第一章 探しもの(7)

 ウル区画は大きな邸宅や高いマンションが多く建ち、住人も富裕層ばかり。郊外にある湖や山にはレジャー施設や別荘、宿泊施設がある。


 草原に覆われた緩やかな丘陵は湖を一望できる。その上に、巨大な大理石造りをした出っ張った屋根が特徴的な建物が。神々の宴の会場に選ばれたホテル・ラメールだ。


 建物の正面にある格子に囲まれた大きな窓から、きらびやかな光が溢れる。ホテルの中へと続く階段には赤い絨毯が敷かれている。

 招待客を迎え侵入者を警戒するのは、スーツを着たガードマン四人と、それを取りまとめる紫色のコートを着た責任者が一人。

 黒いリムジンが止まる。助手席が開き、降りてきたのはタキシードに蝶ネクタイのロキ。エスコートするように後部座席のドアを開ける。


 現れた凛陽はいつものポニーテールから、髪にゆるいウェーブをかけ清楚にまとめた。薄いピンク系のショートドレスに身を包み、手首には花をモチーフにした金のバングルを付け、赤いハイヒールを履いている。

 そこに草薙剣なんて物騒な物は無い。凛陽自身が選んだキュートなお嬢様風コーデ。


「ここがパーティ会場か~。セレブのごちそう楽しみ~」

「馬子にも衣装だと思っていたが、こういう場だと様に見えんな」


 ロキの言葉に凛陽は前のめりになる。


「あ゛、アンタねぇ、こういう時くらい褒められないの?」


 静かにと、ロキは自分の指を口に。


「お嬢様、ここはパーティ会場です。大声を上げるなんてはしたない。もっと優雅におしとやかに振る舞ってください」


 睨む凛陽から離れ、ロキが階段を数段上がると、紫色のコートを着た責任者に制される。


「失礼します。招待状の方を確認したいのですが、よろしいでしょうか」

「どうぞ」


 ロキから招待状三枚。責任者はすぐに受け取らず、頭の横に手を当てると、手の平から渦を描く様に魔法陣が浮かび頭をすり抜けて消えた。


 確認。ロック鳥からなめして作った皮紙はなめらかで触り心地が格別。招待客の名は蛇神をろち。皮紙から溢れる金色の魔力が集約し獅子の顔となる。

 本物の証明である魔法、獅子王印を確認。残り二枚もこの方法で確認していくと、ロック鳥の皮紙に似た触り心地だが獅子王印を確認できない。

 責任者がロキを訝る。


「どうかしましたか?」


 表情を一切変えないロキ。


「お姉ちゃん。ここまで来たんだから楽しもうよ~」


 凛陽に引っ張られて時雨が出てくると、あまりの美しさにガードマン達は目を奪われた。

 眩しいシルクを思わす白い髪、憂いのある表情は散る花の如き可憐さを持ち。彼女が持つ優雅さの中にある艶な魅力を、ロイヤルブルーのドレスと繊細な装飾を施した銀色のハイヒールがよりいっそう引き出している。

 魔法の効果が切れた。もう一度魔法を使い、残り二枚の真偽を確かめると金色の魔力が獅子の顔となる。


「……ようこそ神々の宴へ。今夜はぜひお楽しみください」


 ガードマン達が頭を下げた後、ドアへと導く。


「お嬢様方。手続きの方が完了いたしましたので会場へ参りましょう」

「アイツ等、お姉ちゃんの事ずっと見てた。見てていいのはアタシだけなんだから」


 不機嫌な凛陽と俯きがちになる時雨。

 今着ている時雨の衣装は凛陽が決めたもの。本人は肌を隠し極力地味なものにするつもりだったが「逆に目立つから」と言われて話し合った末に、膝上ギリギリ、胸は強調しないで隠す(隠しきれてはいない)等苦労した。

 ロキ、凛陽と時雨は階段を上がりホテルの中へと入っていく。


 舞台まで用意された広大なホールは巨大なシャンデリアが煌々と照らし、優雅な音楽が流れている。

 |天鵞絨(びろーど)の絨毯の上にあちこち置かれたテーブル。どれも汚れ一つ無い真っ白なクロスがかけられ、庶民には手が届かない料理と飲み物がふんだんに用意されている。


 会場に潜入しているのは姉妹だけで、ロキは別行動だ。

 訪れている招待客は衣装に身を包んだ人間に見えるが、炎や水等、一種類の自然から成る精霊。そして彼らは食事などには目もくれず、社交界特有の情報交換か異性漁り。ちなみにその異性はここで給仕している眉目秀麗な|使用人(にんげん)も含まれている。


