第二章 魔法使いと神(5)
時雨と凛陽、アルベルトの三人は、ロキがトマス課長に扮して確保した警備員のアーマーを装着した事で、babironのビルを怪しまれずに脱出。すぐにリザがいるであろうビルへと向かう。
脱出前、アルベルトはロキと一緒に、ゴミ集積場から拾ったマネキンとカツラ、自身が着ている制服と髪の毛を素材に、魔法で身代わり人形を作り研究部屋に置いた。これで、逃亡の発覚を遅らせ、リザの逃亡まで余計な警戒や邪魔が入らないようにする。
夜、エリドゥ区画北。仕入れし、出荷する荷物を保管する倉庫と、スタッフや注文等を管理するオフィスが共存したbabironのビル。
三人は堂々と正面から入り、エントランスの中を闊歩し、エレベーターに乗り、応接室がある四十階まで到着。廊下を歩き、応接室と書かれた立派なプレートを発見、扉を開ける。
広い応接室は、薄暗くても分かる豪華なシャンデリアに資料棚等の調度品。重役が座るふかふかな座り心地の長ソファ。会社なのに高級な酒が並んだバーカウンターまで備えてある。
金髪のショートに、どちらかと言うと凛々しい印象の顔立ちをした女。リザが窓辺で佇んでいる。
「警備員がVIPルームに入るなんて、ずいぶんな出世」
三人はヘルメットを不慣れな手つきで外す。時雨と凛陽、アルベルトの顔が。
「アル? アル、アル、まさか、嘘、そうか」
驚いているリザだが、すぐに状況を理解した。
「姉さん………久しぶり……」
アルベルトは俯きがちに声をかける。
「痩せたな。ちゃんと、ご飯食べてないだろ?」
「食べてるよ」
リザのたしなめる言い方にアルベルトは口を少し尖らす。
「二人は……ロキの仲間、でいいのかな? ありがとう」
頭を深々と下げるリザ。凛陽はその様子に戸惑い、顔を少し赤くする。
「ア、アンタは、弟と、ち、違って。ちゃんとしているんだね。別に、礼とかいらないから」
「ポニテ、かわいいね。すごい似合ってる」
凛陽はリザの言葉を真に受けて髪を意識する。
「姉さんにからかわれているだけです」
ボソリと言ったアルベルトの頭を凛陽は「うっさい」と叩く。
「ふふ、悪いのはアルだよ。ポニテちゃん、私は本心で言ったんだよ。失礼しちゃうよね」
リザが和やかそうに微笑む。ロキと会った時の様な不敵や駆け引きの笑いじゃない。
「お姉さん。アイツだけ置いて、なんか甘いもの食べに行きましょうよー。おススメとかあるんでしょ」
「別にいいけど、自信無いな」
凛陽とリザの話している様子に、アルベルトは時雨よりも影を薄くしようと距離を置く。
「後ろから気配」
時雨の小さな声に皆警戒する。
ドアを蹴破ると同時に銃撃。大きな黒い影が勢いよく飛び出す。凛陽が草薙剣を取り出した時には、リザの姿が消えてしまった。
「ハァッ?」
凛陽と時雨、アルベルトが辺りを探す。
「クソッ、やられた」
苦しそうな声を出すリザ。鍛え抜かれた巨躯に無理矢理スーツを着込み、丁寧に整った角刈りにサングラスの男が、肩を握り潰そうとする。
不意を突かれた三人を、黒いスーツや軍服を着た男達が次々と入り包囲。その数十五人。ドアは勝手に閉じて魔法陣が一瞬だけ浮かぶ。
「降伏しろ」
野太い声が応接室を揺らす。威嚇だ。
「するんだったら、初めっからこんな事しないっつーの」
凛陽が言い返すと、巨躯の男がリザの肩をさらに強くつかむ。
「わ、たし、の事はどうでも、いい。奴は、殺せない」
リザは絞めつけられる中、声をどうにか絞り出す。
「アンタぁッ」
男は凛陽の怒りを無視して部下達の方を見る。
「お前達。マクスウェル姉弟以外は処分しろ」
「了解」
