イカサマ×カミサマ
シャノン・ディラック
序章 復活
きらびやかとした都市の夜を一望できる高台。
燃え盛る一本の木に赤々と照らされた家は、建物の半分が文字通り消し飛び、一家団らんを囲んだであろう面影はもう残っていない。
そこで、長い黒髪の少女が力無く地面にへたりこんでいる。大粒の涙を流し、苦しそうに咽んでいる。傍には、少女とよく似た顔立ちの妹が血塗れで無残に横たわっている。
張り裂けそうな思いを叫ぶ。偶然、炎の勢いがいっそう増す。それが、なんの関係があると言うのか、少女はいっさい気にも留めない。
悲しみに沈み、俯いた頃。
「なぁ、そんなに悲しそうにして誰かの葬式かい?」
感情を逆撫でる言葉に、少女は誰と探して振り返ると、視線の先には見下ろすように銀髪の男が立っている。今は眉をひそめる事しかできない。
「ハハッ、そう怒るなよ。まぁ、俺で良かったら、話してみなよ。何が起きたか、さ」
にやけ、わざとらしく腕を大きく広げて、おどけてみせる男。
「…………な……なんなんです、貴方」
目を潤ませながら、やっと言えた言葉。対して男はふざけた調子で自分を指す。
「俺? 通りすがりの・カ・ミ・さ」
瞬間。ない交ぜだった悲しみと怒りから、悲しみが消える。少女は落ちた刀を掴み、いつでも抜けるよう握ろうとしたら、手応えが無くなる。
「こりゃ大したモンだ。天(あめの)叢(むら)雲(くもの)剣(つるぎ)にお目にかかれるとはな」
刀身が夜を青白く照らす。それを男がテキトーに振るうと、刃から青白い波動を発し辺りに風が吹く。
「返して」
男は少女の訴えを聞き、振り回すのをやめて、ぎこちない手つきで鞘に収める。
「ケチだな。ちょっと遊んだだけだろ。それは置いといて、俺が神って言ったら、殺す気満々だっただろ。お前、家族を神に殺されたな。んで、伸びてんのは妹ってか」
言われて、再び失った時の事を思い出したのか、少女はうなだれ涙を流す。
「俺が妹を蘇らせてやるよ」
「嘘。できません」
すがりたくなる話しだけど躊躇ってしまう。現実を受け入れ難い少女でも知っている事がある。神が死者を蘇らせることができない事を。
「神が人間を蘇らせてはならない。神々が作った絶対の盟約があるはずです」
「そんなもん建前さ。神って奴は欲深だからねぇ、秘密裏にやってんだよ。今から、それを証明してやる。神である俺と、神器(しんき)である天叢雲剣で。奇跡の一つや二つ朝飯前よ」
そう言って男は自信満々に笑ってみせる。
「刀を返してください。私は貴方を信用できません」
男は少女に言われた通り返す。
「捨てる神あれば拾う神あり。それだけ、涙を流せるなら、なにかしてやりたいんだろ?」
無惨に殺された妹を見つめて、男の言う通りなにかしてやりたい。そのとおりだった。神に妹の命を、妹の人生を、奪われていい筈がない。例え、持っている刀が天叢雲剣じゃなかったとしても、なにか特別なものだと、それだけは信じられた。
「神に殺(と)られた命を神で取り返そうじゃないか」
神と名乗る男の悪魔のような囁きに、少女の気持ちが傾く。
「条件はなんですか?」
今すぐ飛びつきたい。それよりも不安が上回るから、少女は溜めるように言った。
「俺の仲間になれ」
差し伸べられる手と、ギラついた赤い瞳。
「それだけ?」
躊躇する。男の浮かべる人懐こくも不気味な笑みが、この先にもたらすものは。それよりも妹を蘇らせたい。帰る場所も無い。それが、少女をうんと頷かせる。
「オッケー。俺の名前はロキ。人の名前をたずねる時はまずテメーからって言うだろ」
「真吹(まぶき)………真吹(まぶき)時雨(しぐれ)です」
「倒れている娘の名前は?」
「妹の凛(り)陽(よ)です」
「そんじゃ、ボチボチ始めようか」
時雨は天叢雲剣をロキに貸して、凛陽の傍に改めて座った。今は顔を見ても悲しくならないけど、本当に蘇らせる事ができるのか。そんな不安が体を震わせ、固唾を飲ます。
「凛陽の事をよく想い浮かべろ。そして、俺を信じろ」
時雨は瞳を閉じて凛陽の事を想う。
天叢雲剣が時雨の心臓を貫く。断末魔代わりの鮮血に、刀身はそれでも容赦なく抉り続け、想う心が虚ろう頃には凛陽の身体にまで達する。
刃を時雨の血が滴っていく。青白い光りと混じる事で赤と青の斑(まだら)模様となり、妖しくも美しい光を放つ。そして、血が凛陽へと伝わる。
それを見たロキは、どこからともなく白い蛇を出して腕に這わせる。すると、心得ているのか、白い蛇は天叢雲剣に絡みつき、とり憑く様に時雨の中へ入り込む。
虚ろだった瞳は生気を帯び、時雨は「り……よ……」と口にする。
その直後に、時雨の体から出てくる白い蛇。入る前と比べて一回りも二回りも小さくなってはいるが、力は衰えておらず、そのまま刀身を媒介にして凛陽の中へと入りこむ。
「フェンリル!! 凛陽を蘇らせろ」
ロキの舌。上半分が欠落した狼の顔の痕が、毒々しい光りを放つ。辺りを震わせる轟音が鳴り響き、宵闇(よいやみ)よりも深い闘気の霧に包まれる。やがて禍々しい眼光に、天地一切を喰らおうと牙を剥き出しにした狼の頭となる。
狼の頭が耳をつんざく咆哮を上げると、時雨と凛陽を喰らう。
時雨と凛陽を仲立ちする天叢雲剣が激しく歪み、青き力が立ち昇る。宵闇よりも深い霧と混ざり合い、刀の像を幾重にも生みだす。やがて一振りの刀に、朧(おぼろ)げなもう一振りが浮かぶ。
朧げなもう一振りはすぐに実体となり、抜き身から鞘に収まった状態で凛陽の許に。
時雨に刺さっていた天叢雲剣は、気がつけば両手で抱えていた。ロキに貫かれた箇所はきれいに塞がり傷一つ残っていない。しかし、時雨の長い黒髪は、金糸に近い白へと変わってしまった。
「お姉ちゃん?」
凛陽は目覚めたばかりで、まだ意識がはっきりしていない。
時雨は微動だにしない。あれだけ蘇る事を望んだ他でもない妹の呼びかけなのに。
「ハロー。俺の名前はロキ。よく眠れたかな」
空気を読まずに、手を振って挨拶するロキ。
凛陽は無視して、その場に佇む時雨を見る。髪の色だけじゃない、姉のただならぬ変化を感じ取ったのか。心配そうに声をかける。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「凛陽」
その声は儚く、どこか遠くにいるようだった。
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