第二章 魔法使いと神(6)

 ロキはゲイボルグを探すフリをしながら、アルベルトに作らせた魔法道具を披露し、商談がすぐ終わらないように時間を稼いでいた。ギルガメッシュが葉巻に火を点け出したから、ボスの機嫌を損ねない内に、取り巻き達は商品の入ったアタッシュケースに手を伸ばす。


「ドーン!! お客さぁん死にたいんですか」


 取り巻きの一人がケースを開けた途端、爆発に巻き込まれた。偶然、爆弾を仕掛けといたケースを一番に開けてしまっただけ。でも彼らは、関係者以外が開けたら中身ごと爆発すると思い込んだ。


 とうとうアルベルトの魔法道具は全部披露ネタ切れしてしまった。小さくため息をつきながら、ロキはゲイボルグの入ったアタッシュケースを開こうとした。

 遠くから迫ってくるサイレンに取り巻き達がザワつきだす。


「スミス・ガーランド商会。商談は中止だ」


ギルガメッシュから出てくる終了にロキはすっとんきょうな声を出した。


「ちゅうしぃ? これまたどうして、ゲイボルグですよ」

「ヴァルハラが来たのに落ち着いて話せるかよ」

「そ、そんなぁ。せ、せめて商品を」


 ロキは動揺したフリをして、アタッシュケースのロックを手早く開ける。


「どうでもいい」


 ギルガメッシュが取り巻きの方を向いた。


「後は手筈通りやれ」


 ケースの中には螺旋模様の短い棒。取り出したら長く伸びて、山をいくつも重ねた様な穂先が特徴的。魔槍ゲイボルグだ。


「お客さぁん。忘れ物ですよッ」


 ロキがゲイボルグをギルガメッシュの心臓目がけて投げる。

 狙った獲物一直線に迫るゲイボルグ。肩越しに見るギルガメッシュ。


「つまんねぇ茶番だったぞ。ロキ」


 歪んだ口元。

 命中しようとした瞬間、突然ギルガメッシュが跡形もなく消える。獲物を見失ったゲイボルグは床に突き刺さった。

 不気味な笑顔を浮かべるロキ。名前を呼んだ。この商談が罠だと知りながら、ギルガメッシュは敢えて乗っかっていたのだ。裏をかいてきた事がオモシロくてしょうがない。


「警察機構ヴァルハラのトールだ。大人しく投降すれば手荒な真似はしない」


 トールの警告が埠頭に響く。


「透(とおる)ちゃん。遊んでやりたかったんだけどなぁ」


 銃弾の雨あられ。残されたギルガメッシュの取り巻き達がマシンガンを撃ってきた。ロキは低い姿勢になって逃げ出し、商売道具だったものを盾にしてやり過ごす。


「グズグズしてっと、ハンマーで頭をかち割られるぞ~。それでもいいのかぁい」


 煽りながら、無数の空飛ぶボールペンを放ち弾幕にする。


「ヴァルハラが来る前に始末するんだよ」

「テメェの心配でもしてろマヌケ」


 嬉々として取り巻き達は撃ってくる。多くのゴミを吸えそうな手持ち式の掃除機を抱え、ロキは銃弾の雨あられへと向かっていく。


「さて、海辺の大掃除だ」


 ロキが取り巻き達に掃除機を構えてスイッチオン。ガタゴト壊れた様に揺れるタンク、吸引口から砂煙を大量放出。

 積んであるコンテナの上に乗っかったロキ。ゲイボルグは回収した。呑気に黄土色の光景を眺めながら、苦しそうな咳き込みに耳を澄ませる。


「砂なら海にもあるし、ゴミにならないよね」


 大風が砂煙を吹き飛ばし、取り巻き達が姿を現す。やったのは軍服を着た魔法使い。

 ロキは身軽に動きながら、飛んでくる銃撃と魔法による電撃の矢をやり過ごす。


「雷なら、透ちゃんで慣れてんだよねぇ。ほ~れ、風をお返しだ」


 手に持った丸い小さなスピーカーからうるさい衝撃波を放ち、取り巻き達を薙ぎ倒す。ロキは「じゃあな」と壊れたスピーカーを捨てて逃げ出した。



 コンテナをブロックみたいに積み上げ、来る者を迎え撃つよう囲った。言わば城門に取り巻き達はやって来た。

 上部のコンテナが六か所同時に開いた。マシンガンを構えたロキも六人同時に現れ、取り巻き達を包囲。


「ここは俺の城だ。楽しんでってくれ」


 挨拶とおもてなしのマシンガンを発射。奇襲とロキが六人に増えた事による混乱で、取り巻き達の反応は遅れていい的になる。

 ロキ達は応戦されてもコンテナの中へと巧みに隠れ、すぐ現れ反撃する。

 風が銃撃を防いだ。銃弾よりも、プラスチック製のオモチャの弾の方がたくさん浮かんでいた。


「オイ、アイツ等はマネキンだ。銃もほとんどがオモチャだ」


 魔法使いが電撃の矢を放ち、ロキの頭部を貫いた。穴が空くと同時にプラスチックの真顔は黒く溶け、銀色のカツラは宙を舞う。

 マネキンをロキっぽくして武器を持たせ撃ち尽くすまで撃ったら、装弾リロードの為にコンテナの中へと引っ込み、また攻撃する。大掛かりな装置だ。

 さっきの仕返しと言わんばかりに銃弾と電撃の矢を盛大に放ち、ロキの偽物を六体、完膚なきまでに破壊した。


「探そう。あのペテン師はまだ近くにいる筈だ」


 城門の先はたくさんのコンテナを使用し、複雑に入り組んだ造りと、大量のトラップを仕掛けた迷路になっている。取り巻き達はロキを始末しに入って行った。密かに見下ろし、ほくそ笑んでる本人がいるとは知らずに。



 取り引き場所に止まっていた車を次々とビームが吹っ飛ばしていく。

 発射したのは多角形状の砲身。優雅なレリーフを施した白い球体から伸びている。砲身とコクピットを備えた上部を青く透き通った巨大な鎌状の刃が支え、道路から浮かしている。この乗り物の名前はアールヴァク。警察機構ヴァルハラの神専用パトカーだ。