許可が下りて歓喜する男達。握っていたシンプルな柄から光る刃が現れる。魔法道具ライトエッジ。剣に光の魔法をかける事で威力を高めた上に、刃を消す事ができるから鞘いらずになった。
「上等」
凛陽は草薙剣を勢いよく抜くと、アーマー姿のまま全身に炎を纏い、十本の光る刃を迎え撃つ。
「コイツ、女の癖に強ぇ」
「チクショウが」
一斉に振り下ろした光る刃を、凛陽は草薙剣とアーマーで受け止め、そのまま拮抗する。
「ポニテちゃんがポニテちゃんじゃなくなった」
「すごい炎の魔力だ。こんなのが凛陽さんから出て来るなんて」
アルベルトの目には、凛陽の内側から激しくも熱い力が炎となって溢れ出して視える。
銃声が観察する暇を与えない。アルベルトと時雨は残った五人の的になってしまう。アーマーが銃弾を通さないのと、回避しているから耐えられる事は耐えられる。
「アリー。アンタ魔法使えんでしょ。さっさと倒しなさい」
「は、ハイ。僕も負けません」
アルベルトは銃弾を怖がりながらも、後ろに隠れた時雨を守ろうと、手をかざして赤い魔法陣を浮かべる。凛陽から溢れ出す炎を自身の魔法に利用。
「マルチファイア」
大きめな炎の玉が三発、銃撃する五人に向かって命中し爆発。
黒煙が治まると、魔法が直撃したにも関わらず、ものともしない様子の五人。
「ヒヒッ、見たか。魔法だぜ」
「アチー、アチー」
「俺達の武器の方が断然強いぜ」
「そ、そんなぁ~」
力の抜けそうな声を出すアルベルト。そこを、拳銃からライトエッジに持ち替えた五人が襲いかかる。
「スラッシュ」
退きながらアルベルトは風の刃を撃ち出すけど、足止めにもならない。
「役立たず。ゴミメイジ。それでも魔法使いなの!!」
凛陽は姉時雨が危機にさらされている事に青筋を立てる。一瞬でも赤の他人に託したのが間違いだった。その怒りが力となり、大火の如き気迫で十本の刃を強引に押し返す。
すかさず。
「
凛陽は自身が纏う炎を草薙剣に集約して猛火の一振りに。そして、獰猛な悪魔が尻尾を振るうが如く十人を薙ぎ払う。
吹き飛ばす力に、いる者みんな気を取られる。そこから、すぐ行動に移れたのは、アルベルトでもなければ時雨でもない。襲いかかる五人だ。
全滅できなかったことに舌打ちする凛陽。背中のアーマーにたくさんの銃弾が命中。使った銃はアサルトライフル、撃ったのは、リザの肩を握りつぶそうとしている巨躯の男。構わず走りながら草薙剣を構え直す。
「悪魔ノ翼」
それも連続して二回。縦に横に空を切り裂き二人を焼く。残ってしまった三人から時雨を守ろうと、さらに急ぐ。
「お姉ちゃん。逃げて!!」
息を切らしながら状況を見ていた時雨がようやく動き出す。この場で一番足手まといなのを自覚している。剣を振るう事もできず、魔法の素養も無い。ただ、今の戦いを見て、凛陽以外は逃げたほうがいいと言う結論を出していた。
「逃げる」
「ワァァッ」
時雨が魔法を放とうとするアルベルトを強引に引っ張りながら脇目も振らずに走り、バーカウンターの中へと隠れる。その間、凛陽は飛んでくる銃弾をものともせずに三人を倒して、最後に残った巨躯の男と対峙する。
「アンタ、その人を殺せないんだから、さっさと放しちゃいなさいよ」
草薙剣の切っ先を向けると、リザの肩を握り潰そうとする力をいっそう強める。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」
リザの痛々しい叫びに、すぐに助けなくてはと凛陽は草薙剣を構える。
「
振り抜く直前、躊躇し止まる。男がリザを持ち上げ盾にするつもりだからだ。このまま技を放ったら悲惨な事になってしまう。
男が引き金を引く。「カチッ、カチッ」と弾切れを示す。
