロキから発生する黒い自然の力を、魔法陣で別の属性に変換。それを起動条件にして魔法が発動する。なおかつ装着者の意志で、それを制御できるようにしないといけない。
なぜなら、自然そのものである神からは、常に自然の力が漏れている。例えば、火炎弾を発射する魔法だったら、付けた瞬間から魔法陣が壊れるか、自然の力が失われるまで、発射し続ける為、実用性もへったくれもない。
連日連夜、管理の目を欺きながら二人は作業をした。失敗や爆発で落ち込んだ時も、ロキは冗談を言ってアルベルトを励まし、完成する事を信じさせた。そして、改良に改良を重ね、透明な使い捨て手袋を魔法道具にした。
完成品の実践。
「いくぜ、凛陽。俺の魔法を受けてみろ」
力強い言葉に「ハァァアア」とロキが唸ると、左腕が黒々と禍々しい力に包まれる。高まっていく力を解き放つ為。左手を凛陽に向けてかざす。
「
叫びと共に浮かんだ赤い魔法陣。全てを焼き尽くさんと紅蓮の炎に燃え盛り、全てを滅却せんとする火球になりて凛陽を襲う。
チョップで消えた。あっさりと簡単に。
「アーーーーーーーーーーーーーーーッ。俺の魔法がァァァァァァァァァァァァァァァァッ」
「ショッボ。アンタが魔法を使う事より、そのショボさに驚くんだけど」
ロキの火球は大袈裟で、あまりにも弱く、かなり名前負けしていた。
実験に付き合わされ、不機嫌そうにする凛陽。ギルガメッシュが裏で組織したギャングのアジトを潰し、今帰ってきたばかりだ。
「聞きましたか、アリーさん。私達の合作がショボイんですって、威力を上げましょうよ」
ロキはオカマ口調で悔しさを訴える。
「ファァ。むりですよ。これがげんかいなんです。あんていしてるんです」
朦朧としてるアルベルトは、溜まりに溜まった重度の疲労により、作業台の上で爆睡。
呆れたのか、凛陽からため息が漏れる。
「今回ばかりは、アリーがカワイそうに見えるんだけど。いつ寝てんのって感じだったし。弱いし。正直ムダって感じなんだけど。そうまでして、アンタは何がしたいの? バカなの?」
冷たくする凛陽をロキが笑い飛ばす。
「ハハハハ、今は不死身じゃ食っていけないんでね。とりあえず、スキルアップしたのさ」
左腕が紫色に妖しく輝くと、手から大きな魔法陣が浮かび上がる。
「それに、出せたらカッコイイじゃん」
新しい魔法(オモ)道具(チャ)にロキは楽しそうだ。
暗い倉庫の中。床に塗ってある夜光塗料と、ヘッドライトの灯りを頼りに、二人一組で警備員はロキを捜索していた。
「メイルシュトローム」
ロキの声。勢いよく噴出する水が警備員の一人に襲いかかる。
「侵入者」
警備員達は振り返ると、水が止まり青い魔法陣が消える。ロキが即座に黄色の魔法陣を作り出し、水を被った方に強烈な電撃を浴びせた。
「バチッと行くぜ」
機敏に動くロキ。電撃でフラフラな警備員を盾にして、エミジムを撃ってくる方に向かって突撃。押し倒した相手に、ヘルメットが大きくへこむ程のパンチを炸裂させる。
「悪いな。ネタにも格差社会があるのさ」
倒した後、ロキが歩きながら、ペットボトルに入った炭酸飲料を飲んでいるところに、警備員が一人エミジムを撃ちながら向かってくる。
「ケチケチすんなよ。どうせ売れ残りだろ」
ペットボトルを投げつけるも効果無し。光の棘にチクチク刺される中、青緑色の魔法陣を作りだすと、相手の持っているエミジムだけが吹っ飛んだ。
「アドリブには弱いのかい」
何が起きたか分からない隙に、次々とナイフを投げた。アーマーとアーマーの隙間、防御が薄い部分全てに刺さり、立ち上がれない苦痛を味わわせる。
「お前さんには、エッジの効いたジョークみたいだな」
今度は、背後から襲いくるスタンロッドを、ロキが「危ねぇ」とギリギリ炎の盾で受け止めた。
「不意打ちなんて汚いぞ」
相手の脇腹に鋭い蹴りを放ち逃走。
警備員達は十字路の真ん中に集まっている。物陰に潜んでいたロキが、隠れるのをやめて顔を出す。
「飲み会の相談か? 俺がおごるぞ」
赤い魔法陣を起動。発砲すると同時に彼らは炎上し、飛んできた火炎弾の餌食に。
この戦闘の間ロキは、魔法陣を浮かび上がらせる魔法を多用していた。アルベルトに頼んだ際、これだけは外せないと入れさせたものだ。原理は、ロキが持つ自然の力を光属性に変換して、様々な色の魔法陣を浮かび上がらせる。