 アールヴァクが止まると、引き連れたパトカーや輸送車も止まる。

 白い球体の後部から渦が生じ、液状に開いた。そこからトールが鮮やかに降りる。眼鏡と全身白で統一した格好が夜でも光っている。


「トール捜査官。車を破壊して良かったんですか?」

「レッカー車を呼んでいる間に、犯人に逃げられてもいいのか?」

「トール捜査官。海に人が浮かんでいます」

「助けろ。グレイプニルを忘れるな」


 エインヘリヤル男性隊員達は二つの役割に分かれた。洗練された機械的なアーマーと武器を装備した者は突入。軽装の者は拠点の維持と捕まえた容疑者の監視だ。


「ゲェッ、これじゃあ逃げられないじゃん。こうなると透ちゃんに、よぉ、昔のよしみで車貸してくれよっ言っても、ケチだからなぁ、貸してくれないよなぁ」


 物陰からロキが独り言を言っていると、アーマーに身を包んだエインヘリヤル達を率いたトールが、コンテナでできた城門で立ち止まる。


「本当はギルガメッシュで遊ぶ予定だったんだが、透ちゃんでも大歓迎っと」


 簡素なリモコンのスイッチをポチリ。


「装備は万全か? 三人一組は――――」


 突入前の最終確認をしていたトールは隊員達の動揺に気付く。

 港は稼働していないにも関わらず、コンテナを吊り下げたクレーンが突然動き出し、リミッターでも外したのか、とんでもない速さで薙ぎ払おうと迫ってくる。

 跳躍したトール。柄は短いのにズッシリした鎚ミョルニルをコンテナに叩き込んだ。

 港中に轟く激しい雷鳴。隠れていたロキはしゃがみ込んで耳を塞ぐ素振りをする。


「あ゛ーっ、ミョルニル対決は俺の負けかぁ」


 何事も無かったかのようにトールが着地。コンテナはひしゃげ、中にぎっしり詰めた鉄製の重りは潰れた。


「いいか。一人でも容疑者を確保したら必ずここに戻れ。もし、班が二人以下になってしまった場合は近くの班と合流しろ。それができない場合はここに戻れ。以上だ」


 エインヘリヤル達がコンテナの迷路に突入。三人一組ずつ分散し、容疑者を捜索する。



 コンテナの迷路に入ったギルガメッシュの取り巻き達。薄暗く、入り組んだ狭い通路を警戒しながら進んでいた。

 T字路が見えてくると、銀髪にコートの男が走り抜ける。


「いたぞ」


 引き金を引いたが一足遅く、金属と金属がぶつかる音だけが虚しく響く。取り巻き達は追いかけた。その中で先行している一人が、足下に張ってあったワイヤーを切ってしまう。


「キャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 耳をつんざく女の悲鳴が辺りに鳴り響く。その場から逃げ出そうと、先行している取り巻きがT字路を曲がろうとした瞬間。

 爆発。ワイヤーを切ったら爆弾が作動する典型的なトラップだ。


「おい大丈夫か?」

「……あ、ああ。なんとかな」


 爆発に巻き込まれた取り巻きはスーツをボロボロにしながら立ち上がる。


「恵まれてんなぁ。俺なんかベストの一着もないんだぜ。この前よりタフだな、こりゃ」


 上から見下ろし、コートの襟をつかんで戻すロキ。人目を忍び、寝る間を惜しみ、闇市とゴミ集積場、babironから盗んだ商品を素材に、一週間かけて仕込んだトラップのできに不安を覚える。


 分かれ道がいくつもあるので取り巻き達もそれぞれ分散する。

 スーツが二人の軍服が一人の三人で追跡。角を曲がり、少し広めの通路に出たら、ロキが逃げるように走っている。なので、銃を撃ちながら追いかけていく。

 動体センサーが反応し、上に積んであったコンテナがいくつも開いた。木製の槍が雪崩の如く降り注ぎ、追いかける者達の姿は消えてしまう。


 軍服が二人とスーツが二人の四人組みは半開きになったコンテナを発見。慎重に開けてみたら、ロキの姿が。すかさず一斉射撃。すると、四人を一気に吹っ飛ばす強い衝撃が襲う。

 コンテナから四人を吹っ飛ばしたのは、アルベルトに作らせた衝撃を受けると何百倍にも膨らむベスト。それをロキ役のマネキンが着ていたのだ。


「クソッ」


 悪態をつく取り巻き達は追跡を再開しようとすると、地面に仕掛けてあったトラップを踏んだ。粘性の気持ち悪い物が全身に絡み付く。

 身動きできず、悔しそうにする取り巻きの一人を、本物のロキがイタズラ気に突っつく。


「ギャングってのは、蜘蛛の巣一つ壊せないでくのぼう。こりゃあ、掃除屋以下ですなぁ」


 指に付いた気持ち悪いものを取り払おうと、手を激しく振りながら、その場を去った。


 一方、武器取り引きの容疑者を確保する為、隊員達は三人一組でコンテナの迷路を進んでいた。容疑者を見つけ次第、閃光手榴弾で奇襲、撃てば相手を痺れさせる魔法道具ショックライフルで無力化。確保したら、トールと仲間達が待つ入り口まで運んだ。

 また隊員達は、ロキのトラップに引っかかってしまった者達を敵味方関係無しに救出している。


「何人いるか知らないが、奴らの取り引き相手がやったのだろう。動機は不明、だが、手練れである事は間違いない。例え逃げられていたとしても、捜索を終了する理由にはならない」

