第二章 魔法使いと神(3)

 閑静な住宅街。復活した神々により地区の名前や仕組みは変わってしまっても、街並みは表面的に変わらない。


 日の当たるマンションの屋上。飛び降り防止の柵の間に三脚付きの望遠鏡を通している。覗いた先には、塔を組み合わせた造りをした塔屋のある青い屋根の建物マクスウェル家が。


「お姉~ちゃ~ん。お昼買ってきたよ。張り込みと言えばやっぱり、アンパンと牛乳だよね」


 凛陽は楽しそうにポニーテールを振って、望遠鏡を覗いたまま動かない時雨の傍に。

 お昼の入ったコンビニの袋を時雨の耳もとで揺らす。反応しないから凛陽は声をワントーン下げて話しかける。


「様子はどう? お姉ちゃん」

「凛陽が出かけている間にbabironの車が一台。停車時間は三分にも満たない」

「あの家、どんだけbabironで注文してんの。どうせ見張りだろうけど」


アルベルトに会いにbabironへ潜入するロキと並行して、時雨と凛陽はマクスウェル家を張り込んでいる。


 神々の宴が終わった後、ロキが見ず知らずのリザと言う女性から弟アルベルトの救出を頼まれ、それを引き受けた事を時雨と凛陽は聞いた。


 凛陽は快く思わなかった。その上でロキからマクスウェル家の張り込みを頼まれたのだ。もちろん反対だったけど時雨が引き受けてしまった以上、ついて行くしかなかった。


 張り込みの狙いはリザとアルベルトの両親の実態。帰ってくる場所として安全なのか。ギルガメッシュの裏をかいた潜伏地になるのか。直接家の中に入れなくても何か情報が手に入る筈だ。


「お姉ちゃん、あ~ん」


 凛陽が横からアンパンを口元に運ぶ。それを時雨が一口食べる。

 もう一回食べさせようとする凛陽だったが、時雨が僅かに口元を逸らしてしまう。


「ありがとう。私はこれでいい」

「ゆっくり食べたいんだよね。じゃあお姉ちゃん。アタシと交代しよう」

「いい」


 そっけない返事に、凛陽はしょげた様子で食べかけのアンパンを袋に戻す。


「ねぇ、お姉ちゃん。ムカつかない? アタシ等ロキのパシリだよ」

「…………」


「アタシ達は仇がギルガメッシュって分かった時点で、ロキから離れたっていいと思うんだよね。だって、アイツとは一緒に仇を取る約束をしてないから。アイツと一緒にいる必要は無いし、頼みなんか無視してもいいのに。どうしてお姉ちゃんはアイツの言う事を聞くの?」


 凛陽が矢継ぎ早に不満を吐き出した後、まだ足りないのか床を強く踏み付ける。それでも時雨は望遠鏡を覗いたまま動じない。

 沈黙。


「ごめん怒ったりして」

「私はロキの仲間になると約束したから、それを守っているだけにすぎない」


 頑なに約束を守ろうとする時雨に凛陽は小さくため息。


「お姉ちゃんがそう言うなら、まぁいいけど。アタシも全部反対ってわけじゃないし、ギルガメッシュをブッ殺すついでに、アルベルトって奴を助けてやればいいんでしょ」


 凛陽は自分の分のアンパンをかじりつき牛乳を飲む。


「でもムカつくけど、実力差絶望的だから修行しないといけないのに、目立つのダメだから火も出せない。これじゃなまっちゃう」


 凛陽は大きな口でアンパンをまた一かじり。


「火を出さなければいい」

「それだと地味だから、モチベ上がんないんだよね~」


 簡単な昼食を済ませた後、凛陽はレジャーシートに座ったらすぐ寝てしまう。

時雨は変化の乏しい景色に飽きる事も、そこからくる疲労をものともせずに、張り込みを続行。


 黙々と、マクスウェル家の前に黄色い塗装に赤い縞が一本、babironと書かれた乗用車が止まったら、止まった時刻と停車時間、乗っている人数、望遠鏡で分かる範囲の事をメモ帳に書いていくだけ。


