第二章 魔法使いと神(1)

 神々の宴から一週間が経った。ロキはリザ・マクスウェルに、ギルガメッシュからアルベルト・マクスウェルの救出を頼まれた事を凛陽と時雨に話した。勝手に引き受けた事に二人の反応は冷ややかで、一人でやってとか、勝つ方法を考えて等、辛辣な反応だった。


 ロキは情報を集めようと清掃員に成り済まし、アースガルド区画にある警察機構ヴァルハラへと侵入。

トイレ清掃をしているところ、用を足しに来たエインヘリヤル男性職員を塩素系と酸性系の洗剤を混ぜたガスで弱らせ、後頭部への一撃でお休み。その後は臭うから換気、着ている青い制服を拝借し、変装する為のカツラを被り、いらないのは個室に隠した。


 照明と壁の様な窓から入りこむ光でとても明るいオフィス。立派な机にはそれぞれデスクトップが並び、エインヘリヤルやヴァルキリー女性職員が様々な作業をしている。その中に平然とロキがいる。


 旧神々の時代に存在しなかったデスクトップの操作にロキは悪戦苦闘していた。電源の付け方は時雨のメモ帳でなんとかなった。ただ、魔法の呪文みたいに合言葉が必要だと聞いているので、それを探さないといけないのだが机の中から発見。


「オーガ以下だな。こりゃあ」


 ログインできたロキ。調べたい事を調べる方法が分からない。アイコンをダブルクリックすればアプリケーションが起動すると聞いたが、何を起動すればいいか分からない。とりあえず片っ端から起動して目的とは違うと判断したらバツで閉じていく内に、どうにか警察機構ヴァルハラの情報データベースに入る事ができた。


 最初に調べたのは時雨と凛陽についてだった。


 ミズガルズ区画郊外に住んでいた真吹家は、コンセントに溜まった埃による発火トラッキング現象による火災に見舞われ、逃げ遅れた一家は全員焼死したと言う事になっている。真吹家がどんな家なのかもついでに調べてみたが、情報らしい情報は全く出てこなかった。


 時雨と凛陽から貰ったアドバイス。出てこないものは無理して調べないに従う。


「おいおい、俺と一緒にいる二人は幽霊かぁ」


 次に調べたのはオーガのランギについてだ。時雨と凛陽の刀を狙う以上、ギルガメッシュとの繋がりがある無しに関わらず知る必要がある。


 オーガのランギの情報はニブルヘイムで聞いた程度のみ。異常な耐久力や、どこからともなく取り出す銃火器類については書いてなかった。だけど、ロキ、時雨と凛陽の襲撃がネルガル一派の凶行だろうと言う事を除けば、詳しく調べられていた。


「こりゃあ、リザや時雨が信じないのも無理ないな」


 今度はギルガメッシュを調べてみる。時雨と凛陽にとっての仇であり、リザの弟を監禁している神の特徴と弱点を知りたい。


 ギルガメッシュ。赤い髪に金色の瞳。三分の二が神で三分の一が人間。インターネット通販事業、株式会社babironの執行役員の一人。「ナンバーワン」と言う口癖が特徴。


 旧神々の時代では人間や怪物、神に戦いを挑んでいる。神が泥から創った怪物エンキドゥと引き分け行動を共にする。後、神の座に列席して人間達の王として君臨していた。


 能力等の情報は載っていなかった。


「ま~た、エンキドゥって名前が出てきた。見えないお友達じゃねぇよなぁ。オイ」


 分からない事が多いので今度はbabironについて調べてみる。組織図を見ると、CEOにエンリル、執行役員にエア、アヌ、マルドゥク、ギルガメッシュ、ティアマト。


 インターネット通販と言う事以外の情報だと、仕入れや配送も自社でやっているにも関わらず、神々の能力により安く商品を提供しながら莫大な利益を得ている。


「ププぅ。エア以外脳筋ばっかじゃねぇの。コレ」


 ロキの笑いに周囲が怪しむので、すいませんと少し頭を下げて謝る。


 他にも色々調べたいロキだが、長居すると危険なので一番大事なのを調べてみる。

 リザ・マクスウェル。女、十八歳。レストラン、ピエ・ド・ロシェのコックとして勤務。


 両親は魔法を開発する会社フィリップ・アルマゲストに勤務していたが、新規開発をしていた魔法の実験中に事故が発生し、植物状態になってしまう。精密検査の結果、新陳代謝は確認できなかったが微弱な脳波を確認した。現在は家で毎日訪問看護を受けている。


