第三章 反撃に向けて(3)
古びた背の高い本棚に見下ろされ、息が詰まる。夏は熱く冬は冷たい、倉庫と言ってもいい造り。部屋の真ん中にある作業台は小さく、魔法陣を描く紙とメモ、必要な魔術書を置いただけでいっぱいになる。
アルベルトはギルガメッシュに気絶させられてから魔力の消耗が激しかったのか、二日も寝ていた。目覚めると、ふかふかで寝返りも余裕だったベッドから、硬く狭いパイプベッドの上だった。
シャワーとトイレは備え付けられているが、研究と生活、脱走を企てないように監視カメラがあちこち目を光らせ。同じく脱走防止用に、魔法とICを組み合わせたカードを使用しないと開かない、壊す事も困難な重苦しい扉まで取り付けられた。
待遇面も大幅に変わり、ある程度自由に頼めた食事も時間で管理され、内容もみすぼらしいものに。研究に必要な物も、申請書類を出して承認されないと、消しゴム一つ注文できない。
一週間に一度だった報告書も三日に一度に変わり、自由だった起床時刻も朝六時起床に管理され、点呼に来た警備員に文字通り叩き起こされた事は何度もあった。
プライバシーなんて言葉が無い研究室と言う名の牢獄で、アルベルトは一か月以上マクスウェルの悪魔を研究している。
研究の進展は芳しくない。
作業台に広げた魔術書のページをめくるが、頭に内容が入らない。
ため息をついて、薄明るい照明を見上げる。
また、ため息。
抜け殻になり、どれくらい時間が経ったのか分からない。
何かを削る音。部屋の外側から、コンクリートを削る様な音が聞こえてくる。
だんだんうるさくなるから、アルベルトは我に返った。
まだ意識がぼんやりする中、急いで立ち上がるから、作業台に足をぶつけてしまうが、痛みをこらえて、異変が起きている本棚へと向かう。
ガッガッガと削る音がどんどん大きくなって、こちらに迫ってくる。
何が起きても魔法で防御できるよう、身構えるアルベルト。
音が止んだ。
すると、何を言っているのかまでは分からないけど、聞き覚えのある様な男の笑い声と、女の子の甲高い怒声らしきものが聞こえてくる。
もしかしてと、アルベルトは本棚に近づき聞き耳を立ててみる。
本棚から炎を帯びた刃が飛び出し、鼻先を掠める。
あと少しでもずれていたら、床に落ちた燃えている本の様に鼻をもっていかれるか、最悪頭部が串刺しになって即死。生きてても焼け死ぬだろう。
アルベルトが離れている間にも、炎を帯びた刃が本棚を切り取る様にしていく。
一拍置き、今度は強烈な火炎が×の字を描くように本棚を焼き払い、周囲もろともブッ壊した。
「ハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
腰を抜かしたアルベルトの姿を見て、腹を抱えながら笑うロキ。その隣には、炎の様に髪を荒ぶらせた凛陽の姿も。
「ど、どうして? ロキさんに凛陽さん。それに、腕が……えっ、ぇええっ」
ギルガメッシュとの戦いで失った腕を、ロキがグルグルと回してみせる。
「腕? まさか、お前、俺の腕が消えたのを気にしてたの? それで、まさか研究が行き詰ってたんじゃないのぉ~? 詰まってたんじゃないのぉ~?」
耳に手を当てながら体を傾け煽ってくる。
炎を纏った草薙剣を携えて、ロキを横切る凛陽。動けないでいるアルベルトに迫り、襟をつかんで持ち上げる。
「り、凛陽さ――」
おもいっきり床に叩きつけた。
強い衝撃。遅れてくる激痛にアルベルトは悲鳴を上げる。
情けない姿を睨みつける凛陽。
「アンタのせいで、アンタのせいで、アンタのせいで!! お姉ちゃんはギルガメッシュに捕まった!!」
感情を昂ぶらせた凛陽は、アルベルトの顔面スレスレに草薙剣を突きたてる。
「ッ、本当は、アンタを全力でボッコボコにしてやりたいけど、アンタ、ザコだし、特別にこれくらいで許してやる」
床から草薙剣を抜いて、制服に差した鞘に収める。
「…………ごめんなさい」
苦しそうにアルベルトは謝った。
炎の様に荒ぶった髪を茶色に戻し、凛陽がそっぽを向いて離れていく。「ぉお~怖っ」と言いながら、入れ替わる様にロキがやって来て、アルベルトの傍にしゃがみこんだ。
「サンキュ~。お前のおかげで凛陽の機嫌がよくなった」
どう返していいか分からない。
「なんたって一か月以上、コレだぜ、コレ。怖かった~」
ロキが両方の人差し指で鬼を表現してみせる。
ギルガメッシュから逃げる為にロキはビルの下水道を利用した。