 凛陽が目を覚まし、草薙剣で素振りをしている頃。


「別の車」


 声を聞いた凛陽はすぐ素振りをやめ、時雨の傍に。


「どうしたのお姉ちゃん?」


 マクスウェル家の前に白い車が止まる。男の医師と女の看護師が降りて中に入って行く。ロキから聞いていた通り、植物状態になったアルベルトとリザの両親の訪問看護だ。


「時刻は十五時六分。医者と看護師を確認。植物状態の可能性大。後は滞在時間だけ」


 時雨が淡々とメモ帳に書きこむ。


「本当だったんだ。なんか、ちょっと可愛そう」


 実質的な両親の不在。身勝手な神による監禁。マクスウェル家を見下ろしながら自身の境遇と重ねてしまい、しんみりしてしまう。


「でも、アタシにできる事は、せいぜいギルガメッシュをブッ殺す事しかできないから」


 凛陽はすぐ切り替えて素振りを再開。

 十五分後。マクスウェル家から医師と看護師が出てくる。時雨はそれをメモ帳に記入。以降は二時間に一回位のペースでbabironの車が止まった。


 二十一時。夜空を住宅街の灯りが照らす。凛陽は簡単な昼食しか食べてないから空腹と暇に対する忍耐は限界を迎える。


「お姉ちゃん帰ろう。犯人の張り込みじゃないんだからこれ以上動きなんてないよ」

「見張りを継続したいけど、ここで寝泊まりまでするのはよくないから、凛陽に賛成」


 凛陽はレジャーシートを畳み、時雨は望遠鏡から三脚を外した後、リュックに入れる。


「よし」


 リュックを背負った凛陽は時雨を軽々とお姫様抱っこ。


「舌、噛まないでね」


 凛陽が時雨に促すと、助走をつけて飛び降り防止の柵を越える。夜空を舞った後、マンションの裏側へと急降下し、落下の衝撃が目立たないように着地。


 草薙剣を覚醒させて以降、身体能力が向上しているからできる離れ業だ。


「クーーーッ。膝に来るーッ。お姉ちゃんをこうできるのはサイコーなんだけど、着地はサイテー」

「凛陽。ありがとう。下ろして」


 時雨に頼まれたが、凛陽は続けたいから降ろそうとしない。


「歩けるから」


 表情の乏しい時雨だけど頬が少し赤い。それが可愛いく見えた凛陽はもっと見ていたいと歩き出す。


「下ろして」


 心細い様子で震えた声を出す時雨。なにかに怯えた様な目で凛陽に訴えかける。


「……分かったよ。気を付けてね」


 凛陽が優しく下ろすと、時雨は今すぐ離れようと足早に歩き出してしまう。アパートまでの帰り道、姉妹の距離が縮まることは無かった。



 張り込み生活三日目。早朝。時雨はマンションの屋上で望遠鏡に三脚を取り付けていた。


「フワァ。サイテー疲れた。ロキの奴、寝ているアタシを起こして、ギルガメッシュを倒す作戦がどうのとかって言うから、ついて行ってみたら汚い廃ビルだし。縛られたオッサンの前でメイクのやり方を教えろとか、意味分かんないし。ふざけんなっーの」


 凛陽はビニールシートを敷くと、すぐに休んでしまう。


 昨日ロキに起こされ、メイクを教えた後、アパートに戻ったら張り込みに出かける時間だった。徒歩でマンションに到着後、人目の付かない場所から、荷物を背負った時雨を背負い、壁を蹴って跳んでいき屋上の柵を越えた。


「凛陽。五回目」

「お姉ちゃんも怒った方がいいよ。お姉ちゃんだってロキの被害者なんだよ。一昨日babironから帰ってきたと思ったら、汚い服の洗濯をさせられたんでしょ。マジサイテー」


 望遠鏡をマクスウェル家が見下ろせる場所に設置し、張り込み開始。


「家事くらいしかできないからいい」

「ま、ふぁ、アタシも家事をやらないとなんだけど、ね。やっぱりアタシが見ようか」

「凛陽は飽きっぽいから向いてない」


 体を起こそうとしていた凛陽はガクッと倒れる。


「お姉ちゃん手厳しい…………そうかもだけど」


 凛陽が寝てしまった後、babironの車がマクスウェル家に停車する。そして、スタッフに偽装した見張りが降りたかと思ったら、三分もしない内に乗り込み発車してしまう。


 その見張りが三回目。十一時になると凛陽が目覚め昼食を買いに飛び降りる。


 凛陽が昼食を買って戻ってくる。時雨は昼食を食べる時も望遠鏡から離れようとしない。


 十五時。凛陽が素振りに飽きた頃、babironの車ではなく訪問看護の車が止まる。この三日間、訪問看護も五分前後の誤差があるくらいで一定している。


 二十一時。六回目の見張りが止まる。いつもの三分間が終わると、凛陽は変な時間に寝てしまったせいか眠そうにしていた。時雨としては規則性を確かめる為に徹夜で続けたかったが、自身が睡魔に負ける可能性を考慮して、この日の張り込みを終了した。



 張り込み生活が続き、凛陽も壁を蹴りながら屋上を登るのに板が付いてきた頃。

 振り下ろした草薙剣は例え炎が出ていなくても力強く。薙ぎ払いは旋風を起こし、気合いの入った突きは間合いを一気に詰めそうだ。

 凛陽が自主練する中でも、時雨は意に介さず望遠鏡を覗き続ける。


「ぁ゛あ~疲れた」


 草薙剣を消した後、凛陽はビニールシートに寝転がって空を眺める。晴れ時々曇り。


「そろそろbabiron来る?」

「来てない」


「そっか。お姉ちゃん聞いてよ。朝ここまで登っていく途中、|JK(じょしこうせい)をチラッと見たよ♪」

「J………K……ジャック……ナイフ」


 ボソリと出た言葉に凛陽は笑う。


「お姉ちゃん、そのボケは無いって。まぁ、フツーのことなんだけど、ちょっと学校が懐かしくなっちゃった。アタシらもJKだったんだな~って。今は探偵部みたいな。アタシ帰宅部だったから部活入るとこんな感じかな~」


「今の時間だと授業中」


 時雨の返しに凛陽は苦笑いする。


「そりゃそうだけどさ~。あーそう言えばアンちゃん、今どうしてるかなー。お姉ちゃんも気になったりする娘とかいる?」

「いない。私は独り」


 凛陽は慌てて起き上がり正座。時雨から見えてはいないが両手を合わせて謝る。


「ごめん。本当にごめん。嫌なこと思い出させちゃった。本当にごめん」

「どうして謝るの?」


 時雨は気にも留めていない。


「そ、そ、それはそのー。お、お姉ちゃんがボ、じゃなくて。ここ、うっ、っそれもダメ。あー、い、い、今はアタシがお姉ちゃんを守るし、一緒だから寂しくないよね」


 支離滅裂な凛陽を無視して時雨は張り込みを続行。

 すると、マクスウェル家の前に、クリムゾンに攻めたフォルムをしたスーパーカーが止まる。洗練されすぎたその車は止まる場所を間違えたのではないかと思う程、住宅街ではとても浮いている。


