第一章 探しもの(3)

 通りは灯りが点いているものの、人はあまり出歩いていない。その中でボトルの図柄にBARと書かれた、ネオンサインを掲げた店がある。

 店を見つけたロキはここならと立ち止まる。酒場には金儲けの話しが転がっている。特に吹き溜まりが集まる場所なら、なおさらだ。

 店の中に入ると、薄暗い照明に壁はコンクリート打ちっぱなし、床は古めかしいフローリング。バーカウンターのボトルの数はあまり無い。

 客は三卓あるテーブルの内の一卓で、ポーカーに興じている男三人だけだ。


「ハッハ、俺の勝ちだ。悪いな、皆」


 チップをかき集めているのは金髪に片耳だけピアスし、黒いスーツを小ぎれいに着た男。


「クッソー。さっきからおまえ勝ちすぎじゃね」


 大声で負けを嘆くのは薄茶色のサングラスかけた男。スーツを着崩し、安っぽい金色の腕時計を付けている。


「すいません。ちょっといいですか?」


 話しかけられた金髪の男。すぐ傍にロキが立っている。気配を感じなかったもんだから、一瞬眉をしかめて警戒するが、おどおどした様子を見て愛想を良くする。


「お兄さん。なんか用かい?」

「そのゲーム。もし良かったら、僕も混ぜてくれませんか?」

「いいよ。ちょうど、この面子にも飽きてきたところなんだ。みんなもいいだろ」


 金髪の男が仲間にたずねる。


「いいに決まってんだろ。ちょうどカモを探してたんだ」

「座れよ。チップは十枚だ」


 髪を編み込み、アーミーベストに無地の長袖を着た男がロキを促す。


「お願いします」

「ルールは分かっているよな」


 ロキはルールをある程度分かっていたが、素人を装うのと確認のため話しを聞く。


 ゲーム開始。金髪の男が山札をシャッフルし、カードが配られる。

 最初に配られた段階で髪を編み込んだ男が降りる。サングラスの男は手持ちが少ないので参加費のままコール、ロキも同様だ。金髪の男がベットで賭け金を増やす。その後は全員コールしたので二順目に突入する。


 サングラスの男はカードを交換すると、良い役ができたのか口元が上がる。それを一瞥してからカードを二枚交換するロキ。

 金髪の男は交換しようとすると、目線をキョロキョロする。


「俺はチップを一枚ベットするかな」

「コールで」

「降りるよ」


 金髪の男は手札をテーブルの上に置く。ロキとサングラスの男による勝負。


「運が悪かったな」


 サングラスの男は自信満々に手札を公開する。K(キング)、Q(クイーン)、J(ジャック)、10、9のストレートだ。


「そうだね」


 さらりと手札を公開するロキ。10、10、10、A(エース),A(エース)のフルハウス。


「ケッ、勝てると思ってたんだけどな」


 ロキがゲームに勝利してチップを十枚から十六枚に。

 ゲームはロキが総体的に勝利していく。勝ちすぎない事を心がけ、怪しまれないように負ける。相手にフェアなゲームだと思わせる事こそが、稼ぐ鉄則だ。


 特に利用しやすいのはサングラスの男。はっきり言ってカモだ。勝てそうな手になると、口元が上がり、ベットやレイズが積極的になる。ロキが親になってカードをシャッフルする際、わざとサングラスの男に勝てるようカードを配る。勝負してもらうのは、最もチップを持っている金髪の男。彼にも自信を持って戦える手札を用意する。


「よっしゃ、取り返すぞ~」

「勝てると思ったんだけどな」


 ロキがサングラスの男を生かす理由、後で楽しんだ分をまとめて支払ってもらうからだ。

 金髪の男はポーカーフェイスを多用する。勝ちにいける手の時は弱気を装い。負けそうな手の時は強気にチップを上乗せして、相手が降りるのを狙う。そんな傾向にある。


「ベ…………んぐっ」


 特徴はある筈なのに、それを限界まで削いだ無色透明な存在感。考えている事は雲をつかむよう。動けば、必ず適切な返し手をする畏怖。金髪の男はロキとの勝負に息を詰まらせた。