 ご機嫌斜めな凛陽は、肉と野菜を混ぜて魔法で宝石の様に美しくサイコロにしたものを、キャンディみたいにバリバリ食べ。蜂蜜の様にトロけるパンを口に放り込んだ。


「なにが神々の宴よ。これじゃ精霊のパーティじゃん。まぁ、ごちそうはウマイけど」

「凛陽…………もっと綺麗に食べて」


 傍にいる時雨は恥ずかしそうに委縮している。その様子を蔑んで見る褐色の女、美しい精霊達に囲まれながら一際輝いていて、まさに神々しいと言える美しさ。


「神……がいる」

「えっ、嘘マジで、あっウシャスじゃん。神モデルを生で見られるなんて。あ~、雑誌で着てた最新のいいんだよね~。超欲しい。そしたら、お姉ちゃんも一緒に着て歩こうね」


 話しをしている内にウシャスはどこかへ行ってしまう。神がいると分かり、仇である神探しを再開する凛陽。メモする時雨と一緒に会場を歩き回るものの精霊と使用人ばかり。

 おかげで凛陽のモチベーションはどんどん低下していく。そんなところに、鉄板焼きの台の真上に吊るされた巨大な肉塊が。


「なにコレ。美味しそう」

「牛一頭?」


 シェフが鉄板焼きの前に立ち、手をかざすと赤い魔法陣が浮かぶ。鉄板から美しい煌めきを放つ炎が噴き出し、巨大な肉を包み込む。


「上質な食用キマイラです。これに予め塩の谷の壁塩をまぶし。焼き上がったら、マンドラゴラのエキスとエリクサーを混ぜたソースでコクのある味付けをして、お出しします」


 焼いただけで芳醇な匂い。思わずヨダレを垂らす凛陽は慌てて拭く。時雨も焼いている様子にメモを忘れて見とれてしまう。


「焼き上がりました」


 シェフが手を叩くと、包丁を持った屈強な男が出てくる。


「シェフ。それ一本貰おうじゃないか」


 穏やかな声。白髪に白いあご髭を蓄えた少し小柄で小太りな爺さん。格好はフォーマルさから程遠いダボダボしたパンツに、旧い作業着風なコートを羽織っている。


「はい」


 シェフが怯えた様子で頷くと、老人が颯爽と鉄板の上を舞い、軽々と身の丈以上の肉塊をかっさらう。

 身の丈以上の肉塊を串料理感覚でかぶりつき。そのまま、もう片方の手に持った特性ソースの入った寸胴にくぐらせ、バクリ。豪快な食べ方をしながらその場を去っていく。


「なにアレ?」


 見ていた凛陽と時雨は呆然としていた。


「嫌だね~。ごちそうを女の子に分けてあげない男って最悪だわ。これ、代わりになるかどうか分かんないけど、どうかな?」

「ありがとう」


 差し出された皿から、凛陽は星形のクッキー菓子をつまむ。口の中で弾ける甘さと後引くしょっぱさに感心。


「美味し~。って、アンタ誰?」


 髪も瞳も金色、端正に整った顔をしている男。カジュアルなロングコートに、下はラフなシャツとジーンズ。何故かカーディガンを腰に巻いている。


「ゼウス」

「マジ!! お姉ちゃん。ゼウスって、あのゼウス。オリンポスエナジーのCEOじゃん。アタシ初めて見た」


 時雨のひっそりした声を塗り潰す凛陽の驚き。


「俺も初めまして。二人とも見ない顔だね。どこから来たのかな。ダーナ? ほとんど目を付けてたしな。オルメカにしちゃあ洗練されてるし。そうなると……高天原、高天原か!!」


 嬉しそうに指を鳴らすゼウス。


「今までパーティに来てくれなかったからなぁ。今日は良い日になりそうだ。さぁシェフ。高天原のカワイイ娘達の為にも、さっきの料理をもう一度作れ」

「申し訳ありませんゼウス様。先ほどの料理は特性ソースが無い為もう作れません」

「ッチ、シェフ。だったら二人の為に、とびきり美味しい料理を用意しろ。今すぐにだ」


 舌打ちし、命令するゼウスにシェフは震え、言い終えたと同時に厨房へと急いだ。


「さてさて、アクシデントはあったが。改めまして、俺の名前はゼウス。オリンポスエナジーでCEOをやってまーす。お二人の名前を教えてくれたら嬉しいな」


 キレイに整った歯を見せるゼウス。シェフに見せていた高圧的な態度から打って変わって親しみやすさすら覚える。


「湍津姫。高天原からナイショで遊びに来ました」

「田霧姫………です」


「いやぁーベリーキュートな方が湍津姫ちゃんで、超絶美人な方が田霧姫ちゃんね。アマちゃんにナイショで来たと。じゃあ質問、このパーティに集まっている奴らは何が目的だ。分かるかな?」