「了解です。トール捜査官」


 隊員達がトールに敬礼すると、迷路の方から爆発が起こる。

 容疑者を捜索していた隊員達がロキを追跡。中へ逃げ込んだから閃光手榴弾で先制、突入してショックライフルを撃つと、扉が勝手に閉まり、すぐに中の爆弾が起動したのだ。


「いいか、私達の仲間は最新のアーマーを着ているのだから生きている。そして、容疑者を必ず捕まえる。ヴァルハラの威信を守る為に」


 怯える部下達を言い聞かせるトール。僅かに震える体から電流を発していた。


「………は、ハイ」


 隊員達はすぐに三人一組を編成して迷路へ突入する。


 トラップに引っかかる様子を様々な場所から眺めていたロキだが、数も減ってきたので自ら動く事にした。

 隊員達が袋小路に入ると、上部のコンテナが開き、アルベルトの作った暴れる火の玉ウィスプ、その改良版が大量に落下。メチャクチャな軌道で跳び回る火の玉が動きを封じる。

 ウィスプが全て燃え尽きた。


「ハァ、みんな、大丈夫か?」

「いちおう。近くに――――」


 倒れた隊員。ヘルメットがへこんでいた。


「もっと、熱くなろうぜぇ」


 現れたロキ。すぐ手近な隊員の懐に潜り込んで突きを放つ。そこから、一人を壁にぶつかるように投げ。一人の脚を挟んでバタンとこかし。倒れた状態からバネの様な蹴りで最後の一人を沈める。そして、全員にダメ押しの金的。

 改良版ウィスプで、ある程度弱らせたから簡単に倒す事ができた。


「全く、どいつもこいつも、スーパーボール以下のヤワな魂だぜ、こりゃ。ハハハハ」


 隊員達がコンテナを開けると、隠れているロキを発見した。


「ヴァルハラだ。大人しくしろ」


 警告に応じないロキ。隊員達がショックライフルを撃つ。電撃を浴びてもどこ吹く風、顎を触ったまま余裕だ。


「ライフルが効いてない?」

「いいから撃て」


 撃っている隊員の背後に忍び寄り、首を絞めながらコンテナの外側へと運び出し、再起不能にしてやる。


「水道も首もしめれば、止まるんだなぁ」


 撃たれていたロキは、映った物を立体化するコンパクトに写真を張り付けていた偽物だ。気づいた隊員達は撃つのをやめて外に出ていく。

 本物のロキが一番手近な隊員の背後に忍び寄り、首を絞める。

 前を歩く仲間に気付かれ、絞めている最中の隊員を電撃の盾に。落ちるショックライフルをつかんで反撃。走りながら撃ち続け、タックルをかまし、銃床ストックでタコ殴りにしてやった。


「ぁあ~、俺もゴーストになりたかったぜ。また次回だな」


 屈伸したロキは、コンテナをピョンピョン跳んで、その場を後にする。


 六人の隊員が倒れている容疑者三人を運びながら、開けた場所を歩いていると、一人の隊員のヘルメットに小石がぶつかる。

 警戒を強める隊員達。聞こえるのは、小石がカツン、カツンと連続して、何か物にぶつかっていく音だけ。

 ブツリ、何かが切れる音。


 静寂。


 隊員達が歩き出そうとしたら、左右のコンテナから大水が襲いくる。これはbabironから盗んだ水を溜めこむ魔法道具を、ロキ特性の仕掛けで壊したからできた。

 ずぶ濡れになった隊員達。状況を理解できていないところに、とても長いコードで繋がったスタンガンがたくさん降り注いだ。

 盛大な感電と悲鳴。

 たくさんの壊れたスタンガンと倒れている九人の様を、ロキが笑いながら小躍りする。


「オマエ等、なっさけね~な~。透ちゃんの部下だったら、これくらいのビリビリ我慢できなきゃ勤まんね~よ。全く、使えない部下を持って同情するぜ」


 そんな軽口を叩いていると、迷路のあちこちで同時に爆発。入った者を閉じ込め、起爆するタイプのトラップによるものだ。

 わざとらしく肩をすくめてみせるロキ。


「今日は人を殺さないつもりだったんだけどなぁ。でも、悪いのは俺じゃねぇ。爆弾が簡単に手に入るのがいけないんだ。だって、ご家庭で簡単に作れるんだぜ。ハデ好きな俺に、使ってくださいって、言ってるようなもんだろコレ。だから、俺は悪くねぇ。ウヒャヒャヒャヒャ」