好機。凛陽が動き出そうとしたら、小さな衝撃が。銃弾を通さなかったアーマーに刃の大きな
小さな爆発が凛陽を襲う。爆発がアーマーをへこませ。あちこちに散らばった斧の刃が、アーマーを傷つけ、頬を切りつけた。魔法道具アックスグレネードだ。
不意打ちに苛立つ凛陽。畳みかける様に榴弾が飛んできて、また爆発。アサルトライフルから、グレネードランチャーに持ち替えていた男の仕業だ。
「サムライを弱らせろ!!」
男の大声。それに呼応して、凛陽に倒された筈の黒服と軍服が一斉にアックスグレネードを投げつける。
爆煙に紛れ、飛んできたアックスグレネードが凛陽の額に刺さる。爆発後、可愛い顔を大きく抉って台無しにする。
再生能力が皮膚を作りだす中、爆発と、飛び散る破片が肉を切り裂く。拡がった傷から破片が肉体へと侵入、内側からもズタズタにして、凛陽に苦悶の叫びをあげさせる。
次々と起こる爆発と叫びに、バーカウンターに隠れていたアルベルトと時雨が顔を出す。
時雨は一方的になぶられる凛陽に顔面蒼白となり、手で口を押え隠れてしまう。アルベルトは緊張した面持ちで、助けてあげようと手をかざす。
銃弾がこめかみを掠め魔法の邪魔をする。その上、黒服と軍服が立ちはだかり受けてでも防ぐ気だ。
「どうした、魔法を使わないのかよ?」
「アル、乗るな!!」
振り絞ったリザの声を無視して、アルベルトが魔法陣を作ろうとすると、時雨に肩を強引に押さえこまれてバーカウンターの中に。
凛陽が唸りを上げながら草薙剣で周囲を薙ぎ払う。その暴れる姿は手負いの獣。
「サムライを押さえろ」
凛陽の胴体を五本の光る刃が貫く。踏み出して反撃しようとしても、刃が更に深く刺さってくる。「押さえろ」の命令通り五人がかりで押し倒してくる。
「あと四人」
炎を纏う凛陽を押さえ込もうと、九人もの男達がのしかかっている。黒山は微動だにせず、力の象徴である炎がみるみる勢いを失っていく。
「サムライは封じた。後は弟を殺さなければ問題ない」
「オイ、アンタ」
リザが必死に男を睨みつけると、今度は首を大きな片手で絞めつけられてしまう。
グレネードランチャーの狙いはアルベルトと時雨が隠れたバーカウンター。その上部にある高そうな酒を並べたボトルラックに、榴弾を撃ち込まれてしまった。
爆発した直後引火。バーカウンターが燃え上がる。
身を縮め震えていたアルベルト。諦めたように時雨は動こうともしない。アーマーを付けても感じる命の危機に、降伏して立ち上がろうとした瞬間。アックスグレネードが四本も降り注ぐ。魔法で防がなければ、炎の魔力が多く漂っている。でも、咄嗟の魔法は得意じゃない。
迷っている間に爆弾が頭上に迫ってくる。思考が止まってしまう。
男と残った四人は、生かさなければいけないアルベルトの事おかまいなしに、グレネードランチャーを撃ちこみ、アックスグレネードを投げこんでいく。立派だったバーカウンターは跡形も無い状態に。
体中痛いけど、アルベルトは動けないほど深刻ではなかった。
「ぇえっ…………」
金糸に輝く白き髪が血に染まった。アーマーの上半分はほとんど壊れ、下に着ているインナーシャツは消失した。時計の針を巻き戻すように、損傷した体が再生する。生物の摂理を超えた光景は美しくも痛々しい。
時雨がアルベルトの上に覆いかぶさり爆発から守ってくれていたのだ。
「アルベルト・マクスウェルは、私より脆い」
本来の美しさを取り戻し、輝く白磁の肌。芸術品とも呼べる豊穣な胸と華奢なくびれ。隠そうとインナーシャツがじょじょに再生していく。それを恍惚とアルベルトは眺めていた。
「……見ないで………………」
紅潮する時雨に気付いたアルベルトは「ごめんなさい」と慌てて目を逸らす。
