第一章 探しもの(1)

 明かりを点けても薄暗いフローリングの六畳間。冷たい床のど真ん中で、おもいっきり大の字に寝そべるロキ。所々逆立った銀髪に、怪しい輝きを放つ赤い瞳。これから何をしでかそうか楽しみでしょうがない様な、ギラつく笑みを浮かべながら、天井を見上げていた。


 挑発的に尖った黒い上着に、首元を出した白いシャツ、派手なベルトに黒いカーゴパンツ。いかにも街中にいそうな若者の格好をしている。

 寝そべる内腿に強烈な蹴りが入ったから「ギャア」と情けない悲鳴と一緒に飛び上がる。


「このバカ、クズ。なに普通に寝ようとしてんの」


 ロキを蹴ったのは、ブレザーの制服を着崩し、刀を差した少女。肩まで垂らした茶髪のポニーテールが怒りで揺れている。


「イッてぇな凛(り)陽(よ)。仮にも命のオンジン\\\\\だぞ。それを蹴るだなんて、ヒドイじゃないか」

「あ゛、ここはアンタだけのスペースじゃないの。分かってる? もし、さっさとどかなかったら、潰す」


 凄みを利かせる凛陽に、ロキが体を縮こませる。


「もし、そっちに目覚めましたら、責任を取って貰いますわ。ヒャハハハハハハハハハハ」


 ロキがオカマ口調で言った後、腹を抱え、足をジタバタして高笑い。


「このッ」

「凛陽、だめ」


 殴りかかろうとする凛陽だが、囁くような声に従って思いとどまる。


「お姉ちゃん」


 仕方なさそうに怒りを収め、傍にいる姉の方を向いた。


「ロキは私達の仲間。敵じゃない」


 妹と同じ制服を折り目正しく着て、天叢雲剣を帯刀している時雨(しぐれ)。手の平に収まる青いキャンパスノートをメモ帳にして、たおやかな所作でペンを走らせていく。

 姉妹の顔付きは似ている。だけど表情豊かで、あどけない印象をした凛陽とは違い、時雨は繊細で美しい。それに、背中まで伸びた金糸に近い白い髪は、どこか西洋(アンティーク)人形(ドール)を思わす。


「お前ら本当に双子か? 姉の方が物分りいいぜ。もしかして、妹は木(この)花咲(はなさく)夜(や)じゃなくて石(いわ)長(なが)姫(ひめ)だったか。ハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

「ロキ、私達は二卵性だから、似ていないのは当然」

「んもぉー、お姉ぇちゃーん」


 凛陽が頬を膨らませる。ペンを止めて、時雨が口を開いたと思ったら、ロキへの補足。

 岩長姫と木花咲夜姫は姉妹の神。眉目秀麗な木花咲夜姫に比べ、姉の石長姫はとても醜い容姿をしていると噂されている。例えられた方も、例えに使われた方にとっても、失礼以外のなにものでもない冗談になる。


「アンタさぁ、頭だけじゃなくて、目も壊滅的に悪いんじゃないの?」


 グッと怒りを堪えて、凛陽が前のめりになってロキを見下ろす。


「覚えときなさい。お姉ちゃんはビューティー担当。で、アタシはキュート担当なんだから、ね☆」


 自信満々な笑顔に横ピースをして、カワイさアピール。


「ああ、かわいい、かわいい。いろいろ小ぶりで、カワイイんじゃないかな。ハハハハハハ」


 時雨と凛陽は二卵性の双子だから、合わせ鏡の様には似ていない。当然、スタイルにも差があり、平均的な妹に比べて、姉の方が恵まれている。


「それに、白だなんて、ピュアっピュアっじゃねぇか。姉の大胆、グベシッ――――」


 ロキの顔面を踏み付けた凛陽。少し涙目でリンゴみたいに真っ赤だ。


「サイテー」


 漏れ出るため息。淡々とペンを走らせ続ける時雨からだ。


「凛(り)陽(よ)、ロキは敵じゃない」

「お姉ちゃん。アイツは立派な乙女の敵だよ。下着を覗かれたんだよ。マジ、サイテーなんだけど」


 狭い六畳間のど真ん中。寝そべっているロキの位置からなら、立っている時雨(しぐれ)と凛陽のスカートの隙間を覗く事ができる。

 理解した時雨。金糸に近い白い髪から出た耳が、一気に真っ赤。メモ帳とペンを持ったままスカートを押さえ、しゃがみ込んで俯いた。


「昨日の二十一時頃、ミズガルズ区画の郊外にある、高台の民家で火災が発生しました。火は消し止められましたが、家屋は全焼。住人である人間の真吹|芳実(よしざね)さん、悠(はるか)さん、時雨さん、凛陽さんの死亡を確認しました。次のニュースです」