だが、一緒に逃げている凛陽は、先の戦いによる致命的な重傷から復活したばかり。逃げている途中で意識を失ってしまう。
ロキは腕を再生させ、単身地上に出た。その後ホテルでシャワーを浴びてから、同じ年頃で茶髪の女の子に声をかけ、金を払って凛陽の代役になってもらい捜査をかく乱した。
女の子からすれば、いちおう二枚目の容姿に、うさん臭いながらも達者な話術、ポニーテールにして一緒に歩くだけでお金がもらえる。しかも、前払いだから断りづらい。
その偽装工作をニブルヘイムまで続けると、ロキは借りていたアパートに戻り、目ぼしいものを漁ってから凛陽の所まで戻った。
臭い場所に放置した怒りを受けながら、下水道を経由してバビロニアシティを抜け、オルメカ・インカの外れ、漁業の盛んなチブチャ区画に入った。
ロキと凛陽はギャングに両親を殺された兄妹と言う設定で、多少の同情を誘い、住み込みで働かせてもらう事になった。
それから三週間。
凛陽は水産加工場で働いている。本当は体を鍛えようと漁師を志望して、高い身体能力をアピールするが、漁に女を連れて行くと災いが起きると言う迷信を持ち出されて、採用されなかった。
陽が昇らない時間に起きなくて済んだが、それでも、臭いや地味な作業が待ち受けている。普段なら文句を言いたくなるところを懸命に働き、男以上に力仕事をする。
仕事が終わったら、凛陽は住み込みのアパートに真っ直ぐ戻らず。人目に付かない海岸まで走り込んだら、覚醒状態になって草薙剣を素振り。悪魔ノ翼を使いこなそうと海に向かって放つ。火力を草薙剣に一極集中する、悪魔ノ尻尾を素早く放とうとする等。姉時雨の救出、打倒ギルガメッシュの為に欠かさず特訓をしていた。
だけど、姉時雨の安否は分からないまま。
一方のロキは漁師として、陽が昇らない内から船に乗り、重たい網を引っ張り、獲った魚を仕分けていた。基本退屈だから自然と手を抜いてしまい、足を引っ張ってしまうが、手先だけは器用なので、網の補修や仕掛け作りでは頼りにされていた。
毎日働かなければならない漁の仕事を、ロキは二日から三日に一度サボる。何をしているかと言うと、凛陽と同居しているアパートに、ガラクタを大量に持ち込み、怪しい液体等を反応させて化学の実験、電子部品の製作に興じていた。
凛陽はロキに何度も激怒した。発生する異臭と寝床の浸食。そして、アルベルトの救出時に発揮した情報収集能力を、姉時雨に使わない事を。
怒られた本人はどこ吹く風。
二人分の給料を勝手に前借りしてパソコンや、様々な書籍を買い漁ってしまう始末。
そんなロキから離れて、凛陽一人で時雨を救出しようと考えたが、考えるだけで実行できなかった。思い浮かぶのは、babironをしらみ潰しに殴り込むか、ギャングを脅して情報収集するしか思いつかない。それではいけない事くらい分かっている。
いたずらに時間だけが過ぎる。いつまでこんな生活をしなければならないのか、凛陽のイラつきは最高潮に達していた。
そんな時、ある情報が流れるようになる。
babironが今すぐにでもバハムートを必要としている。
バハムート、海に棲むモンスター。その肉の上質さは、神の舌をも夢中にさせると言う。問題は希少性の高さと定まっていない生息域。例え見つけ出せても、専門のハンターを全滅させる程の強さだ。
それでも、獲った時の報奨金の高さに、目のくらんだ命知らずが海に出ていると言う。
凛陽がこの機会を活かさなければと思った時、ロキから「バハムート狩りに行こうぜ」と声をかけられる。
黒く厚い雲、荒れ狂う海が大きな漁船を激しく揺さぶる。
「ウワァアアアア」
叫ぶ船長。船の上部にある操舵室は、既に対モンスター用の強化ガラスが割られていた。そこに襲ってくる巨大な鞭の様なもの。
炎の刀が防いだ。
海をも轟かせる咆哮で威嚇するのは、全長三十メートルに、全身をエメラルドグリーンに染め上げた脚を持たない翼竜。
バハムートだ。
ピラニアと爬虫類を混ぜ合わせた凶暴な顔が睨んだ先は、甲板の上で灼熱を纏う覚醒状態の凛陽。しとめようと大口を開け、巨大な高圧水流を放つ。
攻撃を両断しながら防ぐ。その威力の高さに、凛陽は自身が纏う火力を更に上げる。
「ちくしょう、ちくしょう、いつも通りの仕事だと思ってたのに」
高みからわめく船長。
水流を防がれると、凶暴な顔は空を見上げ、凛陽に腹部を見せる。降伏を示しているわけではない。翼にびっしりと生えた鋭利な鱗が、力強い羽ばたきと共に一斉掃射。