「降りさせてもらうよ」

「手札、見せ合いましょうか」


 手札公開。ゲームを降りた金髪の男はツーペアだった。勝ったロキは役(ブ)無し(タ)だった。

 ロキはポーカーフェイスはもちろん。カードに付いた僅かな傷で種類を把握している。もしもの場合は、くすねたカードで自身の手札を強くすればいい。

 ロキから見て最も手強いのは髪を編み込んだ男だ。常にポーカーフェイスで堅実な勝負をするタイプか、ロキとの単騎決戦だけは避けていた。


「提案なのだが、時間も遅い。この勝負で終わりにしないか」


 髪を編み込んだ男がゲームの終了を提案する。


「いいんじゃないかな。もう、お兄さんの一人勝ちだし」

「俺も賛成」


 これ以上続けたくても、ロキの手元には大量のチップ。反感を買わないよう素直に頷く。

 最後のゲーム。親は髪を編み込んだ男。サングラスの男と金髪の男は、手札に自信が無いのか早々に降りた。ロキはカードをすり替える前提なので、降りる気はさらさら無い。


「レイズ、チップは一五枚だ」


 髪を編み込んだ男が手持ちのチップ全部を賭けてきた。

 相手の手札を確認する。Kが三枚、Aが二枚、小細工無しで揃えたフルハウス。スペードは無いから、くすねたカードを使用できる。最後の勝負、派手に決めたいロキが作る役は。


「いいね。ここは男らしく勝負しましょう」


 チップを全部賭けた勝負。ロキが手札を公開(すりか)し(え)ようとしたら、尋常じゃない力によって腕が握り潰される。

 体ごと持ち上げられ激しく揺さぶられる。手から袖から、バラバラ落ちるカード。


「ずりぃよ。ジョーカーにもほどがッ――」


 テーブルを粉砕する勢いで叩きつけられた。ロキが忌々しそうにゲームオーバーさせた奴を見上げる。

 山を思わせる大きな体長に、鬱蒼とした黒い体毛。丸太や柱かと見間違えそうな逞しさを誇る腕や脚。真っ青な顔面なのに、鼻梁だけは真っ赤。大きく裂けた口から剥き出しの牙。角みたいに尖った耳。ただその目には、静かに闘志が宿った戦士の迫力がある。


