三本目 小さな拳、小さな勇気


 「すごーい!本物を見てるみたい!」


 翌週、美誠は約束通り写真を見せてくれた。

 プリントされた写真は、空や海、山を主体とした自然風景のものが多く、光や風が紡ぎだす刹那の奇跡を切り取ったそれらは、声をあげるほどに美しかった。


 「その日の天気や時間が違うだけで、写真はまったく別の顔を見せるの」


 美誠は数枚の写真をわたしに手渡した。砂浜の写真だ。どれも同じアングルから撮影されているけど日の傾きが違う。被写体のサーフボードも、砂のきらめきも、雲の雄大さも、波の荒々しさも、同じものは一つもなく、景色はそのわずかな変化だけでイメージを一変させていた。


 「出逢いは一期一会で、そのとき受けた感動はその瞬間が最高潮。一度チャンスを逃したら、どれだけ待っても求めるものは戻ってこない」


 美誠は咲き誇る向日葵ひまわりみたいな表情で言う。


 「あたしは自分が心動かされた光景をカメラに収めたい。贅沢ぜいたくを言えるなら、それを見た人が思わず息を呑んでしまうような、そんな素敵な写真を撮りたい。いい写真には、シャッターを切る撮り手の心情が強く映し出されるから。でも――」


 そこで美誠は顔を上げると、眼を細めて。


 「あんたを見た感じ、やっぱ無理っぽいなぁ」

 「わ、わたしの反応なんて気にしなくていいよ!写真のこと全然分かってないんだから」

 「いい写真ってのはね、誰が見てもいい写真なの。一目見た瞬間、心を掴んで、奪って、引き込んでいく」


 儚げな朝霧のように、美誠の声は空気のなかへと消えていった。途中、隠れていた太陽が雲間から顔を出し、彼女は逆光でかすんでしまう。


 「でも大事なのは写真に対する気持ちでしょ。美誠もさっき言ってたよね、撮る人の心情が出るって。努力し続ければ、絶対満足のいくものが撮れるよ」

 「気の遠くなりそうな道のりだことで」

 「大丈夫!美誠なら必ずその夢を叶えられるよ!」

 「夢……夢か……」


 すぅと遠い目になる美誠。短い沈黙がホームの袖を走り抜ける。


 「ゆらぎはどうなの?その夢ってのはあるの?」


 美誠はわたしの眼を見て訊いてきた。

 え、わたし?


 「わたしは、だってほら……」

 「親の言いなりだからって、やりたいことやってみたいことくらいあるでしょ。人形じゃないんだから」

 「美誠……」


 そうだ、美誠が言ってくれたじゃないか。

 わたしにだって意思があるんだ。

 美誠なら、友達なら、口にすることができる。


 「はっきり何をっていうのは思いつかないけど……わたしは、わたしのことを知ってもらいたい」


 ひざの上の拳に視線を落として、わたしは言う。


 「感じたこと思ってることを、わたし以外の人にも知ってほしい。だけど言葉にするのは恐いから、べつの形で……たとえばそのカメラみたいな」


 美誠の手元で広がる、想いが結晶化した世界を見る。


 「景色を写真にして表現するみたいに、わたしのことを代わりに表現してくれるものを作ってみたい」


 そうすれば、自分が望む本当の夢も見つかるかもしれない。


 「自分探しの旅ってやつだねぇ」


 美誠が呟く。それからわずかに思案すると。


 「よし、決めた!ゆらぎ、あんた次の水曜、学校サボって」

 「え、なんで……」

 「自分探しするからに決まってるでしょ。あたしも手伝うの」

 「だ、駄目だよ、学校をズル休みするなんて」わたしは首をぶんぶん振る。「それにお母さんにどう言ったらいいか……」

 「そんなの行ったフリすればいいだけじゃん。もしバレたら、あたしも一緒に謝るから」

 「でも……」

 「ゆらぎ、少しくらい反抗的にならなきゃ、夢なんて叶いっこないよ」


 いやに迫力ある視線に射竦められ、わたしはなにも言えなくなる。


 「来週九時、ここに集合ね!準備はあたしの方でするから」



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