「ヒィィッ」
船長は攻撃が当たらないよう屈んだ。多少の攻撃なら魔法のかかった衣服で防げるが、喰らわないに越したことない。
攻撃が途絶えたので船長が顔を出すと、岩山を思わす背中が眼下を過ぎる。
急旋回。船体を切り裂かんと巨体を使った翼の剣戟。寸前で凛陽は回避し、返しに草薙剣で斬りつける。
凛陽とバハムートが睨み合う。
先に動き出したのは翼竜。今度は巨体をしならせ、強靭な尻尾で薙ぎ払う。
凛陽が跳躍すると、代わりに受けた漁船には大穴が空く。
「悪魔ノ翼」
背中と両翼が燃え上がる。だが、浅い。バハムートは宙を舞う凛陽に巨大な水流を放つ。
避けられずに防ぐので精一杯。
水を吐き出し続けるバハムートは、得意である海に落とそうとする。凛陽は落ちまいと抵抗し続けると間一髪、しっかりした船の縁にぶつかる事でなんとか免れた。
バハムートは追い撃ちをしようと凛陽を睨んだまま、全身を縦に回転させて強靭な尻尾を振り下ろす。
凛陽は引き付けてから回避、悪魔ノ翼を放つも、柔い腹部に当たらず、頑丈で岩山とも言える背中を燃やすだけで決め手に欠ける。
甲板から跳びあがった凛陽が勇敢にバハムートに挑んだ。
モンスターを獲る漁船だが、獲るのはバハムートより弱い獲物ばかり。船長と船員達は、話のネタになるだけで、出てくることは無いだろうとたかをくくっていた。
そこに、最近やって来たロキが、陽(あきら)と名乗る少年と一緒に漁へ出たいと頼んできた。人手は多くても構わないと、船長は二人を乗せる事にした。
漁船が沖合に入った。甲板の上で陽が帽子を取ると、ポニーテールが潮風でなびき。いきなり服を脱ぎ出すと思ったら、ビキニ姿の凛陽が現れたのだ。
男の性か、程よくある胸と可愛らしいお尻を前に、その場にいた船長達は喜んでしまうが、すぐに戦慄し、女の子みたいな悲鳴を上げるか、怒号を飛ばしてくる。
船長達は皆、漁に女を連れて行くと、災いが起きると言う迷信を信じているからだ。
凛陽を連れ込んだ事を責められたロキは、謝らずに冒涜的な言葉を言って、船長達が持っている災いに対する恐れや不安を煽ると、穏やかだった波は急に高くなり、晴れやかだった空は一気に暗くなってしまう。
漁船を激しく揺さぶる衝撃。船底に巨大なものがぶつかった。
揺れが治まる間もなく、大量の海水が天高く噴き上がり、豪雨となって降り注いだ時、耳を塞ぎたくなる咆哮と共にバハムートが出現する。
パニックになっても逃げる者もいたが、そこは漁師、ほとんどは戦った。
口から放つ巨大な水流は魔法使いが雷の壁で防ぎ、その隙にもう一人がバハムートの下から水の魔法で拘束。残りの船員は、対モンスター用のショックライフルで一斉射撃。
壁越しに攻撃ができるのは、雷だけは通すと呪文で条件付けた起動型魔法だからだ。
続けても、続けても、倒れる気配は無く、ついにバハムートは力づくで水の拘束を解いてしまう。
巨大な水流と雷がぶつかり合い、張った雷の壁は尻尾の薙ぎ払いで壊され、竜巻をぶつけてもまるで効果が無い。魔法使い達が戦意を失うと、他の船員達も次々と船内に避難していってしまう。
甲板に残ったのは凛陽とロキだけになってしまった。
凛陽とバハムートの戦いで漁船はあちこちへこみ、穴まで空いている。今も沈まないで浮いていられるのは、船自体を対モンスター用に強力な防御魔法をかけているからだ。
「ハハハハハ、凛陽。このままじゃ俺たちゃ仲良くロッカー行きだ。ッハハハハハハ」
ロキは操舵室の屋根に座り、船長以上に高みの見物をしている。
バハムートは狙い澄まし、急降下するように翼で斬りかかっては上空に舞い戻る。凛陽はそれを回避していった。
またバハムートの急降下。
「見切った」
凛陽が一歩退き、岩山の様な硬い背中に、ありったけの斬撃をお見舞いした。
獲物は情けない悲鳴を出して、海の中へと逃げていく。追い撃ちに悪魔ノ翼を放とうとしたけど、やった事が無いので断念する。
「凛陽ちゃん頼む、倒してくれ。船がもたない」
「援護してよ!! 船長でしょ」
弱気な船長を叱咤する凛陽。その隙に、背後から態勢を立て直したバハムートが迫る。
襲いかかる巨大な高圧水流を防御。
「ハァぁぁァッーーーーーーー!!」
驚愕した凛陽。
バハムートが高圧水流を放ちながら、大きすぎる巨体をきりもみ回転させると、もはやドリルかミキサー。猛然とした速さで突っ込んでいく。
