第一章 探しもの(8)

 部屋のチャイムが鳴る。金髪のショートに凛々しい顔立ち。ちょっとゴージャスめなシャツに、カッチリした黒いボトムスをはいた女がドアチェーン越しに開ける。


「警察機構ヴァルハラだ。怪しい奴が来なかったか?」


 上半身裸で眼鏡をかけたトール。それを見た女は眉根をピクリと動かし、気だるいため息。


「アンタじゃないの? ヴァルハラって言うんなら証明しなよ」


 トールは唸りながら、ボロボロになったスラックスを探るが見当たらない。


「警察手帳は持っていない。だが、私は雷神トール。証はこのミョルニルだ」


 ミョルニルを見せようとすると、女がドアを閉めようとする。


「何故だ」


 食い下がるトールを睨みつける女。


「どうせパチモンだろ。いくら神々の宴とは言え、警察手帳も無いんだ。雷神トールを騙る精霊かもしれない」

「分かった。だが、くれぐれも用心してくれ。このホテルに凶悪犯が忍び込んでいる。そいつは人間を何人も殺している危険な奴だ」


「アンタの方が危険なんじゃないの。さっさと消えないと警察呼ぶよ」

「待て。私は警察だ。この格好は凶悪犯との戦いでボロボロになってしまったんだ――」


 女が見下すようにトールを見て、ドアをものすごい勢いで閉める。

 ノックが鳴り響く中、女はため息をついてリビングへと歩く。

 薄暗い豪奢なリビング。十人掛けのふかふかなソファを、ロキは座りながら飛び跳ねてはしゃいでいる。


「よぉ姉ちゃん。かくまってくれてサンキューな」

「アンタ、お偉いさんの顔に、スコッチでもぶちまけたの?」


 ロキが薄く笑う。


「いや、かましたのさ。アイツらの赤裸々ネタをな」

「へぇ~、スゴイじゃん。さすがロキ」


 女は軽く笑いながら横を向き、隠すようにボタンを一つ外す。


「聞いていた以上にカッコイイし、おもしろい」


褒められたロキは、顎に親指と人差し指を添えて得意な顔つき。


「だろぉ~。なんたって、俺はカミサマだからな。ッハッハッハッハッ」


 笑い声を聞きながら今度は二つ目のボタンを外した。


「ねぇ、神様。ボランティアだと思って私のお願いを聞いてくれる?」


 艶っぽい声と送る視線。ゆっくりと三つ目のボタンを外し、露わになった女のわりと豊かな胸元。


「ワリィけど、今日は付き添いなんでね。ガキをベッドまで運ばなくちゃいけねぇ」

「パーティだからね。服のサイズがいつもよりワンサイズ小さいから苦しかっただけ」


 指を鳴らし、挑発的に足を組んですっかり大物気取りのロキ。


「さて、俺にお願いがあったんだったな。何をすりゃいい。チェスの相手か? ワンサイズ大きい服をご所望か? それとも、このツマンねぇパーティを終わらせて欲しいか?」


 真ん中に赤く光る石の付いたクロスのネックレスを一瞥してから、女はロキを見る。


「私の弟を助けて欲しい」

「弟? そりゃ警察の仕事だぜ。警察ってのは、そう言う時の為にいるもんなんだろ?」


 軽く笑い飛ばす。


「したさ。ただ、違法性が無いからダメだってね」


 吐き捨てるように言った。女にあったしなやかな余裕は無く、ロキを睨みつけている。


「それなら俺より、スィートルームを取ってくれた奴に弟君を助けてって頼めばいいじゃん。まぁ、お前さんが、そのゴージャス部屋を取ったんなら話は別だけどよ」


 女は眉をピクリと動かし、拳を作るだけ。

 ロキが口笛を吹いてはやし立てる。


「弟君を盗みに来たってか? ヤルーッ」


 笑い声を抜けて、女は踏ん反り返るロキのソファを力強く掴む。そして、鼻と鼻がぶつかりそうなくらい距離を詰める。


「ふざけんな」


 声に凄みをきかせ鬼気迫っている顔。けど、目は少し潤んでいる。


「悪い、悪い。神に監禁された弟を助けるのを、神にお願いするかなって」


 青く光る石がはまったクロスと、迫ってきた谷間に、ロキの視線が。


「言っとくけど、私が透ちゃんに泣きついたらアンタはゲームオーバー」