「女を中心に撃て」
男の号令の下、再開する攻撃。
「ラァァァァァァッッ!!」
雄叫びと同時に炎の旋風が起こり、凛陽にのしかかっていた男達が火だるまになって吹っ飛んだ。男達の再開した攻撃と一緒に爆発。
業火を纏う凛陽。アーマーを完全に壊し、覚醒した姿で現れる。
「凛陽さん」
「ちょ、ちょっと、アリー。あ、アンタ、なに、お姉ちゃんとくっ付いてんのよ。この変態、色摩。アンタのせいで、お姉ちゃんが穢れんのよ」
凛陽がおもいっきり罵声を浴びせる。時雨は安全と判断したのか、困った様子のアルベルトからそっと離れる。
「今はそんな事を言ってる場合じゃ」
凛陽は振り返りながら、業火を纏った草薙剣による薙ぎ払い
「デカブツを倒したら、アンタを潰してやるから」
「そんなぁ…………」
アルベルトを睨みつけた後、凛陽が男の方に進んで草薙剣を向ける。
「アンタ、いい加減リザを放して勝負しなさいよ。それともなに、人質を取って、大勢のお仲間がいないと、アタシと戦えないチキンヤローって訳?」
男がリザを乱暴に押し出す。
「ゴホッ、ゴホッ」
凛陽が苦しんでいるリザに「大丈夫」と声をかけようとしたら、大きな拳が迫ってくる。
咄嗟に大きな拳を凛陽は回避、腹に一閃をお見舞いしながら横へと抜ける。
浅かったのか男が裏拳を放ってくる。殺気を察知した凛陽は前転してやり過ごし、隙を作らぬよう振り返りながら剣で払う。
「そいつはギルガメッシュの右腕だ」
リザの警告。男は、破壊力を高めた大きなネジの付いた手甲(てっこう)を両手に装備していた。
「分かってる。さっさと逃げて」
男が拳の一撃を放つと、それを皮切りに重くて速い連撃を凛陽に放っていく。
「言っとくけど、さっきのザコなんてアタシが本気出したら瞬殺よ。瞬殺。やられたい放題だったのは、アンタがメンド臭そうだったから、そのペース配分なんだからね」
凛陽は男の連撃をしゃべりながら余裕で回避。
男が一瞬だけ力を込めて殴る。凛陽はそれが最後だと読み、纏っている炎を消し一歩退く。
「悪魔ノ尻尾!!」
応接室そのものを焼き切らん勢いの巨大な炎の薙ぎ払い。
「危なッ」
離れた所まで飛び散る火花に、リザは引いてしまう。
悪魔ノ尻尾に肝心の手応えは無い。男は天井に握力だけで掴まっていた。そして、落下しながら両手に持った
炎を出してない凛陽に散弾が降り注ぐ。覚醒しているからダメージは低く、すぐに炎を纏って走り出し、隙のある男に草薙剣で斬りつける。
男は空中で姿勢を逸らし、斬撃を手甲でいなす。走り抜けた凛陽はすぐ後ろを取って振り下ろすも、また手甲に防がれた。
「だったら、グローブごと壊してやる」
凛陽は言った通り男に素早い斬撃を叩き込んでいく。荒々しい紅蓮の軌跡が薄暗い部屋を明滅させる。
「アンタ、オーガのランギでしょ?」
凛陽の言葉に男は揺らぎを見せず、ただ防御し後退する。
「アンタ、人間の姿になっても体はデカいままだし、しゃべんないし、ムダにパワーあるし、銃バンバン撃つし、誰かとカブってんだよね」
戦ったから分かる。目の前の相手と真っ黒くて青い相貌の怪物が重なる。
「アンタ、ギルガメッシュの右腕なんでしょ。リザ、エンキドゥって名前知ってる?」
「そいつだよ。ポニテちゃん」
リザのハッキリした肯定。それを聞いて凛陽が笑みを浮かべる。
「エンキドゥ。アンタの神々の宴の招待状が、ニブルヘイムのギャングのアジトにあったんだけど、どうしてかなぁ? パクられた? 売った? どっちもヤバくない。違うとしても、どうしてあったのかな?」
「だからどうした」
叫ぶように、男いやエンキドゥが殴りかかる。凛陽は隙につけこもうと突きを放つが、もう一方の腕で防がれてしまう。