 魔法の事故による損害はフィリップ社が負担し、生命保険会社からも保険は下りたが、両親の治療費と長男アルベルト・マクスウェルの進学に使用したと推測。


 アルベルトはメディチ魔法高等学校から奨学金を得る事に失敗し、エドモンド高等学校へ進学先を変更。入学後、株式会社babironの魔術師養成インターンに出ている。


「インターン? インターネットと何が違うんだ」

「学生が企業で勉強する事だ」


 聞き覚えのある声に、ロキはゆっくり見上げてみると、眼鏡越しから凍てつくような眼光。トールが見下ろしているのだ。


「勤務中に個人情報サーフィンとは、貴様のやるべきことを言ってみろ」


 ロキが怖くて震えているフリをしながら、トールをどうやってやり過ごそうか。


「街の治安であります。申し訳ありませんでした」


 誠実な謝罪。にもかかわらず、訝ったトールの顔が一気にロキへと迫る。


「貴様。ロキだな」

「ロキ? いったい誰です、トール捜査官。ニコライですよ」


 呼び方に注意したロキ。それでもトールの疑いの眼差しはこちらを向いたまま。正体が見破られたら、ここにいる職員全員を相手にしなければならなくなる。


「トール捜査官。ゴリヤテの釈放に立ち会って頂いてもよろしいですか」


 呼ばれたトールは返事をすると、ロキを睨みつけてから立ち会いへと向かう。

 これ以上の長居を危険だと判断したロキは、本物のニコライを隠したトイレへと戻り。エインヘリヤルの制服から清掃員の格好に着替えて、警察機構ヴァルハラの通用口から脱出した。



 駅前スーパーや商店街。そこから少し離れた場所に建つ三五階建てのビル。そこはbabironが所有するビルで、入荷した商品を取り置く倉庫としての機能と、注文したお客に荷物を届ける配送の機能を備えている。


 babironで働く人間が正面玄関に入っていく。その中に紛れ込んでいるロキ。

 このビルには魔法道具を生産する部署があり、住んでいるニブルヘイムからも比較的近い。そこを手始めにアルベルト・マクスウェルを探す。


 ロキはセキュリティカードを持って無さそうな人間の流れについて行き、待機部屋で退屈してると、退屈な朝礼に付き合わされた。偉そうな人間から最も権限が低いカードを渡され首にかけていると、働く場所を言われる。


 広大なビルのワンフロアには、発送する商品を箱詰めから梱包まで可能な大型機械がいくつも設置されている。機械の背部では従業員がどこからともなく商品を取り出し、魔法でできたタグを読み込ませ、中に入れていく。


 ロキは機械が梱包した商品を、楔形文字の描かれた床の上に置いていく仕事をしている。

 楔形文字の床の上に商品を置くと、いきなり跡形もなく消えてしまう。


「魔法みたいだが、なんか違うな。魔法の自然の流れとは違うよなぁ」

「オイ、サボるな」


 ロキは心無いすいませんをして、楔形文字の床と荷物の関係を観察しながら働く。

 しかし、隠密の為に黙々と働く人間達と同化しつつ観察を続けていると、リーダーから「手前に置くな奥に置け」とか「さっさと動け」と言われて、いい加減付き合いきれなくなった。


「あ゛~ダメ退屈で死にそう」


 梱包された商品が出てくる。ロキは金属探知機で反応しなかったプラスチック製のボタンを勢いよく指で弾き、取り出し口に向かって飛ばす。その後、荷物を床へと運んだ。

 機械から荷物が出なくなったと従業員が騒ぐ。更に騒ぎを大きくしてやろうと、正常に動いている機械の僅かな隙間にボタンを次々と飛ばしていく。


 ロキの思惑通り、全ての機械が止まって騒ぎが更に大きくなる。


「機械が一斉に壊れるって、結構ヤバくないッすか」

「今日、配送する量が多いけど、大丈夫ですかね」

「俺じゃ無理だな。二班に分けて、別の階を手伝ってもらうのだが、今は待機だ」


 動きを止めていた機械がゴトゴト異常に揺れる。止まったと思ったら、梱包されていた商品が大砲の弾みたいに撃ち出される。それが、近くに立っていたリーダーや従業員達に直撃。