「ランギさん。お疲れ様です」


 ポーカーに興じていた連中が声を揃え、オーガのランギへ一斉に頭を下げる。

 それを無視してランギは、巨体に似合わぬ機敏な動きで軽々とロキの首を絞め上げる。


「カタギに手を出すなんて、ずいぶんじゃないっすか」

「イカサマするカタギは、カタギではない」


 ランギは押しつぶすような低い声を出す。


「イカ…………なんの……ことだ、か」


 強すぎる力で絞められ、ロキは言い返す余裕が無い。


「カードをすり替えた」

「ランギさんの言う通りです。落ちているスペードの10、J、Q、K、Aが、山札からも見つかりました」


 報告を聞いたランギは大きく吠えてから、ロキを床に叩きつけた。


「次は命は無い」


 解放されたロキは咳きこみながら、よろよろと立ち上がる。


「言っとくけどなぁ。その落ちているカードは、あの金髪からくすねたもんだからな」

「!!」

「俺がゲームに参加する前、あいつが勝っていたのを見てたからな。もしかして、お前らの中で一番勝っているのは金髪じゃないかな」


 イカサマをしたにも関わらず、ロキの言葉に思い当たる節があるのか、一緒にポーカーをしていた二人が金髪の男に疑惑を向ける。


「言われてみれば、おめぇいつも勝ってるよな」

「あの男の言う通りだろうな。お前は確率的に難しい役をよく作ってるし、色んな奴をゲームに誘っているよな」


 疑惑を向けられて、金髪の男がしどろもどろになる。


「ま、待てよ。あいつの出まかせだ。あいつが予め買ってきたカードだ。カードなんて、そこら辺でよく売ってるじゃないか」

「言っとくけど、何も持ってないし、この店に来るのも初めてなんだ。確かめてみるかい?」


 ロキの衣服を、ランギがサングラスの男に確かめさせる。


「ハハッ、ほんとだ。ケータイどころか財布一つねぇや。マジでアイツから盗んだかもな」


 ロキが手ぶらだと知ってランギは低く唸る。


「アイツがテキトーな店から盗んだんだ。いるカードだけ抜いて、ここに来たんだ」


 必死に言い訳する部下を威圧し、一歩迫るランギ。


「お前が無実を証明すればいい」

「ぁあッ、ワァーーーーーーーーーッ」


 追い詰められた悲鳴を上げて、金髪の男はロキに襲いかかる。

 大振りな攻撃を軽く避けながら、スーツの内ポケットから財布を奪う。つんのめった相手の足を引っかけてやる。

 無様に顔面を強打した金髪の男から、ゲームで使うサイコロやコインが散らばった。


「いや~、酔っぱらって、転んだんですかね」


 おもむろにサイコロを拾い上げるロキ。偏った重みに違和感。試しに振ってみると、六が出てくる。確かめようと振れば六。また六、六、六、何度振っても六。


「このサイコロ。なんか変だなぁ。あの人、他でもイカサマしてそうですね」


 ランギはサングラスの男と髪を編み込んだ男に、金髪の男を調べさせる。

 その隙にロキはバーから姿を消した。



「ねぇ、お姉ちゃん。寒くない?」


 凛陽が時雨の耳元で囁いた。くすぐったさに漏れ出る吐息。


「……………………大丈夫」


 濡れた肌と肌が密着し、伝っていく滴、火照っていく体。凛陽が時雨の背中に甘えながら、お腹を優しく包み込み、脚と脚を重ねていた。


「わり、お楽しみ中だったか」


 ロキがコンビニの袋を提げてアパートに戻ってきた。

 真っ赤になる凛陽と、小さくなって体を隠そうとする時雨。


「ち、ちがっ、こ、これは、お風呂入ったけど、タオル無くて、どうしようもないから。ってか見んなーーーーッ!!」


 今すぐ追い出したいのと、尚且つ生まれたままの姿を見せないよう、凛陽がロキの腹に強烈な前蹴りをぶちかます。


「金あんならタオル買ってきて。この役立たず、クズ、変態、死ね」


 罵倒を浴びせられ、ドアの内鍵までかけられた。このままでは夕食どころか、我が家にすら入れない。ロキは凛陽に機嫌を直してもらおうと、さっき行ったコンビニへと急いだ。


 ロキは凛陽と時雨にタオルを渡し、二人が着替え終えるのを待った。

 部屋に入ってみれば、買ってきた夕食のほとんどは食べられてしまい、ご丁寧にゴミの分別までしてあった。


「シクシク(嘘泣き)、お前らはなんて無慈悲なんだ。お金を稼ぐ為に、スリリングなポーカーに勝ったと思ったら。オーガのランギにイカサマだと、イチャモン付けられてボッコボコにされるし。それをどうにかこうにか逃げ出して、ごちそうを買って帰ってみれば、姉妹でご休憩中ときた。しかもタオル買ってこいとか、カミサマをパシリ扱いだ」


 ロキは残っていたコーンサラダパンを一かじりして、オレンジジュースを流し込む。


「話しなっが。全部食べたわけじゃないんだから、イイでしょ」


 悪びれるどころか凛陽は開き直ってみせる。


「ロキ、勘違いしてる。私と凛陽は体を洗った後、濡れた体を拭く事ができず、体温を下げたくないから、非常手段を取らざるを得なかった。先に食べたのは、お腹が空いていた」