「このバカァッ!!」


 怒号を飛ばす凛陽。ロキの襟をつかみ上げているが、ニヤニヤされるだけ。


「アンタのせいで死んだことになったじゃない」

「いやいや、お前さん。もう死んでるっしょ」


 広場のコーヒースタンドから流れる朝のニュースを見て、時雨と凛陽は自分達が死亡扱いになっている事を知った。


「うっさい、黙れ!!」

「…………凛陽、静かにして」


 メモ帳で顔を隠そうとする時雨。凛陽が怒りに任せてわめくから、通勤や通学している者達の注目を浴びてしまい、とても居心地が悪い。


「お姉ちゃん、ゴメン」


 時雨の言う事には素直に従い、凛陽は声を落として謝った。

 ロキが凛陽を蘇らせた直後、高台を登るようにサイレンが迫ってきたので、時雨に何が来るのかを聞いてみれば、警察機構ヴァルハラのパトカーが来ると答えた。

 その名を聞いた途端、ロキが逃げるように姉妹を引っ張り、獣道を抜けて高台を降りた。

 寝床になりそうな場所を探しに、住宅街を歩いていると、都市部の境い目。そこで、自然と人工物の調和が取れた広場を発見。階段をベッド代わりにして一夜を過ごしたのだ。


「だってさぁ、俺。ヴァルハラからメチャクチャ恨まれてんだよ。見つかったら、ミーミルの出汁にされちまう」

「関係無いし。アタシ達、ちゃんと生きてんのに、死んだ事にされちゃったじゃん。バカ」

「まてまて、なんで死亡なんだ? 俺達は分身の術なんか使っちゃいないぞ。見つかりませんでしたじゃねぇの。なぁ」


 メモ帳から目を離した時雨が静かに口を開く。


「ロキの言葉に一理ある。私と凛陽を見つけていないのに、行方不明ではなくて死亡と判断するのはおかしい」


 話しを聞いた凛陽が「そうだ」とロキの襟を離す。


「お姉ちゃん、とりあえず区役所行こう。届とかって、あそこですんじゃん。アタシ達がちゃんと生きてるって、今すぐアピールしなきゃ」

「…………そうね……確かめる必要がある……………………」


 凛陽はこのまま突撃しそうな勢いなのに、時雨はメモ帳に視線を落とし心細そうだ。


 ミズガルズ区役所。公的な手続きを行う窓口で、納得いかない様子の凛陽がおもいっきり台を叩き女性職員に食ってかかる。


「ちょっと、意味分かんないんだけど。アタシは真吹凛陽。隣にいる美人さんは、アタシの自慢のお姉ちゃん、真吹時雨。正真正銘本物よ」

「凛陽、事務手続きに私情を挟んでも、効果は無い」


 目立つ刀は、色付きのビニール袋等で何重にも巻いて使えなくした上で、部活で使う道具に見せかけようと肩に担いでいるから、警備員や職員に止められずに済んだ。

 時雨と凛陽は自分達の死亡を撤回しようとしたが、身元を証明するIDカードを失くした為に手続きは難航していた。


 時雨が持っていた学生証を提示すれば、髪の色や雰囲気が違うので訝られてしまった。しかも、高校に在学しているかを問い合わせるだけで、一時間以上かかった挙句。帰ってきた返事は、姉妹のどちらも入学すらしていないと言う衝撃。

 データベースに登録しておいた指紋と何度も照合してみたが、本人である筈なのに結果は不一致を示すばかり。


「いいかげん帰ってくれませんか。こっちもヒマじゃありませんし、待ってる人も大勢いるんですよ。亡くなった人になりすまして、いったい何がしたいのかは知りませんけど、これは立派な犯罪です。理解したら、ヴァルハラに届け出る前に、さっさとお引き取り下さい」


「ハアァッ!!」


 堪えかねた職員が冷然と言い放つ言葉に、凛陽はますます激怒した。

 ロキの笑い声が聞こえてきそうな状況だが、この場にいないのは、関係無いのと話しをややこしくしそうだから、庁舎の中に入られる前に凛陽が追い払ったからだ。

 繰り広げられる不毛な言い合い。その全てを、ただ聞き流していく時雨。極めて効率的で非効率的な時間を過ごしていると、後ろから声をかけられる。


「お取込みのところ失礼します。何か、お困りでも」


 二人組の男。揃いの紺に寄った青いスーツからは、余裕と爽やかさが漂ってくる。


「大アリよ。アタシ達生きてんのに、ヴァルハラのヘボ捜査のせいで、死んだ事になってんだから。どの書類にどう書けば生き返れるのか、さっさと教えなさいよ」


 話しを聞いた二人組の男は「すいませんでした」と一緒になって姉妹に頭を下げる。


「詳しいお話しは、別室でお伺い致します。どうぞ、私達について来てください」

「まったく、初めっからそうしなさいよね」


 当然と、凛陽は胸を張った。誠実と受け取れる態度や姿勢からして、お役所仕事以上の結果が期待できそうだ。


 話しを伺うと言って用意された場所は、普段使われない荷物で雑然とした一室。そこに、簡易的に組んだテーブルとパイプチェア。出てきたコーヒーは安っぽいインスタントだった。