「に、逃げろぉーっ」

「ギャアアアアアアア」

「さ~て、俺はお仕事ですよっと」


 周囲は逃げていく中、ロキが騒ぎに乗じて、倒れているリーダーのセキュリティカードと自分のカードを交換。そして、ここには用が無いとフロアから出ていく。



 魔法道具を開発する部署は直接行けないようになっている。その為、ロキは階下まではエレベーターで移動し、システムや事務処理等をするオフィスの廊下を歩く。他に歩いているスタッフとすれ違うが、特に怪しまれずに突破。


 エレベーターは乗るだけでセキュリティカードが必要になっている仕様だが、デスクから盗んだ奴で乗る事ができた。


 重苦しいドアの前には重装備の警備員が二人立っている。そこを抜けてもカードを読み込むスキャナーに、魔法使いしか通れないよう魔力を流し込むスキャナーが待ち構えている。

 気付いたロキは「忘れ物」だと独り言を口にし階下へ引き返す。正面突破しようとすれば、どれだけの人間を敵に回すか分かったもんじゃない。


 侵入経路を探しに階下の廊下を歩いていると、周囲から隔離された小さな空間を発見。入ってみれば、焦げた苦々しいタバコの臭いがロキの鼻をつく。


「くっせ。葉っぱか~。こんな狭い所で吸うなんて、いけない事でもしてるみたいだな」


 ロキは何気なく上を見上げる。そこには通風孔と点検口のカバーが。ここから上への侵入経路にならないかと灰皿の上に乗っかる。そして、持ち込んだボタンでカバーを強引にこじ開けてみる。


 片手でぶら下がりながら点検口の隙間を覗いてみれば、人が一人ギリギリ入れる位のスペースがある。点検口へと強引に入り込み、カバーを閉めて侵入成功。


 点検口は狭くうねっていて、埃やカビで汚く、パイプ等を止めるネジやコード類が剥き出しだ。でもロキなら体をひねるだけひねれるし、傷ついても再生する。感電すると言ってもトールの力に比べれば全然大した事ない。


 上へとつながる煙突状の場所は、体を大の字に広げて壁に張り付き、鼻歌混じりに登っていった。

 登っていくと、上から濁った水色をした煙状の力が漂ってくる。自然の流れである魔力だ。


「臭ぇ、こいつは臭ぇぞ。デカい魔法の臭いがプンプンしてやがる。きっと、そこにいるぞ」


 魔力の元をたどりロキは更に上へと登っていく。そして、最も濁った水色の濃いガス溜まりみたいな場所に。顔を突っ込むと、壁から力が出てくるだけで出入り口は見当たらない。


「錠前が無いなら、ミョルニルか爆弾を鍵にすればいい。けど、あいにく品切れだ」


 最も魔力が強くだだ漏れな場所へ侵入する為、ロキはまた階下から攻める。


 開けた点検口の真下は武器が収められた箱で積み上がっている。気付かれないようぶら下がり、カバーを閉めながら慎重に着地。濁った水色の魔力が入ってこなくなり、やがて残りもどこかへ霧散した。天井は魔力を遮断する構造になっているようだ。


 手がかりが無くなったのでロキは苦々しい顔をする。


「バカヤロー!! お前、なにやってんだ。さっさと降りろ」


 監督役の魔法使いに怒鳴られる。

 積んだ武器の山を、今にも死んでしまいそうな様子を装いながらロキは降りた。


「すい……助け………て、ください」

「わ、分かった。とりあえず、ロッカーで休め」


 監視役はロキを怪しむどころか人命を優先し、控室のある事務室へと連れて行く。

 赤、青、黄、紫、緑、白等。色とりどりの魔力がフロア中に漂っている。お目当ての濁った水色は見えない。


 ロキの乗っていた武器の山は、フロアいっぱいに敷き詰められた大きな山の一部だった。その中の一つを魔法で台の上に運び、二人組の魔法使いが使う魔法陣を確認しながら、それぞれの魔力で剣や銃等の武器に魔法陣を刻み、魔法道具にしていく。