「開き直んの。サイテー!!」
距離を取った凛陽が深く踏み込み、力強い業火の一撃を叩きつける。刃が手甲に当たると火花が飛沫となって部屋中に飛び散る。余った勢いはそのまま体を強引に捻って荒々しい薙ぎ払いを一回、二回。
「まだまだぁッ」
不格好な蹴りからの灼熱の袈裟切りが反撃を許さない。這う様な一閃を放った後、振り返りながら猛々しい薙ぎ払い。力強い旋回から車輪の如く跳びあがり大火を振り下ろす。一歩退いて面を殺りに行く。凛陽の鬼気迫る斬撃がエンキドゥを襲う。
「凛陽さんってなんなんですか? 人間技じゃない。それを防ぐエンキドゥもだけど」
アルベルトは見ているだけで気圧されてしまう。
「なんだっていいよ。それより、ぇえ~っと、ポニテちゃんのお姉ちゃん。ポニテちゃんはあんな激しい動きして大丈夫なのか? 絶対バテるぞ」
心配するリザに時雨は黙って頷く。
「ポニテちゃーん。そんなに動いたらダメだ。戦い方を変えるんだ」
リザのアドバイスは届かず。凛陽は力任せに斬り上げ、渾身の一刀をエンキドゥにお見舞いする。
手甲の手応えさえない。防御を崩せると思い込んだ凛陽に疲労がのしかかる。離れたエンキドゥが床を力強く殴りつける。
青い衝撃波が部屋中に拡散する。
「あっ、足が、気持ち悪っ」
アルベルトが足をふらつかせ吐き気を催す。見ている二人も衝撃波を浴びてから、同様に頭を押さえる等、調子を悪くする。
一番近くで浴びてしまった凛陽は、炎を保っているものの草薙剣をだらんと提げている。そこに、エンキドゥの容赦無い鉄拳が襲う。
剛腕から放たれる拳に加え、草薙剣に耐える手甲の硬度。即ち破壊力ある衝突。魔法道具でもある手甲メガインパクターとしての特性、衝突の瞬間に手甲が凛陽の全身に衝撃波を放つ。
凛陽は一気に壁まで叩きつけられる。
「は…………」
呆気なく吹っ飛ばされた事にアルベルトは驚いてしまう。
叩きつけられた壁には大きなヒビが入っている。炎を失った凛陽に迫るエンキドゥの一撃。
「起きろ。ポニテちゃん!!」
リザの叫び。凛陽の顔面を潰そうとする鉄拳。
「グッ」
拳が顔面すれすれで止まる。エンキドゥの口元が苦痛で歪む。腹部を突き刺し炎を流し込む草薙剣。丸焼きになる巨体に凛陽の口元が歪んだ。
「ザマァ」
凛陽が草薙剣を引き抜き、勝機を逃がすまいと熱烈な斬撃を浴びせていく。
縦横無尽に振るわれる炎の刃に巨体は黙すと思いきや、二本の剛腕が凛陽の肩を掴む。
強大な衝撃が壁に大穴を空ける。吹っ飛ばされた凛陽が、隣の会議室にある長大なテーブルに転げ倒れる。
追い撃ちのグレネードランチャーが飛んでくる。凛陽は次々と飛んでくるそれを転がりながらやり過ごして、反撃の為に飛び起きる。
凛陽がテーブルの上に乗っかり、構える草薙剣。手甲を装備したエンキドゥと対峙する。
「勝負よ。デカブツ」
「…………」
「ハァッ」
凛陽が駆け出すと、遅れてエンキドゥも駆け出す。
詰まる距離、迫る間合い。
「悪魔ノ翼」
凛陽はわざと失速し、エンキドゥの足元に小さな悪魔ノ翼を放つ。亀裂ができると同時に燃える。脆くなったテーブルの天板が巨体を支えられず崩れてしまう。
「ハァァアアアアッッ」
エンキドゥは崩れたテーブルに足を取られ動けない。雄叫びを上げて、火の玉となった凛陽の飛び膝蹴りが巨体の顔面に炸裂。
巨体が壁を壊しながらブッ飛ぶ。岩のように転がるも、受け身を取って着地。
勝ち誇った余裕か、ゆっくり会議室から出てくる凛陽。床に片膝を突くエンキドゥを見下ろし、言ってやる。
「アンタこそ降伏したら、エンキドゥ。プフッ」
噴き出した理由。凛陽の膝蹴りによって、エンキドゥのかけていたサングラスは片方のレンズが砕け、もう片方には亀裂が走り、フレームがぐにゃりとひしゃげて無様だからだ。