メイルシュトロームは、炭酸飲料水のペットボトルにソフトキャンディを入れ、炭酸を気化させて中身を噴出。それを青い魔法陣にくぐらせ、魔法に見せかけていた。
電撃も魔法ではなく、テーザー銃と呼ばれる拳銃の形をした道具によるもの。引き金を引くと、銃口からワイヤー付きの強靭な針が発射され、刺さったものに高圧電流を流す。命中した相手に効果があった理由は、炭酸飲料水を浴びたから感電しやすくなったのだ。
発砲中のエミジムを吹っ飛ばしたのは、束ねたワイヤーに錘を三つくっ付けた武器ボーラによるもの。ロキがそれを陰で振り回し、投擲。錘付きのワイヤーが銃身に絡み付き、襲いかかる強い衝撃に警備員は耐えられず、離してしまった。
スタンロッドの防御に使った炎の盾は、アルベルトが用意した魔法。
十字路で警備員達が燃えたのは、アルコール度数が高い酒スピリタスを撒いたところに、一人をおびき寄せ、仲間が駆けつけたところに、隠れていたロキが顔を出す。赤い魔法陣で注意を引きながら、マッチをベルトのバックルで着火。指で弾くと、山なりに飛んで一気に炎上。
最後は火炎弾の魔法で追撃した。
隠れても、派手な騒ぎに駆けつけた警備員達に、ロキはあっさりと発見されてしまう。逃げようと、追手の足にボーラを投げつけ、ワイヤーを絡ませて転ばしても、相手の数が多いから逃げ切れず囲まれてしまった。
「サイクロンカッター」
ロキの魔法陣から風の刃が複数生まれる。スタンロッドを携えた警備員達は、ほぼ無傷。そのまま殴りかかってくる。
ヒラリ、ヒラリとロキは回避しながら、カウンターの一撃を入れてきたが、多勢に無勢。避け切れなくなりスタンロッドの打撃と電撃を喰らってしまう。
「イッデェー」
一度喰らうと次がさばけない負の連鎖に陥り、攻撃を立て続けに喰らってしまうロキ。
「ムリ、ムリ、スイマセン、調子コいてました。痛ッ、これ以上はカンにんしてください」
倒れてしまったロキは、スタンロッドと蹴りによる執拗な袋叩きに遭い、動けなくなってしまう。
倒したと思い、警備員達は攻撃をやめると、ロキの体を中心に濃い白煙が発生する。
不意打ち。視界を奪われた警備員達に、ロキが次々と打撃を浴びせていった。
「そこだ」
「いや、あっちだ」
「テメェッ」
あちこちから飛び出す怒号。誰が誰を殴っているのか分からない混戦状態。
そこに、エンジン音とタイヤが床を擦っていく音が迫ってくる。
重い衝突音と激痛による呻き声。
「ハハハハハハハハハハ」
ロキの高笑いと共に、フォークリフトが白煙を勢いよく突っ切り、動揺する警備員達を次々と轢きはね、パレットを運ぶ為の爪で薙ぎ倒し、そこを乗り上げ押し潰していく。
「これが荷運び用とか、もったいないぜ。もっと、有効利用しなくちゃなぁ。ハハハハハハ」
フォークリフトが動かなくなる。
「ありっ、故障か? リコールした方がいいな」
警備員が一人、フォークリフトを正面から受け止めたのだ。
「なんだよ。警備員って奴はピザ食って、ブヨブヨしてんじゃねーのかよ」
「撃て!!」
フォークリフトを取り囲んだ警備員達が一斉にエミジムの引き金を引く。無数の光の棘がロキの全身に突き刺さる。
服をすり抜け、体中に穴が空く。次々飛んでくる光の棘に再生が追いつかず、血が流れ続けている。
「イテテテテテテ」
貫く痛みを我慢して、フォークリフトを捨て一気に飛び出すロキ。その直後、周辺で撃っている警備員達を巻き込む爆発が起こる。
大破し、炎上したフォークリフト。倒れている警備員達が起き上がろうとすると、そこに火炎弾の魔法が降り注ぐ。
ロキだ。フロアの端にある、荷物を載せたパレットを収納できる巨大なラック。その一番上から、楽しそうに魔法をバンバン撃っていく。
「バカとなんちゃらは高い所が好きって言うけど。見下ろすのは気持ちがいいから、俺はバカでイイや」
飛んでくる光の棘。それが体に突き刺さる。
警備員達がエミジムを撃ちながら、巨大ラックへと近づいてくる。
ロキは火炎弾を攻撃の主軸にし、風の刃でアーマーを斬りつけ、近づく相手をボーラでこかせ、牽制にナイフをばら撒く。密集してたら、そこに手榴弾をポイと投げこんだ。
しかし、倒しても倒しても、アーマーの耐久力と警備員達の数がロキの持っている武器をいたずらに減らし、魔法を放つ為の力もどんどん減っていった。
最後の手榴弾を投げた後、荷物の山に寄りかかり、スポーツドリンクで一息つく。
「ブハー」