 気味悪い笑顔を浮かべ楽しそうだった。


 爆発したコンテナの残骸はあちこち火が残り、鉄が黒くひしゃげていた。スーツを着た二人の男は大火傷を負って倒れている。

 ロキが仕掛けたトラップによって、残るギルガメッシュの取り巻きは軍服を着た魔法使いだけ。少し火傷は負ったものの、まだまだ戦える。

 仲間の一人は逆さ吊りになり、コンテナから飛んできた毒々しい緑のケーキを喰らい、泡を吹いた。

 曲がり角から現れたクマのぬいぐるみを、とっさに銃で壊したら、トラップが作動し、上から魔法でできた大粒の金のシャワー。それを魔法使いが風の魔法で防御したが、治まった頃には守り切れなかった一人が起き上がらなかった。

 そして、先の爆発で二人倒れた。


 魔法使いを横切る影。

 ロキだ。

 青緑の魔法陣を瞬時に作り、魔法使いは風の大砲を放ち、ロキをブッ飛ばす。


「ハハ、俺はコケにされてたって訳か」


 ブッ飛ばされたロキ。それはロキではなく掃除機だ。丸い自立型の掃除ロボットを悪路でも走れるよう改造し、その上に映った物を立体化するコンパクトとロキの写真を貼って、迷路の中を逃げ回っている様に見せかけていたのだ。