エンキドゥはひしゃげたサングラスを外して握り潰す。
「っふふふふ、ハハハハ。アンタ、サングラス外しても顔イカちいって、まんまじゃん。そのまんま過ぎて、チョーウケるんですけど。ッふふふふ」
彫りが深く無骨な顔立ち。サングラスをかけてなくても、人を寄せ付けない迫力がある。
「ぉ、おい、せんとう中だろ。きんちょう感もてよ、はは」
「ちょっと、凛陽さん、姉さん、なに笑ってんですか。顔は生まれつきのものなんですから、笑っちゃ可愛そうですよ」
凛陽につられて笑うリザとアルベルト。時雨はなにが面白いのか分からないと言う様子。
エンキドゥは表情を変えないまま、目だけは闘志を剥き出しにして凛陽を凝視。
「その目。やっぱりオーガのランギじゃん」
床を蹴って凛陽に迫るエンキドゥ。殴ると見せかけてメガインパクターで床を叩く。
凛陽は衝撃波を浴びて動けない。そこに鉄拳が襲いくる。
剛腕が放つ強烈なパンチ。巨体に似合わぬ機敏な身のこなし。一撃離脱の戦法。加えて、手甲メガインパクターの発する衝撃波が相手の身動きを封じる。
一方的に殴られてしまう凛陽にリザとアルベルトは絶句する中、真っ先に目を逸らすだろう時雨が見ている。
「ン」
「痛ッー」
殴り抜ける度に覚える手応えの無さに違和感。凛陽は攻撃の直前を草薙剣で防御しつつ、体を逸らし被害を最小限に抑えていたのだ。
「アンタ、ワンパターンすぎ。効くわけないでしょ。バーカ」
凛陽の煽りに弱々しい唸り声。
再び走り出すエンキドゥ。凛陽が構えていると、突風だけが通り過ぎる。
狙いは時雨だ。
業火を纏った凛陽と草薙剣が一本の槍と化して、不埒な巨躯に猛突進。
切っ先が時雨に。ギリギリで止めた。もし、ほんの僅かでも勢いが残っていたら、姉を貫くところだった。
「ごめんお姉ちゃん。大丈夫?」
心配で眉尻を下げる凛陽に時雨は黙って頷くだけ。
凛陽が振り返りエンキドゥに刃を向ける。
「アンタ!! 絶対殺す。お姉ちゃんに触れようとしただけで死刑なんだから」
殺意で燃え盛る炎。凛陽がエンキドゥに斬りかかる。だが、巨体は斬れず、ただ空を切るのみ。反撃の一撃まで貰ってしまう。
始まるエンキドゥの一撃離脱戦法。防戦を強いられる凛陽、カウンターを狙っても余裕で回避される。ワンパターンと罵ったところで攻略できるわけではない。また、巨体が殴りかかろうと迫ってくる。悔しくてしょうがない。
「悪魔ノ翼」
飛ぶ斬撃が炎を起こすも、肝心の的には避けられてしまう。
反撃の鉄拳が迫ってくる。凛陽は今度こそカウンターを狙い斬ってみるも残像だった。攻撃を喰らわないだけマシだが、いいかげん倒せない事に苛立ち青筋を立てる。
「悪魔ノ翼」
キレた凛陽が仕留めてやると悪魔ノ翼を撃ちまくる。全てエンキドゥに回避されてしまうから、部屋中が炎に包まれ、戦いを見守る三人にも飛び火してくる。
「無茶苦茶だ」
アーマーを付けたアルベルトが身をすくめていると、リザが前に出て大声を出す。
「ちょっと、周りを見なよ。私達を焼き殺す気」
舌打ちして振り返る。凛陽は睨んだまま。
「ハァッ!! アンタらの為に誰が戦ってると思ってんのよ」
言い返すと、よそ見の隙を突かれ、凛陽は頬に一発貰ってしまう。
「アンタが代わりに殴られてくれんの?」
リザは唇を少し噛んだ。身体中から炎を出し、人間を超えた身体能力を持つ凛陽でさえ、エンキドゥのパンチを貰ってしまえば、全身を揺さぶられてしまう。それを、何も持たない人間が喰らえば。
悪魔ノ翼は命中せず、カウンターは空を切るばかり。エンキドゥの攻撃を防御させられ、追い詰められていく凛陽。