「さぁ、ヒマだから来たんじゃない。話し相手も腐るほどいるしね」

「…………………………分からない」


 ゼウスが笑う。


「じゃあ料理ができるまでの間、社会勉強の時間ってのはどうだ。もちろん先生は俺で」


 凛陽と時雨は仇を探すついでにゼウスの講義に付き合う事にした。

 テーブルにある山の様な料理。みるみる残さず平らげ増える真っ白なお皿。キマイラの丸焼きを丸々持って行った老人だ。


「神って言うのは人間より強欲だ。あそこの空気読めない爺さんことダグダは、パーティとあらばタダ飯を喰らいにどこでも参上する。ゴミだって喰らう悪食な癖に、あれでも食品会社ブルー・ナ・ボーニャのCEOで、一流料理人に名を連ねてるんだぜ。ありえねぇ」


「ダグダ………食欲の衰えない、ただ一柱の神…………」


 時雨がメモをしながら独り言。ゼウスは何か言ったかと不思議そうにする。


「さてさて、お二人は今日のパーティの主催はご存知かな?」


 ゼウスが歩きながら質問してくる。凛陽と時雨は参加の準備と仇探しに頭がいっぱいで答えられなかった。


「今日の主催者はbabiron(バビロン)さ」

「マジ、babironなんだ」


 凛陽が驚いた理由。babironとは、世界中の商品を取り扱っているショッピングサイトを運営している会社の名前だ。家を襲撃される前はよく利用していた。


「そうそう。例えば、そこで精霊達とお上品に談笑しているのはハトホルだな。彼女は生鮮食品生産工場アピス・ナイルの使いで、babironの倉庫に入れる農産物の価格でも交渉に来たんだろう」


 ゼウスは軽く手を振って歩き出す。時雨は仇じゃないと首を振る。


「あのサイン書いているのはモデルのウシャスかな。あの娘とは二、三回飲んだんだぜ。自分がデザインした服をサイトのトップにして貰いたいのかな」


 凛陽が貰いに並ぼうとすると、避けるようにウシャスは違うテーブルの方へ行ってしまうからサイアク。その間にゼウスと時雨が移動しているのですぐ切り替えて追いかける。


「んで、あそこのソファで大酒をかっ喰らってるのが、巨人連合のゴリヤテか。あいつ等は家具の売り込み、いや本業の不動産売買だろうな。まぁ、いつか俺が絶対潰すわ」


 ニヤけているゼウスだが半分本気なのか声が少し低い。だが、時雨と凛陽の仇じゃない。


「後、大物は………あッ、俺を差し置いてナンパだと、まぁ精霊だからいいや。あいつはロードキャメロット銀行の円卓の騎士で、確かな前は、パ、パ、パロミデスだったか。銀行だからbabironが新しいプロジェクトをやる時に、金でも貸すのかなぁ」


「へぇ~。ゼウスってホント色々詳しい。さすがCEOって感じ」


 凛陽が愛想笑いをしながら持ち上げる。ゼウスについて行って会場を歩き回ったが、肝心の仇である神は見つからなかった。

 優雅な音楽が止まり、急にアップテンポな音楽に変わる。


「間もなく舞台で人間によるショーが始まります。ぜひ、ご覧になってください」


 凛陽と時雨は仇探しを兼ねてショーを見に行く。


 ショーはテレビに出ている芸能人による漫才で始まり、ロックバンドによる演奏と続いていく。会場の盛り上がりはそこそこ。精霊達は見ると言うよりかは、談笑で尽きた話題を補充しているのがほとんどだ。

 凛陽と時雨の後ろからゼウスが話しかける。


「かつては神や天使、巨人に悪魔、こうして復活した者同士、垣根を越えて友好を深める為の社交場だったのに。今じゃ、食事やショーはデモンストレーション。ビッグな商談室に変わっちまった。それが悲しくてね」