「止まった。babironの車じゃない。スポーツカー?」

「マジで。ちょっと見たいんだけど」


 速報に食い付いた凛陽が時雨の傍に。


「え」


 望遠鏡を覗く時雨がいきなりへたりこんだ。白い肌は血の気が引き蒼白に、口をわなわなと震わせたまま恐れ戦いている。


「お姉ちゃん!! お姉ちゃんどうしたの。なにを見たの?」


 確かめる。望遠鏡の先にいる姉時雨を壊した存在を。


 スーパーカーのガルウィング上向きドアを開けて颯爽と降りる男。

 冷たく鋭い視線が見下してくる。突き刺し凍りつかす様な威圧。鮮血の様な髪に、洗練と荒々しさを共存させた顔立ち。派手な黒い衣装。ギルガメッシュだ。


 たくさんの怒りが血管を沸き立たせる。今すぐ殺してやると全身が強張る。凛陽の周囲がいっきに燃え上がる。


「ギルガメッシュュュュュュュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ」


 飛び出そうとする脚が床を砕く。小さな角を生やし、制服から覚醒した時の衣装へと変わる凛陽。抜き身の草薙剣を携え、狙うはギルガメッシュの首。

 唸りで揺らめく纏う炎。両親を殺し、自身を殺し。姉時雨を悲しませ心を砕かせた元凶。恨みを募らせるだけ募らせて力の更なる最高点を目指す。


 炎の中、俯き震える時雨。内から溢れ出す苦痛に苛まれ、外から襲いくる憎悪に蝕まれていく。喘ぐ様は朽ちるようでとても痛々しい。それでも、なんとか凛陽を見上げる。


「ぁ………はぁ…………だ……………め………………っ………………………」


 燃え上がる憎悪にか細い声は焼け石に水。


 屋上を勢いよく火の玉が飛び出す。空を舞う火の玉はやがて炎の矢となって、獲物目がけて飛んでいく。

 下から大水が放たれ、炎の矢を迎え撃つ。勢いは死に炎は種火すら残っていない。


 続けざまに水の縄が伸びてくる。炎の矢でなくなった凛陽の四肢を捕らえ、いっきに地上へと引きずり落とす。


 高熱でひしゃげた柵に壊れた望遠鏡。墜落してしまった凛陽。事の顛末を見ていた時雨は呆然とへたりこんだまま。

 ギルガメッシュの声。遠くにいるのに近くで話している様な大きい声量が聞こえてくる。


「オイ女。ナンバーワンの俺が直々に話しをしに来てやったのに。鉄砲玉を放ちやがって。潰されたくなかったら、さっさと俺の所に来い。場所は散々見たんだから、分からねぇとは言わせねぇぞ」



 途絶える声。

 話しは理解している。動く、動かない、動く、動かない、動く、動かない、動く、動かない。点滅する苦渋の選択に息だけが速くなる時雨。



 しんしんと雨が降り注ぎ薄暗くなった住宅街。空よりも重い沈鬱な面持ちの時雨。体は震え続け、一歩踏み出す毎に息を絶え絶えにしながら通りを行く。


 住宅街には相応しくないクリムゾンのスーパーカー。マクスウェル家の前に到着した。


 時雨は見た。見たくなかった不快な光景に胸が締め付けられる。いっそう増す寒気に視界が歪んだ。全身から力が抜けるのに、また吐き気だけが込み上げてくる。


 道路にうつ伏せで倒れている凛陽。力を発した赤い髪は維持しているが、背中には先端が四つ又に別れた杖が突き刺さり、先端から伸びた水の縄によって四肢を縛られている。


 時雨は口を押えるので精一杯。

 姉の気配を感じのか目を開ける凛陽。元気そうな声で話しかける。


「おっ、お姉ちゃん。アタシは大丈夫だから」


 凛陽の声を聞いて、込み上げていた吐き気が引く。まだ体中のあちこちが悲鳴を上げているけど、なんとかこの場に留まる事ができる。


 舌打ち。ギルガメッシュが時雨を睨んだ。


「遅い。遅すぎる。俺はテメェらと違って暇じゃねぇんだ。さっさと来い」

「なにが暇じゃねぇんだ、よ。アンタどうせ高そうな部屋で、イイ感じのソファにふんぞり返っているだけでしょ」


 ギルガメッシュが煽る凛陽の顔面を蹴飛ばす。目を背けた時雨は拳を握っていた。


「バカが。ナンバーワンの俺がスケジュールを調整して時間を作ってやったんだよ。テメェみたいな鉄砲玉のせいでまともに話しができねぇじゃねぇか」

「話し? アタシ達の家族を殺しましたってアンタの口から発表するのと、アタシに殺されてくれるんだったら特別にしてあげてもいいわよ」


 偉そうな態度をしてみせると顔面を潰す蹴りが入る。


「あ゛、家族? 殺される? テメェ、どっちの方が立場が上か分かってんだろうな」

「話をするなら見下してんじゃねーよ」


 まだ再生しきっていない状態で凛陽がギルガメッシュを睨みつけたら、頭を踏んづけられてしまう。


「俺の質問にだけ答えろ。俺の優秀な部下が視線を感じたらしくて、少し調べてみたら。俺の首を直接取りに来たバカが張り込みをしていると報告してくれた」


 時雨は口をつぐんだまま。


 拘束を脱しようと全身に力を入れる凛陽だが、熱くなるだけで火は点かず、雨を吸って強力になった水の縄を引きちぎれない。その上、踏んづけてくる力は頭蓋骨にヒビが入る様だ。


