第二章 魔法使いと神(4)

 二十三時。波の音がひっそり聞こえる夜の埠頭。

 様々な荷物を積み込んだコンテナ群が、大きな城塞を思わす。それを見下ろすのは塔の様なクレーン。係留する船舶は一隻も無く、作業者の姿も見当たらない。


 岸壁のアスファルトに、たくさんのアタッシュケースが山積みしている。その頂上で、コートのフードを被ったロキがあくびしながら座っている。


 約束の時間になってもギルガメッシュは現れない。当てが外れたかと、アタッシュケースの山から降りる。


「片付けんのメンドクセー。でもポイはできないよな~。全部良いオモチャなんだから」


 腕を広げて商品を眺めているロキ。


 アスファルトをタイヤが擦る音、眩しいヘッドライト。黒塗りの車三台がロキから距離を取って停車。ヘッドライトはそのまま、ドアが開くと、黒服や黒い迷彩服に身を包んだ男達が次々と降りて、横一列を作っていく。


 規則正しい彼らの動きがロキにはおかしかった。


 作った列が割れると、現れたのは、ユリの紋章と茨模様を織り交ぜた夜よりも黒い衣装。鮮血の髪。babiron執行役員ギルガメッシュのご登場だ。


「一五分遅れましたが、なにかトラブルでもありましたか?」

「ナンバーワンの俺は忙しい。それだけで十分だろ」


 吐き捨てるギルガメッシュ。


「フードを取れよ。俺は顔出ししてるんだ」


 ロキは仕方なくフードを取って「すいません」と頭を下げる。


「改めまして、スミス・ガーランド商会のマツダです。本日は、ご利用いただき大変ありがとうございます」

「挨拶はいらねぇ。グラムとゲイボルグは確かにあるんだろうな」


「もちろん。ただー、こちらも事情がありまして、提示した金額から一五パーセント程上乗せしたいのですよ。も、もちろん、その一五パーセントに見合うオマケは用意してます」