「もうおしまいだぁー」
「俺、しぃ~らねっ」
船長は気を失い、ロキは逃げ出した。
舌打ち。炎をかき消しそうな突風、大きく揺れる漁船。釘づけにしてくる水流から自由になっても、眼前まで迫ってきた強大な破壊力を前に、どこへ逃げろと言う。
バハムートの巨体が鉄鋼を吹き飛ばし、船体にかかった防御の魔法を物ともせずに、どんどん抉りながら、高圧水流を放つ凶暴な顔。
好戦的な目つきになった凛陽。腰を落として船体に踏ん張り、草薙剣に力を込めると、纏う灼熱の炎が山の如く。
激突。
炎の山が水流を放つ巨大な嵐を受け止め、拮抗したが、船体を壊しながら突き進んでいく破壊力を受け止めきれず、じょじょに押されていってしまう。
漁船の際にまで追い詰められた凛陽は、歯を食いしばって更に火力を上げる。
バハムートは水流を吐くのをやめ、鋭い牙を剥き出しにしながら更に回転。灼熱さえも突破して草薙剣にまで喰らいつく。
凛陽の体が海に吹っ飛んだ。
漁船は大きく抉れているが、船底までには達していないから沈没を免れ、どうにか浮いていられる。
海中にある船の部品や資材。幸い、バハムートとの戦いに巻き込まれただろう、死体らしきものは見当たらない。
海へと沈んでいく凛陽。
(ああ良かった。誰も死んでなくて)
纏う炎は消えてしまい制服姿に戻ってしまったが、神としての力なのか、呼吸をしてないにも関わらず胸が苦しくない。握った草薙剣も弱々しいが火を灯している。
潮の流れがグルグルと急速に、大きな渦を描いていき。思うように身動きの取れない凛陽を襲撃。体中のあちこちを切り刻んでいった。
バハムートだ。海中で空中と同様か、それ以上の機敏性を発揮し、巨体をきりもみ回転させながら渦潮となって、獲物の周囲を縦横無尽に動き回り、仕留めるまで何度も襲う。
海の中でも体は再生しているが、ダメージの方が上回ってしまう。凛陽はバハムートに反撃しようと、草薙剣を何度振るっても、自身に何度火を点けようとしても、水がとことん邪魔をしてくる。
剣が鈍ってくる凛陽。渦潮となったバハムートの強襲をもろに喰らってしまう。
朦朧とする意識。力を失い動かなくなる体は、暗い海底へと沈んでいく。
草薙剣が手を離れる。つかもうとするが、離れていくばかり。
上からバハムートが迫ってくる。
(サイテー)
死ぬ。水着姿を安売りして、こんな海の底でモンスターなんかに喰われる。そうなったら、ギルガメッシュに捕まってしまい、今も苦しんでいるであろう時雨を誰が助ける。
ヤケクソ。もがきながら水を蹴っていき、草薙剣をつかもうと腕を伸ばす。
バハムートが大きな口を開けて牙を見せる。
あと少し、あと少し、草薙剣が伸ばす手をひらりひらりとかわす。
(役立たず)
グガァアアアアアアアアアアアアアアアッ。
強引に草薙剣をわしづかんだ。
暗い海が煌々と明るくなる。凛陽の体が灼熱の炎に包まれ、ボロボロだった制服から覚醒状態の姿に変わる。
鮮やかに身を翻して、きりもみ回転するバハムートへと突撃。携えた草薙剣からは脈々と迸る炎。巨体を切る為だけの更なる刃を生み出していく。
時雨を助け出す為の手がかり。やりたい放題やってくれた恨みの倍返し。溜まりに溜まった鬱憤。等々の情念も上乗せした猛火の刃で、バハムートに強烈な薙ぎ払いをお見舞いする。
凛陽は追跡しようと水を蹴ったら、地上で跳躍するくらいに動きやすくなる。それでも、再びきりもみ回転をして渦潮になったバハムートには追いつけないが。
海中で動かず留まる凛陽。纏う炎をますます強めながら、相変わらず周囲を動き回っているバハムートを警戒。
熱せられていく海。
バハムートは業を煮やした様に、体当たりをしかけてくる。縦横無尽に何度も何度も。覚醒する前なら避けきれなかった攻撃が、今の凛陽なら簡単に避けられる。その上、パターンに慣れたのか、次々と強烈なカウンターを叩き込んだ。
反撃を何度も受けたバハムートは、力無く回転するのをやめ、逃げようと距離を取りだす。電撃や炎の斬撃にも耐える強い頑丈さを誇る体でも、凛陽の全身から発する灼熱により、沸点に達しグツグツと煮立った海には長時間いることができない。
逃げるバハムートに追いつき凛陽が一閃。動きを止めた巨体のあちこちを、行ったり来たりしながら縦横無尽。こちらの限界まで業火を纏った刃を叩き込んでいく。
漁船から少し離れたところから、噴火を彷彿とさせる巨大な水しぶき。熱湯の雨と一緒に、バハムートの巨体が力無く海面へと落下した。