「悲しくなるんでしょ。だったら、ゼウスはどうして来る訳?」


 凛陽から出る疑問にゼウスが待ってましたと指を鳴らす。


「俺か、俺は新たなる出会いを求めて、パーティと言うパーティを渡り歩いてる旅人なのさ」


「アハハ。だからゼウスって女の子だけじゃなくて、男にも詳しいんだ」


「YES。俺はここにいる奴らを知っている。鉄板なネタだからオチも分かる。演奏はストリーミングで充分。だけど俺は二人を知らない。それに、どうも、高天原で言う『縁』って奴を感じてね。もし良かったら俺と一緒に、静かな所で、もっとお話ししようぜ」


 ゼウスのアプローチを凛陽が笑い飛ばす。


「アハハハハハハ。悪いけど、アタシ達。このツマンナイ所にいたい気分だから、ごめんね」


「ぉオウフ。残念だ。高天原の話しを聞きたかったのになぁ。しかたない、俺は一人寂しく部屋で飲むとするか。もし用があったら、ロイヤルスィートのゼウスにコールしてくれ」


 ゼウスのションボリした背中。それに凛陽はベーッと舌を出してやる。


「あんな下心丸出しの奴。こっちから願い下げだっつーの」

「仇、見つからない」


 時雨は招待客を見渡しながらメモ帳とペンを持ったままため息をつく。



 真っ白く格調高い客室のドアから、ロキが出てきてお客に一礼。閉めた後、大あくび。


「こいつもハズレ。精霊しかいねぇ。いっそ精霊の宴って名前にした方がいいな」


 凛陽と時雨とはエントランスで別れた。その後、ロキは注文やアクシデントに大忙しな使用人に紛れ込んで、メイン会場のホールや客室にドリンクと料理を運んだり、掃除をしたり、舞台裏への資材搬入を手伝ったり等々、雑用を多数こなしていった。見つけられた神は凛陽と時雨がいるメイン会場だけ。つまり二人と同じ神しか見ていない。


 スィートルームの廊下。ロキの目に装飾品の絵画が留まる。真面目に働いた疲れとつまんない結果の腹いせに鼻くそをくっ付けようとした時。


「お前ロキだな」


 冷たい男の声、ロキと断定された事に少し足がすくむ。


「人違いじゃないですか。私の名前は蛇神をろちですが」

「蛇……か。偽名も自分のモチーフ頼りだ。それこそロキの不死性ヨルムンガンドからきてるんじゃないのか」


 ロキは首を振って否定するが振り返ろうとはしない。


「蛇の祖となった神は、いくらでもいるでしょうに。アポピス、ナーガ、ケツァルコアトル、ヤマタノオロチ――」


「無駄口を叩くな。言葉遣いや姿形をごまかしたところで、私の目には貴様の腐った魂だけがはっきり見えるぞ。ロキ」


「悪いけど、そう言う趣味無いんで他を当たってくれませんかねぇ。いや本当、カンベンして下さい」


 ロキの頭上を殺気立った鎚が襲いかかる。それを間一髪で回避。空ぶった一撃が床を大きく揺らす。


「久しぶりだな。ロキ」


 整った黒い髪に眼鏡越しでも分かる鋭い眼光。全身を白で統一したロングコート、スーツ、手袋、靴がとても眩しい。コートの胸には太陽に槍と剣を重ねた紋章が。柄が短いのに重量感たっぷり溢れる鎚ミョルニルを、細見の体型にもかかわらず片手で持っている。