飛んでくる光の棘が休む暇を与えない。ロキが飲みかけのペットボトルを警備員に投げつけると、頭部にクリーンヒット。
「オラオラ、疲れてんだろ。塩分、ミネラルだ。飲め、飲め。ハッハァ」
攻撃をひょうひょうと避けながら、ペットボトルを手当たり次第に投げつけていく。当たれば怯ませる武器となるが、百発百中の命中精度とはいかず、やがて底を尽きる。
「なんだよ、誰も飲まないのかよ。毒は無いけど、人工甘味料ならたっぷりだぜ」
ボーラの錘がヘルメットをへこます。それも品切れ。最後のナイフはペットボトルに穴を空けるだけ。たくさんいた警備員達も片手で数える程に減ったが、ロキの顔から疲労の色が濃く出ている。
「奴も限界だ。前進」
隠れて分散していた警備員達が、攻撃しながら集まり出す。
ロキは回避に徹する。相手の攻撃は物質をすり抜ける以上、隠れるのは無意味だ。ただし、逃げると言う選択肢はない。
動きが鈍る。呼吸が荒い。避けきれないから体中は穴だらけ。大量に出血している。
「ヤッベー」
突然、雨が降り出す。床を叩きつけるような激しい水滴が、倉庫の中で絶え間なく振り続ける。ロキがサーモグラフィを封じた時、巻き添えになったスプリンクラーが復旧したのだ。
ロキが笑みを浮かべて、青い魔法陣を警備員達に向かって誇示する。
「雨………」
「オイオイ」
ロキが魔法で雨を降らしたと動揺する警備員達。戦闘により、火災が発生しているにも関わらず、鳴る筈の警報装置や天井のスプリンクラーが機能しないから、存在自体を忘れてしまったのだ。
「いいシャワーだろ。風呂いらずだぜ」
そう言って、ラックから勢いよく飛び出すロキ。
左腕が黄色く輝き、集まった警備員達の頭上に魔法陣をかざす。
「サンダーボルト・インフェクテッド」
警備員の一人が強烈な電撃を浴びると、周囲も一斉に感電。
悶絶する様子を笑う。
ロキが一回転して着地。警備員達は全員倒れ、雨もピタリと止んだ。
勝因は、警備員達が勝負を決めようと集まった事、遅れて作動したスプリンクラー、足下にまき散らしたスポーツドリンク、テーザー銃の電撃。最後の最後で、ロキに動揺し恐れた事だ。
上機嫌で鼻歌を歌い、踊る調子で、倒れている警備員達を蹴り回るロキ。
「透ちゃんにも見せてやりたかったぜ。特に最後の電撃、ハハハハハハ。さぁて、こっからが本番だ。サボると凛陽にブッ殺されるからな。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
その後、在庫から即席の爆弾を作り出してギルガメッシュの隠し武器庫を爆破。だけど、探し出すのがメンドクサイから、babironの巨大倉庫ごと壊滅状態にした。
ペン立て、ティッシュボックス、資料棚、キーボード、ディスプレイ。そして、捜査官のプレート。どれもミリ単位で几帳面に置かれ、汚すのはおろか動かす事も許されないデスク。
きっちり整えた黒髪に、メタルフレームの眼鏡を光らせ、マウスを操作して画面を変えていくと、理知的に装ったトールの顔が怒りで歪んだ。
「おのれッ!!」
語気を強め、一瞬だけ体中が電流で発光。
インターネット通販サービスbabironの倉庫が、四か所も襲撃を受けた。同社傘下の警備員のほとんどが重傷、その上死者まで出ている。建物は爆発により半壊、中にあった商品の大半が文字通り消し飛んでしまった。
建物としての原形を留めていた場所には、被害者の警備員と取り扱っている商品で作ったメッセージが残されていた。
一か所めでは、素顔を晒した五人の男性警備員が並ぶように寝かされ、共通して笑うように口を切り裂かれている。床には一人毎に血文字で、一文字ずつアルファベットが書いてあり「L」「a」「u」「g」「h」「
二か所めでは、全員アーマーを脱がされ、黒いハットを目深に被り眼帯を付けたオーディンの写真が、全身にピン留めされていた。
三か所めでは、警備員のリーダーが一人。アーマーを装着したままだが、全身にナイフが一本一本隙間なく刺さり、壁にむりやり磔られた状態で発見。
四か所めでは、生鮮食品を保存する為の冷凍庫に全員放り込まれていた。一人だけ、両手を縛られて生肉の様に吊るされていた。
最初の一か所めで注目を集めるのは、スペルの「Laugh」。分からせようと言う意図か、笑う様に切り裂かれた被害者と言う絵図まで付いている。そこから頭文字の「L」を取る。
同様にオーディンのスペルから「O」。ナイフから「K」を取る。