「アンタの弱点を探してたら、この家が弱点になりそうだから、調べていたのよ」


 吐き捨てるように言ってやった。


「明日も|刑事(デカ)のマネをしてたら、マンションへの不法侵入でヴァルハラに通報するぞ。証拠もある。加えて神々の宴でも狼藉を働いたからな。俺の証言があれば間違いなく終わりだ」

「通報? ハハハ超ウケる。ブッ殺すの間違いじゃないの? アハハハハハハ」


 |警察(ヴァルハラ)と言う単語がギルガメッシュからあまりにもかけ離れているから、凛陽はおかしくてしょうがない。

 見下ろすギルガメッシュは頭を踏んづけたまま顔を近づける。


「教える事でもナンバーワンの俺が分かりやすく教えてやろう。この家に手を出してみろ。この俺と、この俺の優秀な部下達が、テメェらと黒幕を一人残らず始末してやる。そのつもりで覚悟しておけ」

「アンタこそ。アタシ達の家族を殺し、お姉ちゃんを悲しませたらどうなるか。思い知らせてやるんだから!!」


 負けるものかと、凛陽が気迫の籠った形相で睨み返す。

 一瞥もくれず顔面を蹴りつけたギルガメッシュ。時雨の方へと近づく。


「テメェさっきからしゃべらねぇな。答えてくれんのはうるさい奴ばかり。だから、改めて質問だ。どうやってこの家を知った?」


 迫ってくる仇。威迫に圧されて鼓動は速くなるのに恐怖で意識が遠のいていく。

 

 必死な凛陽の「逃げて」の警告を、天叢雲剣の「戦え」と言う声が苛んでくる。混乱が時雨を完全に動けなくする。


「ノロマ。どうやってこの家を知った?」


 ギルガメッシュの詰問に時雨の頬を雨粒が伝うだけ。


「ノロマ。テメェしゃべる事もできないのか?」


 業を煮やしたギルガメッシュが時雨の顎を乱暴につかみ、体ごと軽々持ち上げる。


「お姉ちゃんに手を出すなァッ!!」


 水の縄による拘束を解いた凛陽。体に杖が刺さったままにも関わらず、炎を纏い草薙剣で斬りかかろうと突進する。


 銃声。弾丸が無情にも凛陽の胸部を抉り、いっきに遠くへ吹っ飛ばす。

 時雨を見たままギルガメッシュは長柄の銃で凛陽を撃ったのだ。


 造作も無いと鼻で笑い銃を消してみせる。悪意よりも時雨は、遠くで倒れ、髪も赤から茶色に戻り、草薙剣を失い、胴体から激しく血を噴き出した凛陽が目に入る。


 生きている事は分かっている。ただ、不快な過去の死が重なる。それは、凛陽の死だけではない。両親の死はもちろん、最近殺してしまったギャングの死も。


 真黒な死に呑まれた。不快な筈なのに、むしろ身を委ねることにした。存在自体が不快な死そのもの。吐き出される言葉は全てが悪辣で、もたらされるのは絶望。そんなものにつかまれたのだから時雨には為す術が無い。


 ただ、めぐった恐怖が抜けた訳ではないから、体が時雨にもがく様な息をさせる。


「ッハハハハハハハハ」


 笑い出すギルガメッシュ。気が狂ったのかと思わす程の変わりようだ。


「ハハ、驚いたぞ。見た目はおろか、とんだ腑抜けになったもんだ」


 言ってる内容が理解できない時雨。


「怖いのか? あの時、お前の父親の張った結界を、この俺が壊してやった。後は部下が蜂の巣にして、逃げる母親も以下同文にした」


 悪意に満ちた言葉が惨劇をより鮮明にしてくる。聞きたくもない事実を仇の口から聞かされる拷問。


「ポニーテールのガキが恐れず歯向かってきたからな。殺し方でもナンバーワンの俺が直々に斬ってやった。この俺の腕前だから肉は綺麗に真っ二つ。派手な血飛沫が見れた」


 返り血の如く言葉と記憶が飛び散る。これ以上耐えきれない時雨は目を虚ろに。

 壊れた様子に歪んだ笑みを浮かべるギルガメッシュ。つかんだ顎を放す。


「来いよ。あの時みたいに、この俺に歯向かって来いよ」


 自分の首を切る仕草をして挑発。


「ナンバーワンの首なら、がら空きだぞ」


 降りしきる雨の中、時雨は糸の切れた人形みたいにこのまま朽ち果ててしまいそうだ。

 見下していたギルガメッシュが舌打ちする。


「時間を無駄にした。ノロマ以下の不良品が」


 そう言い放った後、ギルガメッシュは踵を返しスーパーカーに乗り込む。そして、エンジンをかけると一気にフルスロットル、急発進。時雨に思いっきり大きな水飛沫を被せ、咳きこみそうな排気ガスを浴びせた。