 警察を信じていないのに脅しに警察を利用するから、ロキがニヤリと笑う。


「いいぜ、面白そうだ」


 承諾を聞いた女はロキから離れた。


「ありがとう」


 さっきまでの鬼気迫る様子から一転して、今度は穏やかな笑みを浮かべた。


「よ~しヘルメスよりも早く、お前さんに弟君を届ける為にも、マスカレードはやめて自己紹介といこうじゃないか」


 ロキは女の前で跪いた。


「俺の名前はロキ。このパーティ最高のジェントルメンでもあり、底無しに笑いが取れるコメディアン」


 手を差し出し拳を作ったと思ったら、現れる白い花。


「その正体は、神様の中でもデキるカミサマさ」


 女は受け取った。


「私の名前はリザ・マクスウェル。弟のアルベルト・マクスウェルが神ギルガメッシュに魔法の研究をさせられている」


 ロキは跪くのをやめて立ち上がる。


「さて、リザ。ギルガメッシュはどんな神なんだ? 俺は会った事も聞いた事もねぇ」


 白い花を落としそうになる。大見得を切っておきながらロキの頼りない様子に、リザは呆れてしまった。


「デキる神様じゃないのかよ」

「悪いな。次会う時は引き出しにアルベルト君を入れておくから、カンベンしてくれ」


 引き出す仕草をしながら自信満々な笑みを浮かべる。


「アイツはインターネット通販babironの執行役員で、世界中の物を取り扱いながら裏で武器を集めているんだ。その上、魔法使いを集めて魔法道具を作らせているんだ」


 ふむふむとテキトーに相槌を打つ。


「武器を集めるって言ったが、どんな武器だ。拳銃か?」

「そんなショボイ奴じゃなくて、エクスカリバーみたいな神器を集めているみたい」


 ロキが引き笑いをする。時雨と凛陽が探している仇は天叢雲剣を奪おうとした。天叢雲剣は立派な神器だ。それを集めているギルガメッシュは姉妹の仇と言う可能性が高い。


「リザ。ギルガメッシュはどこにいるんだろうな」

「さぁ、たぶんホールじゃない」


 一瞬だけ目を離すと、リザの前からロキが姿を消した。


「せっかくだから、生ギルガメッシュを拝みに行くぜ」


 振り返ったら、ロキがスィートルームを出ようと玄関ドアの前に立っていた。


「安心しろよ。オプション無しで姉弟まとめて助けてやるからな」


 ウィンクしたあと上手く開けられず、ドアノブをガチャガチャ鳴らす。

 押すのではなく引く事に気づき、カッコ悪く出ていった。


「別に、私の事はどうでもいいんだけど」


 けだるい呟き。

 ソファに寝転がったリザは天井に向かって腕を伸ばし、名刺代わりに貰った白い花を見つめる。


「まっ、何もしないよりはマシか」


 少しだけ微笑んでから目をつむった。

 リザの上に落っこちる白い花。それは生花ではなく、ロキがペーパーナプキンで折ったものだ。



 舞台にできた人間ピラミッド。男が手を上げると大きい和太鼓が鳴り響く。終わると一緒に駆け出し、飛ばし役の力を借りて跳躍、一回転しながら頂上に着地。そこそこの拍手を浴びたら頂上から順々に崩れていき、ありがとうございましたと、ご挨拶。幕が下りる。


 凛陽は拍手しながら時雨の方を見る。仇である神が見つからなくて俯いている。


「以上で人間によるショーは全て終了です。続きまして――」


 司会をかき消すようにホールのドアが荒々しく開く。お客の注目はそっちに向かう。


「宴を楽しんでいるかな。通販ナンバーワンbabironの甘い汁を吸いに来た虫共が」


 鮮血を思わす髪、美しさと野性味が混じった顔立ち。細見の体型が身に纏う皇族の威風を放つ漆黒の衣装は、ユリの紋章と茨模様を|精緻(せいち)に織り交ぜている。


 会場に入っただけなのに、さっきのショーより盛り上がりを見せる。

 一瞥しただけで時雨に戦慄が走る。ケルトの重鎮ダグダ、オリンポスの最高神ゼウスを見ても、内にしまった天叢雲剣が強い殺意を放ち、彼らの特徴を語りかけるだけで平気だった。