大きな水しぶきを背に、凛陽が無事だった船首の上に着地する。
「はぁーっ。こんなのに苦戦するようじゃ、あのクソヤロー倒せんのかなー」
纏う炎は消え、髪は燃え立つ赤から茶色に戻り、制服姿でぐったりした様子。
嵐が治まり、穏やかになった海。
「倒したのかーっ?」
舵や計器等の配線が剥き出しになった操舵室から、船長が大声で呼びかけてきた。
「あったりまえでしょ。見ての通りアタシ強いんだから」
凛陽は偉そうに胸を張って言うと、ウィンクまでしてみせる。
静まり穏やかになった海から、低い呻き声が聞こえてくる。
グァァァァァァアアアアアアアアアアアアアッ。
痛々しくも狂気な、けたたましい咆哮が漁船に響き渡る。
「ハァッ? ヤッバ」
見てしまった凛陽は、悪い冗談かと冷や汗をかく。
バハムートが巨体の半分を海に浸けて、翼を広げている。殺意に輝く瞳で漁船を睨み、鼻息は荒く、牙を剥き出しにしてヨダレを垂らしている。
凛陽は草薙剣を出す。
大きな翼が僅かに後ろへとはためく。羽毛の代わりに生えた鋭利な鱗を飛ばす為の予備動作だ。
動き出す凛陽だが、体が言う事を聞かずふらついてしまう。
モリがバハムートの柔い腹部に突き刺さる。黒いケーブルが漁船にまでつながっている事以外は、ごく普通の漁で使うものだ。
電撃。ショックライフルとは比べ物にならない高圧電流が、バハムートの体内を駆け巡り、なぶり殺しにする。
やがて電撃は勢いを失い、完全に治まった。バハムートは海面を漂うだけで、もう二度と目覚める事は無い。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、ッ、獲ったどー」
楽しそうに狂った笑い声。甲板が抉れてしまい、剥き出しになった船倉から見える拳。バハムートのきりもみ回転を見た途端、すぐ逃げ出してしまったロキだ。
横取りされた悔しさから、舌打ちをする凛陽。
「マジ、ムカツク。さっきまでビビって隠れてたくせに。何アンタが、全部やりましたよ的な態度でいんの」
凛陽の言う事に、ロキは体を震わせ引いた仕草をしてみせる。
「おやおや、そのバハムートには、凛陽って名前でも書いてあったか。babironって名前なら見た気がするなぁ。俺はただ『おにいちゃん』として、無二の家族である『妹』を助けたまでよ」
わざとらしい弱々しさに、しれっと気になる単語を二つ並べてくるロキを、凛陽がまた舌打ち。直後に助けられたと言う事実に気恥ずかしくなり、そっぽを向く。
「ありがとう」
耳を赤くして、凛陽がぶっきらぼうに言う。
聞こえたのか、ロキは見上げるように白い歯を見せる。
「大変だ船長。船のバッテリーが壊れちまった。これじゃあ、港まで戻れねぇ」
船倉から、慌てた様子の船員が操舵室に向かって報告する。
「この異様に長いケーブル。機関室から伸びていたが、バハムートに繋がっているぞ」
船員の言った通り。バハムートを感電させたモリの電力は、ロキが船の機関室にあるバッテリーから奪い取った物だ。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。なに、海の男がビビってんだよ。助けを呼べばいいだけじゃねぇか。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
仰け反りながら大笑いするロキ。
怒りで髪を赤くした凛陽が、船首から船倉に勢いよく飛び降り。
「いいわけないでしょうがぁぁぁぁッ」
海へと放り込んだ。
その後漁船は、バハムートとの交戦の連絡を受けた応援により救助され、チブチャ区画の港に戻る事ができた。
ロキはその間、凛陽から漂流の危険に晒した罰として、乗船させてもらえなかった。
港で解体されたバハムートの肉は、babironが約束の報奨金を出して、無事引き取ってもらえた。
報奨金は新しい漁船の購入にあてた。残った山分けされる分は、凛陽の力を秘密にしてもらう事を条件に船長達に譲った。
バハムートの肉はリザの厨房にも届いた。美味しく調理され、ギルガメッシュのディナーとなり、彼の胃袋の中に残らず入った。
リザと時雨はメモ帳を手に入れてから、軟禁されている状況で、行方の分からないロキと凛陽にメッセージを出す方法を考えていた。
考え抜いた末、時雨からbabironの在庫に無いモンスターの素材を、ギルガメッシュの料理に使うと言う素案が出てきた。