 凛陽が目を覚ますと小雨になっていた。ギルガメッシュは既に去り、時雨は呆然とへたりこんだまま。


「お姉ちゃん」


 傷は塞がり立ち上がって時雨を助けられる。呼びかけても反応しないから焦るが、このままではいけないと肩を組んで支える。


 雨の上がった人気の無いバス亭。薄い屋根の下、ベンチに座った凛陽が時雨を膝枕にして金糸に輝く白き髪を優しく撫でる。

 時雨の体は酷く冷え切り。白い肌がますます白い。それを凛陽の高い体温が温める。

 寝息を立てずに眠る様はなにを見ているのか分からない。


「お姉ちゃん、ごめんね」


 涙を流していると時雨が目を覚ます。


「お姉ちゃん!!」


 嬉しそうな声を出す。凛陽は興奮で時雨と密着したくなるが、それを我慢。一息して気持ちを改める。


「ごめん、お姉ちゃん」


 大きな声で謝る凛陽だが時雨は理解できてない。


「ごめん、屋上で話していた時。アタシ、お姉ちゃんを守るって言ったのに。アタシ、ギルガメッシュを見たらすごいムカついて、一人で飛び出してた」


 凛陽が顔を大粒の涙でぼろぼろにしながら反省を語った。


「気にしてない」


 時雨は落ち着いた様子で凛陽を眺める。


「でもぉ、アタシ、アタシ、お姉ちゃんを守るって決めたんだよ。それなのに一人にしちゃって不安にさせたんだよ。サイテー、サイテーだよ」


 いっきに落胆してしまう凛陽。


「気にしてない」


 時雨はさっきと変わらぬ調子で言った。とても無機質で、どこか他人事にも感じられる。


「お姉ちゃん。アタシが気絶している間になにかされてないよね?」


 質問に口重そうに答える。


「なにもされてない」


 目を背ける。


「嘘!! お姉ちゃん。何かされたでしょ。あご触られただけじゃないでしょ。ヤクザだし、アタシが倒れている隙に、お姉ちゃんのキレイなカラダに手を出したんだ。ねぇ穢されてないよね?」


 凛陽は怒って興奮気味。言葉に過剰反応した時雨は紅潮してしまう。


「だ、大丈夫。なにもされてない」

「本当かなぁー。まぁアタシはお姉ちゃんの言う事を信じるけど…………」


 自分の頬を叩いて気合いを入れる凛陽。


「とにかくッ、絶対アタシがお姉ちゃんを守るから」


 決意に満ちた頼もしい顔に時雨は小さく頷いた。


「そして、ギルガメッシュをブッ殺す」


 強く握りしめられた拳に、時雨から小さな嘆息が出た。



 babironが用意した魔法を研究する為の部屋。アルベルトはマクスウェルの悪魔の研究を続けている。ただ、ロキがトマス課長に成り済まして通うようになってからは部屋の片隅に置いた魔法道具の量が増えた。


「ロキさん。僕を外に連れ出してくれませんか」


 椅子に大人しく座り魔術書を読んでいるロキに、アルベルトが声をかけた。

 不意を突かれて「おっとっと」と驚いた素振りで、ロキは本を落としそうにする。


「オイオイ、アリー。せっかく文学に目覚めてマクスウェルの悪魔を全巻制覇したんだぜ。それで別のシリーズを読破しようと思っていたのに、もう閉館かい」


「よ、読んだんですか? 内容わかったんですか?」


 驚くアルベルトに、ロキは今持っている魔術書を逆さまにしてパラパラさせる。


「ああ、分からないところはすっ飛ばして、だいたい分かった」

「それ、分かってるんですか」


 怪しいと言う視線にロキは自信あり気に笑う。


「あれだろ。全種類の魔力を一箇所にグワァーッと集める魔法だろ」


 要点をかいつまめば、確かにその通りの内容。


「そうです。地水火風、氷、雷、光、闇、生物、全ての魔力を一つの場に集約する魔法。それがマクスウェルの悪魔です」


 アルベルトの言葉を聞いてロキは首を捻る。


「確かにスゲー魔法だ。神々の時代にそんな魔法は無かった。チョー見たい。ただ、こんな魔法がギルガメッシュの役に立つのかねぇ」


「うーん。ギルガメッシュさんも、魔術書をパラパラ見ただけですからね。都合の良い部分だけを見て攻撃魔法だと思ったんでしょう」


 ロキはつまらなさそうに背もたれに体重を預ける。


「んなこたぁ、どうでもいい。アリー、どうしてデメテルや天(あま)照(てらす)みたいな生活をやめる気になったんだ?」


 理由を聞かれて、アルベルトは言い淀んでしまう。


「どうして、そんな事を聞くんですか?」


「どうして? ああ、別に話してくれなくても構わないんだ。もし、好待遇の条件を捨てたくなっちゃった理由を話してくれたら、俺のモチベーションって奴が上がって。当社比五十パーセント増しで、よりイイお仕事ができるかもしれないんでね」


 立ち上がったロキ。スローリーな踊りと、キレッキレな踊りで比較してみせた。


「マクスウェルの悪魔の研究に行き詰りを感じたんです。僕は先祖が残してくれた魔法陣の基礎でも詰まっちゃうんです。だから、前にロキさんが言っていた、もっと刺激のある外で魔法を研究すれば上手くいくかもしれない。そう言ったのは貴方ですよ」


「ああ、そうだな。んな事も言ったっけ」


 含み笑いをしながら、とぼけるロキ。


「本当にいい加減ですね。正直、僕は貴方が研究の邪魔になると思いました。実際、僕に今さらな魔法の基礎を講じたり、魔法道具を作らせたり、大きい独り言を言って邪魔でした」


 ロキは何も言わないが、傷ついたと自分を槍等で突き刺す素振りをする。


「でも、楽しかった。正直独りで研究している間、心のどこかでロキさんが来るのを楽しみにしていました。最初は邪魔だったし、姉さ、あの人の使いだと名乗るし、魔法の研究を中断させられる。そう思っていたけど…………」