 速い速度で飛んでくる小石。魔法使いが雷の壁で打ち砕く。

 拍手。陰からロキが現れる。


「おめでとう。ご本人登場って奴だ」


 魔法使いの放つ電撃の矢を、首を傾けるだけでかわしたロキ。


「死ね」


 怒り心頭の魔法使いをロキが軽く笑って回れ右、すぐ逃げる。

 コンテナの少ない海沿い。迷路の端にロキは逃げていた。飛び込もうにも魔法使いが相手では躊躇する。


「どうした。ご自慢のトラップを使えよ」

 追いかけてきた魔法使いの嘲笑。それでも、ロキは自信満々に腕を広げてみせる。


「オイオイ、ここはまだ俺の城だぜ」


 呪文を唱える魔法使い、発動する前に潰そうとロキが走る。

 距離が詰まりかけた時、立ち塞がる青緑の魔法陣。


「ウィンド・ミキサー」


 間に合わない。放たれる竜巻がロキを捕らえ切り刻む。そのままコンテナの壁面に叩きつけられ、背中をガリガリ削りながら、開いた扉の中へと放り込まれた。

 追い撃ちに電撃の矢を二発。魔法使いは息を整えつつ、トドメを刺そうとコンテナの中へ。


 入った魔法使い。

 そこには誰もいない。上にパイプが通っている。

 するりと、魔法使いの首元に伸びてくる足。

 ロキだ。コンテナの天井につかまりながら魔法使いの首を足で絞め、捻りを加えて頭から床に叩きつける。

 立ち上がろうとするロキ。だが、魔法使いの体から黄色い魔法陣が浮かび、電撃を浴びてしまう。


「アバババババババババ」


 フラフラと立ち上がり、足で仕掛けをポチッ。

 勝手に閉まる扉。上から勢いよく噴射し、あっと言う間に充満するガス。


「ふざッホッ、ガハッて」


 劇臭に咽びながら魔法使いはロキを睨んだ。


「ハハハハハハ。ムダだ。ここじゃ、お前さんはビリビリもビュウビュウもできねぇ。ただの人間だ」


 魔法使いは急いで殴りかかる。


「優秀賞だ。受け取れ」


 ロキが隠しておいたワインボトルで魔法使いの頭をブン殴る。


「お前はよく俺の作ったトラップで生き残りました。そのガッツを賞して、千九百ホニャララ年もののワインをお送りします」


 魔法使いは殴られた痛みよりも、浴びたワインが引火する事を恐れ、身動きできない。その隙につけこみロキが急接近。

 割れたボトルで金属製の壁を引っかき、火花を起こす。

 全てが真っ赤に染まる。火葬炉の中。


「うわぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ」


 しばらくした後、コンテナの扉がゆっくり開く。

 出てきたロキはまるで無傷、疲労感も無く満足しきった笑顔。

 中で倒れている魔法使い。火傷は負っているものの全身黒焦げと言う程酷くない。


「ハハハハハハハハ。クサイ体臭、クサイ便所、クサイ台詞。どれもろくなもんじゃねぇけどよ。このクサイ奴は気にいった。ッハッハッハァ」


 あの時、確かに発火した。それは魔法使いの服に染みついたワイン。放出したガスの正体は危険である事を警告する為の臭い。ロキはそれだけを合成したのだ。

 焼き尽くそうとする炎は魔法使いの思い込み。火だるまになって苦しむ姿を、騙したロキが腹を抱えて笑うくらいの小規模だった。


「戻りました」


 コンテナの迷路から戻ってきた隊員達の敬礼。動けない隊員と容疑者は、軽装の隊員達が二台の輸送車に振り分けている。

 トールは嘆息した。


「改めて、酷い有り様だな」


 捕まえた容疑者は一三名、そのうち七名が重傷、六名が軽傷。捜索に出たエインヘリヤルは全部で二十七名、そのうち十二名が重傷、十五名が軽傷だった。


「た、たすけてください」


 しわがれた声を出し、おぼつかない足取りで、ヴァルハラに投降する男。顔は火傷で酷く爛れ、服はボロボロの酷い有り様。


「グレイプニルをかけてパトカーに乗せろ」


 呪文を彫り込んだ手錠グレイプニル・アルファをかけられた男。パトカーの前まで連れて行かれると、乗るように促す隊員の顎を殴り、取り押さえようとするもう一人を回し蹴りで吹っ飛ばした。