「この家には一歩も上がらせんぞ」


 時雨の父親芳実の毅然とした声。けたたましく鳴る銃声と派手にガラスの割れる音。その後に母親悠の断末魔が。

 凛陽がマシンガンを持った取り巻きに蹴られ、ボスの前に突き出される。


「許さない。アンタなんか神じゃない、ヤクザと同レベルよ。この野蛮人」


 吐きかけた唾。それを鼻で笑う。


「神々ナンバーワンの俺に、臆せず立ち向かうとは大した奴だ。光栄に思え、殺し方でもナンバーワンの俺が直々に殺してやろう」


 言ったと同時に鮮やかな剣閃が凛陽に走る。

 飛び散る血飛沫の雨が、床や壁、襲撃者の黒い服を染める。


「おねえ………ちゃん」


 血を吐き、呻きながら、斬れ込みの入った凛陽が姉を呼んだ。

 凄惨な光景を見てしまった時雨は天叢雲剣を抱きしめ戦慄していた。



 蘇る不快な惨劇に目が霞む。戦え、殺せとしつこい天叢雲剣の声に頭痛が襲う。まともに呼吸ができないのに吐き気がこみ上げてくる。

 周囲の声がうるさくて不快。触られること、姉を姉と呼ぶ声さえも不快。

 天叢雲剣が現れる。立っているのもやっとなのに震える手がすがりつく様に伸びる。


 |不快の元(かたき)を絶ち切らなければ、近くにいるのに溢れる死を怖れて刀身が抜けない。


「ハァァァァァァァァァァァァァッ」


 お客の中から炎に包まれた凛陽が勢いよく飛び出し、舞台の上で演説する男に燃える草薙剣で斬りかかる。

 剣と剣がぶつかる。力負けした凛陽は弾かれてしまい距離を離される。


 小さい角を生やし、髪は茶色から燃えるような髪に。ピンクのショートドレスから袖口の開いた白い上着、胸にはピンクのリボン。左右非対称をした赤地のスカートには悪魔の羽を無数に配し、悪魔の横顔が。オーガのランギとの戦いで見せた草薙剣を覚醒させた時の姿だ。