 ロキはふざけたりせず、ただ頷く。


「ロキさんは今まで会ってきた人種とは違う。いろいろ無理矢理だったけど、魔法の楽しさを教えてくれた。そんな人いや神だから信用できる。だから、きっと、ここではないどこかで魔法の研究をすれば、上手くいくかもしれない」


 アルベルトの声が小さくなる。静かな部屋だからじゅうぶん聞こえる。


「あの人がロキさんに頼んだのも分かる気がします」

「会ったのは一瞬だけどな」


 椅子に座ったロキが足を浮かせて体を伸ばす。


「僕、姉さんにお礼を言いたい」


 決意のある強い言葉にロキはふざけた調子で笑う。


「礼? 礼ならまず俺に言えよ。てかアリー、姉さんなんていないんじゃなかったか? いつからそう言う設定になったんだよ」


 アルベルトは「ゲームじゃないんだから」と苦笑い。


「ロキさんには十分感謝していますよ。本当です。でもやっぱり、こうやってロキさんと会えたのは姉さんのおかげだし…………」


 はにかんでいるのかアルベルトの顔は赤く、指をもじもじと組む。


「なんだそりゃ。じゃあ、どうして姉さんの事が嫌いなんだよ? 言う事だって聞きたくなかったんだろ?」

「そ、そりゃ、い、今でも嫌いですよ」


 ロキは「ほらな」と腕を広げる。


「……だって、勝手な人だし、なに考えているか分からないし。僕が試験に落ちた時、すごく嫌な事を言ったし………正直、好きにはなれません」


「イヤなこと? なに言われたんだよ。アリー」


 ニヤニヤと笑い興味津々なロキ。


「べ、べつに、そ、そんな事、今は関係ないじゃないですか…………」

「ぇえっ、関け――」


 言いたくない事でも、お構いなしに聞いてくるロキを阻止しようと、アルベルトは慌てて話しを続ける。


「それに脱出したくても、ギルガメッシュさんが姉さんを人質にしているから、もし、僕が逃げ出したら、姉さんがどんな目に遭うか」


 ロキの舌打ち。頑なに理由を話そうとしないからだ。


「人質? じゃあ、なんでスィートルームにいたんだよ。スィートって確か、セレブの為のセレブによる部屋だろ。そういうとこに置くって、もう玉の輿ルート確定なんじゃねぇの」