四か所めは、倒した警備員達を冷凍庫にわざわざ移動させたことだ。冷凍庫のスペル「F」をすぐ思いつくが、一人だけ両手を縛られ吊るされていた事に注目。その様子からアルファベットの「I」を連想させる。「I」から始まる氷を意味する「Ice」が浮かぶ。
スペルを順番に並べると「LOKI」ロキが出てくる。
なによりオーディンの写真を使った事から、自身がヴァルハラに何か関係している事を主張している。
(ロキはヴァルハラにいた。簡単な解読だが、やり方は奴らしい、悪趣味で吐き気を催す遊びだ)
一か月前に港で起きたロキによるギャング襲撃。犯行の手口は様々、使用した道具は数え切れず。クレーンを含むコンテナ群に大がかりな仕掛けを施していた。今起こっている襲撃事件と異なる点もあるが、共通している特徴も多い。
生き残った者の証言は全て刑事課が担当した。捜査中を理由に、データベースには記録がまだ無い。トール自ら証言を取ろうともしたが、担当していない事を理由に、バルドル捜査官から取調室の出入りを禁じられた。
ただ、耳に入った噂では、犯人をヘナチョコ、壊れたスピーカー、おしゃべりウサギ、笑う死神、悪魔と呼んでいた。共通して魔法を使うと言うが、火炎弾やビームを出したと言う話しや、仲間を氷漬けにしたと怖がる者、砂利をまく程度だと笑う者、闇属性の毒ガスで建物全体を覆った、目の前で大爆発を起こした等と、使う属性と規模にはばらつきがある。
(奴にとって噂は、これ以上にない武器だ。広げない為にも、一秒でも早く封印する必要がある)
ロキの復活はヴァルハラに所属する神しか知らず、発表はおろか他の神々にも知らせていない。組織としての面子と責任問題も大きく占めるが、相手の認識に付け入ってくる能力である以上、噂に余計な尾ひれが付かれたら利用されて厄介になるだけだ。
トールは腕組みをしながらディスプレイを眺めていた。
babironの倉庫襲撃と同時期に、オーガのランギのアジトが五件も襲撃に遭った。アジトは全て全壊、死傷者多数。被害者全員に共通して火傷と斬撃の跡が見られる。これは一か月以上前ニブルヘイムで起きた、ランギのアジト襲撃と、アパート・ビヨンドの前での大量殺人事件と共通点が多い。同じ者による犯行だろうか。
トールは反社会的組織絡みの事件を見る度、その存在の不毛さに辟易している。
「さっさと摘発すれば良かったのだ」
トールは思い起こす。ロキは何故ランギのギャングを襲撃したのか。
(二つの連続襲撃事件は、どう関連しているかは分からんが、ロキと放火魔は顔見知りと見て間違いない)
被害者であるギャングには火傷と斬撃の跡が多く見られる。しかし、一か月以上前の事件では死因にバラつきがあった。また、最初のアパートでは死体の山を築いたのに、以降の襲撃事件では、倒した相手を作為的に動かした形跡は見られない。
様々な方法による殺害、死体の移動。これは、ロキの犯行と傾向が似ていると言える。
(つまり、一か月以上前に起きた事件では共犯だったのだろう)
ランギのアジト襲撃事件も、babironの倉庫襲撃事件と同様、刑事課が捜査を担当していて詳しい情報は閲覧できなかった。
トール達、治安維持対策課は、鉄道等の公共交通機関の監視と路上のパトロールを強化している。港でのギャング襲撃以降から行っているが効果は芳しくない。
babironの倉庫襲撃が三回目以降になってから、ようやく傘下のセキュリティと共に警護できるようになったが、結局ロキに出し抜かれてしまった。
(奴にとって人に紛れ込む事は、赤子の手を捻るのと同じだ。様々な関係でしょうがないとは言え、施設が分散しているから、こちらが回せる戦力も分散する。その上、狙う施設に法則性を見出せないでいるのが現状だ)
また、二つの事件によって隠れてしまいがちだが、ニュー・ユグドラシルとバビロニアシティでは、左腕を切断された死体がいくつも発見されている。関連も含め、刑事課が捜査中。これもロキの仕業ではないかと、トールは睨んでいる。
「トール捜査官」
「どうした?」
「会議の時間です。トール捜査官以外は、みなさん到着しています」
聞こえないよう微かな唸り声。
「それは申し訳ない」
眼鏡をかけ直し、捜査資料を全て閉じ、パソコンをスリープ状態にしてから、トールは会議に向かった。
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