「ギルガメッシュ様。大丈夫ですか」

「大丈夫に決まってんだろ」


 司会を睨むギルガメッシュ。服に付いた埃を払いながら余裕を示す。


「田舎モン、俺になんの用だ?」


 凛陽がギルガメッシュに草薙剣の切っ先を向ける。


「アンタがアタシ達の仇ね」

「仇? テメェみたいな有象無象なんか知らねぇよ」


 斬りかかる凛陽。ギルガメッシュはいともたやすく避けてしまう。


「アンタが忘れても、アンタを見ただけでお姉ちゃんが苦しんだ。それが証拠よ」

「大した証拠だな。ヴァルハラに告訴しろよ」


 炎が乱舞する。凛陽が縦横無尽に草薙剣を振るっても、振るっても、ギルガメッシュは紙一重でかわし続ける。それをショーと思ったお客達の歓声が上がる。


「なんで、なんで当たらないの」


 悔しい凛陽は八つ当たりするように草薙剣を振るう。


「血気盛んなだけのガキか。だが、大人の対応をするのは俺も好きじゃない。喜べ、俺直々に格の違いを教えてやろう」


 どこからともなく剣を取り出し、悠然と歩きだす。一歩迫るだけで圧倒的な覇気が伝わってくる。

 重苦しくなる胸。凛陽は草薙剣を構えるのもやっとだ。

 ギルガメッシュが止まると同時に斬りかかる。凛陽はそれをなんとか受け止めた。


 炎を纏った剣と白く輝く剣がしのぎを削る。凛陽が全力を出しているにも関わらず、片手のギルガメッシュはゆっくりと試すように押してくる。

 やがて、力で勝ったギルガメッシュが凛陽を紙くずみたいに吹っ飛ばす。


「キャアアアッ」


 吹っ飛ばされた凛陽は受け身を取る事もできなかった。


「どうした。この程度で終わりじゃねぇよな?」


 ギルガメッシュの手から剣が消えて、腕組みしながら余裕で見下ろしていた。


「ンなわけ無いでしょ」


 立ち上がった凛陽が目にもの見せてやろうと踏み込み、草薙剣を勢いよく振り下ろす。


「|悪魔ノ翼(デヴィルスウィング)」


 真空の刃が斬りかかる。ギルガメッシュは当たり前の様にそれを剣で消し去った。辺りに悪魔ノ翼の残滓たる火が舞い散る。


「これのどこが悪魔の翼だ。ただのチキンだ」


 ギルガメッシュの言葉に会場が笑いに包まれる。笑い者にされた凛陽は唇をかみしめるしかない。

 笑い声を止んだのを見計らい、凛陽が突っ込んだ。鼻で笑われながら攻撃をかわされ、またギルガメッシュに剣で吹っ飛ばされてしまう。


 圧倒的な実力差。無様に倒れ、炎が消えてしまった凛陽。

 ギルガメッシュはそれを見下しながら、どこからともなくワインのボトルを取り出し手で栓を抜く。出したグラスに注ぐと、それを味わう事なくただ喉に流し込んだ。


「テメェの様な雑魚は、このハズレ年よりも酷く劣る」


 お客の笑い。ギルガメッシュが飲んだグラスを消してみせる。誰も倒れた凛陽を気にも留めようとしない。


「babironの中でも実力ナンバーワンの俺による、茶番を楽しんでいただけたかな」


 また笑いが起こる。


「さて、神々の宴に無粋だが、お前達はビジネスに興味津々なんだろう。今日は――」


 照明がギルガメッシュ目がけて落ちてくるが、何事も無かったかのように破壊。


「その程度の不意打ちじゃナンバーワンの俺は倒せねぇぞ」


 ホールの明かりが全て消える。ただし、火の属性を持つ精霊や神がいるので真っ暗闇にまではならなかった。


「ゴホッ、ゴホッ、誰だやりやがったのは」


 屈強な身体つきをしたゴリヤテが咳きこんだ。周囲の精霊を殴り飛ばし、ごちそうがたくさんのったテーブルをひっくり返して大暴れ。


 凛陽は何が起きたのか分からない。

 そこに、ひょっこりとロキが現れ手を差し伸べてくる。


「十二時の鐘だ。俺より目立っているなんて羨ましいぜ」

「見てるだけの癖に」


 そっぽを向く凛陽。


「はいはい。じゃあ、お姉ちゃんを迎えに行って、ここからおさらばだ」


 ロキが凛陽の手を掴み、舞台から一気に飛び降りる。


 酒や神々の宴と言う場のせいか暴力が波及し乱闘になった。逃げる者お構いなしに、それぞれ思い思いに攻撃するから、火が飛び、水が噴き出し、電気が唸り、嵐を呼ぶ。

 そんな混乱の中、ロキが凛陽を引っ張りながら颯爽と駆け抜けていく。


「ハッハハハハハハ」

「ちょっ、ロキ、もっと優しくできないの」


 ただ引っ張られる方からすれば、さながらジェットコースターだ。

 立ち尽くしている時雨を発見したロキと凛陽。


「お姉ちゃん。無事でよかった」

「凛陽」


 ロキが懐からワイヤーの付いたグレネードを取り出し、シャンデリアの上へと投げ込む。

「さ~て、イイモンたらふく食ったか。これからカップ麺暮らしに逆戻りだ」


 足をジタバタ動かすロキ、凛陽と時雨に走るよう促す。逃げる為に三人が走り出すと、上からワイヤーを結んだ信管が落ちてくる。


 灯りが点く。電力が復帰したのだ。すかさずロキが、ありったけの煙幕をばら撒く。

 爆発が発生してシャンデリアが落下。ガラスが粉々に割れ。再びの暗闇にお客の動きが止まる。そこに、ロキが投げ込んだ煙幕が時間差で破裂。


「ハハハハハハハハハハ。オモ白いだろ」

「うわぁ、ダジャレとか」


 煙で視界を奪われ咽ているお客達を尻目に、ロキ、凛陽と時雨はホールから脱出した。

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