見るだけで精一杯な時雨の手許に、天叢雲剣が現れる。
時雨は天叢雲剣に視線を落とし、ためらい首を横に振る。そして、妹の戦いに向き合い口を開く。
「自分を追い詰めて」
「えっ、なにお姉ちゃん」
戦っている最中の凛陽に、時雨の微かな声は、難解な手がかりは届かない。
「相手の虚を突く」
どうしても伝えたい時雨。でも、声は震えるし、思うように大きな声が出てこない。このままでは凛陽がやられてしまう。歯痒い思いをしていると、見かねたリザに肩を叩かれる。
「私が伝えようか。私もなにかしたいんだ」
時雨はおずおずとリザに耳打ちする。
「ポニテちゃん」
エンキドゥの攻撃を防御している凛陽にリザの大声が届く。
「炎なんて邪魔だ。感覚を集中しろ。あのゴリラにドデカイ一撃をかませって、姉ちゃんが言ってたぞ」
「違う。私は炎を消して自分を追い詰め、エンキドゥの
「いいじゃん伝われば、ここは勢い優先。だいたい『きょ』って難しいんだよ」
時雨とリザのやり取りが凛陽の目に入る。楽しそうでちょっと嫉妬。
纏う炎を自分の意志で消す。力の象徴でもあり、守りをもたらす安心感のある炎を失い、代わりにビリビリとした緊張感が肌を刺してくる。おかげで、草薙剣を握る手が汗ばんでくる。
顔面を捉えた拳が迫る。反射的に凛陽は炎を出し、避けながらカウンターを試みるが当たらない。
「こうなりゃ」
凛陽が瞳を閉じて心眼に挑戦する。
暗闇に響く床を蹴る音。短く吐き出す獣の様に唸る息遣い。聞こえる音、動いた跡である風が肌に触れても、正直、位置なんか分からない。それでも、身体が反射的に動く。
「そこだッ」
振り返りながら放つ鋭い斬撃。エンキドゥの頭を掠め、無情の一発を腹に貰ってしまう。
「クソッ、もう一度」
凛陽は痛みを堪えて、もう一度心眼を試みる。草薙剣を握る力が緩む。
一撃離脱をするエンキドゥの動きが浮かぶ。翻弄しながら死角を突く攻撃。後ろから迫る気配に身体を動かしたくなる。直感が動くなと告げる。奴は賢い、動けば殺られる。
後ろと見せかけ、正面に跳んでから、横に回り込み、エンキドゥが鉄拳を放つ。
「
静から動。昂ぶる凛陽から解き放たれる猛火。剛腕を凌ぐ剣速が防御その一切を許さず、エンキドゥの巨体を消し炭にせんとする薙ぎ払いと化す。
吹っ飛んだエンキドゥは受け身を取れず、天井を見上げたまま倒れている。
「お姉ちゃ~ん」
凛陽は紅蓮の髪から茶髪のポニーテールに戻り制服姿になっていた。そして、疲れと周囲の目を気にせず、時雨の豊満な胸に顔を埋め「ほめて、ほめて~」と甘える。抱き付かれた方はとても恥ずかしそうにしているが。
安心する柔らかさに包まれ、腰の辺りを優しく触ってくれる心地良さに、凛陽は甘ったるい声を出す。
その様子を気まずそうに、でも興味深そうにまじまじと眺めるアルベルト。
「アル、どうした? 今日だけお姉ちゃんに甘えてもいいんだぞ」
リザが両腕を広げてからかう。
「イヤだよ。気持ち悪い」
「なんだよ。もう少し可愛げがあればいいのに」
一蹴するアルベルトに、リザは唇を尖らせ窓の方にそっぽを向く。
凛陽が夢見心地でいると、触ってくれる手が硬い。落ち着かない激しい心音が聞こえ、髪にかかる息遣いがとても荒い。
「お姉ちゃん?」
見上げると、時雨の綺麗な肌から温もりが失われ、とても青ざめている。
振り返る凛陽。
応接室の真ん中で腕組みし佇む男。
鮮血の髪に全てを見下す目。夜の闇よりも深い黒衣を身に纏い。悠然さの中に凶暴性を漂わせる存在感。
驚愕や戦慄で身動きできない者達を鼻で笑う。
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