世界中の物を扱うbabironが食材を探している。それを聞いたロキがオモシロそうと食いつき、何かするかもしれない。
だが、ギルガメッシュは、自身の食事にモンスター等の超高級食材を使わせない。理由は単純に値段が高いからだ。
その問題をクリアしようと、リザは食事の席で話を振った。
ロキと凛陽が見つからず、マクスウェルの悪魔の進展も芳しくない。その中でギルガメッシュに、食事による気晴らしを提案。ダメ押しに「気晴らしできるのが、真のナンバーワンでしょ」と挑発。
ギルガメッシュは「そうだな」とあっさり。気分転換にバハムートの肉料理をリクエストした。
バハムートの肉が届いた。梱包に使った発泡スチロールには、保存用の氷だけでなくロキのメッセージ入り。
「アリーはどこで悪魔とダンスしている?」
研究場所なら分かっている。送り先も分かっている。だけど、それを送り返すのが一番困難だった。
バハムートを命懸けで獲ってくれた漁師達へのお礼状。その中にロキへの返信を忍ばせる事にした。
だけど、情報の取得にさえ制限がかけられている状況で外部とのやり取りなんて問題外。それでも、連日粘り強く頼んだ結果、検閲付きで手書きのお礼状を出せる事になった。
アルベルトの居場所を直に書けない中、今度は時雨の知恵が生きた。紙の裏面にミカンの果汁でメッセージを書いて、それを乾かす。検閲の時に怪しまれる柑橘系の匂いは、フルーツサラダを作っていたからとカモフラージュ。
漁港に手紙が届くと、微かに残った柑橘系と触り心地の違和感に気付いたロキが、事務所から盗み出した。それを火で炙り、アルベルトの居場所を知った後、偽物とすり替えて焼却。
手紙を届けたbabironのスタッフは、ギルガメッシュの命令でロキと凛陽を探していた。
訳アリだと知っている住民達は、憎まれ口を叩くけど懸命に働く凛陽に好意的だから、話そうとしなかった。強さを間近で見た船長達も、お金を貰ったのと、バハムートを倒したと言う見栄を張りたいから、秘密を守った。
話を聞いたロキがそいつを魚の餌にした後、なり代わり、手がかり無しと報告。次の日にはシュメール区画から北、ラガシュ区画にあるbabironのセキュリティへと侵入。
三日後、凛陽を連れて下水道を伝い、ロキがスクラップから作った掘削機で、アルベルトのいる研究室までトンネルを掘っていくが途中で壊れてしまった。
最終的には凛陽の力に頼り壁を破壊。
「凛陽は最後まで『おにいちゃん』って呼んでくれなかったんだぜ~。ヒドイよな~」
作業台を椅子にして、アルベルトにここまでの経緯を語ったロキ。
「ロキさんに、妹願望があった事は分かりました」
「ハハハ、言うねぇ~。だって、向こうじゃ兄妹設定なんだぜ。それなのに『アンタ』なんだから、いつか人様にカップルだとバレるって、ヒヤヒヤしたぜ」
ロキがジョークを飛ばすと、離れた所にいる凛陽から「死ね」と一緒にぶ厚い魔術書がボンボン飛んでくる。
「今さらなんですけど、思いっきり監視カメラに映っているのに、どうしてセキュリティが来ないんですか?」
「んなもん、映像を差し替えたに決まってんだろ。大変だったぜ。ゼロからお勉強して、睡眠薬仕込んで、ソフト変えてさ。今も絶賛、お前がボ~ッとしてるぜ」
アルベルトは、分かったような分からないような相槌を打つ。
「ところで、どうして僕の所に来たんですか? 遊びに来た訳じゃないでしょう」
不安そうに俯きがちで言うと、凛陽が作業台を叩く。
「責任とってよ。お姉ちゃんとアタシを裏切って、ギルガメッシュにチクった責任をさぁ」
「凛陽さんは引くどころか、殺意剥き出しで戦ってましたよね」
アルベルトは弱々しく反論する。
「ハァッ。あの状況で、クソヤローが逃がしてくれんの。大事な五級のインターンを逃がしてくれちゃうんだ。それとも何? アタシ達は降参すればよかったってわけ。そしたら、死んでるっつーの」
まくし立てる凛陽にアルベルトは気圧されてしまう。
「すいません………………でも、分かったでしょう………失礼ですけどお二人じゃ、ギルガメッシュには勝てませんよ」
震えながら言う様子が、どこか悔しそうだ。
「ヘッヘッヘッ、俺、ギルガメッシュの秘密、知っちゃったんだよね~」
ロキが自慢げに笑う。
「ハイハイ、どうせ、テキト~でしょ」
まるっきり信用してない凛陽の額に、ロキが銃口を突きつける。
「バーン。一回死んだ」
「こんなもん」