 アルベルトはロキの言葉に想像してしまったのか、いっきに紅潮して慌てる。


「ね、ねね、姉さんはコックなんです。ギルガメッシュさんは建前上、姉さんを専属料理人にしているんです。僕が逃げ出したら、たぶん殺すんです」


「じゃあ、アイツは宴の時に、リザが作った飯でも食ったのか」

「食べたんじゃないんですか」


 投げやりと言うよりは分からないし、どうでもいいアルベルト。


「そんな事より僕の両親です。僕と姉さんは動けます。でも、僕の両親は魔法の事故で動けない体になったんです。僕たちだけ逃げるわけにはいきません」


「ああ、そういやそうだな」


 ロキは気だるそうに答える。


「でも、引っ越したいんだろ?」

「はい」


 しっかりした返事を聞いたロキは楽しそうな様子で手を叩く。


「俺がテキト~に台本を考えてやるよ。カット無し、スタント無し、アドリブ有り、予算は一千億、CG、爆破、何でもアリのな」

「古臭いコピーですね」


 アルベルトは小さく笑う。


「アリーにも参加してもらうからな。助けてもらってばっかのヒロインはイヤだろう」


 ロキに指されたアルベルトは戸惑ってしまう。


「どうすればいいんですか?」

「そうだな。アリーには小道具を任せようか」


 意味が分かり納得する。


「さぁ、これから忙しくなるぞ~。アヒャヒャヒャ、フヒヒヒ、ハハハハハハハハハハハハ」


 部屋を出るまでの間、これから起こすワクワクな事にロキの笑いが止まらなかった。



 アルベルトを研究部屋から外へ連れ出す予定の前日。トマス課長に変装したロキが、顔をすっぽり隠すヘルメットに銀のアーマーで身を包んだ警備員を二人連れてきた。


「アリー。景気はどうだ」

「ロキさん。どうも」


 アルベルトが頭を軽く下げる。


「あ゛ー、アッツ。蒸すわマジ」


 くぐもった声。力任せにヘルメットを外し、自由になったポニーテールを思いっきり振る凛陽。

 アルベルトは自分と同じ年頃の少女が現れて呆気にとられる。


「アンタがアリーね。あのバカから聞いたけど、本当に女の子みたいな奴だね。いわゆる男の娘って奴? アタシの名前は真吹凛陽。アンタを助けてあげる美少女よ」


 どこか冷たく刺々しい自己紹介の凛陽。アルベルトは気にしている事を言われて、少し言いあぐねていたが、僅かに鼻を鳴らして口を開く。


「初めまして真吹さん。僕の名前はアルベルト・マクスウェルです。いつもロキさんからお世話になっています」


 頭を下げる。


「あっ、そう。そりゃよかったね」


 ぷいっと顔を逸らす凛陽にアルベルトは苦笑するしかなかった。


「このじゃじゃ馬はいちおう俺の仲間だ。近くの他人よりは信用できるぜ」

「も、もう一人の方もロキさんの仲間でいいんですよね」


 アルベルトはヘルメットを被ったままのもう一人の方を見る。常に光を反射している造りだから、ある筈の顔を伺う事もできない。


「…………」


 黙り込んだまま直立不動。


「時雨。そのゴツイの外さねぇと、一生聞こえねぇぞ」


 ロキに言われてヘルメットをゆっくりと外す。生糸の様に輝く白い髪と共に視線を逸らす時雨。


「真吹…………時雨」


 名乗るとすぐヘルメットで顔を隠してしまう。


「あっ、アルベルトです。よろ……しく」

「気を付けろよ。時雨に手を出したら漏れなく凛陽に殺されるぞ~」


 ロキの言葉を無視して凛陽が切り出す。


「ねぇ、アンタのせいでアタシとお姉ちゃんが、どれだけ迷惑しているか分かる」

「ハイ?」


 答えようのない問い。アルベルトはすっとんきょうな高い声を出してしまった。


「アタシ達、ギルガメッシュを殺すのが目的なのに」

「こ、殺す?」


 想像した事も無いから絶句。


「どこの馬の骨か知らないアンタを助けるって言う訳わかんない事に巻き込まれて、アタシとお姉ちゃんは迷惑してんの」

「気にするなよアリー。頼んだら時雨がやるって言ったもん」


 子供っぽい口調で擁護するロキ。


「アンタに発言権は無い!!」

「怒られちった」


 ロキは舌を出す。


「アンタ、ネクラの癖に三食昼寝付き、大好きな研究三昧で最高みたいな生活しといて。今さら自由になりたいとか超ワガママ。てか自由になりたいんだったら、自分で逃げ出す準備くらいしなさいよ。最初から他人に頼るなんてサイテーなんじゃないの。男だったら―――――」


 アルベルトは嵐が治まるのを待つ間、不快な蒸し暑さからヘルメットを外した時雨を眺めていた。ペンを走らせて何をメモしているのかを観察する筈が、上品な佇まいと美しさの中に漂う儚さに、ついつい目を奪われてしまう。


「アンタ、お姉ちゃんを穢らわしい目で見てるでしょ!! 見てないって言っても無駄なんだからね。アタシ分かるんだから。アンタ女々しい顔してる癖に、オスの臭いがプンプンしてんのよ」


「す、すす、すいません」


 頭をきちんと下げるアルベルト。


「違うでしょ。アタシじゃなくてお姉ちゃんによ」


 アルベルトは「ハイ」とすっとんきょうな返事。慌てて急いで頭を下げる。

謝られた時雨はまたヘルメットを被ってしまう。


「それにしてもアンタ、いかにも頼りないって感じだけど、階級いくつなの?」

「メイジ……………………五級です」

「ショッボ」


 凛陽がバッサリ切り捨てる。魔法使いには階級制度が設けられている。アルベルトが言ったメイジは最下級区分。その中に、十から一までの等級が定められている。魔法を使える一五歳の平均が三級から二級を持っている為、アルベルトの五級は低い方だ。


 空気が重くなる。それをロキが「ハイ、ハ~イ」と手を上げる事でぶち壊す。


「俺の名前はトマス・ミラー。babironで軍需品製造部門の課長してま~す」


 お茶らけた調子で自己紹介するロキ。誰もそれを笑おうとしない。


「ハイハイ、知ってる知ってる」


 凛陽が冷めた調子で受け流す。

 顔合わせが終わり明日に向けての作戦会議。ロキとアルベルトは椅子に座り、時雨と凛陽は椅子が無いのでベッドに腰かける。


「諸君。こうして集まってもらったのは他でもない」


 ロキが机に両肘をつき手を組んで大物を気取っている。


「下らない事を言ってないで話しなさいよ。ロキ」


 凛陽にツッコまれたロキは手を組むのをやめる。


「いいじゃねぇか。会議と言ったらこれだろ」

「真面目に話さなかったら帰るからね」


 眉間にしわを寄せる凛陽。アルベルトは苦笑するだけ。


「ヘェヘェわっかりましたよ。さて、俺はギルガメッシュを神器の取り引きでみごと釣ることに成功しました。おかげで明日は大商談会と大忙しなんですよ」

「すごいですね。ギルガメッシュさんを釣るなんて」

「ぉお~ちょろかったぜ。ゲイボルグとグラムの名前を出したらすぐに返ってきたぞ」


 褒められたのと引っかかりぷりを思い出したのか、ロキはニヤニヤしている。


「ゲイボルグ、突けば全てを討ち貫き、投擲すれば必中する槍。グラム、斬撃の瞬間に剣の重量を変える事で威力を何倍にも上げられる」


 神器の名前を聞いた時雨は反射的に呟いてしまう。凛陽はそれを「さすが、お姉ちゃん」と褒めて肩を寄せる。


「港から少し離れた所にbabironの倉庫兼ビルが建っている。そこには、女を囲うには立派な応接室があるみたいだ。しかも厨房付きときた。戦利品を持ち帰って専属料理人リザの旨い飯を食う。そんなギルガメッシュからリザを奪還して、俺達が一杯食わす」