「よぉ、ずいぶん痩せたなぁ透(とおる)ちゃん。昔は巨人かって思う程大きかったのに、今じゃすっかりインテリ気取りか」


 高天原読みの「|透(とおる)」では無く「トール」がロキの言葉を鼻で笑う。


「時代は変わった。ヴァルハラは武力の時代から法と理性の時代に適応して、警察機構ヴァルハラへと生まれ変わった。だから、私も生まれ変わったんだ」


「よく言うぜ透ちゃん。勘で、初対面の奴にミョルニルを振り下ろす癖に」

「さっきから透ちゃんと呼ぶが、私の名前はトールだ。封印されていてボケたか」


 ロキはどうでもよさそうに身体を伸ばして左右に振る。


「時差ボケはしてるかな。んで、俺に何の用だい? 透ちゃん」

「話しは終わりだ。ロキ、警察機構ヴァルハラの名において貴様を封印する」


「イヤ~だね。やれるもんならやっててみろ」

 トールが目にもとまらぬ速さで飛び出しミョルニルを叩きつける。僅かでも避けるのが遅れていたら、ロキの頭はペシャンコになっていただろう。

「ぅ、危ッね~な。殺す気か!!」


 ミョルニルを振り回すトール。おどけた調子でロキは避けていく。


「何が法と理性だ。結局いつもの暴力で解決じゃねーか」

「ロキ、貴様フェンリルで封印を解いただろ」

「封印? 俺はその間ずっと寝てたわ。寝すぎて透(とおる)ちゃんの遅いハンマーが超早く見えるよ」


「それはいい。三日前、オーガのランギのギャングが大勢死んだ。貴様がやっただろ」

「三日前、その日はゴミ溜めで、ひたすらゴキブリ退治に精を出していたなぁ」

「自供と取るぞ。私も虫取りで大忙しだ」


 ロキとトールは攻防を繰り広げながら息を切らさず会話を続ける。


「ハハッ、良い返しだ透ちゃん。なぁ、ある姉妹の両親がブッ殺されたんだ。心当たりなぁい?」

「貴様、他にも殺人を。絶対に許さん」


 語気が強くなるトール。体に一瞬だけ電流が走る。


「まてまて、俺はボランティアって奴で、犯人捜しをしてやってるんだ」

「貴様の口からボランティアと言う言葉が出るとはな。ボランティアに謝れ」


「待てよ。ヴァルハラで思い出したんだが、オーディンの旦那は元気にしているか?」

「ああ。貴様が心配せずとも総監なら元気にされている」


「その口ぶりだと、また玉座に踏ん反り返っているな。アイツは指揮するタマじゃねぇって」

「裏切り者がほざくな!!」


 トールの全身に電流が迸(ほとばし)ると、それを一気に放出しロキを吹き飛ばす。

 ロキは吹き飛ばされても倒れず自分の頭をポリポリかく。


「ハァー、ビリビリも久しぶりだな。昔を思い出すぜ」

「かつての友だと思い、私は無意識に手加減していたようだ……次は殺す気でいくぞ。ロキ」


 言ったと同時にトールがミョルニルを投げる。ロキはそれをギリギリで回避。すると、ブーメランの様に後頭部目がけて飛んでくる。それを当たり前にかわした。


「ハハッ」


 余裕で笑うロキに対して、ミョルニルが雷を発して向かってくる。横っ飛びしてやり過ごすと、右、左、縦に殴りかかってくる。


「ハァッ」


 トールが睨むと、どこからともなく雷がいくつも発生し、噛みつく様にロキを襲う。餌食になったところを浮かんだミョルニルの追撃。

 めり込んだ壁。床を流れる電撃の余韻。


「ハァハァハァ。おかしい、俺の知っているミョルニルじゃねぇ」


 ロキの知っているミョルニルは敵目がけて直線的に追跡していた。だが、今のミョルニルは意志を持っているかのように自立して動いている。


「安心するのはまだ早いぞ」


 ロキが駆け出すと、壁にはまっていたミョルニルが殴りかかってくる。さらりとやり過ごして壁沿いに走る。


「おのれッ」


 壁に刺さる雷。ロキの側頭部を狙うミョルニル。

 仰け反ってやり過ごした後、ミョルニルから放たれる電撃を前転で逃れ、体勢を立て直しながら斜めに走り、壁に向かって跳び、その勢いで壁走り。襲ってくる雷は予想内か、トールの頭上に飛びかかる。


「サプラァ~イズ」


 宙を舞うロキが赤いスプレー塗料をトールの顔面に噴射。

ロキが激しく咳きこむトールにパンチを何発も叩きこんでいく。


「ヘイヘ~イ|透(とおる)ちゃんよぉ。俺の為にサンドバッグになってくれんのかい」


 調子に乗ったロキのパンチ。それをトールが掴んで引っ張り、一気に腕を抱え込み、関節に苦痛を与えて自由を奪うアームロック。それに放電まで加わり拷問と化す。


「アバババババババ。透ちゃん、それきつぅすぎぃ。ひぬ」


 トールの体から流れる電流はどんどん強くなっていく。


「言っただろ。私は貴様を殺すつもりだと」


 体が再生するよりも壊す電流の方が早い。このままじゃトールに殺されてしまう。力で勝つのは不可能。だけどロキは精神を突く方法なら心得ている。


「テメェ、テュールの時みたいに腕ちぎんぞ」


 電流を浴びる中、ロキが力を振り絞って叫んだ。


「貴様ァァッ」


 ロキの体が廊下の突き当たりへと叩きつけられる。電流地獄から抜け出せたけど、あまりの激痛に動けそうにない。


 トールの見た目は大きく変わっていた。雷を思わせる金髪。眼鏡は壊れ。顔は知的な小顔から一変し、野蛮な戦士の相貌に。細見の体型から一回りも二回りも大きい筋骨隆々の肉体になり、全身白で統一した服を破いた。ミョルニルも違和感無く手に収まっている。