咄嗟に奪おうとしたら消えてしまう拳銃。そして、また銃口が額に。
「バーン。これで二回死んだ」
「死なないし。つーかアンタ、ギルガメッシュのマネなんて、いつできるようになったの?」
「転送魔法ですね」
銃を消して指をパチリ。
「ああ、スラム留学で簡単に身に付けたぜ」
「どんな方法よ。もったい付けずに、さっさと言いなさいよ。バカ」
凛陽の抗議を受けて、ロキはつまらなさそうな表情を浮かべて、胸ポケットから札を取り出してみせる。よく見ると、楔形文字が書かれている。
「こいつは、ギルガメッシュの下っ端からパクったんだよ。どっかの武器庫に繋がってるらしくてね。そこにあるもの限定でなら、自由に出し入れできるみたいだ。なんたって、俺が飲み終わったジュースの缶を入れようとしても、入らなかったからな。付喪神に寄付したぜ」
アルベルトはすごいものを見たと、目をキラキラ輝かせて札を見る。
「すごい。元となる魔法が大規模だとしても、この紙一枚を転送魔法の端末にできるなんて」
突然、耳を塞ぎたくなる機関銃の連射音。
「ウワァッ!! な、なんですか」
逃げようとしたアルベルトが、椅子ごと無様に倒れる。
「ハハハハハ」
音はすぐ鳴り止んだ。
「あ~、ごめん、ごめん。やっちゃった」
軽く舌を出して謝る凛陽。その片手には物騒なマシンガンが握られている。
「やっちゃった。じゃないですよ~。ほんと、死ぬかと思ったんですから」
怒っているけど、まだ怖いのか弱々しく。それが可愛く見えてしまう。
「凛陽。マシンガンを撃ってみて、どうだったよ」
「さぁね」
「なんだよ。そこは、快感だろ。あんな、イイ音してんだから」
凛陽はロキの言う事をスルーして、マシンガンに意識を集中させ、消してみせる。
「てか、アタシでも使えちゃうんだ。まぁ、ボンクラ以下のギャングが使ってたし。当然っちゃ、当然か。つーことは、いろんな物が出せるギルガメッシュは、そんだけ紙を持ってなきゃいけないんでしょ。ププププ」
体中のあちこちに札を貼り付けたギルガメッシュを想像し、笑いがこみ上げてくる凛陽。
「しかも、あのギルガメッシュの手作りだって噂があるんだぜ。ククク、毎日夜なべして作ってんじゃねぇの。ハハハハハハハハ」
「アッハハハハハ。それ、マジ。ウっケる。一枚、一枚手作りとか。あのナンバーワンさんがコツコツ手作りって。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
ビリッ。
「ぁああっ」
心痛な悲鳴を上げるアルベルトをよそに、ロキが冷めた様子で札をビリビリと破り捨てる。
「ズリィよなぁ、笑いまで持っていきやがって。babironの倉庫にある分には、ダンボールがチラチラどっか行くだけなのに。武器庫と繋がってんじゃ、俺達が楽しく遊べねぇ」
考えるように「うーん」と唸った後、凛陽が口を開く。
「ようは、クソヤローの武器庫を見つけて壊せば、アタシの大勝利ってわけでしょ」
「正解。この難問をよく解けたな」
「そんくらい分かるっつーの」
バカにされたと凛陽は、笑うロキを少し睨んだ。
「無理ですよ。ギルガメッシュの武器庫は、いくつもの場所に分散している筈です。このバビロニアシティだけでも、かなり広いんですよ。同じ大陸の中ならまだしも、海を越えた場所に保管してあったらどうするんですか? 行くんですか? そんなの無謀すぎますよ」
楽観的なロキと凛陽を見ると不安で、アルベルトは悲観的に言ってしまう。
舌打ち。逆立ちそうなポニーテールと睨んでくる目。
ロキが笑みを浮かべて、アルベルトの肩にポンと手を置いた。
「俺は失せ物探しのプロだぜ。現に、アリーをこうして見つけたんだ。ギルガメッシュご自慢のオモチャ箱だって簡単に見つかるさ」
「ウワァ、超テキトー」
根拠の弱さに凛陽は呆れた。
「オイオイ、当てならあるさ。俺が一人で遊びに行った場所が一件。後は友達作って、他に無いか聞いてみるよ」
「行ったのってニブルヘイム?」
凛陽が疑問を投げかける。
「いや、違う場所」
「それなら、ニブルヘイムを調べない? アタシとお姉ちゃんが潰したオーガのランギことエンキドゥのアジトは、まだ工事中って感じだったし。古いアジトなら見つかるんじゃない」
候補地を挙げる凛陽を見て、アルベルトは胸が苦しくなる。