 凛陽が「ふーん」と反抗的な態度を示す。


「本当にギルガメッシュがアンタの読み通りの動きをするの?」


 ロキが「チッチッチ」と言いながら指を振ってみせる。


「マジマジ。風の噂で聞いたんだって。ギルガメッシュが視察に来るぞ~って。皆ブルブル震えてたぜ。その日はトマスちゃん会社休もうかな~」


 ふざけていたロキは思い出したように時雨と凛陽の方を見る。


「さて二人には」

「アンタが取り引きしている隙にギルガメッシュをブッ殺すでしょ」


 そう言って凛陽は拳で手の平を叩き、殺(や)る気に満ちている。


「ギルガメッシュにボコされるの間違いだろ」

「フンッ」


 ロキの嫌みに凛陽はそっぽを向く。


「ロキが取り引きする一時間前に、私と凛陽でアルベルト・マクスウェルを外へ連れ出す」


 事前に聞いた事をメモした時雨はそれを淡々と読んで答えてみせた。

 指を鳴らす音。


「正解。でもカンニングしたら0点じゃないのかぁ~」

「これがテストだとは言ってない」


 冗談が通じないからため息。


「アリー。置き土産のアルベルト・マクスウェルを起こすのを忘れんなよ」

「はい」


 返事。そのまま話が進むから時雨は理解できなくて疑問を口にする。


「置き土産? アルベルト・マクスウェルは今座っている」

「真吹さ…………時雨さん。魔法で作った僕の身代わりです。これで時間を稼ぎます」


 アルベルトは凛陽から、姉の名前を気安く呼ぶなと睨まれてしまう。


「時雨、凛陽、アリーの三人でビルに侵入してリザを奪還。その後は大きい車をパクってマクスウェル家へゴー」


 アルベルトが「ぇええっ」と驚いた声を出す。


「誰が運転するんですか? 時雨さんと凛陽さんですか?」

「私と凛陽は一六歳だから免許を取得する資格が無い」

「姉さんも確か免許を持っていませんよ」

「いいじゃん。ああ言うのって動かすだけなら免許いらないんだろ。なんとかなる、なんとかなる」


 もともこもないロキの発言に誰も何も言おうとはしなかった。


「着いたら、アリーの両親を車に積んで、ニブルヘイムにあるゴミ集積場に行ってくれ。俺もギルガメッシュとのビジネスが終わったらそこへ行く。くれぐれも生ゴミは捨てんなよ~」


 ロキの不謹慎な冗談に軽く咳払いをしてから、アルベルトは口を挟んだ。


「これが作戦ですか? ゴミ集積場に集合した後は本当に先の事だから置いといて。ロキさんがギルガメッシュさんを引き付けるのは、ものすごーく不安ですけど、なんとかなると思います。でも、時雨さんと凛陽さんと僕で、姉さんがいるビルに侵入するのは大丈夫なんでしょうか?」


「大丈夫じゃね。凛陽と時雨は俺なんかよりツエーし、アリーには魔法がある。セキュリティはアーマーを付けてれば作動しないって、偉い人が言ってたし。引っかかったってギルガメッシュが飛んでくるわけじゃねぇし。楽勝さ」


 楽観的な自信と根拠の弱い説明だからアルベルトの不安は拭えず、増していくばかり。


「本当に大丈夫かなぁ…………」


 舌打ちして立ち上がる凛陽。ズンズンと怒りを露わにしてアルベルトへと迫り。青筋を立てて腕組みしながら見下ろす。

 殺気に満ちた威圧的な姿にアルベルトはすっかりビビってしまっている。


「アンタさぁ、どういう立場か分かってんの? アタシらは忙しい中アンタを助けてやってんの。いい、アンタみたいなザコ。アタシの一発で瞬殺よ。瞬殺。意味分かる?」


 襟を掴まれたり手は出されてないが、精神的にはかなり痛めつけられた。アルベルトに選択肢は無く謝罪の一択のみ。反論なんて以ての外、死ぬと言っても過言では無い。


「ごっ、ごごご、ごめんッなさぁいっ」


 ヘタレ全開で謝るアルベルト。そんな態度が気に入らないのか、凛陽は「フンッ」とポニーテールを振ってますます不機嫌に。


「そんなに信用できないなら一人で脱出すれば? できないなら、アタシとお姉ちゃんの為にも、ギルガメッシュを呼び出す人質になってよ」


 いつの間にか握っている刀。まだ抜き身では無いとは言え、その本気度が窺える。


「ま、まさか」


 一触即発の状況をロキが笑い飛ばす。


「凛陽の言う事は気にすんな。アイツはギルガメッシュに対する憎しみでグツグツ全身が煮えたぎってんのさ。安心しろ、アリーの身は俺が保障する。カタログなんかにゃ入れねぇよ」

「そ、そうですか」


 安心できないけど、とりあえず頷いておく。


「あ~あ、ダルイ張り込みが終わったと思ったら今度は魔法使いのお守りなんて、サイアク」


 露骨な嫌味を言って凛陽は時雨の傍に座る。


「話しは終わり? ロキ、私は帰りたい」


 メモ帳を閉じた時雨に、ロキは「ぇえ~」と不満そうな声を出す。


「ぇえー、帰んの。ぇえー、トークは大事でしょ。ッチ、帰らないと、預言者凛陽がうっせぇもんなぁ。じゃあ今日は解散」


「あ゛、アンタが死ぬ未来なら、いくらでも見えるけど」


 凛陽の文句に、ロキはそれを遮りたいと手の平を突き出す。


「ちょっと待った。お前らのせいで忘れるところだった。解散と言いたいがアリー、魔法道具をよこせ」

「ちょっと待ってください」

「アンタがボケてただけでしょ」


 ロキは作戦を練りつつ、様々な方法で使えそうな物をかき集めた。その一部を魔法道具にするようアルベルトに頼んでおいたのだ。

 受け取った後「サンキュ~、楽しみにしてるぜ」と礼を言ってから、ヘルメットを被った時雨と凛陽を連れて部屋を出ていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る