「ハハハハ………それでこそ透ちゃんだ」


 トールが雄叫びを上げると電光石火。ロキを壁もろともミョルニルでブッ壊す。

 壁にできたクレーター。首を絞めようと伸びる腕。そして銃声。

 トールの目を銃弾が抉り激痛が襲う。

なんとか立ち上がったロキが無防備な巨体の股間を蹴り飛ばす。


「ぐはぁっ」

「お互い、鍛えられない所は一緒だなぁ透ちゃん。あっ、そうだ。再会記念にプレゼントをやろう」


 ロキが手榴弾のピンを抜いて悶絶するトールに投げつける。

 爆発からロキが飛び出す。

 咆哮。トールが爆風をかき消し、地面を踏み鳴らし追いかけてくる。


「ヒェーッ」


 大きな影が視界から消えない。ビリビリした殺気に鳥肌が沸き立つ。振り回して生じる縦横無尽の暴風。本体に当たること即ち死。立ち向かうなんて愚の骨頂。


「廊下はお静かに、だ。透ちゃん」


 曲がり角にさしかかるロキ。


「逃がすかぁッ」


 トールがミョルニルを投げつける。電流を纏った砲弾が床上スレスレを飛ぶ。

 ロキが足を上げながら強引に曲がる。一瞬でも遅れたら足が壁みたいに粉々だ。


「カンベンしてくれ」


 階段。一段一段降りず、一気に飛び降りるロキ。着地の衝撃を涙目で堪え、ふらふらと歩いてでも逃げる。そこにトールの襲撃が。

 吹っ飛んだロキは受け身を取り、トールの執拗な追跡から逃れる為に走り始める。


 ロキの走りは衰えていくのに、巨大化したトールは体力があり余っている程だ。

 走っていると騒動に駆けつけた使用人達が。


「逃げろ皆!! 荒ぶる怪物だ。殺されるぞ」


 ロキが大声を張り上げて叫ぶ。


「そいつを捕まえろ」


 雷を纏う怪物に追われて必死な形相の男。それを見た使用人達は恐れをなして逃げる。

 ロキが逃げる使用人達の中に紛れ込む。

 追いついたトール。唸り声を上げて使用人もろとも雷撃を纏ったミョルニルを叩きこむ。


「んぐっ、民間人を殺してしまう」


 寸前で止まったミョルニル。死ぬかと思った使用人達が胸をなでおろす。


「これ以上、被害を出すわけにはいかないな」


 トールが冷静になると、筋骨隆々の体から、みるみる細マッチョな姿に。髪も金から黒に。その様子を唖然と見る使用人達の中からロキが飛び出す。


「よぉ透ちゃん。露出狂って奴か」


 ロキがトールの顔に厨房から盗んだコショウをぶちまける。


「ゴホッゴホッ、ロキ」


 反撃される前に、タバスコソースの入ったボトルをトールの顔面で割る。


「目が、目がァッ」


「う~ん。スパイスばかりでつまんねぇなぁ。隠し味に砂糖も入れようか」


 ロキがトールに煙幕を投げつけ、激しい白煙と共にこの場を脱出。けれど、離れる事に夢中でスィートルームに続く階段を登っていた。


 登り切ったロキ。階下から勢いよく走る音が聞こえてくる。トールの追跡と判断し逃げる事を選択。曲がり角を曲がり、戦場だった廊下へ。


 空いている部屋が逃げ場所としてよぎる。入ろうにもスィートルームは固く閉ざされているか、開いていてもお客がいる。神々の宴のお客だから人間じゃない可能性が高い。捕まる可能性が高くなる。


「待て、ロキ」


 トールの大声、階段を勢いよく駆け上がる音。


「こうなりゃ、ゼウスと鉢合わせでもいいよな」


 ロキが訪れた事ないスィートルームのドアノブをつかむと、押してもないのにドアが奥へと引っ張られる。


「こっち」


 現れた金髪の女がロキの腕を強引に掴み、部屋の中へと連れ込んだ。

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