 時雨も謝らず、ただ経緯を説明するだけ。


「アタシはお姉ちゃんとずっとあのままが良かったな」


 ロキが蕎麦を大きくすするから、凛陽の独り言がかき消える。


「わーった、わーった。俺の勘違いね。はぁ、オムシチって奴、食べたかったな」


 オムシチとは、オムライスのチキンライスがボルシチ風になっている。


「てか、アンタの事だから、本当はズルしたんでしょ。これで、オーガのランギに目を付けられて、このアパートからも逃げる事になったら、責任取って死んでよね」

「次は上手くやって。相手はギャングのボスもできるオーガだから」


 話しを聞いた凛陽と時雨。元々凛陽はロキに辛辣だが、時雨も不安から嗜めてしまう。


「まぁ、力比べじゃ、勝てる気しないな。でもな、俺は嘘の神なんだぜ。ココで勝つのさ」


 ロキが自信満々に自分の頭を指し示す。


「頭を使うにも武器や道具は必要だな。その点、この時代はこの割り箸って言う枝や、鉄とは違う固さの白いフォークとか、透明な水筒。これだけでも、実に道具に溢れていて便利だ」


 割り箸を片手でクルクル回すロキ。白いフォークとは、コンビニでお弁当を買った時に付いてくる、プラスチックのフォーク。透明な水筒はペットボトルの事だ。


「小学校の工作ならできるんじゃない」

「小学校? 凛陽、分かってないな。割り箸だって木なんだから燃やせるし、尖らして目に刺せば神も泣く。白いフォークも同じかねぇ。水筒は中に入れる液体次第で、燃料入れにも爆弾にもできる。後は――」