 ギルガメッシュはアタッシュケースの山を一瞥してから、ロキを見る。


「いいだろう。在庫処分くらい協力してやるよ。ただ、ケースの中身は空じゃねぇよな?」

「もちろん。ご満足いただけますとも」


 そう言ってロキはアタッシュケースを開く。中にはぎっしり敷き詰められたボールペンが。


「ハハッ、なんだぁ。コイツ、ボスに、そこら辺にあるボールペンを売りつける気だ」


 取り巻きが爆笑する中、一切表情を変えないギルガメッシュ。


 笑っている取り巻きの頭部に何かが勢いよく当たる。

 魔法道具でもある衣服が攻撃と判断したものを軽減するから、大したことは無い。ただし、敵襲である以上、反撃の為に銃を抜く。攻撃してきた方角には誰もいない。


 落ちているものは。

「ボールペン」

 無数のボールペンが夜空を舞い、矢の如く降り注ぎ、取り巻き達に痛みを与える。

 怒る取り巻き達はロキに発砲しようとすると、一本たりとも降りかかってこないギルガメッシュが腕を横に広げて制止。


 ロキが「痛い、痛い」と叫ぶ取り巻き達を笑いながら、腕時計に付いたつまみを回す。


「足もと、ご注意くださ~い。ボールペンはあなた達にサインがしたいそうです」


 足もとに散らばったボールペンが急浮上。下からも取り巻き達を襲撃。


「痛ッ」

「クソッ」

「ッー、チクショ」


 部下が弄ばれても、ギルガメッシュは動こうとはせずに、ただロキを見る。下らないものでも見る冷たい視線で。


 ロキは苦笑を浮かべて腕時計のつまみを回し、飛ばしたボールペンを巣であるアタッシュケースに戻した。


「コントロールに重きを置いただけの、威力の無ぇガラクタか」

「まぁまぁ、赤インクが切れた時にでも、使ってみてくださいよ」


 軽い調子で言うロキ。


「人一人も殺せないペンでか。ハハッ、まぁいい」


 そう言ってギルガメッシュが何かを落とす動作をすると、アタッシュケースがいくつも無造作に落ちていき、そこから現金が顔を覗かせる。


「抱き合わせ如きにナンバーワンの俺はケチらねぇ。テメェもケチらずに、さっさとグラムとゲイボルグを見せろ」

「いやはや、オードブルも食べずにメインディッシュだけだなんて、もったいないですぞ」


 ロキはアタッシュケースの山からギルガメッシュ所望の一品を取り出す。


「俺は丼ぶりものを食いに来たのに、テメェが一方的にコース料理を出してきただけだろ」

「これは失礼。ウチは汁もの付きなんです」


 刺々しい装飾をしたナックルガードに、竜の尻尾を思わす曲刀。それをロキが「ジャジャ~ン」と自分で効果音を付けながら掲げる。


「スミス・ガーランド商会が発掘し、復活に成功させた魔剣グラム。かつて、人間に竜殺しと言う偉業を可能にさせた最強の剣」


 グラムは軽く振り回しただけで轟音を鳴らす程の衝撃。思わず耳を塞ぐ取り巻きも。


「いかがです~。剣のトーシローが振っただけで、この威力。屈強な皆様が振るいました日にゃあ、神々もガクブルでしょうに。って、ボスは神様でしたね」


 ギルガメッシュは顎で取り巻きの一人を促し、魔剣グラムを収めたアタッシュケースを取りに行かせる。

 ロキが「はい」と魔剣グラムを渡す。取り巻きは持った瞬間、あまりの重さに腕が千切れそうになり、ケースごと落としてしまう。


「あらら~。いい年してらっしゃるのに、お使いもまともにできないんですか~」


 悠然とギルガメッシュが歩き出し、腰を抜かした取り巻きを見下ろす。


「ヒッ、スィ、すいましぇ、すいませぇーん」


 悲鳴をあげる取り巻きを無視して、ギルガメッシュが魔剣グラムを握る。かったるそうな息は獣の唸り声。

 極限を発す眩しい煌めき。岸壁全体を哭(な)かす旋風が巻き起こる。ギルガメッシュが勢いよくグラムを振り抜いたのだ。

 コンクリートを深く抉り、一刀両断し底が露わになった海。


「ハぁ、ハァ、はぁ、はッ」


 息を絶え絶えにしているのは、グラムを床に落とした取り巻き。ギルガメッシュの圧倒的な斬撃を間近で見て、遅れてやって来る死の恐怖が放心を生み、失禁させてしまう。


「ハハハハハハハ。ウチでオムツとミルクを用意しましょうか。ハハハハ」


 ロキが大笑いすると、ギルガメッシュから舌打ちが。


「グラムは神か選ばれた人間にしか持てねぇ。テメェでモノホンかどうか確かめたんだよ」


 ギルガメッシュが取り巻きの襟首をつかみ、片手で体ごと持ち上げる。


「俺は心の広さでもナンバーワンだ。テメェは頭でも冷やしてろ」


 突き放された取り巻きは海の底に投げ込まれる。直後、割れた海水が元の海に戻ろうと勢いよく海底を飲み込んだ。

 その様子をギルガメッシュが鼻で笑うと、グラムがガラス細工の様に粉々に砕け散る。残った柄も、下らんと言わんばかりに握り潰されてしまう。


「おい、クソ商人。ボスに偽物を売りつける気か」


 取り巻きが一斉に責める。ロキは両手を少し広げ「まぁまぁ」となだめようとする。


「待って下さい、待って下さい。魔剣グラムは本物です。スミス・ガーランド商会の全魔法使いが、持てる魔力と魔法を注ぎ込んで復活させました。ただ、グラムは旧神々の時代の品。いくら神器と言えども、悠久の時には勝てないものなのです」


 丁寧口調になるロキだが、このグラムは偽物。闇市で買ってきた剣をアルベルトに起動型魔法をかけてもらった。


 一つめは神かアルベルト以外が持ったら、剣の重量が極大に増大する魔法。二つめは振った勢いに応じて剣の重量が増大する魔法。計二つ。ただし、威力に関しては想定外だった。


「これは剣にとっての天命なのです。最後に真の力を発揮できて、本望だったのではないかと思います」


 取り巻き達はロキを睨むが、ギルガメッシュは冷めた様子で見ている。


「天命でもなんでもいい。ナンバーワンの俺が持つには相応しくない、ゴミだって事だ」

「申し訳ございませんが、代金の方は支払って頂いてもよろしいですか?」


 すかさず口を挟むロキ。


「かまわねぇ、ああ、かまわねぇよ。だから、さっさとゲイボルグを出しやがれ」


 ギルガメッシュの催促にロキは小走り。グラムを振るった衝撃で散らかってしまった商品の中から、ゲイボルグを探すフリ。別行動をしている時雨と凛陽、アルベルトがリザを連れ出す為のいい時間稼ぎだ。

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