「誠に申し訳ありませんでした」


 ここまでの経緯を聞いた二人組の男は、窓口の時よりも深々と、時雨と凛陽に向かって頭を下げた。


「死亡届を取り下げた後、新しい生活を送れるよう、こちらでも、できるだけのお手伝いをさせて頂きたいと思います」


 彼らは区役所の職員ではない。警察機構ヴァルハラ、アースガルド区画の本部に所属している刑事課の巡査。エリート候補と言っても過言では無い。

 不満を露わにする凛陽。二人組の男の態度には誠意がある。死亡扱いでなくなり、元通り高校にだって通う事ができる。生活支援の相談にも乗ると言う。だが、釈然としない。


「ふ~ん、当然よね。アタシ達、生きてるんだからさ。でもさぁ、刑事課って素人の集まりなの? どうして行方不明じゃなくて、死んだ事にしたの? 説明してもらってないんだけど」


 あの時、時雨と凛陽は現場である真吹家を離れた。発見していないにも関わらず、行方不明ではなくて死亡と判断してしまった事情を、彼らは一言も口にしていない。


「申し訳ありませんが、捜査内容を私達の口からは説明できません」

「捜査に、過失が無いか裁判所に訴える。わ、わわ、私達の代理になってくれる、団体を見つけられれば、理論上、可能」


 人見知りの緊張からか、たどたどしい話し方で策を打ち出す時雨。


「……分かりました。こちらでも、できるだけの検討はさせて頂きます」


 二人組から出てきた苦し紛れとも言える社交辞令に、凛陽が大あくび。


「フワァ。てか、アンタ達のショボイ捜査能力が証明されたじゃん。そんなんで、お母さんとお父さんをブッ殺した神を見つけられんのって感じなんだけど。大丈夫なの?」


 彼らには、神に両親を殺されたと言う最低限の事だけを話した。ただし、凛陽が死の淵から蘇った事や、区役所に入るまでの間ロキと一緒だった事は伏せておいた。


「ヴァルハラは、私と凛陽に監視でもいいから、誰か付ける? 襲われた理由が分からないから、また強盗に、襲われるかもしれない…………………………」


 今にも消え入りそうな声。思い出して怖いのか、ペンを持つ手は小刻みに震えている。


「もちろん善処させていただきます。昨日の現場を改めて捜査した上で、お二人にも証言の協力をお願いするでしょう」

「護衛の件ですが、早急に然るべき人間を付けますので、もう少しの間お待ちください」


 凛陽がおもいっきり机を叩いた。


「善処って何? 犯人が見つからなくても善処したって言う気でしょ。早急に然るべきっていつよ? 護衛が付かなくったって、待ち時間になるんでしょ。見え見えなのよ。その場凌ぎって感じがさぁ」


 さっきから口当たりのいい事ばかり並べて、具体性に欠けるから我慢できなくなった。


「ねぇ、アンタ達ってマジで神を捕まえられんの? アタシ達の家を襲って、家族をブッ殺しましたって、言いワケ込みで発表してくれんの? カウントしてくれるんでしょうね?」


 この世界には神がいる。神には人間の法律ではなく盟約を適用する。百人までの殺人なら、ヴァルハラに書類を提出すれば、メディアへの公表と言う罰を受ける。だけど、神が人を殺したと言うニュースを最近ではめっきり聞かなくなった。


「本当はメチャクチャブッ殺してやりたいのに。アンタ達に任せるしかないじゃん。なのに、アンタ達は全然仕事しないじゃん。このサイテー役立たず」


 物置となった一室に晴らせぬ怒りをぶちまける。

 二人組から単調なアラームが鳴り響く。


「やれやれ、やっと頃合いかな。君達を真吹夫妻の殺害と放火の容疑で逮捕する」

「さっきから神のせいにしているけど、ホントはケンカの弾みで殺っちゃったんでしょ」


 剥がれ落ちる誠意、現れた冷笑。


「死ね!! クソ犬」


 激昂し、殴りかかろうとする凛陽。まともに捜査しないどころか、被害者を加害者へと捏造する卑劣なやり口。最初から見下していた態度。何一つ許せる筈が無い。

 不意に襲いかかる紫色の怪しい光り。遮るように大きい円形の陣には、三角形の模様と文字の羅列。魔法だ。


「それと、脅迫等による公務執行妨害も追加しておくね」

「サイ、てー」


 力無く倒れる凛陽。机に頭を打ちつけても起き上がることは無かった。


「り……よ………………………………」


 机に手を付き、抗おうとする時雨。ぼやける指の感触、だんだん重くなっていく瞼(まぶた)。


「おやすみ」


 やがて眠りに落ちてしまう。

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