 ロキがストローを上に向けて咥え、息をフーフー。口から飛ばして、宙に舞うそれをつかみ取る。


「水の中でも息ができる」


 得意気な様子のロキに、凛陽は呆れてため息をする。


「んで、こういう道具をタダで手に入れるにはどうしたら良い?」

「そんなの。ゴミ捨て場とか、ゴミ集積場に行けば手に入るけど。まさか行く気?」

「おう」


 キラキラした少年みたいな笑顔で頷くロキ。それを見た凛陽は一気に鳥肌が立ち、座ったまま壁の方まで後ずさる。


「イヤだ。ゴミとかここに持ってこないでよ、臭いし、ヌメヌメしてるかもだし、ハエとかGとか出そうだし、とにかくイヤ!!」

「ぇえ~。じゃあ凛陽は、おはようからお休みまで、俺のこと守ってくれんの?」

「アタシはお姉ちゃんを守るだけなんだから。そう言うアンタこそ、盾になりなさいよ」

「俺だっていいよ。お前うるさいし。だから、テメーの身はテメーで守るよ。その為にもゴミを集めちゃうぞ」

「じゃあ聞くなし。とにかくゴミ集めとかやめてよね」

「私は手伝う。ここにいても仇は見つからない。道すがら、情報が手に入るかもしれない」


 仇を見つけられる可能性を優先した時雨。その決意は固い。


「サンキュー。じゃあ明日はそこへ行こう」

「お姉ちゃん!! もぉッ」


 いくら反対したところで、姉時雨が行くと言った以上、凛陽はロキのゴミ集めに付き合うしかなかった。



 朝、ゴミから使えそうなものを見繕おうとするロキは、時雨と凛陽を連れてゴミ集積場へと向かう。

 古びて整備されてないビルや、バラックの様な商店が多くある通り。そこを肉体労働する様な格好の人間が多く行きかう。


 ロキ、時雨と凛陽が歩いていると、裏路地に入る細い道からガラクタの集合体が出てくる。

 ペットボトルや穴の空いたバケツ、壊れた家電や家具等を寄せ集め、人間の姿形を取ろうとした神。付(つく)喪神(もがみ)が空き缶のたくさん詰まった袋を抱えて出てくる。

 遅れて、もう一体の付喪神がポリバケツを転がしてきた。人の目を気にせずフタを開けて、ぎこちない手つきで何かの塊を引きずり出す。


「ゲッ、え」


 凛陽は言葉を失う。付喪神が取り出した塊。人間を力づくで押し潰して、すり下ろした様な赤黒い液体塗れの、ロキにイカサマをばらされた金髪の男の死体だった。

 オーガのランギによる制裁。組織の結束を乱し、将来的に裏切る危険性があるから死んだ。

 通る人達はみな目を背けて、一歩でも近づかぬよう建物沿いを歩こうとする。汚れが酷いから漁ろうとする者は誰もいなかった。


「うはぁ。下手したら、俺もああなってたのかな。なんまんだ、なんまんだ」


 ロキは苦笑いして軽く手を合わせる。負けたマヌケに祈る気なんてさらさら無い。フリだ。


 うず高く積み上がったガラクタの山が、辺り一面にいくつも広がっている。人や神が不要と判断したものが一か所に集められたであろう光景は、見るものを圧倒する。

 ここはゴミ集積場。大家から聞き出した通りの場所にあった。

 ロキ、時雨と凛陽が入ろうとすると、二体の付喪神に制止される。


「ナンノヨウダ? カミ、ニンゲン」


 バッグをツギハギした頭の付喪神が、木片でできた顔でしかめっ面を表す。


「ゴミと言うのは失礼なのだが、俺にもほんの少し、宝を分けちゃくれないか」

「ダメダ。ココニアルノハ、ミライノドウホウノカラダ、ダ」


 空き缶の集合体みたいな付喪神が言った。


「ロキ~。ダメって言うんじゃ、しょうがないよね~。アパートに帰ろうか~」


 ゴミを漁るのが嫌な凛陽はあからさまに嬉しそうだ。


「ロキ、彼らは偉くない」


 時雨がひっそりと言う。


「マジか。よく分かるな。偉い奴には王冠でも付いてんのか」

「天叢雲剣が教えてくれた」


 更にもう一体の付喪神がやって来る。白くゴツゴツしわしわな庭石の頭。目は単眼で青く光る電球。車やバイクのエンジンで鍛え上げられた肉体を再現。西洋甲冑を感じさせる腕。水道管や鉄パイプが組み合わさった太い足をしている。


「対応スル、お前タチは持ち場ニ戻レ」


 頭が岩でできている付喪神は序列が高いのか、二体は指示に従う。


「我ガ名はオロルン。神ト人間ガこの辺境ニ何ノ用ダ」

「お姉ちゃん。付喪神が名前を名乗っているよ」


 時雨が腰に差した天叢雲剣に手を添える。


「確証は無いけど、旧神々の時代にいた神」


 それを聞いた凛陽は「さすがお姉ちゃん」と持ち上げる。


「俺の名前はロキ。ここにあるお宝で、いろんな遊びをしてみたいんだが、ダメかな?」

「ロキ、久シぶりに、ソノ名を聞いタな。我らノ資材で、今度ハ何をシデカスつもりダ」


 オロルンが目を黄色く光らせる中、ロキは笑って答える。


「この憐れな娘達は親を神に殺されてね。その仇を探している。それだけだ」


 時雨と凛陽を紹介すると、二人の腰に差している刀にオロルンは目を光らせる。


「人間ノ分際デ神器ヲ二ツ。ドウヤラただノ人間ジャナイミタイだナ。ソレなら条件ガある」


 凛陽が警戒して刀の柄を握る。それを察したロキは腕を広げて制止を促す。


「我ラは、ラグナロク以前にシニタエタマケグミだ。チカラをトリモドス為にも、これをキに存在ヲ示したい」

「合体して大暴れでもすりゃいいじゃねぇか。スルト・マークⅡってのはどうだ」


 ロキがオロルンをからかう。


「ロキ。我ラの資材を提供シヨウ。ロキの裏に我ラ有りトシメせ。ソノ代り、我ラに危機がオトズレタ時タスケテ欲しい」

「いいぜ。悪くない」


 ロキがすっと手を差し出す。


「軽っ、そんな条件でいいの? ロキは裏切るかもしれないんだよ。それに、アタシとお姉ちゃんがアンタ達を助けるってわけじゃないんだから」


 凛陽は付喪神の意図を理解できないが、簡単に破られそうな条件で大切な資材(ゴミ)をロキに提供するものだから、率直に出た意見だ。もちろん、ゴミを漁りたくないのもあるが。