「なっ」


 突然の事にトールは驚いた。


「ハッハー」


 男が両腕を高々と挙げ、グレイプニル・アルファの鎖を引きちぎってみせる。

火傷で爛れた顔はじょじょに白さを取り戻し。捻くれ歪んだ笑みを浮かべる。


「ロキ!!」

「透(とおる)ちゃぁん。これ、グレイプニルのつもりかぁ。俺を捕まえんならバッタもんじゃなくて、モノホンと腕一本がいるぜぇ」


 軽口を叩くロキにミョルニルが飛んできた。屈んだら一気に跳躍。

 パトカーの上に着地。危うく尻に雷が直撃しているところだった。


「大人しくしろ」


 パトカーから別のパトカーへと、跳びはねていくロキ。目指すはトールが乗っていたアールヴァク。

 トールがロキをアールヴァクに近づけさせないよう、手をかざし、腕を振り、次々と雷を放つ。主の手から離れたミョルニルも加勢し、浮遊しながら雷を放っていく。

 今度は輸送車の上で、ロキが雷撃をパートナーに軽快なダンスを踊る。


「私の仲間達と容疑者をやったのは貴様か?」

「ぁあ~そうだなぁ。俺のおもちゃ箱を荒らしたから。アイツ等は、そう、報いを受けた」

「報いだと、ふざけるな。ロキ」

「ところで透ちゃん。あのデッカイおもちゃ貸してくんない? チョー楽しそうだ」


 ロキがアールヴァクの方を見ていると、強烈な落雷が襲いかかる。


「サンキュー。これでゴールが近いぜ」


 跳び移ったロキ。落雷をものすごい跳躍でかわしてゴールとの距離を一気に詰めた。

 トールのこめかみに青筋が浮き立ち、全身から電光が迸る。手から放った激しい電流が絨毯状になり、ロキの足下をすくう。


「ハッ」


 これを不格好なジャンプでロキは逃れる。


「甘い」


 収束した雷がミョルニルから発射、空中で身動きできないロキに命中。


「アバババババババババババババババババババババババババババババババババババババババ」


 無様に感電するロキ。下方から一気に距離を詰めたトールが。


「フンッ!!」


 電流で唸りをあげる力強いアッパーがロキの腹にめり込んだ。

 振りかぶったミョルニルが、衝撃で更に浮いたロキを目にも留まらぬ速さで打ち、コンテナでできた城門の方へとブッ飛ばした。


「手間をかけさせる」


 トールが忌まわしそうに殴った手の甲を払う。その間に、動ける四人の隊員がロキを拘束しようと向かう。


「手を出すな。これは私がやる」


 トールが隊員達を制止して前に出る。見計らった様に、ひしゃげたコンテナから人影が。


「これは私がやる、か。カッコイーね~。透ちゃん」

「貴様の手に持っている物は何だ?」


 からかいよりも、トールはロキの得物を警戒。


「さすが透ちゃん。コイツに目がいくとは、お目が高い」


 ロキがゲイボルグを膝で蹴り上げ、宙に舞っているところをキャッチし、矛先を向ける。


「魔槍ゲイボルグ。コイツでお前のミョルニルと勝負しよぉ~ぜっぇ~」

「ゲイボルグだと。確か、旧神々の時代に壊れた筈。所詮は偽物」