 完成した魔法道具を箱に戻した後、魔法で楔形文字が刻まれた床の上に置かれると、すぐにどこかへ消える。


「マジ、どこ行くんだアレ。転送系はメンドイんだが」


 ロキは生気の薄い魔法使い達の脇を通り、控室がある小さな事務所に入る。


「お疲れ様です」


 スタッフは挨拶すると、すぐPCに向かって作業をする。ロキはディスプレイを見ても、なにをやっているのかチンプンカンプン。探している魔力も無いので監視役に付いていく。

 控室は魔法使い達が使うロッカーと、簡素な長テーブルとパイプ椅子しか無い。監視役の話を受け答えていく内に一人になる事ができた。


「ショッボ。休むどころか疲れが溜まりそうだぜ」


 ロキが伸びをすると、濁った水色の魔力がほんの微かに漂っている。意識を集中させ周囲を見渡すと、ドアにガムテープでバツを描いたロッカーからしてくる。コンコンとノックしたら冷たい鉄の感触。耳をそばだてると、渦巻くように間延びした低音が聞こえてくる。


 ロッカーに貼ってあるガムテープを爪で器用に剥がし、痕跡を残さぬよう偽装工作。開けると濁った水に渦巻く異次元の出入り口が。


「ビンゴ!! 残念賞でも期待できるな。こりゃあ」


 指を鳴らし、ロキがワクワクした様子で異次元の出入り口へ飛び込んだ。



 地に足付かないような水面を思わす空間。それがどこまでも果てしなく広がっている。


「うへぇー。ここから探し出せってか」


 歩き出すロキ。すると、何か踏んだのか、水面の様な地面から炎が一気に噴き出す。それを飛び込み前転でやり過ごした。


「カンベンしてくれよ。危険手当を貰わねぇと」


 噴き上がる炎をロキは走り抜ける。疲れても止まってはいけない。止まれば丸焦げだ。

 地面を蹴る感触が無くなる。宙に浮いた。


「やっべ、これはダメな奴じゃん」


 落ちる先は針の山。慌てた声を出しながら腕を回して足をジタバタ、飛距離を稼ぎ、柔らかい水面の様な地面を掴む。


 登れると安心していたら、掴んでいる場所が本物の水みたいに、針の山が待つ底へと垂れていく。


「待て、待て、蜂の巣なんてゴメンだ」


 ロキは落ちまいと必死に登っていき、なんとか水面の上まで辿り着く。


「ハァハァ、凛陽じゃないけど、サイテー、サイテーだな」


 重低音の羽音が素早く向かってくる。気付いた時にはもう遅く爆発していた。


「それ一匹、俺にくれよ」


 立ち上がってみれば、周囲には羽の付いた魚が無数に飛び回っている。冷や汗をかきつつポケットを探るが糸くずしか出てこない。


「ありゃぁ。ボタン全部使っちったか」


 逃がさないよう大群が分散し飛び回って攪乱する。飛び出してくる少数の魚を、ロキは体をわずかに逸らしながら切り抜けていく。

 業を煮やしたのか、魚の大群は四方に分かれて襲いかかる。この瞬間を待ち構えていたロキは小銭を飛ばし、大爆発を引き起こしてやる。


「地獄の沙汰も金次第って奴だな」


 爆発をやり過ごし進んでみれば、今度は上から雷が。またかと走る。雷が百発くらい降り注ぐと、今度は地面が坂になり無数の岩が押し寄せてくる。


「ぎゃあああああああああああああああああッ」


 逃げているロキは坂に躓(つまづ)き、岩に何度も押し潰された。体が再生している最中を竜巻がミキサーみたいに切り刻んでいった。


 満身創痍になりながら立ち上がると、水面を思わす空間には似つかわしくない温かみのある木のドアがぽつんとある。


「いい加減ネタも尽きたろ。頼むぜ」


 歩き出すと、白く光る魔力が。罠だと察知して退くよりも光の縄の方が早い。ロキをがんじがらめに縛りつけて逆さ吊りにする。

 ロキは縄を解こうと暴れるが全く解けず、体に力が入らなくなる。


「ああ、そう言うパターンね。じゃあ一休みさせてもらうわ」


 目を閉じ、逆さ吊りのままリラックスして、状況が動くのを待つ。

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