「ロキは祭りズキだ。ヒダネがあるトコロ、カナラズ嗅ぎつけてクル」

「ああ、祭りなら、いつだって大歓迎だ」


 ロキと握手するオロルン。互いにしっかり手を握り締めてこれで成立。


 ゴミ集積場はガラクタで足の踏み場が無く。臭いも酸っぱかったり、焦げたゴムだったり、塩素系のキツイ臭いだったりと鼻をつく。ガラクタの山は近づくと、いつ崩れてくるか分からないほど不安定だ。ガラクタの隙間に虫等の小さい生き物が住み付くから、それを食べる鳥の鳴き声が辺りに響く。


 ロキはガラクタの山に登り、武器になりそうなものを物色している。理想の条件は携帯できて、応用性に富んだ使い方のできる物だ。山の表面から取れるナベのフタやスピーカー、物干し竿やタイヤは見送る。

 ガラクタ漁りは臭いのキツさはもちろん。生き物の痕のヌメヌメ、油のギトギト、ブラシか本物の毛か分からないモゾモゾした感触。ロキはそんなのを全く気にせず触り漁る。


 トースターを引っ張り出すと、カサカサと黒いゴキブリが出てくる。ロキは出てきたな程度で気にしない。むしろ引っ張り出した中から見つけた、キラリと光るレンズに目がいく。

 珍しいものを見つけたと、ワクワクした様子で慎重に取り出したら、銀色のデジタルカメラだった。適当にボタンを押しているとフラッシュが光る。


「スッゲー光った。光ったぞ。こりゃ魔法か」


 周囲を見渡すロキ。反対側のガラクタの山、その麓で時雨が使えそうな物を探している。近くを凛陽がぶらぶら歩いている。ゴミ漁りは絶対にしたくないけど、姉から離れたくないと言うところだろうか。