 そう言いながら、トールはミョルニルを構え臨戦態勢。


「いいのかぁ。そんなに油断してると、いくら透ちゃんでも死ぬぜ。必殺のゲイボルグ。一度狙いを定めれば、どんな防御もブッ壊し、相手の心臓ハートを貫いちゃうんだぜ」

「ほざいてろ」


 ロキの話を聞いた隊員達は息を飲んだ。仲間と捕まえた容疑者を手玉に取り、神であるトールと渡り合えている。にわかには信じ難いけど、あの槍にはただならぬ力を感じる。


「汝、戦人の勝利から生まれしもの。一振りで千の軍を薙ぎ払い、汚泥からい出し魔を裂き」


 ロキが詠唱を始めると、ゲイボルグに彫られた螺旋模様が妖しく光り、紫煙の力を発する。

 トールが力を込めると、ミョルニルが凄まじい電気を帯びる。


「万物をも司る神をも討つ。誉れ高き必殺の槍。今、その真名を唱えん」

「ミョルニル」


 雷光を纏ったミョルニルが激しい回転をしながら獲物目がけて飛んだ。

 発する紫煙の力が頂点に達し、投げようとするロキにまで及んだ。


「ゲイ・ボルグ」


 呼んだと同時にゲイボルグを放つ。

 拮抗するゲイボルグとミョルニル。鎚が阻む物を退けんと電撃を放ち、一筋の槍が本懐を為し遂げんとする。

 激しい衝突は見る者達を圧巻する。しかし、そう長くは続かなかった。

 ヒビ割れる柄。欠けていく穂先。

 所詮は偽物。いくら周囲がただならぬ槍だと感じても、紫煙の力を発しても、本物の力に耐え切れず、ゲイボルグは砕け散る。

 突然の閃光。全てが強烈な白に塗り潰される。


「ぁあああ」


 目が潰れ、トールから情けない呻き。

 嘲笑う口元。

 パンチ。

 眼鏡を叩き壊し、顔面をめりこます程の強烈な一撃が入った。

 ゲイボルグ(偽)は伸縮する釣竿の原理を基に、廃材を加工して作製。穂先を向けて狙いを定め、対象を目がけて飛ぶよう、アルベルトに魔法をかけてもらった。槍が砕け散ったと同時に起こった閃光は、柄にいくつもくくり付けた閃光手榴弾が反応したからだ。

 閃光が治まり轟く雷。


「貴様ァァッ」


 眼鏡を捨てたトール。怒りで辺りを揺らし、バチバチ電光を走らせる。着ている真っ白な服も抑えきれない力ではち切れそうだ。


「ぉぉっ、恐っ。こんな時はスマイルだぜ透ちゃぁん」


 パトカーの上でロキがおちょくる様に頬を引っ張り笑ってみせる。

 トールがミョルニルを投げようとしたら。


「トール捜査官。雷だけはやめてください」


 隊員の悲鳴ともとれる進言。


「なぜだ」

「見てください。パトカーに乗っている仲間が雷の巻き添えになっています」


 隊員の言う通りだった。電熱により、あちこち溶けた車体が多数。中にいる隊員達や容疑者達は皆ぐったりと動けないでいる。

 車内なら雷の影響はあまり受けない通説、それが一発だけなら話しは通るだろう。車両の上に乗ったロキを倒そうと、トールとミョルニルが放った雷は数え切れない。通説なんて神の力の前では意味を為さない。