この一か月間、自身の研究であるマクスウェルの悪魔にも打ちこめず、特に何もせず、ただ抜け殻だった。だけど、ロキと凛陽は動いている。現にこうして今も、次へ動こうとしている。なにより、姉リザも動いていたから、こうして再会した。
(僕は何をしているんだろう)
「バビ、babiron自体は調べないんですか? あそこには魔法道具を作る部署があるんです。それに僕一人を隠せてしまうんです。戦いで使う武器の隠し場所にだって困らないでしょう。後、ギルガメッシュが隠さない場所なら言う事ができます。CEOのエンリルが住んでいるニップール区画と、エアとアヌの影響が強い、エリドゥ区画の南側でしょうか」
堰を切るように話し。アルベルトが息を付くと、ロキと凛陽が一緒になって見てくるから冷や汗をかく。
「なんだよ、アリー。俺の考えをパクんじゃねぇよ」
「なんか、ようやくマシな事を言うようになったってカンジ」
アルベルトがホッと胸を撫で下ろす。
指を鳴らす音。ロキだ。
「決まりだな。俺と凛陽はナンバーワンのオモチャ箱を壊せるだけ壊して、ギルガメッシュで遊んでやろう。アリーは俺の小人ちゃんになりつつ、マクスウェルの悪魔をバーンと披露できるようにしてもらおう。どうだ、楽しそうだろ」
話しが終わった直後、凛陽はあくびしながら背伸びする。
「ハイハイ。アタシは肉体労働、アリーは頭脳労働、そんで、ロキは雑用。とりあえず、やる事も決まったし、明日からアジトを徹底的にブッ潰してやる」
「いい心がけじゃないか。俺も世界中のbabironと言うbabironを、余すとこなく遊び尽くさないとな。ヒャハハハハハハ」
楽しそうに笑っているロキを、凛陽が怪しむ。
「遊ぶのはいいけど、あんまりはしゃぎ過ぎないでよ。普通の客には迷惑なんだから」
「何を言う。俺が派手に遊ぶことで、向こうの小人さんは退屈から解放されんだぞ~」
釘は刺しておいたが、冗談を飛ばすロキに効果があるかどうかは別だ。
「下水クサイし、眠いし。アリー、アンタのシャワー借りるね。後ベッドも」
そう言って凛陽は、さっさとシャワー室に向かって行った。
アドバイスはしたつもりだが、やるとは一言も言ってない。勝手に作戦に加えられ、マクスウェルの悪魔の完成を急がされたアルベルトは、どうしようと口をぽっかり開けてしまう。
「アリー。もっし、もぉ~し。圏外かなぁ~。ここ地下だもんなぁ、電波悪ぃよな~」
ロキに激しく揺さぶられて、アルベルトは我に返った。
「ロキさん」
「オイオイ頼むぜ、アリー。ネタのオモシロさは仕込みで決まるんだって、お前の死んだ
「それ、凛陽さんに言ってください。たぶん、殺されますよ」
冷静な切り返しにロキが笑う。
「死にたくなったらやってみるか」
アルベルトはロキのブラックジョークに嘆息して呆れる。
「僕はやるとは言ってませんよ。それに、マクスウェルの悪魔は全然進んでません」
「ロキさんは僕が守る!! ギルガメッシュが相手でも!!《ロキの声真似》|」
聞かれていた。アルベルトは一気に恥ずかしくなって「ウワァァァァ」と作業台に突っ伏した。
「頼むよ、アリー。俺はそんな夢を見たんだ。正夢にしちゃあくれないか」
「無理ですよ。僕の魔法道具は、ギルガメッシュには通じない」
ロキが「よっこいしょ」とアルベルトの頭を強引に持ち上げる。
口を横に広げ、両目を離すようにして、おでこにシワ四つの変顔。
「ブッふっ」
噴き出されても特に気にしてない。
「嘘っパチもできりゃ、モノホンだ。ね―ちゃんも俺も、アリーを最高の魔法使いだと信じてるんだぜ。だから、最高だ。立派な魔法使いになった所を、リザに見せてやりなよ」
アルベルトはかなわないなと、ため息。
「狸寝入りだったんですか?」
「俺、まくら替わると、寝れない性質(タチ)でさ~。眠りが浅いのか、ずっと夢を見てたわ」
冗談を飛ばす笑みから一転、締まった微笑みを向けるロキ。
「もう一度、俺と一緒に遊ぼうぜ」
差し出される手。アルベルトを魔道へと誘う。
あの日、裏切られても、自分に銃口を突き付け笑っていた。守る必要もない約束を、律義に守っていたロキを、アルベルトは真に神だと認めた。
あの日、ロキはアルベルトに魔法使いの在り方を説いた。もしかしたら、プロメテウスと一緒に魔法を創ったのかもしれない。
「いいですよ。ロキさん」
新しく何かが変わると信じ、少しぎこちない笑顔で、アルベルトはロキの手を握った。
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