「オーイ凛陽。これ、なんて道具だー」


 デジタルカメラを掲げて凛陽を呼ぶロキ。


「ギャーーーーッ」


 飛んできたゴキブリに、凛陽が断末魔とも言える絶叫をあげる。腕をジタバタさせても追い払えず、逃げようとしたらガラクタに躓いてしまう。

「た、た、助けてーーーーーーーーーーッ」

「ハハハハ、モテモテだなぁ凛陽」


 ロキが穏やかに笑う。

 低音の羽音が凛陽の顔に近づいてくる。呼吸が激しくなる。今すぐ逃げたいけど、もう間に合わない。高まる嫌悪感。退治したくても触りたくなんかない。

 ガンッ。凛陽に向かう筈が、空へ。ロキが灰皿を投げつけた事で直撃は回避した。


「ハハハハハハハハハハハ、凛陽。なっさけねーなー。あんなの空飛ぶ油だろ」

「うるさいッ。アンタみたいな無神経には分からないのよ。アイツの怖さが」


 立ち上がる凛陽は怖かったのか涙目だ。


「時雨。時雨はあんなのへっちゃらだろ?」


 時雨は腕を組んだまま凛陽を見つめるだけで、答えようとしなかった。


 その後、ロキは使えそうな物探しを再開。


「デジタルカメラが壊れてなければ、さっきの凛陽を絵に残せたのに。残念だ、ああ残念だ」


 そんな事を言っていると、鈍く光る強靭なワイヤーが出てくる。それをつまんで引っ張り。試しに中身が詰まった茶色い土嚢に結び、手でぶら下げてみる。

 切ってくる痛みが走った。ワイヤーが土嚢の重さで落ちるから、力を入れて握りしめる。重さで切れずにぶら下げられるのを見て、ロキは「ぉお」と感嘆。


「時雨ぇー、凛陽ぉー、ちょっと来てくれ」

「なに? 金銀財宝でも見つけたの?」


 来た凛陽と時雨に、ロキはキラキラした様子でワイヤーを見せる。


「見ろよ。縄より丈夫で糸並みに細い。なんかスゲー糸だ」

「ふーん。よかったね」

「ワイヤー」


 あまりに二人が冷めた態度をするから、ロキはうなだれてしまう。


「なんだよ。そんなに珍しくないものかよ。じゃあ、この珍しくないのを探してくれ」


 時雨と凛陽にワイヤー探しを頼んで、ロキは独りゴミ集積場を歩く。


「まったく、何を見つければ、時雨と凛陽は驚く? 仇の死体か、ソーマか、ドラウプニルか」


 呟いているとなにかに気付く。ガラクタの山の一つに刀が刺さっている。伝説の刀だと確信したロキは、全速力で山を登り刀を引っこ抜く。すると、鞘に収まっていた。時雨と凛陽を驚かしてやろうと、勢いよく抜刀して刃を空にかざす。


「アレ…………?」


 刀は半分に折れていた。


「なにしてんの」


 凛陽の冷たい視線がロキにはとても痛い。その上、模造刀だったからなお痛い。


 時雨がゴミ袋を持って歩いていると、足音を忍ばせ近づく影。気配に気づき振り返ってみれば、突き付けられる銃口。


「ロキ。それは拳銃じゃなくて水鉄砲」


 冷静すぎる反応はオモシロくなく、ロキが悔しそうに、こけおどしと液体系の毒を撃つ予定の水鉄砲を下す。


「なんだよ、ビビれよ。これがモノホンだったら頭に風穴あけちゃうゾ☆」


 カワイ子ぶって言うロキを時雨は無視して行ってしまう。


 スプレーを発見したロキは何に使うものか分からず、自分に向けて噴射したから激しく咳き込んだ。ラベルには殺虫スプレーと書いてあった。

 気を取り直して見つけたのは、白いポリタンクと厳重そうに閉じられた箱だ。タンクのキャップを開けると、鼻を突く刺激臭。工業用アルコールと表記している。箱を開けてみれば、薬品のビンがギッシリ詰まっている。ロキには薬の類としか分からなかったが使えると判断。

 薬を見つけた後、その周囲を見渡す。ガラクタの山に本が刺さって見える。そして、拾ってみてみると二冊。タイトルは「もやしっこでもできる!! ミリタリーサバイバル」と「五歳から始められる化学」だ。

 ロキはゴミ山に腰掛け本を読んでみる。知らない技術や知識に夢中になる。


「アンタ。人にゴミ集めさせておいて、読書なんてイイ身分ね」


 凛陽に呼びかけられた。気が付いたら夕方になっていた。

 ロキはゴミ山から下りて凛陽と時雨に合流する。二人の足元には、使えそうなガラクタがゴミ袋に詰められていて、その数は四つ。


「ロキ、手だして」


 凛陽がロキに集めたワイヤーを持たせる。


「コイツはアラクネ産か」

「そんなの、アタシが知る訳ないじゃん」

「サンキュー凛陽。いや~赤い糸かぁ~。思ったよりデレ期が早くて良かったぜ」


 ロキがジョークを飛ばすと、凛陽から「死ね!!」と一緒に二つのゴミ袋が飛んできた。


「ッテェー、なんて事をするんだ。これは立派なお宝だぞ」


 避けられず、おもいっきり喰らってしまったロキは痛がりながら凛陽に文句を言う。


「クズ。今度、そういうこと言ったら殺すから」


 罵倒した凛陽がロキに背を向ける。


「ゴメン、ゴメン、機嫌を直しておくれよ。帰ったら、プリンくらい買ってやるからさぁ~」


 ロキがペロリと舌を出し手を合わせると、顔面にゴミ袋が直撃。のけ反っている顎に、ダメ押しのもう一つがクリティカルヒット。


「お宝なんでしょ。全部、アンタが持ち帰ってよね」


 ロキを倒した凛陽は置いてけない時雨の手を引っ張り、先にアパートへ帰ろうとする。

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