「透ちゃん。エインヘリヤルなんて足手まとい捨てちまえよ」


 ロキが煽っていたら「ひゃあ」ショックライフルで撃たれてしまう。


「我々がショックライフルを撃っています。トール捜査官はミョルニルのコントロールに集中してください」


 トールは悔しさを電気にしてミョルニルを一瞥。

 ロキが隊員達の攻撃を弄ぶ。

 もうすぐアールヴァク。電撃を纏わないミョルニルが飛んできてパトカーのボンネットを陥没。間一髪、跳んでいなかったら、ロキの足が吹っ飛んでいた。


「危なかったぜ」


 執拗に殴りかかるミョルニルを避けながら、ロキがアールヴァクを見上げる。コクピットだろう白い球体には出入り口が見当たらず。鋭利な鎌状の脚部はツルツルしていて登るのも困難だ。


「よぉ、乗せてくれないか?」


 話しかけると、アールヴァクの球体が意志を持つように発光。鎌状の脚部が九十度動き、砲塔が伸びた球体は地面に。


「ぉおー」


 感心して隙だらけのロキをミョルニルが襲う。

 屈んでやり過ごしたら、アールヴァクの鎌による薙ぎ払いがミョルニルを吹っ飛ばした。


「すげー。俺を助けてくれたのか」


 アールヴァクは球体を発光させながら、鎌状の脚部を話しかけられた時の状態に戻す。ロキが立ち上がると、球体の後部から渦が生じ、液状に開いて中へと招く。

 足を踏み入れると、内部は天鵞絨びろーどの様な質感で優雅。中央に付いたディスプレイは「ようこそ」と表示している。


「透ちゃんみたいに飛びたいんだけど、どうすりゃいい?」


 球体が閉まる。湧き出す様にソファが現れ抜群の座り心地。合せて内部が一変、外の景色が三百六十度見える。

 アールヴァクが浮いたのか、映るパトカーや輸送車、トールが小さくなっていく。


「エインヘリヤル。俺に集まれ!!」


 球体が動き、トールの方に砲塔が向く。

 砲塔から強大なビームが発射。次々とパトカーや輸送車をブッ飛ばし、アスファルトの地面を焼き払った。

 トールが自身と周囲にいる隊員を守ろうと電気の防壁を作り出した。間に合わなかった隊員達には容赦無くビームが降り注いだ。


「うぉぉこりゃイイ。皆スクラップだ」

「ロキィッ」


 アールヴァクの球体を、怒声と共に雷光を纏ったミョルニルが衝突。機体は激しく揺さぶられてしまったが問題無く浮いている。

 球体を開けて外に出たロキ。激昂するトールを茶化す。


「透ちゃん。こう見えても、俺のスケジュール帳は真っ黒でね。ちょいとコイツを借りるぜ」

「ふざけるな。これはヴァルハラの物だ。貴様の下らん玩具(オモチャ)等と一緒にするな」

「そう怒んなって、受け取れ」


 ロキがトールに何かを投げつける。

 それはサングラスだった。


「大事な眼鏡を割って悪かったな」


 手を合わせて謝る。扉が閉まるとアールヴァクは一気に加速し、埠頭から飛び去った。

 見送る羽目になったトールは雷光を放ちながら貰ったサングラスを握り潰す。


「……トール捜査官…………」


 恐る恐る隊員が声をかける。

 すぐには返事をせず、胸ポケットから代わりの眼鏡を取り出し、トールは静かにかけた。


「私が車両を見よう。君達は倒れている者を優先して助けてくれ」


 指示を出したトールは砲撃によって損傷が激しい輸送車へと急いだ。

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